■呪いの子

02:英雄の息子


 ローズの言っていたことは、もしかしたら本当だったのかもしれない。

 もともと、親戚同士の集まりでも、アルバスとレギュラスは一緒にいることが多かったが、コンパートメントで乗り合わせて以降、二人はすっかり意気投合した。ただ、それは寮の組分けが一因でもある。皮肉にも、互いを親友たる存在になし得たのが組分けだった。

 レギュラスはもちろんスリザリンだったし、アルバスもスリザリンに組み分けられた。同じ寮になれたことに、レギュラスは手放しで喜んだが、アルバスの内心は複雑だ。そして、レギュラスが組分けについて話したことが、この先もアルバスの心に暗いものを落とすことになる。
『僕ね、組分け帽子に、スリザリンよりもグリフィンドールか、もしくはハッフルパフが一番向いてるって言われたんだ。レイブンクローは駄目なのって聞いてみたら、君には知性の欠片もないって。全く失礼するよね! 僕のお父さんは監督生だったんだぞ!』
 レギュラスの言葉を受けて、ますますアルバスは落ち込んだ。

 スリザリンに行きたがっていたレギュラスでさえグリフィンドールの選択肢があったのに、僕は……。

 アルバスは、組分け帽子にお願いする間もなく、スリザリンに組分けされたのだ。高々と『スリザリン!』と叫ばれた時、アルバスはしばらく呆然とその場に座ったままだった。マクゴナガルに優しく肩を叩かれ、ようやく我に返ったくらいだ。

 痛いくらい周りの視線を感じた。一番悲しかったのは、グリフィンドールのテーブルからジェームズが呆気にとられた顔でこちらを見ていたことだ。『ほら見ろ』という悪戯っぽい顔だったらまだ良かったかもしれない。ジェームズは、アルバスをからかいながらも、グリフィンドールに入るだろうと信じていたのだろう。にも関わらず、アルバスのこの裏切り。そのことが、今のアルバスにとって、何よりも辛くて堪らなかった。

 唯一の救いは、スリザリンのテーブルで、レギュラスが誰よりも一番大きく拍手をしていたことだろう。『こっちこっち!』と大きく手を振り、隣の席にアルバスを座らせたのである。

 初めてのホグワーツでのご馳走だったが、残念ながら、アルバスはほとんど何も覚えていなかった。ベッドに倒れ込んだとき、ふっと頭の中に蘇ったのは、連れ立って階段を登っていくグリフィンドール生達の後ろ姿だった。


*****


 スリザリンに組み分けされたアルバスのホグワーツでの生活は、想像していたものとはほど遠いものだった。

 父親が魔法界を救った英雄だという情報は、アルバスが入学する前からホグワーツに蔓延っていたようで、廊下を歩くだけで皆から囁かれる。中には、父親に似ているだの、やっぱり似ていないだの、いい加減なことを言ってくる生徒もいる。こっちは向こうのことなど知らないのに、相手は自分のことを全て知っているかのように気軽に話しかけてくる。正直かなりのストレスだった。

 おまけに、英雄の息子がスリザリンに組み分けされたという事実も、余計に好奇の視線を集めた。純血ではないアルバスはスリザリンからは鼻つまみ者だったし、他寮生からも、その奇異の出自から遠巻きにされた。話しかけてくる者がいるとすれば、それは好奇心の塊か、からかってくる者だけだ。

 肝心の授業もうまくいかない。ジェームズのように要領よくできないし、ローズのように頭が良いわけでもない。アルバスが何か失敗をすればすぐに目立ったし、失笑を買った。それが余計にアルバスの自信喪失に拍車をかけた。

 一番屈辱的だったのは、グリフィンドールと合同の飛行訓練だった。

 空を飛べるのだと鼻の穴を膨らませる同級生に比べ、アルバスはこの時も自信がなさそうに背中を丸めていた。

「箒の上に手を突きだして、『上がれ』と言いなさい」
「上がれ!」

 マダム・フーチのかけ声と共に、生徒は一斉に声を上げた。

 一番に箒が上がったのは、ローズとヤン・フレデリックスだ。

 二度目のかけ声の時には、アルバス以外の全員が、箒を手の中に収めることができた。アルバスの箒は、地面に転がったままだった。

「上がれ、上がれ、上がれ!」

 焦りと共にアルバスは叫ぶが、箒はピクリともしない。アルバスは打ちひしがれて手を下ろした。周りから忍び笑いが聞こえてくる。

「マーリンの髭! なんて恥さらしだ。父親とはまるで違うじゃない?」
「スリザリンのスクイブだ」
「なんてこと言うんだ!」

 聞こえないふりをするアルバスの代わりに、レギュラスが怒った。

「アルバスはスクイブなんかじゃない! スクイブの意味を知らないのかい? 図書室でちゃんと調べた方が良いよ」
「何だと?」

 本気で言っているレギュラスに対し、馬鹿にしているとしか思えなかったカール・ジェンキンズはレギュラスに詰め寄った。小柄なレギュラスはそれだけで圧倒されていた。

「レグ、いいよ」
「でも――」
「僕のこと馬鹿にして言ってるんだ」

 力なく首を振るアルバスに、レギュラスは何か言いたげに口を開いた。だが、結局そこから言葉が飛び出すことはなく、悔しそうにカールを睨んだ。

「皆さん、さあ飛んでみましょう」

 マダム・フーチのかけ声によって、授業は再開された。だが、その後のアルバスも散々な結果だった。

 箒に乗り、空を飛ぶことには成功したが、どうにもぐらつき、常に危なっかしく、そんな状態では高いところなどいけるわけもない。

 ローズやヤンは、もうすっかり飛ぶのにも慣れ、見上げるほどに高い場所をびゅんびゅん自由に飛び回っていた。

 きっとこの場の誰もが、自分よりもローズの方が英雄の子供にふさわしいと感じるだろうと思うと、アルバスは一層情けなく思った。

 授業が終わると、アルバスは逃げるように一番に箒を返しに行った。皆はまだ空と離れがたいようで、休憩時間を割いてでも箒を手放さない者がほとんどだ。おかげで誰からも絡まれずに済んだ。

 極力影を薄くして城の中に入ろうとしていたアルバスだが、最後の最後でマダム・フーチに呼び止められた。息を切らして追いかけていたレギュラスもアルバスの隣に収まった。

「ミスター・ポッター、気を落とすことはありませんよ」

 マダム・フーチは、はしゃいだ様子で飛び回る生徒たちを油断なく見守りながら言った。

「最初は誰だってうまくいかないものです。あなたのお父様は、珍しく箒の才能が豊かでしたが――得手不得手は、親子だからと似るわけではありません」
「でも、僕はマグル生まれの子よりも飛ぶのが下手でした」

 先生に慰められるのが惨めで、アルバスは気にしないようにしていた所を自ら挙げた。

「それは――」

 マダム・フーチは一瞬言葉を失った。すぐに難しい表情になる。

「プライバシーに関わることですが……まあ許してくれるでしょう」

 そんなことを呟き、彼女は生徒たちから一瞬目を離し、アルバスを見た。

「あなたの――叔母に当たるのかしら、ミセス・ハリエット・マルフォイ、分かるでしょう?」
「はい。パパの妹の……」
「そう。彼女も箒は苦手でした。最初の頃は一メートルしか飛べないくらい」
「そうなんですか?」

 レギュラスは目をキラキラさせて聞き返した。単純に母親のことが聞けて嬉しいといった顔だ。

「ええ。でも、スリザリンのミスター・ドラコ・マルフォイに教わって、一年経つ頃には、ダンブルドア先生に褒められるくらい上手に飛べるようになったんですよ」
「それは初耳です!」

 レギュラスは身を乗り出した。マダム・フーチは次第に自分がアルバスに話しているのか、レギュラスに話しているかよく分からなくなってきた。

「とにかく、箒は練習あるのみです。上手い誰かに教わるのがいいかもしれませんね。例えば、ミス・ローズ・ウィーズリーはどうです? 従姉なんでしょう?」
「はい……」

 アルバスはちらりとローズの方を見る。彼女は、勇ましくグリフィンドールの男の子達と箒で追いかけっこをしていた。

「考えてみます」
「自主練をするのなら、箒の貸し出しをしますから、いつでも来なさい」
「はい」

 ぺこりと頭を下げ、アルバスはレギュラスと共にホグワーツ城へと入って行った。ローズに教わるという選択肢は、今のアルバスの中にはなかった。




*おまけ:レギュラスの組み分け*


「ほほう、面白い。マルフォイ家とポッター家が結ばれ、君が生まれたのか。ううむ、やはり私の組み分けは間違っていなかったようだな。父親はスリザリンで、母親はグリフィンドール。寮の違いも、むしろそれが互いをよく知る手段となり得る。はてさて、君にはどんな寮が良いだろうか」
「うわあ、すごい! 本当に帽子が喋った!」
「君のように私の存在に驚く子は多い。ほとんどがマグル生まれだがね。さて、君は……ふむ、一番向いているのはハッフルパフだな。心優しく、他者を思いやることができる。ハッフルパフに行けば、君はたくさんの人から慕われるだろう」
「ハッフルパフって、お母さんに適性があった所でしょう?」
「そうだ。君の母親にはハッフルパフをおすすめしたが、どうしても兄と一緒の所が良いとグリフィンドールを熱望してな。そう、そうだグリフィンドール。ここもなかなか君には似合う。ここぞというときに勇気を発揮できるのは母親似か。控えめだが、一度決意をすれば、それが揺らぐことはない。自発的な行動力はないが、誰かのためには己が傷つくことも厭わずに助けに入ることができる。グリフィンドールに行けば、君はたくさんの友達を得ることができるだろう」
「友達……とっても魅力的な言葉だけど……でも、僕はスリザリンに行きたいんだ。スリザリンだとどうなるの?」
「スリザリン? 君にはあまり向かないだろうな。スリザリンでは、君は父親のようにうまく周りと付き合うこともできないだろう。だが、半分流れている、マルフォイ家の血筋のみで君はスリザリンを選ぶこともできる」
「独りぼっちになっちゃうってこと?」
「いいや、そういう訳ではない。スリザリンで君は、真の友を得ることができるだろう。同時に、君自身が一番成長できるのがスリザリンだ」
「真の友――うん、いいね! 僕、たくさんの友達も良いけど、一生一緒にいられるような友達が欲しい! スリザリンに行きたい!」
「では――」
「あっ、ちょっと待って。最後に一つ聞きたいんだけど、いい?」
「何だね?」
「ここまで三つの寮が出てきたけど、どうしてレイブンクローは出て来なかったの? レイブンクローは駄目なの?」
「レイブンクローは君には向かない。君には知性の欠片もないからな」
「えっ――」
「スリザリン!」
「ねえ、最後のってどういう――」
「ミスター・マルフォイ。組み分けはもう終わりました。早くお行きなさい」
「でも、僕……」
「ほら早く」
「最後のって……」