■呪いの子

34:二人の決意


 マクゴナガルの捜索の手を掻い潜り、デルフィーは地下の空き教室に立っていた。もちろんその傍らには縛られたままのアルバスとレギュラスもいる。レギュラスは時間稼ぎに問いかけた。

「こんな所で何をしようって言うの?」
「分からないか? 今こそお前の両親の絆を断ち切るのだ。我々はハリエット・ポッターの拉致を止める。そうすることでレギュラス、お前の見た世界を蘇らせるのだ」
「あの世界は地獄だ。君は地獄を蘇らせたいの?」
「私は純血が尊ばれる世界――闇を蘇らせたい」
「君はヴォルデモートに戻って欲しいのか?」

 信じられないといった顔でアルバスが問いかける。デルフィーは薄く笑う。

「魔法の唯一の真の支配者――彼は戻るのだ。ただ、実際の拉致の現場は、お前達の魔法のせいでかなり動きにくくなってしまった――その瞬間にはそれぞれ、未来の世界から少なくとも二度の訪問があるはずだ。私は見つかったり気をそらされたりするリスクは絶対に冒さない。まだ拉致が起こってもいない時ならばまっさらだ」
「僕たちは絶対にお前を止めてみせる。過去は変えちゃいけないんだ」
「いや、違う。予言の成就のためには、お前達が拉致を止めなければいけない」
「予言だって? どんな予言だ?」

 デルフィーは勿体ぶったようにレギュラスに顔を向けた。

「お前はあるべき姿の世界を見たのだ。今日、我々はその別世界が戻ってくるようにする」
「そうはならない。僕たちは君に従わないぞ。君が誰だろうと、僕たちに何をさせようとしても」
「服従の呪文をかけないといけないだろうね。僕たちを操らないとできないよ」

 アルバスはレギュラスを小突いた。わざわざ答えを用意する考えなしが隣にいた。

「いや、お前達自身がやらなければならない。操り人形のお前達ではなく……服従の呪文は役に立たない。お前が母親を救うのだ」

 デルフィーはレギュラスに一歩近づく。レギュラスは怯んだ。

「僕たちは拉致を止めない。たとえが君が強制しても」
「本当に?」

 デルフィーは自信たっぷりに笑った。

「母親を救いたいと思って時間を逆戻りさせたのだろう? 本当に良いのか? お前も見ただろう、母親がもがき苦しむ様を。あの絶望の瞬間を、お前の母親は七日も味わったのだ。嘔吐し、身体を掻きむしり、死にたいとすら願った。そして最後には気が狂った。哀れな姿だっただろう、言葉すら交わせず歌ばかり歌う姿は」
「で、でも違う……今は違う」
「今なお母親が抱えているトラウマをお前は見たはずだ。何十年と経っても忘れられない苦痛から、逃れさせてやるのだ」
「…………」
「レグ!」

 親友が揺れていると思い、アルバスは叫んだ。しかし違う。レギュラスが俯いたのは、自分の決意を固めるためだった。

「僕はやらない。僕はこの世界のお母さん、お父さんの方が大好きだ。あっちのお母さんはちっとも幸せそうじゃなかった。僕が……僕がもっともっと、トラウマを忘れられるくらい、お母さんを幸せにしてあげるんだ!」
「いいだろう、それがお前の答えなら」

 デルフィーは徐に杖を上げた。そしてその先をアルバスに向ける。

「止めろ!」
「思った通りだ――この方がお前には怖い。さて、何をしてやろうか? お前の母親と同じ苦痛を与えてやろうか?」
「レグ、駄目だ!」

 アルバスは必死になって首を横に振った。

「こいつが僕に何をしようとも――僕たちは、こいつの思い通りにさせる訳には――」
「クルーシオ!」

 アルバスが傷みに悲鳴を上げた。その場に立っていられなくなり、地面に倒れ込む。

「止めろ!」
「たった一人の友達を救いたいか? それなら私の言う通りにしろ」

 レギュラスは蒼白となりながらもデルフィーを睨み付けた。その目にはまだ抵抗の色が浮かんでいる。

「まだ嫌だと言うのか? クルーシオ!」
「止めて! お願いだ!」

 レギュラスは堪えきれず悲鳴のような叫び声を上げた。デルフィーはようやく杖を下ろした。アルバスは息も絶え絶えに地面に突っ伏したままだ。

「私は長いことかかってお前達の弱みを掴んだ。自尊心かと思ったり、両親を感心させることかと思ったりした。そして気がついた。お前達の弱みは両親と同じだ――友情だ。お前達は私の言う通りにする。さもないとお前達のどちらかが死ぬことになる」

 デルフィーは杖を震い、アルバスを乱暴に立たせた。

「ヴォルデモートは戻り、オーグリー様はその傍らに座るのだ、予言の通りに。『英雄の妹の意志が挫かれ、時間が逆戻りし、見えない子供達がその父親達を殺すとき――闇の帝王が戻るであろう』」

 微笑み、デルフィーは二人を無理矢理引き寄せた。逆転時計が回り始め、彼女は二人の手を引っ張り、時計に触れさせる。

「さあ!」

 巨大な閃光が走り、何かが砕けるような音が響く。時間が止まり、時は流れの気を変え、少し躊躇い、そして巻き戻り始める。初めはゆっくりと……それから加速して。

 何かが吸い込まれるような音と、バンッという音が響いた。


*****


 三人は、慌ただしくホグワーツ地下の廊下を歩いていた。アルバスとレギュラスは両腕を縛られ、無理矢理歩かされている。

 デルフィーは、ハリエットを探すのに躍起になっているため、二人は言葉を交わすチャンスができた
「アルバス、何とかしないと」
「分かってるけど、何を? あいつが僕たちの杖を折っちゃったし、縛られてるし、どっちかを殺すって脅されてる」
「あんな世界になるのを止められるのなら、僕は死んでもいい」
「馬鹿言うな! これ以上叔母さんを苦しめるつもりか?」

 アルバスの言葉にレギュラスは怯んだ。しかし良い案は思い浮かばない。

「あの逆転時計は、本物と違って五分間しか過去にいられない。五分が過ぎるようにできるだけのことをするんだ」
「でも――どうやって?」
「見つけたぞ!」

 二人の会話はデルフィーの嬉しそうな声で打ち切られた。アルバス達はグイッと彼女に引っ張られ、一つの空き教室に入った。

「二分経った。あと三分だ。いいか? お前達は今すぐにハリエット・ポッターをホグワーツから連れ出すのだ。ホグワーツから逃げ出せさえすれば、ドラコ・マルフォイに拉致されることもない」

 縛られたハリエットは、気絶して地面に転がっていた。自分たちよりも数歳年上だが、まだ成人には達しておらず、その顔はどこか幼くも見える。彼女の隣には同じようにハーマイオニーも縛られていた。

「嫌だ、やるもんか」
「私と戦えると思うのか?」

 デルフィーは彼に近づき、上から圧力をかける。

「予言は成就しなければならない。我々がそうするのだ」
「予言は破ることができる」
「若造、お前は間違っている。予言は必ず起こる未来なのだ」
「もしそれが本当なら、僕たちが過去を変えようとしているのはどうして? 君の考えと行動は矛盾してる。お母さんの拉致を止めようとしているのは、予言を実現させる必要があるって君が信じているからだ――その論理で、予言は破ることもできる――妨げることができる」
「喋りすぎだぞ、小僧――クルーシオ!」

 信じられないほどの激痛が身体に走り、レギュラスはもだえて苦しんだ。

「レグ!」
「こんな――ことをしても無駄だ! 僕は……絶対にやらない!」

 レギュラスの苦しそうな顔を見て、アルバスも決意を固めた。

「そうだ! どんなに痛めつけたって、僕らはお前に従わない!」

 怒りに満ちたデルフィーは呪文の力を強めた。

「こんなことをしている暇は無い。クル――」
「エクスペリアームス!」

 突如謎の声が響き渡り、デルフィーの杖が奪われた。レギュラスは驚いて目を見張る。

「インカーセラス!」

 みるみるデルフィーが縛り上げられた。アルバスとレギュラスはパッと振り返り、信じられない思いで呪文の飛んできた方向を見つめる――そこには、杖を油断なく構えたロンがいた。

「スリザリンがこんな所で何してる? お前達も死喰い人に捕まったのか?」
「助かったよ」

 アルバスは、視線でレギュラスに顔を隠すよう指示した。アルバスはともかく、レギュラスはドラコに顔がそっくりなのだ。

「もう一度聞くけど、お前達は今夜のことには何も関与してないな?」
「今夜? なんのこと?」

 アルバスはできるだけ純粋に見えるよう心がけた。

「僕たち、寮に戻る所だったんだけど、急にあの人に捕まって連れてこられて……」
「フィニート!」

 ロンが杖を振るい、二人を解放した。

「スリザリンを助けたなんて鳥肌が立つよ」

 そしてブツブツ言いながら顔を顰める。

「いいか、少しでも感謝しようって気があるのなら、大人しく今日は寮に戻れ。また危険な目に遭っても知らないぞ」

 ロンはハリエットとハーマイオニーをも解放した。レギュラスは複雑な思いでその光景を見つめ、アルバスは小さく微笑んだ。

「伯父さんは魔法界を救ったんだよ」
「おじさん!? 数歳しか変わらないじゃないか! それが助けてもらった人にものを言う態度か!?」

 しかし振り返ったロンは呆気にとられる。もうそこに二人の姿はなかった。

 しかし悠長にもしていられないので、ロンはハリエット達に向き直った。

「リナベイト!」

 蘇生の呪文をかけると、二人はすぐに目を開けた。

「大丈夫かい? 一体何があったんだ? 君たちもあの女に捕まったのか?」
「何のこと?」

 ハーマイオニーは指差されたデルフィーを見ながら困惑した。

「スネイプにやられたの。あいつが私達を失神させたのよ!」
「一体どうして――」
「そんなの知らないわ! あいつも仲間だったのかも! 死喰い人の襲撃があったって本当? 上で何があったの?」
「マルフォイだよ」

 ロンは吐き捨てるように言った。

「マルフォイが死喰い人を手引きしてたんだ。今、マルフォイと数人の死喰い人が天文台の塔に上がってる。何をしてるのかは分からない。僕たちは、騎士団と一緒に他の死喰い人と戦ってるんだ」
「加勢しないと!」

 二人は杖を拾って立ち上がった。その背後で、デルフィーの身体がもぞもぞと動き出し、地面を這い始める。

「でも、大丈夫? 本当に怪我はないよね?」
「ないわ! ハリエットも大丈夫よね?」
「ええ、もちろん。行きましょう!」

 三人は教室を飛び出し、廊下を駆けた。その後ろ姿を見送るのは、机の影に隠れていたアルバスとレギュラスだ。レギュラスは泣きそうな顔になっている。

「これから、お母さんは……」
「でも、叔母さんは強い。どんな目に遭っても、その意志は挫かれない。皆がいる限り。そうでしょ?」

 デルフィーがローブから逆転時計を取りだした。アルバスがそれに気づく。

「逆転時計が回り始めた……置いてけぼりを食らう訳にはいかない。僕たちも行こう」

 二人は逆転時計に少しでも触れようと、必死で手を伸ばした。

 巨大な閃光が走る。何かが砕けるような音が響く。三人の姿は、ホグワーツから忽然と消した。