■呪いの子

37:全ての始まり


 ジニー以外の皆は、窓辺に立って外を見ていた。ジニーだけが見ていられずに、離れた所に座っていた。

 やがて、ハリエットがいち早く声を上げた。

「デルフィーよ。ハリーを見つけたわ」
「皆、持ち場について。いいわね。ハリーが彼女を光の中に連れ出すまでは飛び出さないこと。チャンスは一度しかない」

 全員が急いで配置についた。二カ所の大きなドアの後ろに隠れると、ハリーは再び教会に入り、数歩進んで後ろを振り返った。

「俺様の後をつけるのは魔女か、魔法使いか。どっちにしろ後悔することになるぞ」

 ハリーの背後にデルフィーが現れた。ヴォルデモート――いや、父親の姿に引き寄せられているのだ。

「ヴォルデモート卿、私です。あなたの後をつけているのは」
「俺様はお前など知らぬ。去れ」

 デルフィーは大きく息を吸い込んだ。

「私はあなたの娘です」
「お前が娘なら、俺様はお前を知っているはずだ」

 デルフィーは一歩ハリーに近づいた。

「私は未来から来た者です。ベラトリックス・レストレンジとあなたの子供です。ホグワーツの戦いの前に生まれました。あなたが敗北することになる戦いです。私はあなたを助けに来ました」

 ハリーはようやく振り返った。

「ベラトリックスの忠実な夫のロドルファス・レストレンジがアズカバンから戻ってきたときに、私が何者かを教え、そして予言を明かしました。彼はそれを成就するのが私の運命だと考えました。私はあなた様の娘です」
「ベラトリックスは良く知っている。お前の顔には似た所がある。しかし証拠がない――」

 デルフィーが一心に蛇語を話し始めた。ハリーは残忍に笑う。

「それが証拠だというのか?」

 デルフィーが易々と宙に舞い上がる。ハリーは驚いて一歩後ずさった。

「私は闇の帝王に仕えるオーグリーです。あなた様に全身全霊でお仕えいたします」
「お前はその飛び方を……俺様から学んだのか?」
「私はあなた様が誇りに思うような子になろうと人生をかけてきました」
「お前が何者か分かった。娘よ」

 デルフィーは感極まって父親を見た。

「ここに、光の中へ来るのだ。我が血の作りし者を確かめるために」
「あなた様のなさろうとしていることは間違いです。ハリー・ポッターを襲うのは間違いです。ハリーはあなた様を破滅させます」

 ハリーの手が元の手に戻り始めていた。ハリーは手を見て驚き、動揺して急いで袖の中に隠した。

「彼は赤子に過ぎぬ」
「ハリーは母親の愛を受けています。あなた様の呪いは跳ね返り、あなた様を破滅させ、あまりにも弱くしてしまいます。あなた様は回復なさいますが、それから一七年を彼との戦いに費やした末――敗れます」

 ハリーの頭から髪が生え始めた。頑固でくしゃくしゃな黒髪だ。ハリーはフードを引っ張り、頭に被る。

「ならば彼を襲うまい。お前の言う通りだ」
「父上?」

 ハリーの身体が縮み始める――もはやハリーの姿に近い。ハリーはデルフィーに背を向けた。

「さあ、ここへ、光の中へ。お前をよく見るために」

 デルフィーは、少し離れた所のドアが細く開き、またすぐ閉まるのに気づいた。訝しげにドアを見て、急いで頭を働かせる。

「父上……」

 デルフィーはもう一度ヴォルデモートの顔をよく見ようとする。その瞬間、彼女の顔は歪む。

「お前はヴォルデモート卿ではない」

 デルフィーは手から稲妻を放った。ハリーが応戦する。

「インセンディオ!」

 稲妻同士がぶつかり合い、部屋の中央で見事な爆発が起こる。デルフィーはもう一方の手を今まさに開こうとしているドアに向けた。

「ポッターだな? コロポータス!」

 待機していたハーマイオニー達は、一斉にドアに力を込めた。しかし、ドアは外から完全に塞がれたままだ。

「ハリー……!」

 ジニーが半狂乱になってドアを叩く。無駄だと分かっていても、どうすれば良いか分からない。

「他に入れる場所を探せ! 爆破してでも中に入るんだ!」

 シリウスが吠える。皆は散り散りになって教会を見て回る。

「窓だ! ここに窓があるよ!」

 レギュラスの声に、皆は再び結集した。

「駄目だ、小さすぎる」
「僕なら通り抜けられる」

 アルバスが早口で言った。ジニーが目を剥く。

「駄目、危険よ! 変身術で、私を小さくして――」
「そんな時間はない! 僕が行く!」

 もう既にアルバスは身を屈め、窓を潜ろうとしている所だった。

「アル、アルバス――」
「大丈夫、絶対に戻ってくるから!」
「アルバス、伯父さんを救うのは君だ」

 レギュラスは最後に声をかけた。アルバスは前を向いたまま頷いた。

 それからは、誰にとっても落ち着かない、切羽詰まった時間が続いた。実際はほんのの短い時間だったのだろうが、デルフィーが死の呪文を明朗と叫ぶ声ばかり聞こえてくるのは、何度も寿命を縮めた。

「アロホモーラ!」

 だが、ついにその声が聞こえてきたとき、ハリエット達は動き出した。開け放されたドアから雪崩のように教会の内部へ入り込み、そして一斉に呪文を放つ。デルフィーは激怒して叫び声を上げるが、全員には適わない。

 激しい音と閃光が何度も瞬き、そして――とうとうデルフィーは圧倒され、床に崩れ落ちた。

「ああ……ああ……」
「ブラキアビンド! 腕縛り!」

 デルフィーはハーマイオニーに縛り上げられた。ハリーはゆっくり彼女に近づく。

「アルバス、大丈夫か?」
「うん、父さん、大丈夫だ」

 ハリーは決してデルフィーから目を離そうとしなかった。

「私を傷つけようとした者は大勢いる――しかし息子とは! よくも私の息子を傷つけようとしたな!」
「私は父親を知りたかっただけだ」

 ハリーは予想外の言葉に驚いたようだった。ハリエットも悲しみを湛えて彼女に歩み寄る。

「私達の父親はあなたの父親に殺されたわ」
「だからお前達に父が殺されても仕方ないと?」
「あなたの父親はハリーまでも殺そうとした」

 ハリエットは唇を噛みしめる。

「私達は、ただ普通に……家族に囲まれて暮らしたかっただけなのに。それなのに、あなたは私達の息子まで奪おうとした。それは本当に許せないことだわ」
「父に会わせてくれ――」

 哀れみを誘う声だったが、ハリーは首を振った。

「それなら、殺せ」
「それもできない」
「えっ、父さん、この魔女は危険だ」
「いや、アルバス……」
「私達は、あいつらと同じであってはいけない」

 ハーマイオニーは断固とした瞳でアルバスを見た。

「私達は殺人者ではないのよ」
「私の記憶を奪ってくれ。私が何者かを忘れさせてくれ」
「いや、君を元の時に連れ戻す。そしてアズカバンに送る。お前の母親と同じように」

 ハリーはある音に気づき、顔を上げた。シューシューという音だ。

「あれは何だ?」
「ヴォルデモートだ」

 ハリーは小さく呟く。デルフィーが反応した。

「お父さん?」
「今、ここに来るの? あいつが?」
「お父さん!」
「シレンシオ!」

 シリウスが黙らせ呪文を使った。デルフィーは猿ぐつわを嵌められたように黙る。

「奴が来る。たった今やってくる」

 誰もが教会の窓に張り付いた。背の高い黒いローブの男が、ポッター家の前に降り立つ所だった。

「ヴォルデモートが私達の父と母を殺す。なのに、私は奴を止めることができない」
「…………」
「見ている必要はない」

 後ろからドラコがそっとハリエットの肩に手を置く。ハリエットは頑としてそこから動かなかった。

「見てないといけないの」
「私達は見届けなくてはならない」

 シリウスが、ハリーとハリエットの間に立った。

「それなら、我々全員が立ち会おう」
「全員で見るんだ」

 ロンとハーマイオニー、ジニー、そしてアルバスとレギュラスも、痛ましい表情で窓の外を食い入るように見つめた。

「リリー、ハリーとハリエットを連れて逃げろ! 奴だ! 行け! 逃げろ! 私が奴を食い止める……!」

 突然家が爆破され、窓硝子が飛び散る。そして嘲笑うような笑い声が響き渡った。

「アバダ ケダブラ!」

 緑の閃光が屋敷の中で瞬いた。ハリエットは身をすくめ、ハリーは拳を握る。

「ジェームズ……」

 シリウスが小さく呟いた。

 いつの間にか、ハリエットの手をレギュラスが握っていた。反対側の手はドラコが。

「……お母さん」

 二枚の窓硝子越しに、本当に小さくはあるが、母の姿があった。横顔だけでも分かる。彼女はきっと、優しく美しい人だ。

「お母さん……」

 涙が頬を伝う。

 激しい音が響き渡り、ドアが吹き飛ばされた。リリーが悲鳴を上げる。

「ハリーは……ハリエットだけは! どうか子供達だけは!」
「退け、馬鹿な女め……さあ、退くんだ……」
「この子達だけは……どうかお願い。私を、私を代わりに殺して……」
「これが最後の警告だ――」
「この子達だけは! お願い……助けて……許して……お願い――私はどうなっても――」
「アバダ ケダブラ!」

 閃光が瞬き、静かになった。全てが終わったのだ。

 ハリエットはその場に泣き崩れ、ハリーは床に倒れ込んだ。押し殺した悲鳴のような声が、誰とも分からない場所から漏れ出る。

 ――本当に、全てが終わったのだ。