■呪いの子

18:スキーター再び


 夏休みも残り半分を切った頃、とある記事が、日刊予言者新聞の大見出しを飾った。その記事の執筆者は、流れるような文章と読者を煽るような書き方が特徴的なジャーナリスト、リータ・スキーターである。

 彼女が取り沙汰したのは、数ヶ月前から魔法界の話題をかっさらっていたマルフォイ夫婦の物語について。記者としてこの流れを逃す訳にはいかないと思ったのか、いや、むしろその逆――二人の物語を根底から覆すような記事を掲載したのだ。
『ハリエット・ポッターの美しくも虚構の愛』
 中傷記事に関してなら面白いほどに羽ペンが走るスキーターは、その記事をそう題した。
『最近巷を騒がせているマルフォイ夫婦の恋物語について、皆様一度は目にしたことがあるのではないだろうか?

 英雄の妹と死喰い人。

 敵対しながらも惹かれ合い純愛を貫く。

 二人の恋物語は美しい言葉の数々で彩られる。だが、光の裏には闇があるものではないだろうか? かの偉大な魔法使い、アルバス・ダンブルドアにも隠された真実があったように――アルバス・ダンブルドアについては、著作『アルバス・ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘』を参照頂きたい。

 ただ、誤解しないでいただきたいのは、かくいう私も、マルフォイ夫婦の恋物語の続きを切望する純粋なる一読者であったということだ――先日、興味深い情報を耳にするまでは。

 何でも、厳正で正確な情報源からの話によると――七月上旬頃、魔法省はウィルトシャーにあるマルフォイ邸から、逆転時計を押収したという。

 逆転時計といえば、セオドール・ノットも不正な逆転時計を所持していたとの噂があったが、今回はその比ではない。押収されたのは、まさに本物の逆転時計なのである。一時間遡れるだけの反転時計ではなく、五分間という制限もなく、何十年と昔に好きなだけの時間遡れる代物なのだ。

 これは明らかに違法だ。にもかかわらず、セオドール・ノットとは違い、噂にすらならないのはなぜか? 答えは明白である。親戚に魔法界の英雄がいるからだ。

 経緯は様々考えられる。己の経歴に傷がつくことを厭い、ハリー・ポッターがもみ消したか、もしくは義弟に同情し、もみ消したか――どちらにせよ、魔法法執行部部長のハリー・ポッターが知らないなんてことはないだろう。何しろ、押収したのはその本人なのだから。

 ただ、もちろん皆様ご存じの通り、この事件にはハリー・ポッターの長年の友人であり、マグル生まれでありながら今や魔法省大臣にまで上り詰めたハーマイオニー・グレンジャーも一枚噛んでいると考えられる。彼女の目を盗んで、違法な逆転時計所持をもみ消せるだろうか? いや、そんなことはできない。おそらく魔法省大臣の権力を用いて箝口令を敷いたに違いない。

 さて、この逆転時計とマルフォイ夫婦の恋物語がどう絡み合っていくのか、一旦は逆転時計のことを置いておき、マルフォイ夫婦に話を戻そう。

 まず、ハリエット・ポッター――ここでは、敢えて旧姓のまま表記させていただく――彼女の名前で思い出すのは、まず『継承者』という言葉ではないだろうか。

 『週刊魔女』から掲載された記事にも、継承者についての明記はなされていた。何でも、ハリエット・ポッターが秘密の扉を開いたのは、『闇の魔術に関する品物』に操られたからであり、彼女自身の意図ではない、ということだ。それが真実なのかについてはさておき、ここで、私はまたも厳正で正確な情報源から、とある証言を入手した。

 何でも、ハリエット・ポッターが継承者になり得たのは、マルフォイ家当主ルシウス・マルフォイが絡んでいたというのだ。

 当時、ルシウス・マルフォイがヴォルデモートの最も信頼の置ける部下のうちの一人だったというのは、皆様既にご存じの事実だろう――ヴォルデモートが姿をくらましたとき、彼は服従の呪文で操られていたのだと真っ先に弁明していたが、ただの操り人形がヴォルデモートの右腕になれるわけがないと今の今まで我々の中に疑問として残っている――そんな彼は、ヴォルデモートからとある大切なものを預かっていたらしい。それが秘密の部屋を開けるための『鍵』となるものだったのだ。

 巧妙にもルシウス・マルフォイはそれを何らかの方法でハリエット・ポッターに受け取らせ、操られたハリエット・ポッターは、秘密の部屋を開いた、という流れになる。

 ハリエット・ポッターとマルフォイ家には、もう一つ重要な縁がある――あの悲劇を縁と言って良いものか――ハリエット・ポッターがドラコ・マルフォイに拉致され、ベラトリックス・レストレンジによる拷問を受けた事件だ。

 後に、その時のドラコ・マルフォイは服従の呪文を受けており、己の意志でハリエット・ポッターを拉致した訳ではない――という証言がなされたが、果たしてはそれは事実なのだろうか? 服従の呪文といえば、先述の誰かの弁明を彷彿とさせるが、偶然にも彼とドラコ・マルフォイは親子である。この偶然とは言い切れない事実に、私は疑惑を膨らませずにはいられなかった。

 次第に一つ一つの情報が繋がりつつある中で、今度はハリエット・ポッターに注目しよう。ハリエット・ポッターは、双子の兄ハリー・ポッターが注目される中で、まるで影のようにいつも彼の側にいた。彼女の名が世間から注目を浴びたのは主に三度。スリザリンの継承者だったことが明らかになったときと、ヴォルデモート卿復活の場に立ち会ったとき、そして拉致されたときである。

 予言の子ではないにもかかわらず、彼女はなぜここまでヴォルデモート卿と近しい間柄にあるのだろうか? どうしてハリエット・ポッターを拉致するようドラコ・マルフォイに命じたかについても謎だ。ヴォルデモート卿は、ハリエットを拷問こそすれ、彼女の身柄と引き換えにハリー・ポッターの引き渡しなど何か対価を要求するようなことは決してなかった。これは一体どういうことなのだろう? ヴォルデモート卿は、何を目的としてハリエットを拉致したというのか?

 もう一つ浮かび上がった疑問は、なぜハリエットが継承者になり得たかということについてだ。これに関しては、先述の通り、秘密の部屋を開くための『鍵』に操られたから、というのが答えとして正しいとされている。だが、何かが引っかかる。――操られた? まさに、マルフォイ家が家訓のように口にしている妄言と同じではないか。

 果たして、ハリエット・ポッターは本当に操られていたのだろうか? 自らの意志で秘密の部屋を開いたことはないと、そう言いきれるのか?

 私は、かつて彼女が四年次の時、三大対抗試合の件でホグワーツに来校し、そして縁あって彼女を取材したことがある。その際、彼女は確かに言ったのだ。『マグルを恨んでいる』と。その時は、加害者であり被害者でもある彼女の心情を慮って詳しくは聞かなかった。だが、よく考えて見て欲しい。ただ操られただけの少女が、どうして後々ヴォルデモート卿に拉致されるまでに至るのか?

 あくまで一つの個人的な推察だが――ハリエット・ポッターは、ホグワーツ在校時、ヴォルデモート卿を崇拝するようになった、とは考えられないだろうか? 秘密の部屋を通して、かつてヴォルデモート卿もスリザリンの継承者となり得たことを知った――。ヴォルデモート卿も同じくハリエット・ポッターが『秘密の部屋』を開くための素質を持ち得ていたことを知り、彼女に興味を持った。そうして拉致されるまでに至ったのである。

 そう考えると、全てのことに納得がいく。死喰い人であるドラコ・マルフォイと仲が良かったこと、ヴォルデモート卿から殺されずに帰還が叶ったこと――。

 ヴォルデモート卿は、かつてマルフォイ家に信頼を置いていた。だからこそ、目をかけていたハリエット・ポッターを、嫡男であるドラコ・マルフォイに与えることも厭わなかった、とも考えられる。

 以前も一度、ハリエット・ポッターが実は死喰い人なのではないか、という噂が上がったことがある。まさしく彼女が拉致されたときである。しかしそれは不死鳥の騎士団によってもみ消された。ベラトリックス・レストレンジによる磔の呪文で正気を失った可哀想なハリエット・ポッター――そういう名目で。

 救出後、彼女はまるで世間の目から隠されるようにして姿をくらましたが、本当に拷問を受けたのだろうか? ヴォルデモート卿から洗脳を受け、彼を崇拝するに至った彼女を、騎士団は何とかして正気に戻そうとしていたのではないか?

 私はここにもう一度提唱しよう。ハリエット・ポッターは、ヴォルデモート卿の手下に下ったことは一度もないと本当に言い切れるのだろうか? むしろ、ヴォルデモート卿を崇拝していたのであれば、逆転時計を用いて彼の救命を目論むこともあり得るのではないだろうか? 既に逆転時計は押収したからと言って安心してはいけない。二つ目、三つ目と出てくるかもしれない逆転時計を警戒すべきなのだ。我々は、マルフォイ夫婦の恋物語などに踊らされず、今一度彼らの存在ついて考え直すべきなのだ。

 ――こうして、あくまで個人的な意見を述べさせていただいたが、この記事が世間の目に晒される頃には、魔法省からお怒りの吠えメールが来ている頃だろう――おそらくハリエット・ポッターの過保護な後見人か、自意識過剰な兄か、大親友を名乗る魔法省の最高権力者か、もしくはその全員かもしれない――聞けば、週刊魔女も魔法省から圧力を受け、マルフォイ夫婦の雑誌を回収せざるを得なくなったという。ただ、私はそれに関しては正しい判断だと言わざるを得ない。何しろ、私の推察が正しければ、マルフォイ夫婦は、英雄の妹と死喰い人ではなく、死喰い人同士がくっついたなれの果てだということになり、あれだけ美しく感じていた恋物語も、あっと驚くほど薄っぺらくもなるからだ。

 とはいえ、言論の自由が保護される中、魔法省からの圧力は問題ありと言わざるを得ない。おまけに、今の魔法省職員は、英雄の知り合いばかりになっている。親友に、名付け親に、ダンブルドア軍団に、今や妻の実家ですら魔法省職員が半分はいる。何という嘆きたくなる事態か。魔法界の英雄といえど、仕事場くらいはぬるま湯に浸かっていたいというのが素直な心情か。呆れてものも言えない。

 とまあ、話は脱線してしまったが、私はとにかくマルフォイ夫婦の、美しいと称される物語にただ純粋な疑問を投げかけたかっただけなのだ。魔法界の英雄の妹と闇の魔法使いの一族が――そして本人も死喰い人だ――結婚し、子をなし得るまでに至るには、純粋な愛だけでは成り立たない何かがあるはずだ、と。

 ここまではっきり言ってしまった私には、必ず何らかの不幸が待っているだろう。かの週刊魔女のように圧力をかけられるか、それとも無職へと追い立てられるか、それどころかあらぬ疑いをかけられ、裁判もなしにアズカバン行きになることもあるかもしれない。それほど魔法界の英雄と魔法省大臣の権力は凄まじい。知り合いだらけの魔法省に、二人へ異を唱えられる猛者はいないのだ。

 もしも私が急に消息を断ったり、もしくは不名誉な嫌疑をかけられた時は、どうかこの記事のことを思い出してほしい。そして悟って欲しい。私の口が塞がれたのだと。

 私には、記者として、常に真実を発信し続ける義務がある。私は魔法省からどんなに理不尽な圧力を受けたとしても、決して屈しないとここに誓おう。それが私の使命でもある』
「何が使命ですって!」

 ハーマイオニーは怒りのあまり新聞をバンとテーブルに叩き付けた。それだけでは飽き足らず、すぐに杖先から出した炎で塵になるまで新聞を燃やし尽くす。

「信じられない、最低な中傷よ! あの女、気に入らないんだわ、デルフィーの書いた記事が、自分のものよりも目立ってるのが!」
「こうなったらもう黙ってることなんかできないな」

 母親の剣幕に若干怯えているヒューゴを宥めながら、ロンも拳を握る。

「スキーターのアニメーガスをバラそう。お望み通り、アズカバン送りにしてやれ」
「でも――そうしたいのは山々だけど――できないわ。あの女、挑発してるのよ。やれるもんならやってみなさいって言ってる。でもその通りよ。今ここで私達があいつのアニメーガスをバラしたらどうなると思う? スキーターの記事は本当だって言ってるようなものじゃない」
「じゃあ何もせずに傍観するって言うのか? 今こそあの女に目にもの見せてやるときだ」
「私だってそうしたいわよ!」

 ハーマイオニーは金切り声で叫んだ。声が詰まり、すぐには言葉が出てこない。

「あいつ――本当に――許せない。どれだけハリエットを苦ませれば気が済むのよ! ただでさえボガートの件で憔悴してるのに……。そもそも、どうして逆転時計の件が漏れたの?」
「そうだ、私は逆転時計なんてこの記事で初めて知ったぞ、どういうことだ?」

 ロンは子供達を二階へ追い立て、声を潜ませた。ハーマイオニーは夫へ顔を近づける。

「ノットの家から逆転時計を押収したっていう噂を聞きつけて、ルシウス・マルフォイが、自分は本物を持ってるってドラコに言ったそうなの。それでドラコが取り上げて、ハリーの家に持ってきたのよ」
「本物? 記事にある通り、本当に何十年もの昔に遡れるものなのか?」
「そうよ。でも、その逆転時計については、ルシウス・マルフォイとドラコ、ハリーとシリウス、それに私しか知らないはずだわ。あの女、どうやって入り込んだのか――」

 ハーマイオニーはくしゃくしゃと頭をかき回した。

「いえ、でもやっぱりおかしいわ。私達、あの女にはいつも警戒して、家にはあらゆる呪文をかけてスキーター避けをしてるもの。それを掻い潜る能力なんて、あいつにあるわけがない」

 ハーマイオニーは早口で言い、立ち上がった。

「とにかく、私、ハリエットの所に行かなくちゃ。ハリーも呼んで作戦会議よ」
「私も行く」
「あなたは子供達を――いえ、そうね。あなたがいたら場も和むかも」
「とぼけたことを言うのは大得意さ」
「期待してるわ」

 ハーマイオニーはロンにキスをして、二人一緒に姿くらましをした。今にも雨が降りそうな天気だった。