■呪いの子

14:盗み聞き


 イースター休暇は散々だった。アルバスとレギュラスは共に外出を禁じられたし、ふくろう便でのやり取りも制限された。ただ、二人には糖蜜パイで容易く買収される可愛い妹がいたため、それほど困りはしなかった。

 それに、これくらいのことでアルバス達は挫けなかった。ホグワーツで嘲笑ばかり受けていた日々に比べたら、このくらい可愛いものだ――。

 全く反省も後悔もしていなかった二人は、休暇明け、早速二回目の記事の掲載をデルフィーにお願いした。彼女は快く許可を取り付け――そして一回目から二ヶ月後、ハリエットがドラコに拉致されるまでの経緯が掲載された。

 普段は意地悪や嫌味ばかり言ってくるのに、ふとしたときに見せる優しさ。六年生の時に自覚した恋心。己に課せられた使命と両親の命との板挟み――六年次に死喰い人となったドラコのその全ての要素が読者の心を惹きつけた。おまけに、ハリエットはハリエットで様子のおかしいドラコを気にかけ、そして互いにすれ違う様がもどかしくて仕方がない。

 一回目以上の反響だった。ドラコがハリエットを拉致するという、一番気になるところで幕が下ろされたため、週刊魔女には次回の掲載はいつなのかというふくろう便が止まないらしい。

 ただ、もちろん読者だけでなく、知り合いからの反響もまた凄まじかった。ハリーからの吠えメールには度肝を抜かされたし、スネイプにはまたまた五十点の減点と罰則を与えられ、スリザリン生からは白い目を向けられた。

 だが、もともと好意的な態度など取られたことがなかった二人には、こんなこと痛くも痒くもなかった。むしろ、記事を読んだ人々から反響がある方がよっぽど嬉しかった。すれ違うだけで挨拶してくれるし、話しかけてくれる。きっと、父親や母親の周りでもこうした好意的な変化があるはずだとレギュラスは疑いもしなかった。

 ただ、事はそれだけでは終わらなかった。ついにハリーが動いたのだ。

 記事が出て数日後、日刊予言者新聞があるニュースを載せた。何でも、週刊魔女に魔法省から圧力がかかり、しばらくは通常通り雑誌を刊行できないというのだ。リータ・スキーターはこれをハリエット達の記事と絡ませ、『魔法界の英雄は、自分よりも妹や死喰い人が目立つのが気にくわない』と面白おかしくかき立てた。それを読んだアルバスは、書き方に苛立ちはしたが、内容としては全く同意だった。

「信じられないよ」

 誰かが忘れていった新聞をベンチに戻し、アルバスは憤慨して言った。

「叔母さん達を守るために魔法省の権力は使わないのに、こういうときには振りかざすみたいだ」
「でも、このままじゃ三回目の記事は無理そうだよ。それに、デルフィー、大丈夫かな。僕たちのせいで怒られてないかな」

 何よりも心配だったのは、デルフィーだ。すぐに週刊魔女へとふくろう便を送ったにもかかわらず、『そんな職員はいません』と送り返されるのだ。まるでデルフィーがこの世から消え去ってしまったかのように。

「全部父さんのせいだ。僕たちに任せておいてくれたら、何もかもがうまくいくのに」

 二人は夏休みの訪れが怖かった。会えば必ず父親から雷が落とされること必至だからだ。

 だが、拍子抜けするほどに、何ヶ月ぶりに会った父親は穏やかな顔をしていた。記事掲載から三ヶ月は経ち、世間が落ち着きを取り戻したのが主な原因らしい。もうあんなことはしないように、と釘を刺し、お咎めは特になかった。週刊魔女に圧力をかけたことで、もうどんなにアルバス達が働きかけても、あのような記事が出ることはないと安心しているらしい。――そしてそれは事実だ。

 アルバス達は、次にどうすれば良いのか全く分からなかった。


*****


 夏休みも数日が経った頃、夜遅くにドラコとシリウスがポッター家を訪れた。眠れずにいたアルバスはそのことに気づき、こっそり起き出した。こんな時間になぜ二人が来るのかが分からない。階段の一番上に座り、アルバスは階下の声に耳を澄ませた。ハリーを含めた三人は、ほとんど聞き取れないほどの低い声で会話していた。

「――出所は分かったのか? どこからセオドール・ノットのことが漏れているのかは」
「分からない。だが、どんなに秘密にしていても、いずれ噂になって皆が知るところになるのは、ホグワーツでも魔法省でも一緒だ」
「ノットから押収した逆転時計を魔法省が保管しているというのは本当か?」
「……事実だ。ハーマイオニーは、二つ目の逆転時計があるのではないかと恐れ、自室に保管している」

 ドラコとシリウスは顔を見合わせた。

「――ハーマイオニーには適わないな」

 そう言ってドラコがテーブルの上に何かを置く音がした。ハリーにはその正体が分かったのか、息を呑む音がする。

 好奇心に駆られ、アルバスはジリジリと階段下まで降りた。そっと顔を覗かせ、その正体を確かめる。――テーブルの上にあったのは、金のように煌めいている何かだった。

「これは」
「魔法省が押収した逆転時計は試作品だろう? 安いメタルでできている。もちろん役には立つ。しかし、過去にいられる時間は五分だけだ――重大な欠陥だ――闇の魔術の真の収集家に売るようなものではない」
「これは本物だと?」
「ああ」

 皆の視線が、テーブル上の逆転時計に向けられる。アルバスの視線も金色のそれに釘付けだった。

「これは父の所有物だ。父は、誰も持っていないものを所有したがった。魔法省の持っていた複数の逆転時計は、父にとってはありきたりのものに過ぎなかった。父が欲しがったのは、一時間以上過去に戻ることのできる機能だった。何年も過去の旅ができる機能だ。……ただ、父は使うつもりはなかっただろう。きっと内心、ヴォルデモートのいない世界の方が望ましいと思っていたのだと思う」
「君がこれを譲り受けたのか?」
「まあそんなところだ。ノットの噂を聞きつけ、自分は本物を持っているとのたまった。いずれは私に譲るつもりだったのだと。……だが、こんな時に逆転時計を持っていることが露呈すれば、アズカバン行きは免れない。……懲りない父でな。没収してきた」
「全く、あいつはハリエット達にまで迷惑をかけることが分からないのか? 本当に仕方のない奴だ」

 シリウスは低く唸る。ドラコは小さく頷いた。

「処遇は君に任せる。これまで父の手綱は握ってきたつもりだが……今回の件だ。アズカバン送りになるところを助けてもらった身で、父は――いや、もう何も言うまい。君の意見に従う」
「何を勘違いしているのかは分からないが、ドラコ、私はこの件を報告するつもりはない」

 ドラコはしばらく口を噤んだ。

「本気か?」
「ああ。このことが露呈すれば、まず君やハリエットに迷惑がかかることは必至だ。二人には注目を集めたくないし、レギュラスやアリエスだって白い目で見られる。私は二人の伯父なんだぞ。誰がそんな目に遭わせたいと思う?」

 ハリーは苦笑した。アルバスは少しだけ父のことを見直した。

「それに、君の言う通り、ルシウス・マルフォイも本気で逆転時計を使うつもりはなかったのだろう。そうだったなら、今、私達はここでこうしてお茶をしていない」
「だが、もしこのことがバレたら、君とて無事では済まない」
「一体誰がどうやってこのことを知るんだ? 君の父はまず漏らすはずがないし、私達だってそうだ」
「しかし――」
「私の意見に従うと君は言ったばかりだぞ」
「…………」

 ドラコはまた静かになった。シリウスの顔は緩んだ。

「ドラコ、諦めるんだな。ハリーの意志は固い。ここは甘えておくんだ。わたしもレグやアリエスのことは心配だからな……」

 子供の名はドラコに効いたらしい。彼はようやく頷いた。

「ありがとう」
「なに、気にするな。だが、最後に確認だが――君の父上は、もうやましいものは持ってないな?」
「散々家宅捜査したからな」

 ハリーの冗談めかした言葉に、ドラコは苦笑を浮かべ、シリウスも軽快に笑った。

「さて、我々はもう行こう。ハリー、また来てもいいな?」
「もちろんだよ、シリウス。ジェームズ達も喜ぶ」

 急に三人が立ち上がり、アルバスは慌てた。廊下まで出てこられれば、すぐに見つかってしまう。

 焦りからアルバスはすぐに立ち上がった。それがいけなかった。階段が大きく軋み、階下がシンと静まり返ったのが分かった。

「ジェームズか?」
「誰かが起きていたらしい」

 あわあわとアルバスはすぐさま階段を駆け上ったが、もう遅かった。呼び寄せ呪文で、アルバスはいつの間にかシリウスの腕の中にいた。

「盗み聞きをする悪い子はお前だな、アルバス?」
「僕、トイレに起きただけで……」
「どこまで聞いていた?」

 ハリーが険しい顔で尋ねた。途端にアルバスは表情を強ばらせる。

「何も……よく聞こえなかったし」
「嘘をつくんじゃない」
「嘘なんかついてない!」
「ハリー」

 ドラコは宥めるようにハリーに声をかけ、そしてアルバスを見た。

「アルバス、何を聞いたとしても、黙っていてくれるな? 私が言えたことではないが……レグやアリエスまで苦しむことになるんだ」
「アルバスは賢い子だ。ちゃんと分かってるよな?」

 シリウスが顔を覗き込んだ。アルバスはこっくり頷いた。

「僕、誰にも言わない」
「ありがとう」

 ドラコはアルバスの頭を撫で、シリウスは彼を離した。

「じゃあもう行く。ハリー、今日はありがとう」
「逆転時計の扱いには充分気をつけるんだぞ」
「分かってる」

 ハリーはおざなりに頷いた。昔は率先して危ないことを唆していたというのに、シリウスは年を重ねるにつれ、すっかり口うるさくなってしまった。

 これも孫を持ったからかと思うと、妙におかしい。ハリーは穏やかな笑みを浮かべて二人を見送った。そして振り返ったその場所には、もうアルバスの姿はなかった。