■呪いの子

01:運命が分かつ時


 最後まで名残惜しく両親とさよならの挨拶を交わしていたアルバスは、ホグワーツ特急の警笛が鳴ると、慌てて列車に駆け込んだ。そして扉の小窓からもう一度手を振ると、ようやく列車はホグワーツに向けて走り始めた。

 先に行っていたとばかり思っていたローズは、アルバスのことを待っていてくれた。車両の狭い通路を、前と後ろに並びながら二人は通り抜けていく。

 車内販売の魔女とすれ違った後、ローズは不意にアルバスの方を振り向いた。

「気持ちを集中させなきゃ」
「どうして?」
「誰と友達になるかを決めるのよ。私のパパとママがあなたのパパと初めて会ったのは、ホグワーツ特急だったんだから」
「でも、今、生涯の友達を選ぶってこと? それってちょっと怖いよ」
「どうして? 私はワクワクするわ。私はグレンジャーとウィーズリーの娘だし、あなたはポッター――皆が友達になりたがるわよ。よりどりみどりだわ」
「どうやって決めるの? どのコンパートメントに座るかって」
「全員を評価して、それで決めるの」

 納得のいかない顔をしながら、アルバスは近くのコンパートメントの扉を開けた。中を覗くと、緊張した面持ちのブロンドの少年――レギュラスがポツンと座っている。アルバスがにこっと笑うと、レギュラスもまた朗らかな笑みを返した。

「やあ、レギュラス。ここの席――」
「空いてるよ! 僕一人だ。二人くらい余裕さ」
「良かった。じゃあ、ここに座っても良いかな?」
「もちろんだよ。一人で暇してた所なんだ」

 レギュラスは慌てて座席を片付け始めた。座席には蛙チョコレートカードがあちこちに散らばっている。

「カード集めてるの? たくさんあるね」
「うん! 最近ハマってるんだ。ハリー伯父さんのもあるよ。レアなのに、もう三枚も集めたんだ」

 レギュラスは瞳をキラキラさせてカードを見せた。アルバスは複雑そうな表情になる。

「そう、良かったね」
「うん。そうだ、君もいるかい?」
「いや、僕はいいや」
「欲しくなったら言ってね」
「うん」

 トランクを片し、アルバスはレギュラスの前に座った。二人は揃って、未だ立ったままのローズを見た。

「君は座らないの?」
「カードなんて、ホント男の子ったら子供なんだから……」

 ローズはやれやれと首を振った。

「ローズは蛙チョコレートが嫌い?」
「チョコレートが嫌いなんて一言も言ってないわ!」

 見当違いなことを言い出したレギュラスに、ローズは呆れて言った。

「じゃあフィフィ・フィズビー食べる?」
「そこは蛙チョコじゃないの?」
「蛙チョコももちろんあるよ!」
「……もういいわ」

 ローズは頭を抱えた。ギリギリの所でかみ合わない会話に、アルバスは終始苦笑いを浮かべていた。

「僕、少しもらってもいい? ママが甘い物を食べさせてくれないんだ。どれから食べれば良い?」
「どれでも! お母さんがたくさん持たせてくれたんだ。お菓子があれば皆と仲良くできるって。知ってる? ハリー伯父さんとお母さん、それにロンおじさんが仲良くなったのは、一緒にお菓子を食べたからだって」
「コンパートメントで運命的に乗り合わせたからよ」

 ローズがしっかりした声で訂正したが、レギュラスは聞いちゃいなかった。

「これは知ってる? 僕のお父さんと君たちのお父さんも、一年生の時この汽車で会って、一緒に蛙チョコを食べたんだって」
「私は、ドラコおじさんが喧嘩ふっかけに来たってパパから聞いたけど」
「あれ、そうだっけ?」

 レギュラスはパチパチと瞬きをした。しかしすぐにあっけらかんと笑う。

「そりゃあ、人間だもの。多少相性が悪いこともあるよ。それに、昔は仲が悪かったとしても、今はとっても仲良しじゃないか」
「パパとドラコおじさんは今だって喧嘩してるわ」
「喧嘩するほど仲が良いって言うじゃないか」
「親戚だから仲良くしてるのよ」
「そんなことないよ。友達だもの」
「でも、パパは死喰い人を嫌ってるわ。そして、あなたのパパは死喰い人よ」

 焦れたローズがついにその一言を口にしたとき、アルバスはローズを軽く睨み付けた。ローズは怯むが、決して撤回はしなかった。

 レギュラスの方は、気分を害したように窓の方を見ていた。

「でも、今は違うよ」
「…………」

 怒るでもなく、笑い飛ばすでもなく、ただただ悲しげに言うレギュラスに、ローズは少しばかり罪悪感を覚えた。

「そうね。昔がどうであれ、パパもママも仲良くしてる時点で悪い人じゃないと思うわ。誕生日プレゼントくれるし……」

 この前のお人形、嬉しかったわ、と小さくローズが付け足すと、途端にレギュラスは元気を取り戻した。

「ありがとう! 僕も、ロンおじさんからもらった悪戯グッズ、とっても重宝してるよ。この前初めてシリウスお爺ちゃんに一泡吹かせられたんだ」
「何したの?」

 アルバスが興味津々に聞いた。

「お爺ちゃんが寝てるときにね、こっそり部屋の中に入って――」
「話が盛り上がってるときに悪いけど、私、もう行かなきゃ。友達を探しに行かないといけないの」
「もう友達ができたの?」

 レギュラスはのんびり尋ねた。ローズはツンと顎を上げて彼を見る。

「これから作りに行くのよ。一生の友達をね」
「へえ、楽しそうだね」
「あなたも来る?」
「えっ、いいの?」

 てっきり置いてけぼりを食らうと思っていたレギュラスは、思ってもみなかった申し出に拍子抜けした。

 ローズの方も、先ほどの一件で言ってはならないことを口にした自覚はあったため、仲直りという意味も含めてだった。

「ええ、もちろん。レギュラスも私達と同じくらい、皆が友達になりたがるわ。だって、母親はハリー・ポッターの妹だし、父親は――ええっと、とにかくあなたは有名人よ」

 ローズはさすがにもう同じ轍は踏まなかった。レギュラスはというと、濁された言葉の意味は分からなかったが、しかし、それでもその表情は浮かない。

「でも自信ないな。僕、皆から友達になりたがられるような人じゃないから」
「自分がどれだけ有名人か分かってないわ。初めのうちからある程度見定めておかないと、本当の友達は手に入らないわよ」

 腰に手を当て、ローズはレギュラスを見下ろしたが、レギュラスは頷かなかった。彼女は今度はアルバスを見る。

「アルバスはどうするの? 私と一緒に行くの?」
「……僕もここに残るよ」

 レギュラスは少し顔を上げてアルバスを見た。アルバスはレギュラスを見やり、にこっと笑う。

「英雄の息子が好きな子よりは、一緒にお菓子を食べる友達の方がいいや」

 レギュラスもにっこり微笑む。ローズはため息をついた。

「ご自由に!」

 そしてそのまま、トランクを引きずりながらコンパートメントを出て行く。二人の少年は、戸惑いながら視線を合わせた。

「残ってくれてありがとう」
「いや、違う、違う――ここに残るのは、お菓子のためだよ」
「お菓子? 気に入ったものがあったらぜひ食べて。余るほどあるんだ」

 今でさえコンパートメントの座席を占領しがちなお菓子を、レギュラスは更にトランクの中から出していく。アルバスは苦笑した。

「ねえ、君さえ良ければ、僕のことははレグって呼んで。気に入ってるんだ」
「うん。よろしく、レグ」
「よろしく、アルバス」

 レギュラスは照れたような笑みを浮かべた。

「君はアルバスって呼んで欲しい? それともアル?」
「……アルバス」

 少し考えた後、アルバスは答えた。レギュラスはうんうんと頷いた。

「それでさ、早速聞くけど――ジェームズはどこ?」
「ジェームズ?」
「うん。この後ここに来る?」
「来ないんじゃないかな。たぶん友達のところだよ」
「良かったあ」

 レギュラスは大袈裟に座席にもたれかかった。アルバスは首を傾げる。

「どうしたの? ジェームズのこと嫌い?」
「嫌いじゃないよ!」

 レギュラスは慌てて両手を振った。

「嫌いじゃないけど、なんて言うか――」
「苦手?」
「そう! 苦手!」

 我が意を得たとばかり、レギュラスはポンと拳で手の平を打った。

「ジェームズったら、僕の反応が面白いとかなんとかで、すぐにハチャメチャな悪戯を仕掛けてくるんだ。この前なんか、蛙チョコの箱の中身を全部本物の蛙にすり替えられたんだ! 全くひどいことするよ。危うく蛙チョコが嫌いになるところだった」
「ジェームズがごめんね」

 アルバスはすっかり同情して謝った。

「ううん! 君は悪くないよ。君はジェームズじゃないし」
「本当のところ、僕もジェームズには手を焼いてるんだ。嘘ばっかりつくし」
「でも、お兄ちゃんがいて羨ましいよ。男兄弟も欲しいなっていつも思ってたんだ」
「そんなにいいものじゃないさ」

 コンパートメントの扉をちらりと見やり、外を気にしながらアルバスは答えた。

「周りにはしょっちゅう比較される。僕は僕なのに……」

 顔を強ばらせながら、アルバスはため息をついた。

「グリフィンドールに入れるかも不安なんだ。ジェームズは、僕がスリザリンに入るかもしれないって言うんだ。その方が向いてるって……」
「スリザリンは嫌?」

 不安そうな顔でレギュラスは尋ねた。ジェームズは少し考え込む。

「嫌……っていうか、パパもママもグリフィンドールだし、周りからは、絶対に僕もグリフィンドールだって思われてる。そんな中で、スリザリンに入ったらどう思われるか……」
「僕……あのね、ここだけの話、実はスリザリンに行こうって思ってるんだ」

 声を潜めてレギュラスが呟いた。

「えっ、どうして?」
「僕の所は、お父さんはスリザリン、お母さんはグリフィンドールでしょ? シリウスお爺ちゃんは僕にグリフィンドールに入って欲しいみたいだし、ルシウスお祖父様はもちろんスリザリンだ。僕もすごく悩んだんだけど……」

 レギュラスは意を決したようにアルバスを見た。

「スリザリンって、あんまり良い噂ないでしょ? 純血主義とか、死喰い人を輩出してたとか……」
「うん」
「僕、その印象をなんとかしたいんだ。お父さんは、そのせいで今でも周りからやっかみを受けてる。もちろん、ローズが言うように元死喰い人だってこともあるけど……。ホグワーツに復学した後、お父さん達はスリザリンの印象を改めようってすごく頑張ったらしいんだ。でも、やっぱり今でもスリザリンのイメージは悪いまま。なら、僕が一肌脱いでやろうってね!」

 レギュラスは気恥ずかしそうに笑った。釣られてアルバスも微笑む。

「それってすごく素敵な考えだ」
「ありがとう。でね、何が言いたいかというと、もしアルバスも同じ寮になったとしたら僕はすごく嬉しいし、違う寮になったとしても、お祝いするよ。不安にならなくてもいいよ。お母さんも言ってた。組分け帽子はお願いを聞いてくれるって。行きたい寮の名前を言えばいいって」
「ありがとう……」

 アルバスは、スルスルと肩の荷が落ちていくのを感じた。不思議な少年だと思う。昔から、アルバスはこの少年の側にいるのが好きだった。何なら、家族と一緒にいるよりも落ち着くかもしれない。

「でもさ、これだけは約束……というか、お願いなんだけど、寮が離れたとしても僕と友達でいてくれる? 駄目……? やっぱりスリザリンは嫌?」
「嫌なわけあるもんか」

 レギュラスの素直な反応が可笑しくて、アルバスはクスクス笑った。アルバスはレギュラスのこういうところが好きだった。反応が素直で、少し臆病で、天然の気が入っていて、一緒にいれば張り詰めていた緊張の糸が切れるような、そんなほのぼのとした雰囲気を持つ彼のことが。

 見た目は父親のドラコ・マルフォイそっくりだが、瞳だけは母親であるハリエットのハシバミ色を受け継いでいる彼。見た目だけで言えば孤高の美少年風だが、口を開けばあら不思議、途端に間の抜けたことを言い出す彼のことが面白くて仕方がない。

 長所とも短所ともいえる部分を、両親共々から見事に受け継いだなあとは、よく周りの大人達からレギュラスが言われていることだった。臆病な所は父親から、鈍い所は母親から。そして更に、その両親から生まれたレギュラスは純粋培養の天然を発揮しだした。もともと両親の方も、天然の要素を生まれ持ってはいたが、それが色濃く現れたのがレギュラスだ。

 名前は同じでも、弟とは似ても似つかないとは、ハリエットの後見人であるシリウスの言葉である。

 だが、誰がなんと言おうと、それがレギュラス・マルフォイだった。

 彼が誰に似ているなんてのは関係ない。彼は彼だ。

 アルバスは、目の前のこの少年に――自分とは似ても似つかないのに――強く惹かれていた。