■呪いの子

32:オーグリー


 それからしばらくしてアルバスが戻ってきて、彼もまたベッドに身を滑り込ませた。親友の寝息はすぐに聞こえてきたが、レギュラスはなかなか寝付けなかった。壮大な時間旅行を終え、更には一日中ずっと逆転時計探しに明け暮れていたにもかかわらず。

 レギュラスはベッドから抜け出して、アルバスのヘッドボードに寄りかかった。上から親友の顔を覗き込む。

「アルバス……アル? アルアル? アルバスくーん?」

 歌うように呼びかけても、しかしアルバスは目を覚まさない。レギュラスは声を爆発させた。

「アルバス!」

 ギョッとしてアルバスは目を覚まし、レギュラスは声を上げて笑った。

「止めてくれよ……こんな起こし方をするのはジェームズだけで充分だ。君は起こし方に関しては無害だと思ってたのに」
「あのね、とっても変なんだけど、これ以上怖い所はないっていう場所にいたからか、僕、恐れに対してかなり強くなったんだ。僕は――恐れ知らずのレギュラス・マルフォイだ!」
「うん、いいね。じゃあ今から肝試しでもするかい?」
「それは楽しそうだけど……今は止めておく。だからね、僕が何が言いたいかっていうと――普通だったら、僕は挫けるだろうね。閉じ込められて、外出禁止なら。でも今は――それが何だって言うの? 皆生きてるし、お父さんとお母さんも、ちゃんと幸せなんだ」
「饒舌な時の君って怖いよ。分かってる?」

 アルバスは眠そうに目を瞑って言った。レギュラスは気にせず続ける。

「饒舌? そうかな? でも、ローズにも今日はおかしいって言われたよ。ヴォルデモートに支配されるのを考えたら、今のこの世界がどんなに平和なんだろうって思ったら、感極まってね、思わずローズにハグしちゃったんだ。そうしたらローズ、急に怒りだして……。顔赤かったけど、風邪でも引いちゃったのかな? ローズにも言ってみたけど、慌ててどっかに行っちゃったんだ」

 アルバスは生暖かい目になった。もう何も言うまい。

「アルバス、ここに戻ってこられてどんなに嬉しいか、君には分からないだろうな。あそこは最悪だった。君もいないし、お父さんは部下の悪事に見て見ぬ振りをして、僕だってどんなあくどいことをしてるか分からない。……お母さんは、生きる気力を無くしてた」
「でも君は世界を変えた。チャンスを掴んで、時間を元に戻した」
「スネイプ先生やハーマイオニーおばさん達の手助けがあったからこそだよ」

 僕一人じゃ何もできなかった、と続けられたレギュラスの言葉を、アルバスは噛みしめた。

「もうあんなことは二度とやっちゃいけない。お母さん達を救いたいっていう気持ちは大切だ。でも、過去を変えてまで――他の大勢の人が努力してなし得た今の魔法界を変えてまで、やり通すべきじゃ無かった」
「そうだ、分かってる」
「うん……じゃあ、それならこれを壊すのを手伝ってくれる?」

 レギュラスは枕の下から逆転時計を取りだし、驚くアルバスに見せた。

「でも、これは箒置き場のどこかに無くしたって、君は確かに皆に言った」
「なんでか分からないけど、皆、僕が嘘をつかないって思ってるみたいだ。あんな狭い箒置き場のどこに逆転時計を落とすって言うんだろう? お父さんとお母さんに嘘つくのは心苦しかったけど……」
「うん……一緒にいた僕だって、まさか君が持ってるとは思わなかったよ。君が嘘つくなんて考えられないもの。ついにジェームズの仲間入り? ――いや、冗談なんて言ってる場合じゃない。レグ、誰かにこのことを言わないと……」
「これがどんなに危険なものかを経験したのは、君と僕だけだ。つまり、僕たちがこれを破壊しないといけないんだ」

 レギュラスの真剣な表情に、アルバスはついにニヤリと笑みを零した。

「過去に二度も戻って、どうやら君は少し行動力が増したみたいだ」

 レギュラスも微笑みを返した。

「ありがとう」


*****


 ふくろう小屋の屋根の上――レギュラスとアルバスは、身を寄せ合って相談していた。

「じゃ、僕は簡単なコンフリンゴで砕くのがいいと思う」
「絶対駄目だ。こういうものはエクスパルソで吹っ飛ばす必要がある」
「吹っ飛ばしたりしたら、逆転時計の欠片を探すのに、何日もふくろう小屋を掃除することになるよ」
「ボンバーダで爆撃するのは?」
「ホグワーツ中を起こす気かい? 僕はステューピファイが良いと――」
「ホグワーツ中を起こす? 何だか楽しそうな相談をしているのね」

 突然の女性の声に、アルバスとレギュラスは揃って振り返った。いつの間にかデルフィーが二人の後ろに立っていた。ヒラヒラと手を振っている。

「ハロー、待たせた?」
「ううん、待ってないよ。こんな時間にごめんね」

 相談した結果、逆転時計を壊すのに、デルフィーも呼ぶべきだということで、二人は彼女にふくろう便を送っていた。

「別に私はいいけど。でも、一体どうしたの?」

 レギュラスは、徐にポケットから逆転時計を取りだした。

「これを破壊する必要があるんだ。お母さんの拉致を妨害した後に僕が見たものと言ったら……ごめん。デルフィーには本当に迷惑をかけたよね。でも、絶対にハリー伯父さんは分かってくれる。僕たちも一生懸命お願いして、デルフィーがまた週刊魔女に戻れるように掛け合うから」
「あなた達のふくろう便にはほとんど何も書いてなくて、一体何が何だか……」

 デルフィーは困ったように二人を見比べた。

「最悪の世界を想像して、それを二倍にしてみて」

 アルバスも身を乗り出した。

「皆がアズカバンに入れられて、吸魂鬼がそこら中にいて――ヴォルデモートは独裁者、僕の父さんは死んで、世界は闇の魔術で覆われている。僕たちはどうしても……そんなことが起こるのを許せない」

 デルフィーは表情をがらりと変えた。

「ヴォルデモートが支配していた? あの人が生きてたの?」
「彼が全てを支配していた。怖かったんだ……」
「あなた達がしたことのせいで?」
「お母さんの拉致は、止めちゃいけなかったんだ。あれがなくちゃ、お父さんはヴォルデモートを裏切る決心をしない。二人の間に絆がなければ、お父さんはお母さんに勇気を与えられないし、お母さんもナギニをやっつけることができない」
「ナギニは――分霊箱は生きたまま?」

 レギュラスは黙って頷いた。デルフィーは微笑んだ。

「分かった、一緒に破壊しましょう」
「ありがとう」

 デルフィーは逆転時計を手に取った。手の中の時計を見て、表情が微かに変わる。

「それ……印?」

 唐突にアルバスが声を上げた。皆が彼を見る。アルバスが見ていたのは、デルフィーの首の後ろの、オーグリーの入れ墨だった。マントがずれ、今は露わになっていた。

「今まで気づかなかった。羽の印だね?」
「ああ、そうよ。これはオーグリー」
「オーグリー?」

 レギュラスが聞き返した。

「魔法生物飼育学の授業で習わなかったの? 雨が近づくときに鳴く、不吉な姿の黒い鳥。私の子供の頃、育ての親が鳥かごで一羽飼っていたわ」

 デルフィーは微笑んだままレギュラスを見下ろした。

「育ての母親は、私が碌な死に方はしないと予見してオーグリーが鳴くんだって言ったものよ。ユーフィミア・ラウル……お金目当てで私を引き取った人よ」
「だったら、どうしてその人の鳥を入れ墨にしたの?」
「未来は自分が決めるものだっていうことを思い出させるからよ」
「格好いい。僕もオーグリーの入れ墨、入れようかな」
「『ラウル』は死喰い人だった。あの世界でも、マグルをたくさん殺害していた」

 レギュラスは真剣な表情で考え込んでいた。

「さあ、どうやって破壊する? ボンダーダ? ステューピファイ?」
「返して。逆転時計を返して」

 突然レギュラスがデルフィーに詰め寄った。皆は驚いて彼を見る。

「レグ? どうしたの?」
「別の――あの最悪な世界で――皆は『オーグリー様』を崇めていた。……僕はそれが君のことじゃないかと思う」

 デルフィーの顔にゆっくりと笑みが広がっていく。

「オーグリー様? 良いじゃないの」
「デルフィー?」

 アルバスは困惑したままだ。デルフィーは素早かった。鋭く杖をさばき、レギュラスの腕を邪悪に光る紐で縛り上げた。

「アルバス、逃げて!」

 アルバスは戸惑って辺りを見回し、そして走り始めた。

「フルガーリ! 閃光!」

 だが、デルフィーはまたしても同じ呪文でアルバスの両手を縛り上げた。

 アルバスは信じられない思いでデルフィーを見上げる。

「君は叔母さん達の――素晴らしい記事を書いてくれたじゃないか!」
「あれは私が書いたのではない。リータ・スキーターを操って書かせただけだ」
「どうしてわざわざそんなことを?」
「後々の計画のためには、あの二人は注目を浴びる必要があった……それに、上げて落とした方が、より絶望を感じる」
「――お母さんが死喰い人だっていう記事も、君が書かせたの?」

 レギュラスは憎しみを込めた目でデルフィーを睨み付けた。彼女は薄く笑う。

「私は情報提供しただけだ。あいつはどうも――そういう趣味があるようで、服従の呪文の時よりも、よほどペンが乗っているようだったが」

 アルバスはハッとした。

「逆転時計? あれは、君がスキーターに話したの? どうやって?」
「お前は開心術も知らないのか? 私は目を合わせるだけで人の心を覗くことができる。父から受け継いだ素質だ」

 アルバスの隣で、レギュラスは震えていた。

「どうして……どうして、お母さん達を苦しめるの? 何の目的で? 君は誰なの?」
「レギュラス、私は新しい過去だ」

 デルフィーは二人の杖を取り上げて真っ二つにへし折った。

「私は新しい未来だ。私はこの世界が探し求めていた答えなのだ」