■呪いの子

22:魔法省侵入


 ハリー、ハリエット、ハーマイオニー、ドラコ、ジニーの五人は、狭い会議室の中を落ち着きなく歩き回っていた。

「汽車の沿線をくまなく探したのか?」

 ドラコが尋ねた。ハリーはすぐに答える。

「私の部署の者が一度探し、今、二度目の捜索をしている」
「車内販売魔女からは何か情報が出たか?」
「カンカンに怒って何も答えてくれないわ。ホグワーツに生徒を送り届けた記録を誇りにしているから。でも、代わりに魔法省の闇祓い達が闇の魔術に関わる者たちを調査中よ。あの記事が出た後だし……」

 ハーマイオニーが言い辛そうに言った。皆はしばらく黙する。

 アルバスとレギュラスの二人がホグワーツにいないとの連絡を受け取ったのは、臨時総会が失意のままに幕を閉じたすぐ後のことだった。ふくろう便を受け取ったハリーとジニーはもちろん仰天した。確かに息子がホグワーツ特急に乗る姿を見送ったからだ。

 ドラコとてそうだ。いつもより大分早めの時間に出、レギュラスをきちんと汽車に乗せた。人が増えるのを恐れ、そのまますぐに仕事場に向かったが、九と四番線の壁を通り抜けるとき、レギュラスとアリエスが名残惜しげに手を振っていたのを確かに確認している。

 息子達が行方不明になったと聞いて一番狼狽えたのはハリエットだ。記事の影響で息子達の見送りができず、そしてそんなときに限ってレギュラスがいなくなったというのだ。そもそも、あの記事のせいで誰か良からぬことを企む者が息子と甥を連れ去ったのだとしたら、ハリエットにはもうどうして良いか分からなかった。スキーターを恨むだけに留まらず、自責の念で押しつぶされてしまいそうだった。

 蒼白とした顔で俯くハリエットを気がかりに見やり、ジニーは訴えるように語気を強めた。

「でも、人さらいにしてはおかしいと思わない? アルバスとレギュラスは、世間から見れば、いわば真逆の立場にあるのよ。どうして二人まとめてさらう必要が?」

 ハリーはジニーと目を合わせた。妻が己に何を言わせたがっているのか、はっきりと悟った。

「ハリー、二人は家出したのよ。あなたにも私にも分かっていることだわ」
「分かっている? 何かあったの?」

 不安そうにハリエットは尋ねた。ハリーは視線を逸らす。

「……アルバスと口論した。二日前のことだ」
「それで……」
「――それで、どこへでも好きな所に行けば良い、と言った」

 沈黙が漂った。ドラコは立ち止まった。

「レグは先導する子ではなく、誰かについて行くような子だ。きっとアルバスについて行ったのだろう」
「すまない……」
「いや、気にするな。私が言いたいのはそういうことではない。レグは確かについていく方ではあるが、理由も無しにホイホイ行かない」
「そうなの?」

 蛙チョコ一つで簡単に釣られそうだわ、とジニーは言いたげな表情になったが、空気を読んで口には出さなかった。

「それに、今はハリエットのこともある。汽車に乗るまで、ずっとあの子はハリエットのことを心配していた。なのに家出をすると思うか? ――きっと何か考えがあるんだ」


*****


 ロン、シリウス、ハーマイオニーの三人は、ぴったりくっつきながら、通路を歩いていた。皆が魔法大臣に恭しく頭を下げるたび、ハーマイオニーは引きつった顔で会釈を返す。

「魔法大臣のオフィスはどこ?」
「この先だよ」

 地図を頭に叩き込んだロン――アルバスが、目を瞑りながら言った。

「なんで君、ロンおじさんになったの?」

 シリウス――レギュラスが不思議そうに尋ねた。

「ハリー伯父さんの方が自由に歩き回れるでしょ? ロンおじさんは、今は魔法省の職員じゃないんだし」
「父さんに化けたくなかったんだ。そういう君はどうしてシリウスお爺ちゃんなのさ。ドラコおじさんなら無口で通せるけど、君とお爺ちゃんなんて、残念ながら似ても似つかないよ。すぐにボロが出ちゃう」
「そんなことないよ!」

 レギュラスは声を大きくした。低い声とは似ても似つかない軽い口調が何とも不釣り合いだ。

「僕、一生懸命やるさ! お爺ちゃんとは生まれたときから一緒だったんだ。真似するのなんてお手の物さ!」
「もうこの時点で全然似てないんだけど」
「シッ! 静かに!」

 ハーマイオニー――デルフィーが、唇に指を当てた。

「誰か来るわ!」

 廊下の奥から、誰かが話しながらやってくるのが聞こえた。三人は慌てて魔法大臣室のある突き当たりに急ぐが、そこにはもう壁しかなく、逃げ場はない。声が近づいてくる。

「ハーマイオニーはどこに?」
「ハリーと一緒だ。闇祓いに指示をして、またオフィスに来ると。それまでオフィスで待っていて欲しいそうだ」
「そう……」

 声の主は、ハリエットとドラコだった。レギュラスはピクンと反応し、アルバスは血相を変える。

「こっちに来る!」
「隠れる場所、隠れる場所――ああ、でも逃げ場はないわ!」
「大臣のオフィスに入る?」
「でも、あの二人はここに来るつもりよ」
「他に場所はないよ」

 ドアには鍵がかかっていたが、『アロホモーラ』で何とかこじ開ける。デルフィーが振り返った。

「二人とも、何とかブロックして。あなた達にしかできないわ」
「レグ、一体どこにいるのかしら」

 不安で一杯の母親の声に、またもレギュラスはピクリ、ピクリと反応する。この緊急事態に彼は全く役に立たなかった。

「大丈夫だ。きっと元気でいる。自分たちで抜け出しただけなら、まだ危ない目には遭ってないはずだ」
「でも、汽車から飛び降りるなんて……家出なんて……」

 デルフィーはアルバスとレギュラスを部屋の外から押し出した。

「私――いえ、魔法大臣はハリー・ポッターと一緒にいるのよ。私はこの場では何もできない。二人が何とかするの!」

 廊下に取り残された二人は茫然とその場に立ち尽くした。

「家出だと決まった訳では――シリウス?」

 廊下の真ん中で、四人は顔を突き合わせた。ハリエットとドラコは、思いも寄らない人物に遭遇し、目を瞬かせた。

「シリウス、外で調査中のはずじゃ――」
「家出じゃないよ!」

 場違いに明るい声が響き渡る。アルバスはギョッとし、デルフィーはオフィスの中で額に手を当てた。

「家出なんてするわけないじゃないか! 僕はお父さんとお母さんのことが大好きなんだ、そんな、家出なんて、する訳が――」
「シリウス?」

 パチクリと瞬きしてハリエットは呟いた。アルバスは我に返って、レギュラスの背中をバンバン叩いた。

「あはは、シリウス、二人を元気づけようとして、まさかレグの真似をしているのか? 似てないから止めた方がいい」

 あはは、あははとロンの空笑いだけが響き渡る。そうっと二人の様子を窺うと、彼らは怪訝そうな顔をしている。

「むしろ、似すぎてて怖いくらいだわ」

 ハリエットが小さく呟き、アルバスの背中は凍る。

「まあ、そうだな! 二人は一緒に暮らしてるんだ、レグの真似が本人そっくりぐらいに似てても不思議ではない!」
「ロンはどうしてここにいるんだ?」
「えっ、僕!? あー、えっと……ハーマイオニーに伝言を頼まれて――そう、君たちのことだ。一度外で空気でも吸って気を落ち着かせるんだってね!」
「でも、そんなことしてられないわ。今この時も、レグとアルバスが危険な目に遭ってるかもしれないって言うのに――」
「二人が倒れでもしたら、それこそレグが悲しむぞ! 今は少しの間だけ休むんだ。オーケー? 僕はこれからシリウスと捜索についてオフィスで話さないといけないから、君たちは外で空気を吸ってくるんだ、いいね?」
「え、ええ……」

 若干戸惑いつつも、ハリエットとドラコは連れだって引き返した。一世一代の演技をかまし、アルバスは額の汗を拭った。

「ふう……」
「よくやったわ、見事なブロック」

 扉から顔を覗かせ、デルフィーはにこにことアルバスの頭をなで回した。

「止めてよ。それよりも、レグに何か言うことない?」
「あなたに演技は向いてない」
「もう二度とレグは外に出しちゃ駄目だ」

 アルバスとデルフィーは顔を突き合わせてそう誓い合った。不器用なレギュラスに、最初から演技力など期待してはいけないのだ。

「ごめんね……だって、お母さん達がとっても心配そうにしてたから……」
「早く僕らは僕らにできることをやって、二人に笑顔を取り戻すんだ、だろ?」
「うん」
「さあ、ハーマイオニーは逆転時計をどこに隠すかしら? 二人とも手伝って。本棚よ」

 ハーマイオニーの本棚には、禁書や希少価値の高い本が山ほど詰められていた。レギュラスがその中の一冊を開くと、本は突然話し出し、謎解きを持ちかけた。謎を一つ、一つと解くたびに、本棚はデルフィーやアルバスを飲み込んでいく。最後に残されたレギュラスは途方に暮れたが、火事場の馬鹿力とでもいうのか、ピンと思いついた本を引き出すと、本棚からアルバスとデルフィーが吐き出された。

「やったあ! 図書室に勝ったんだ! 僕、組分け帽子に知性の欠片もないって言われてるのに!」
「君、一体いつまでそれを引きずるんだ?」
「一生根に持つよ! これでもショックだったんだから!」

 アルバスは、レギュラスが胸に抱えた本に気づいた。

「それか? 本の中に何かある?」
「見てみなくちゃ、ね?」

 レギュラスは本を開いた。開いた本の真ん中には――くるくる回る逆転時計が。

「本物だ。これが逆転時計なんだ!」
「でも、これ、僕が家で見たのとは違うよ。本物はもっと光り輝いていた」
「これが、セオドール・ノットの自宅から押収したって言う逆転時計なんじゃない? 五分しか遡れないっていう」
「本物はどこだろう?」
「探してる暇は無いよ。きっと、本物はもっと大切な場所に隠すはずだ」

 アルバスは立ち上がった。

「僕たちには五分だけでも充分だ。さあ、過去を変えに行こう」