■呪いの子
19:新学期のお祝い
朝、いつものように新聞を読んでいたと思ったら、突然ハリーは血相を変えて『出掛けてくる』と姿くらましをした。後に残されたジニー達は呆気にとられたが、彼の残した日刊予言者に目を通して納得した。ジニーはハリエットを思い、口数が少なくなったし、アルバスは激しい後悔に苛まれていた。自分がしでかしたことの重大さにようやく気づき、同時にスネイプが言いたかったことを理解した。しかし、後悔してももう遅かった。スキーターによるハリエットの中傷記事は出てしまっていた。
疲れた顔で戻ってきたハリーは、ジニーよりもまずアルバスを自室に呼んだ。アルバスは、これから自分が何を言われるのかが分かっていた。
――お前のしたことは間違っていたんだと叱られる決まってる。そして、それは事実であり、重く受け止めるしかない――。
「逆転時計のこと、デルフィーに話してはいないな?」
「……え?」
一瞬何を言われたのか分からず、アルバスはハリーを見上げた。
「……僕のこと、疑ってるの?」
「そういう訳じゃない。確認してるんだ」
「僕、誰にも言ってない!」
「レギュラスには?」
「レグにだって言ってない!」
どれだけこの人は自分のことを信用していないのだろう。
そう思うと、アルバスは途方もなく悲しくなった。ハリーは言い訳をするように続ける。
「逆転時計のことは、私とドラコ、シリウス、そしてハーマイオニーしか知らない。念のため確認する必要があっただけだ。お前達はデルフィーと繋がっているし、デルフィーは――きっと私を恨んでる」
「恨まれるようなことをしたからだよ」
アルバスは吐き捨てるように言った。
「でも、デルフィーはそんなことするような人じゃない。父さんみたいな人種じゃないんだ」
「……アルバス」
「僕、もう行って良い? 叔母さんの所に行かなくちゃ。僕たちのせいであんな記事が出たんだし……」
「行くな。お前が行ってもどうにもならない」
「でも行かなきゃ」
アルバスはハリーを振り切って一階へ降りた。煙突飛行粉を一掴みし、ひと思いに『ブラック邸!』と叫ぶ。
無事にブラック邸についた後は、アルバスはあちこちについた灰を振り落とした。すぐにクリーチャーがやって来て身体を綺麗にしてくれる。
「アルバス様、今、皆様はお取り込み中で――」
「皆は下?」
階下の厨房からは、何やら言い争う声が聞こえていた。クリーチャーの返事も待たずにアルバスは階段を降りていく。
階段の一番下に、レギュラスの姿があった。パジャマ姿で、ピッタリ扉に耳を当てている。レギュラスはすぐにアルバスに気づいた。青白い顔に僅かに朱が戻ったが、しかし眉は頼りなさそうにへたれている。
アルバスは、レギュラスの隣で扉に耳を押し当てた。そんなことをせずとも中の声は全て丸聞こえだった。シリウス、ロン、ハーマイオニーの三人が、熱中して論争していた。
「わたしが何としてでもスキーターを捕まえてやる。そのままアズカバンに放り込んで、吸魂鬼のキスをくれてやる!」
「そいつは妙案だ、シリウス! コガネムシのままクルックシャンクスに食わせてやっても良いな」
「ロン、馬鹿言わないで。クルックシャンクスがお腹壊すでしょう」
ハーマイオニーは険しい表情で言った。
「私も手放しで賛同したいところだけど、でも駄目よ。ロン、さっきも言ったでしょう。あいつに制裁を加えれば加えるほど、私達の状況は悪くなるし、ハリエットが悪目立ちすることになる。あいつのアニメーガスをバラすのだって、時期を考えなきゃ。今は絶対に駄目。タイミングが悪すぎる」
「じゃあどうするのさ。このままあいつを野放しになんてできないぜ」
「一旦怒りを静めるの。今はとにかくハリエットのことよ」
ハーマイオニーは落ち着かない様子でウロウロ歩き回った。
「でも――ああ、どうしたら良いのか分からないわ。私達が反応すれば野次馬を面白がらせるだけ。でも黙ってはいられない。本当にどうしたら良いの?」
「味方になってくれる人がどれだけいるかも問題だ。まだホグワーツなら良かったが――ハリエットの職場は魔法省だ。しばらく外出は控えるとして、職場には行かないわけにはいかない。魔法生物規制管理部は――正直畑が違いすぎてよく分からない。ハーマイオニー、ハリエットの味方になってくれそうな人はいるのか?」
「ええ……そうね。ルーナは同じ所属だけど、今はインドに行っているし、ロルフも――ああ、そうだった、今はオランダよ。もう一人は――駄目だわ、管轄が違う!」
「ハーマイオニー、落ち着け」
シリウスが宥めた。
「噂が落ち着くまで、休みを取るというのは?」
「私はそれでも良いと思うわ」
ハーマイオニーは静かに言った。
「でも、ハリエットがそれを良しとするかどうかよ。『逃げ』だと思うかもしれないわ」
アルバスはもうそれ以上聞いていられなかった。レギュラスの腕を引っ張り、階段を上る。
「レグ、叔母さん達は?」
「部屋にいる」
すっかり意気消沈してレギュラスは答えた。
「新聞を読んだとき、お母さん本当に驚いたみたいで……具合悪そうにすぐに部屋に引っ込んじゃったんだ。お父さんが様子を見に行ったけど、戻ってこない……」
「レグ……」
「僕、もうこんなの嫌だよ……。どうして皆好き勝手に僕の家族のことを言うんだろう……」
アルバスは黙ってレギュラスの背中を撫でた。答えは見つからなかった。
*****
ハリエットが寝込んでいても、マルフォイ一家がまるでお通夜のように存在感を薄くしていても、アルバスやレギュラスが共通のことで思い悩んでいても、時は同じように流れた。新学期は目前に迫り、レギュラスは母親から離れてホグワーツに行くことになり、アルバスもまた、同じく父親から離れることになる。状況は同じでも、二人のその心情は似ても似つかない。
ホグワーツへの身支度に向け、アルバスの部屋の外は騒がしかった。
「ジェームズ、ねえ、髪のことは放っておいて、部屋を片付けなさい」
「放っておけないよ! ピンク色なんだよ! 透明マントを使わないといけない!」
「お父さんはそんなことのためにマントをあげたんじゃないわ」
「誰か私の魔法薬の本見なかった?」
「リリー、まさかそんな格好で学校に行くんじゃないわよね?」
誰かがアルバスの部屋の扉を開いた。その拍子にチラリと外の様子が垣間見える。――ジェームズの髪は見事なピンク色に染まっていたし、リリーは上機嫌に背中の妖精の羽根をパタパタさせていた。
扉から顔を覗かせたのはハリーだった。
「やあ。新学期のプレゼントを持ってきた――一つじゃない。ロンとドラコ、シリウスのもある」
ハリーはそう言って部屋の中に入ってきた。ベッドの上に小さなガラス瓶と、カプセルのようなコマ、鏡を置いていく。
「ロンのは愛の妙薬だ。ジョークグッズさ。リリーはおならをする庭小人、ジェームズは櫛。梳かしたら髪がピンクになった。まあ……ロンはそういう奴だ」
ハリーは一つずつ説明した。
「ドラコはかくれん防止器。――お前たちのことを心配してるんだ。ホグワーツに行ったら何か言われるんじゃないかって。しばらくは警戒した方が良い。怪しいものがあったら教えてくれる」
続いてハリーは鏡に移った。懐かしそうに目を細めている。
「これは両面鏡と言ってね、対となる鏡と合わせて使う。鏡を覗き込んで名前を呼べば、相手と話ができる。もう一つはレギュラスが持ってるよ。君たちは仲が良いし、役に立つんじゃないかってシリウスが……。――私達も、これでよくシリウスと話をしたものだ。ハリエットとの喧嘩を取り持ってもらったり、分霊箱探しの時にも役立った。これにはいろいろと思い出はあるが、お前達の方がより有意義に使えるはずだ」
ハリーは緊張した面持ちで懐に手をやった。そして取りだしたのは、若草色の毛布だ。
「それで、私からは……」
「古い毛布?」
ハリーは頷く。
「今年は何を贈ろうかと随分考えた。ジェームズは……まあ、随分前から透明マントをほしがっていたし、リリーは羽根が大好きだ……アリエスとお揃いのをプレゼントしたら喜んでくれた。でも、アルバス、お前ももう十四歳だ。何か……大切な意味のあるものを贈りたかった。これは、父さんの母さんからもらった最後の品だ。これ一つしかない。私とハリエットは、これにくるまれてダーズリー家に預けられた。無くなってしまったと思っていたんだが――お前の大おばさんのペチュニアが死んだときに、驚いたときに遺品の中に埋もれていたのをダドリーが見つけて、私達に送ってくれた。それ以来、幸運に恵まれたいときにはこれを探して、しっかり握った。もしかしたらお前も……」
「でも、父さん達が持っているべきだ」
毛布に触れながら、アルバスは言った。
「いや、しかし――私は今度はお前に渡したいんだ。ハリエットに話したら、お前にあげたいと言ってくれた。私達には時間が必要だ。二人一緒にゆっくり話す時間が……。私はお前に会いに――その毛布に会いに――ハロウィーンの夜に訪ねていくかもしれない。もしかしたら、ハリエットやレギュラスも来るかもしれない……その時は、四人で過ごして――」
「悪いけど、僕、荷造りで忙しいんだ。父さんも魔法省の仕事で忙しいだろうから……」
アルバスは遮るようにして言った。ハリーはめげずに、訴えかけるように続ける。
「アルバス、この毛布をお前に持っていて欲しい」
「何の役に立つって言うの? 透明マントなら分かるよ。かくれん防止器も、両面鏡も――でも、これは何のために使うの?」
ハリーは落胆したような顔になった。アルバスから目を逸らし、部屋の中を見回す。
「手伝おうか? 荷造り。父さんは荷造りが好きだった。プリベット通りを離れてホグワーツに戻るってことだったからね……」
「父さんにとっては、ホグワーツがこの世で一番素晴らしいところだった。知ってるよ。でも僕にとっては違うんだ。押しつけないでくれるかな――父さんと一緒にいると苦しくなる」
アルバスは、まるで恨むかのようにハリーを見た。
「僕、父さんの息子じゃなかったら良かったのに」
はっきりとそうアルバスは口にした。ハリーは怒りで我を忘れた。
「じゃあ行けば良い」
そして黙って部屋の外を指差す。
「どこへなりとも、好きな所に行けば良い!」
しん、と静かになった。アルバスは黙って頷く。一瞬の間の後、ハリーは自分が何を口走ったのか気づいた。
「いや、アルバス、そういうつもりでは……」
「いいや、そういうつもりなんだ。僕なんかいなくなればいいんでしょう」
「アルバス、お前は私をイライラさせるやり方を知っている……」
「父さんは本気で言ったんだ。それに、はっきり言って無理もないと思う」
アルバスは毛布をつまみ上げて放り投げた。ロンがプレゼントした愛の妙薬の瓶に当たり、薬が零れる。薬は毛布やベッド一杯に広がり、ポッと小さな煙を上げた。
「これで僕には愛も幸運も無しだ」
アルバスは部屋を飛び出し、ハリーは後を追った。
「アルバス、アルバス、待ってくれ――」