■呪いの子

25:二人は何処へ


 現在に戻ってきて数分、『今』はどうなっているかとアルバスが険しい表情でホグワーツを徘徊していると、『アルバス!』と聞き慣れた声がした。

「探したよ! 君、腕がおかしくなって入院してたんだって!? 僕も病室で目覚めたけど、すぐに退院させられて、でも君は頭もおかしいとかで面会謝絶で、朝会いに行ったらいつの間にか退院してて、探してもいないし――」

 矢継ぎ早に繰り出される言葉が懐かしい。アルバスは無言でレギュラスを抱き締めた。レギュラスはきゅうっと高い声を上げた。

「僕たち、ハグするような仲だっけ? もちろん嫌って意味じゃないよ? 僕もハグは大好きだ――シリウスお爺ちゃんのハグは痛いからちょっと遠慮したいけど」
「レグ――良かった」
「一体どうしたの? 頭がおかしくなったっていうのは本当なの?」
「過去に戻ったんだ。頭くらいおかしくなるだろう?」
「じゃあ僕もおかしくなってるのかな? アルバス、正直に言って欲しい」
「君はいつもおかしいよ」
「そこまで正直にならなくても良いよ!」

 アルバスはレギュラスを離し、ケラケラと笑い出した。釣られてレギュラスも笑い出す。

「一つ聞きたいんだけど――レグ、君はハリエット・ポッターとドラコ・マルフォイの息子だね?」
「うん、そうだよ。どうしたの、今更?」
「いいから。妹のアリエスもちゃんといるね?」
「当たり前だよ。本当にどうしたの?」
「君が僕を探し回ってる間に、僕はもう一度過去に行ってきたってことさ……」

 アルバスは、疲れた顔で事のあらましを語った。まかり間違えば、自分とアリエスは生まれていないのだと悟り、レギュラスは複雑な顔になった。

「じゃあ、お母さんとお父さんには、秘密の部屋の事件はなくてはならないものだってことだね?」
「そういうこと。でも、僕考えたんだ。叔母さんが継承者になるのを止められなくても、拉致なら介入ができる」
「呪文に操られたお父さんを止めるんだね?」
「ご名答! 叔母さんがおじさんのこと好きだって気づいたのも、六年生の時だ。その時にはもう両思いなんだから、拉致を止めたとしても、二人は結婚する。オーケー?」
「もちのロンさ!」

 二人は再び逆転時計を取りだした。向かうは、ダンブルドアが殺された、あの夜のホグワーツ――。

「列車逃亡者のお二人が、こんな所で何をなさっているのかな?」

 ――スネイプの声だ。アルバス曰く『敵中の敵』の登場に、二人は慌てた。挙動不審に逆転時計を隠す。

「今度はホグワーツを抜け出すことでもお考えかな?」
「僕たちはそんなこと……」
「今は授業中だが、マルフォイ? それにポッター、校内を徘徊する元気があるのなら、さっさと退院して授業に復帰するのがよろしいだろう。我輩がマダム・ポンフリーに掛け合おう」

 スネイプは怖い顔で二人に近づき、首根っこを掴む。何が何でも逃がさないつもりだ。

「レグ! アルバス!」

 そこに現れたのは、孫には砂糖羽ペンのように甘いシリウス・ブラックである。孫の危機に颯爽と駆けつけ、スネイプの腕をバシッと叩く。

「可愛い生徒をそんな風に扱うとは何事だ!」
「生憎と、列車から抜け出すような生徒は可愛くないのでな」
「そうだった! レグ、アルバス、さすがだぞ!」

 スネイプの皮肉など軽く聞き流し、シリウスはレギュラスとアルバスをまとめてハグした。息もできないほど強く抱き締められ、アルバスは今ならレギュラスの気持ちがよく分かった。

「あのホグワーツ特急から逃げ出すなんて、さすがジェームズの孫だ! いや、それ以上かもしれないな! わたしたちはついぞ在学中にあの車内販売魔女を出し抜くことはできなかった。どうやって抜け出したのか、詳しく話を聞かせてくれ!」

 興奮状態のシリウスに、ついレギュラスも感化される。

「まさかカボチャパイが爆発するとは思わなかったよ!」
「そうだろう? あの爆弾の嵐を掻い潜るには、相当な訓練が必要だ。おまけに、驚くな。あの魔女最強の武器はカボチャパイではない。実は蛙チョコの方で――」
「お前は――少しは孫の手本になろうとは思わないのか!」

 思わずと言った様子で叱りつけるスネイプに、シリウスはポカンとした。

「孫……ああ、うん、そうだな。いや、でもどちらかというとやんちゃな孫の方がわたしは嬉しいし……」
「こやつらは魔法省総出で騒ぎを起こしたのだぞ!? やんちゃで済ませられる訳がない!」

 ゼイゼイと肩で息をし、スネイプは激しくシリウスを睨み付ける。

「そもそも、お前は一体ここに何の用があって来たのだ? 元闇祓い殿が」
「いや、誰かさんがまんまと盗み出された魔法薬の材料について、詳しく話を聞かせて頂こうとな」

 シリウスは調子を取り戻し、ニヤッと笑った。

「毒ツルヘビの皮が盗まれたと? ピーブズの仕業だと言い訳したようだが、事実か?」
「無論」

 ジロリとスネイプは睨み返した。

「夏季休暇中の出来事だった。おそらく、我輩が研究室を開けている間にピーブズが入り込んだのだろう」
「ピーブズにはちゃんと聞いたのか?」
「あやつが質問に答える訳がない」
「大方、真っ正面から問いただしたんだろう。そんな方法でピーブズが口を開く訳がない」

 シリウスは腕を組んでふんぞり返った。

「詳しく聞かせろ。盗まれたのは何だ?」
「毒ツルヘビの皮、クサカゲロウ、二角獣の角の粉末……」
「――ポリジュース薬の材料か? ピーブズにそんな知恵があると思っているのか?」
「他にもいくつか盗まれた。ポリジュース薬の材料と決まった訳ではない……。それに二角獣の角の粉末は大抵何にでも使われる」
「だが、犯罪に使われたとしたらどうするんだ? 教授の立場なら、己の授業に使うものくらいきちんと管理すべきだ」
「君の親愛なる旧友にもそっくりそのままお伝え願いたい」

 ふんとスネイプは鼻を鳴らした。シリウスは眉を跳ね上げた。

「言われなくてもそのつもりだ。リーマス!」

 スネイプの背後に旧友の姿を発見したシリウスは、間髪を入れず旧友を呼んだ。見つかってしまったか、とでも言わんばかりの顔でルーピンが近づいてくる。

「やあ、シリウスにセブルス。何の用だい?」
「聞きたいことがある。ボガートがいなくなったのはいつ頃だ?」
「夏休みに入ってからだから……確か、七月下旬頃だったかな」
「スネイプの研究室で材料が盗まれた日と同じか?」

 嫌そうなスネイプと、日にちを示し合わせてみれば、確かに日付は一致した。

「本当にピーブズの仕業か? 同一犯の可能性もある」

 考え込むシリウスに、スネイプとルーピンは居住まい悪そうに佇んだ。己の管理不足を目の当たりにさせられた気分だった。

「シリウス!」

 シリウスを現実に引き戻したのは、ハリエットの声だ。ドラコと共に階段を降りてくる。

「ルーピン教授に、スネイプ教授も……。レグとアルバスを見なかった? 最後に顔を見て帰ろうと思ったんだけど、どうも授業に出てないみたいで……」
「二人ならここに――」

 シリウスははたと固まった。振り返っても、二人の姿はない。

「どこに行った?」

 キョロキョロと辺りを見回したが、どれだけ探してもレギュラスとアルバスは見つからない。ルーピンは苦笑いを浮かべた。

「私がここに来たときにはもういなかったよ」

 シリウスは渋い顔で唸った。

「うーん、さすがジェームズの孫。将来有望だな」
「悪い方にな」

 スネイプがボソッと呟いたが、シリウスは聞こえない振りをした。

「ハリエット!」

 ハリーも片手を上げてやって来た。その後ろには不安そうなジニーもいる。

「二人は見つかったかい?」
「いいえ。さっきまでシリウスといたそうなんだけど、また逃げ出して……」

 皆は沈黙する。大人ばかりが集まって、件の子供二人がいない。

「一体何のために二人は汽車から逃げ出したんだい?」

 ルーピンが口火を切った。ハリーと視線を交わし合った後、ドラコが答える。

「ホグワーツには戻りたくなかったのだと。だから衝動的に抜け出したと」
「家出という訳か?」
「家出じゃない」

 シリウスはすぐに異を唱えた。

「レグや……アルバスだって、家出なんてする子じゃない。ただ、ちょっと冒険してみようと思っただけさ」

 シリウスの言葉に、ハリエットは思わずふふっと噴き出した。皆の視線が彼女に集まる。

「あ……ごめんなさい。レグの真似を思い出して」
「レグの?」
「ええ。シリウスのものまね、とっても上手だったから。今度レグの前でやってあげて。絶対に喜ぶと思うわ……」
「わたしが? いつレグのものまねをしたんだ?」
「魔法省で会ったときにしてくれたじゃない。つい昨日よ」

 ハリエットとシリウスはしばし見つめ合った。

「わたしは、昨日はずっと外で二人のことを探していたぞ。会議の後は、すぐに外に出た」
「でも、ロンと一緒にいたでしょう? 私、ドラコと二人でいるときに会ったもの」
「私か?」

 急に声が降ってきて、皆は振り返った。

 この場全ての視線を集めることになり、ロンは戸惑いながらも集団に近寄った。

「あ、どうも……何かお取り込み中?」
「ロン、昨日はどこにいたの? 魔法省でハリエットとドラコには会った?」

 身を乗り出してジニーが尋ねた。何が何だか分からないまま、ロンは答える。

「昨日は会議の後店に戻って……その後ハリーから連絡があって、ずっと外にいたよ。アルバス達を探してたんだ。ダイアゴン横丁でハリエットには会ったけど、魔法省では遭遇してないだろ? 何か勘違いしてるんじゃないか?」

 ロンの証言も加わり、ますます不可解な状況になる。シリウスは薄ら明らかになりつつある事態に目眩がした。

「……昨日、君たちと会ったわたしは、まるでレグのような言動だった、という訳だな?」
「……ええ。本当にシリウスじゃないの?」
「ああ。わたしではない」
「君と同じ家に住んでいるのだ、髪を一本かすめ取ることなど容易いだろう」

 スネイプも参戦した。シリウスはようやく認めざるを得なくなった。

「――ポリジュース薬だ」
「えっ?」
「夏季休暇中、スネイプの研究室からポリジュース薬の材料が盗まれた。ハリエット達が会ったのはわたしではない。おそらくレグとアルバスだろう」
「そんな!」
「親が親なら、子も子のようだ」

 スネイプは勝ち誇ったようにハリーを見た。

「大胆にも我輩の研究室から盗み出すとは。いやはや、どなたかの手癖の悪い学生時代を思い出しますなあ」
「あれには理由があって――」
「ロン!」

 ハリーの声に、ロンはピタリと口を閉じた。だがもう遅い。

「ほほう? 二十年以上経ってようやく尻尾を出したか? 我輩の睨んだ通りのようだ。やはりあの時鍋に花火を入れて我輩の気をそらし、貴重な材料を盗み出したのはお前達だな?」
「学生時代の話を持ち出すなど、お前は相変わらずネチネチした奴だ!」
「うるさいぞ、ブラック。いい加減後見人稼業は卒業したまえ」
「まあまあ、二人とも落ち着いて」

 ルーピンは呆れたように間に入る。内心ではどちらの言うことも一理あると思っていたため、それほど身が入らなかった。

「セブルス、二人がポリジュース薬を使ったとしても、それを盗み出した張本人とは限らないよ」
「関係者がいるのかもしれん。そもそもだ、一言申し上げると、ポッターもマルフォイも、ポリジュース薬を作れるだけの魔法薬の才能は持ち合わせていない――」

 馬鹿にした物言いに、カチンときたのはハリーやジニーだけではない。

 ぐいっと身を乗り出したのは三人。

「お言葉ですが、スネイプ教授。レグ――レギュラスは、少しぼうっとして材料を入れるタイミングを間違えてしまうだけで、材料を切ったり、量ったりする手際は良いんです!」
「そうです! レグはお父さんみたいな立派な癒者になるんだって家でも魔法薬の勉強をしてます! 後は集中力がつけば、怖いものなしなんです!」
「これだけ健気で努力家な子をそんな風に貶すとは、教師の風上にも置けないな!」

 順にドラコ、ハリエット、シリウスである。スネイプは頬を引きつらせた。

「ええい、やかましい! 一家総出で騒ぎ立てるな! 親馬鹿が過ぎるぞ!」
「君も陰険が過ぎるけどね」

 ルーピンはボソッと呟いた。スネイプは聞こえない振りをして続ける
「だが、そうなると自ずとボガートも魔法薬の材料も手癖の悪い二人の生徒か、もしくはその関係者の可能性がある、ということになるな」
「ボガートは違う」

 シリウスはすぐに否定した。

「先ほど君が言ったのではないか。同一犯の可能性があると」
「ボガートはブラック邸で見つかった」

 シリウスは静かに言った。スネイプはますます怪訝な顔になる。

「これで全て繋がったではないか――」
「ハリエットの部屋にいたんだ」

 首を振り、シリウスはなおも否定する。

「レグもアルバスも、ハリエットの過去を知っている。痛みも恐怖も想像できる子達だ。例え悪戯でも、二人がハリエットにボガートをけしかける訳がない」

 皆が黙り込んだ。ハリエットも何か考え込んでいる様子だ。

「――今我々が考えるべきは、件のアルバスとレギュラスがどこにいるか、じゃないかな」

 ルーピンの言葉に、皆が我に返った。そうだそうだと慌てて周りを見回すが、逃げ回っている子供達が、総勢八名の手練れが集まるこの場にのこのこと現れる訳がない。

 その時あっとロンが声を上げた。

「すっかり忘れてた。ハリーから持って来いって言われてたんだったな。ほら、君たちのスイートホームから失敬してきてやったぜ。でも、もう頼みごとをするときにパトローナスに伝言を乗せるのは止めてくれないか? 突然現れる守護霊に、客が驚いて驚いて……」

 ロンの愚痴もどこへやら、彼が取り出した忍びの地図に、皆が集まった。スネイプだけが、胡散臭そうに古びた羊皮紙を見つめている。

 ハリーは地図の上に己の杖を当てた。

「われ、ここに誓う。われ、よからぬことを企む者なり」

 羊皮紙の上に、みるみるホグワーツ城の地図が浮かび上がった。それと共に、今ホグワーツ城にいる者の名前が全員余すことなく記される。

「ほほう、その羊皮紙はそうやって使うものだったのだな、ルーピン?」
「今はアルバスとレギュラスだ、セブルス」
「我輩をこけにする文句もお前達が考えたのだな? 異常なお節介だの、愚かしい者だの、我輩は一言一句覚えているぞ。下らぬ些事に熱意ばかり注いで……」
「君もそろそろ過去への異常な記憶力はどうにかした方がいいと思うよ」

 スネイプとルーピンのやり取りを尻目に、六人は地図に注目した。

 アルバス・ポッターとレギュラス・マルフォイの名前はすぐに見つかった。だが、何かがおかしい。二つの名前は、消えたり現れたりしているのだ。

「どういうこと? 二人は玄関ホールにいるみたいだけど……」

 八人はぞろぞろと玄関ホールへ移動したが、いない。アルバスとレギュラスの姿はどこにもなかった。地図の二人の名前は、相変わらず点滅を繰り返していた。

「そもそも、どうしてレグはポリジュース薬を使ってまで魔法省へ行ったのかしら」

 地図から目を離し、ハリエットは呟いた。

「シリウスとロンに変装してまで、何がしたかったの?」
「『新しくやり直せるんじゃないかって』」

 急にハリーが顔を上げた。

「アルバスは昨夜そう言っていた――逆転時計だ。二人はハーマイオニーのオフィスから逆転時計を盗み出したんだ」
「じゃあ、二人は……」

 ハリエットは茫然とした。ハリーは妹の後を引き継いだ。

「旅をしているんだ。時間の旅を――」