■呪いの子

21:臨時総会


 大会議室へ向かうまでの道のりを、ハリーは急ぎ足で歩いていた。思っていたよりも子供達の見送りに時間がかかったのだ。ハリエットの記事について、見解を聞かせて欲しいと記者達に囲まれたのが主な原因だ。

「ハリー、遅いぞ」

 迎えに来た訳ではないだろうが、エレベーターを降りたところで、ロンが一人待っていた。

「ジニーから聞いた。傷が痛んだって本当か?」
「本当だ。ここ二十二年ずっと痛まなかったのに、昨夜突然だ――」

 額に手を当てながら、ハリーは会議室の扉を開けた。皆の視線が一斉にハリー達に向けられる。

 魔法省の大会議室には、大勢の魔女と魔法使いがひしめいていた。ドラコやシリウス、ジニーもその中に混じっている。

 高い壇上には、ハーマイオニーが立っていた。ハリーはその隣に立った。ハーマイオニーはパンパンと手を叩く。

「静粛に、静粛に。ようやくハリーのご到着です」
「遅れてすまない」
「結構、臨時総会を開催します。これほど大勢がお集まりくださったことを嬉しく思います。魔法界はここ何年にもわたって平和に暮らしてきましたが、さあ、ハリー?」

 ハリーは一歩前に出た。

「ヴォルデモートの仲間達がここ数ヶ月動きを見せています。ヨーロッパを移動するトロール、海を渡り始めた巨人等、我々は追跡してきましたが、狼人間は残念ながら数週間前に姿をくらましました。どこに向かっているのか、誰がそそのかしているのかは分かりません。しかし、これらが何を意味するのかが心配です。そこでお伺いしたいのですが、どなたか、何を目撃しましたか? 何を感じましたか? 些細なことでもいいのです。お気づきになったことを、杖を上げて発言なさってください――マクゴナガル教授、どうぞ」
「夏休みから戻ったとき、魔法薬の倉庫が荒らされていました。毒ツルヘビの皮や、クサカゲロウなどが多少なくなりました。危険物リストに載っているものはありません。ピーブズが盗んだと考えています。また、ルーピン教授が閉じ込めておいたボガートも一月ほど前から行方知れずです。その時にはもう生徒もホグワーツにはいなかったため、ボガートが勝手に抜け出したものと考えていますが――」
「ボガート?」

 ハリーやシリウス、ドラコが一番に反応した。ハーマイオニーは何か考えるような素振りを見せる。

「ボガートが……何か?」

 念のためと報告しただけのマクゴナガルは、思いのほかボガートに食いつかれ戸惑った。ハーマイオニーはすぐに笑みを浮かべた。

「いいえ、何でもありません。教授、ありがとうございます。調査します――早急に。他にご発言のある方は?」

 ハーマイオニーは会議室を見回した。ざわざわするだけで、杖は上がらない。

「分かりました。それと――一番深刻なことで――これはヴォルデモート亡き後に起こったことがないのですが……ハリーの傷跡が再び痛み始めました」

 会議室が再び騒然となる。そんな中、誰かが声を上げた。ジョン・ドーリッシュだ。

「ヴォルデモートは死んだ。もういないのだ」
「ええ、そうです。ヴォルデモートは死にました。しかし、いろいろ考え合わせると、ヴォルデモートか、またはその痕跡が戻ってくる可能性を示唆しています」

 会議室が再びざわめく。

「それならば、大臣のご友人に聞けばよろしい。君の闇の印が、何か感じなかったかと。一瞬、チクリとでも痛まなかったかと。――まあ、仮に痛んだとして、偽りを口にする可能性も大きいが」
「魔法大臣として、その発言は見過ごせません」

 ハーマイオニーは毅然として魔法使いを見つめた。彼がドラコのことを揶揄しているのは明らかだった。

「あなたは今、闇の印を持つ者に対しての偏見をはっきりと口にしました。闇の時代は去りました。私の友人の汚名も裁判できっちりとそそがれた上、二十年以上も経った今、あなたは何をそんなに神経質に気になさっているんでしょう? 再びヴォルデモートの脅威が迫っているかもしれない今、私達は協力すべき時なのです。悪意に満ちた発言はお控え願います」
「悪意に満ちた?」

 ドーリッシュがわざとらしく聞き返した。

「私はあくまで客観的事実を述べたに過ぎない。なぜハリー・ポッターの額の傷が痛んだだけで招集されなければならない? できることならば、もっと他に決定的な証拠が揃ってからにして欲しいところだね。私は……そうだな、てっきり日刊予言者に関して、お馴染みの箝口令を敷かれるのだと思ってここへやって来たのだが」
「今回の議題に関して関係のない発言はお控えください」
「関係は大ありだろう。ヴォルデモートと繋がりがあるかもしれない者と同じ部屋にいるだけで虫唾が走る」
「ドーリッシュ」

 見かねたシリウスが口を挟んだ。

「これまで何度も面白おかしく中傷記事を書いてきたリータ・スキーターごときを信じるというのか? ハリエットが死喰い人だと? ドラコがヴォルデモートと繋がっていると? 馬鹿馬鹿しい。ヴォルデモートに魔法省が支配されながらも反旗を翻さず、ただ言われるがままに従っていたお前のような奴に二人のことをとやかく言われたくない。支配される側だったお前に、二人の何が分かるんだ?」
「少なくとも、今の魔法省はお前達側の人間ばかりだと言うことは分かる」
「シリウス、ドーリッシュ、静粛に」

 ハーマイオニーは杖を上げた。

「ドーリッシュ、私はハリエット・マルフォイのことに関して、必要以上のことを口にするつもりはありません。ただ、これだけははっきり言います。ハリエットは死喰い人ではありません。スキーターの記事は事実無根です。死喰い人でもなければ、ヴォルデモートに心酔したことなど一度たりともありません。自分の両親の敵に心酔するだなんて、どうしてそんな風に思えるのか、私には想像もつきません。きっとその人には人の心というものががないんでしょうね」

 ハーマイオニーはドーリッシュをきつく睨み付けた。

「あなたのようにスキーターに踊らされる人がいるから、彼女の中傷記事に苦しむ人が後を絶たないんです。今後、ハリエットやドラコのことに関して口を開くことを禁じます」
「逆転時計のことはもみ消したのに、よくもまあ偉そうな口を叩けるものだ」

 ピクリとハーマイオニーの眉が動く。ドーリッシュは更に続けた。

「君とて、英雄のご友人だからその職に選ばれたに過ぎない。大臣の座にのさばっていられるのも今のうちだ」

 ロンは椅子を蹴飛ばす勢いで席を立った。ドーリッシュに詰め寄ろうとするが、ジニーに押しとどめられる。

「その口に平手打ちのキスをくれてやろうか?」
「おお、これまた英雄殿のご友人の登場だ。――口には出さないだけで、皆そう思ってる。魔法省の圧力もものともしない豪胆なジャーナリストが、今回それを表沙汰にしただけだ、違うか?」

 ドーリッシュも席を立った。だが、ロンとやり合うためではない。

「あなた方の大切な英雄の傷が痛んだ。おお、これは大事だ。内輪だけで労ってやったらどうだね? 私はそんなのはごめんだがね。これで失敬する」

 彼が会議室を出て行くと、一人、また一人と会議室を出て行くものが後を絶たなかった。ハーマイオニーは躍起になって叫んだ。

「皆さん、それでは困ります、戻ってください! 今こそ戦略が必要なのです!」


*****


 漏れ鍋でデルフィーと合流した後、アルバスとレギュラスはロンドンの官庁街に向かった。逆転時計で過去に戻り、ハリエットを救うという計画にデルフィーは大賛成してくれた。過去を変えれば、今のアルバス達が、デルフィーに記事を頼むこともなくなり、彼女が解雇されることもない。

 問題は、どうやって逆転時計を盗むかだが、驚いたことに、デルフィーはポリジュース薬を持っていた。彼女は魔法薬の調合が趣味で、ポリジュース薬もその一環で作っていたというのだ。

「本当にこれを飲むの?」

 レギュラスは疑い深い顔で薬の入った瓶を見つめた。

「ポリジュース薬ってすごく不味いって話だよ。それに痛いって」
「でも、これ以外に方法があるか? 僕たちは運が良い方なんだ。ポリジュース薬を作れる味方がいる奴なんて、この世に一体何人いる?」
「ハーマイオニーおばさんは作れるよ。お父さんやシリウスお爺ちゃん、スネイプ先生も」
「例外をポンポン口にしちゃ駄目だ。味方って言っただろう? スネイプなんか、敵中の敵じゃないか」
「仮にも先生の名前がミドルネームに入ってるのに、そんな言い方しちゃ可哀想だよ……」

 さすがのレギュラスも顔を引きつらせた。アルバスもようやく我に返った。

「――とにかく、普通の人にポリジュース薬の調合は無理なんだから、デルフィーが味方で助かったよ。ほら、飲むよ」

 アルバスは瓶に口をつけたが、なおも臆病なレギュラスが彼のローブを引っ張る。

「でもこれ、魚の味がするって聞いたよ。僕、魚は苦手なんだ。これのすぐ後に蛙チョコを食べてもいいかな?」
「ルーピン先生みたいなことを言うんじゃない」

 アルバスはペシリとレギュラスを叩いた。以前、ルーピンの研究室でダラダラしていたとき、スネイプが脱狼薬を持ってきたことがあったのだが、その際、ルーピンは、砂糖を入れると効果がなくなる薬に対し、レギュラスと全く同じことを言って駄々をこねていた。怖い顔のスネイプに一蹴されていたので、おそらく同時に飲まなくても薬の効果を打ち消してしまうのだろう。

「あー、コホン、二人とも?」

 黙って二人の会話を聞いていたデルフィーは、ようやく躊躇いがちに片手を上げた。

「君たちの会話って、うーん、聞いてると面白いんだけど、でも、私達には時間がない、オーケー?」
「オーケー……」

 アルバスは恥ずかしそうに笑い、そして一息に薬を飲んだ。アルバスも慌てて瓶を傾ける。

「う、うわー――」

 二人とも姿が変わり始め、痛みに身をよじった。ポリジュース薬の効果が出始めたのだ。