■呪いの子

04:眩しい家族


 ハリエットを見送った後は、三人はチェスをして遊んだ。とはいえ、チェスのルールは難しくて、アリエスはすぐに飽きたし、レギュラスの方も、アルバスに一度も勝てないのでチェスを見るのも嫌になってしまった。チェスを持て余したレギュラスは、ポッター家へのお土産だと無理矢理アルバスに持たせることで解決した。

 その後は、買い物から戻ってきたハリエットも呼びに行って、皆でカードゲームをして遊んだ。わいわいと騒がしく過ごしているうちに、午前と同じように、あっという間に時間は過ぎていった。

 そのうちクリーチャーが呼びに来て、皆は厨房に降り立った。昼食の時と同じように、レギュラスのお喋りを聞いていると、あらかた食事が終わりかけたところで、シリウスが帰ってきた。

 まず一番にアリエスが駆け寄って『お帰りなさい』を告げ、レギュラスも椅子の上から手を振った。

「アルバス、よく来たなあ!」

 事前に聞いていたのか、シリウスはすぐにアルバスの方にやって来た。両手を大きく広げている。今までの勘から、アルバスは咄嗟に席を立ち、彼から離れた。だが、逃げ惑うアルバスを、シリウスはにこやかに笑いながらも僅か数歩で捕まえる。闇祓いは引退したとはいえ、新人教育を担当する彼は、まだまだ精力的だ。やすやすとアルバスを脇から抱えあげ、グルグル回した。

「お爺ちゃん、止めてよ! 僕もうそんな年じゃないよ!」
「ええ? レグはいつも喜んでくれるんだが――」
「ずるいや、アルバス! シリウスお爺ちゃん、僕もしてよ!」
「はは、待った待った。まずはアルバスだ」
「シリウス、そんなにはしゃぐとまた腰を痛めるわ」
「私はまだまだ現役だぞ、ハリエット! そんなにやわじゃない」
「この前一度にレグとアリエスを抱えようとして痛めてたじゃない」

 名付け子の耳に痛い言葉を、シリウスは聞こえない振りをしてやり過ごした。

 そんな彼のローブを、アリエスが遠慮がちに引いた。

「お爺ちゃん、私も……」
「おお、そうだな。アルバスの次にやってあげるぞ、アリエス」
「ひどいよ、僕が先だったのに!」

 レギュラスは地団駄を踏んだが、シリウスは聞く耳持たない。

 しばらくシリウスに纏わり付いていたレギュラスだったが、『ドラコ様がお戻りです』というクリーチャーの言葉に、パッと喜色を浮かべた。

「お父さん! お帰りなさい!」
「ただいま」

 ドラコは微笑んでレギュラスを見、そしてシリウスに抱えられているアルバスに目を留めた。

「いらっしゃい」
「こんにちは……お邪魔してます」

 アルバスは余計に恥ずかしくなった。アルバスの目から見て、ドラコは、落ち着いた大人の男性だ。その彼に、こんな子供っぽいことをされている所を見られるなんて。

「さあ、アルバス、楽しんでくれたか? そろそろアリエスと交代だ」

 高い高いの時間が終わって、むしろアルバスはホッとしたくらいなのに、シリウスは『名残惜しいだろう?』という顔でアルバスを見てきた。アルバスは愛想笑いを返しておいた。

「ふんだ」

 シリウスがアリエスに向き直ったのを見て、レギュラスはべーっと舌を出した。

「いいもん、僕お父さんにやってもらうから!」
「あっ、ずるいわ! 私もお父さんがいい!」
「…………」

 アリエスへと伸ばしたシリウスの手が止まる。シリウスは恨ましげにドラコを見た。長年の経験から、ドラコは一瞬で状況を理解した。

「アリエス、お爺ちゃんの方が私よりも背が高いから、きっと楽しいぞ」
「でも……」
「お爺ちゃんの方が圧倒的に楽しいぞ」

 父によるごり押しのおかげで、アリエスは渋々シリウスで我慢することになった。シリウスはというと、ドラコに負けてられないと、最大限アリエスを構い倒した。アリエスは大層ご満悦だったが、彼女を下ろした後、シリウスが腰に手を当てていたのを、アルバスは見逃さなかった。

 レギュラスの方も、父親に高い高いをされて、先ほどまでの不機嫌はどこへやら、すっかり機嫌を持ち直し、ニコニコしていた。友達が父親に甘える姿を、物珍しく見ていたアルバスだったが、彼のその表情を、羨ましいからだと勘違いしたドラコは、そのままアルバスにも手を伸ばした。アルバスはすぐに『大丈夫です!』と断った。どことなくドラコは寂しそうに見えた。

 その後、ドラコとシリウスは食事をし、とっくの昔に食べ終えたレギュラス達も、そのまま厨房に居座り、たくさんお喋りをした。ドラコ達はホグワーツでの話を聞きたがったが、レギュラスは唇を尖らせる。

「スリザリンには、やな奴ばっかいるんだ」
「人間だもの。色んな人がいるわよ」
「だからグリフィンドールに入れと言っただろう」
「シリウス」

 ハリエットはシリウスを睨んだ。シリウスはしまったという顔をしながら、大人しくスープをすすった。

「レグ、気にすることないわ。ハッフルパフにも勇敢な男の子はいたし、嫌な子もいた。レイブンクローにも面白い子はいたし、グリフィンドールは……そうね、グリフィンドールも本当にいろんな人がいたわ」

 ハリエットは懐かしそうに遠い目をした。

「嫌な子のことは、無視すれば良いのよ。レグのことを本当に大切に思ってくれる子は、他にもたくさんいるわ。嫌な子ばかり相手にしてたら、その子達のことを見つけられなくなっちゃう」
「……でも、僕たち、陰口ばかり叩かれるんだ。嫌なことばっかり言われる。他の寮の子にだって、避けられてる」
「――っ」

 ハリエットは言葉を失った。いつもレギュラスが楽しそうに授業やアルバスのことを手紙で知らせてくれるので、彼にとって、ホグワーツは楽しい場所だとばかり思っていたのだ。

「レグ……」

 ハリエットは痛ましい表情でレギュラスの頭を撫でた。シリウスも憤然とした顔をしているが、何も言えないでいる。

 ハリエットの反対側から、ドラコが息子の肩に手を置いた。

「私のことで何か言われているのか? 私が死喰い人だと」
「ううん、違うよ! 違うよ……」

 レギュラスは慌てて首を振ったが、一目瞭然だった。ドラコが沈痛な面持ちをしたのを見て、これじゃ駄目だとアルバスは勢いよく立ち上がった。親友とその父親の関係を、拗らせたくはなかった。

「違うよ、僕が言われてるんだ。僕が、ハリー・ポッターの息子なのに、スリザリンに入ったから……」
「アルバス、それは違うわ。ハリーだって組み分け帽子にスリザリンを勧められたのよ。グリフィンドールに入ることが正しいわけじゃないわ」
「でも、グリフィンドールが正義だって皆が言ってる! グリフィンドールには入れなかった僕は落ちこぼれなんだ!」
「アルバス……」

 レギュラスが気遣うように声をかけた。その声色にハッとし、アルバスはまた力なく椅子に座った。

「ねえ、アルバス、私の話を聞いてくれない?」

 ハリエットが優しく微笑みかけた。アルバスは小さく頷いた。

「私達ね、ホグワーツに行くまで、どの寮に行きたいかなんて全く考えてなかったの」
「どうして?」
「だってよく考えてみて。魔法なんて、つい一ヶ月前に知ったばかりだったし、それに、ハーマイオニーみたいに予習する性質でもなかったから、四つの寮があるってことくらいしか分からなかったもの」

 それすらも、ドラコから教えてもらったのよ、とハリエットは付け足す。ドラコはなぜか恥ずかしそうな顔をし、レギュラスはパチパチと父と母とを見比べた。

「ハリーが――アルバスのお父さんがグリフィンドールに行きたいって願ったのは、コンパートメントで一緒になったロンがグリフィンドールに行くって言ったからよ。私もそう。ハリーが先にグリフィンドールに組分けされたから、グリフィンドールに行きたいってお願いしただけ」

 もしもね、とハリエットが続けた。

「ロンやハーマイオニーがスリザリンにいたとしたら、私達もスリザリンに行きたいってお願いしたと思うわ。大人になった今でもそう思う。私達にとっては、寮よりも友達の方が大切だったの。――あなた達は、スリザリンでかけがえのない友達を見つけた。それって、とっても素敵なことだと思うわ」

 目を細めて、ハリエットはレギュラスとアルバスを見た。アルバスは少しだけソワソワした。

 叔母の言葉は、すんなりとアルバスの胸の中に収まった。そして同時に思った。彼女は、一緒にいるととても落ち着く人だと。

 彼女は、自分が欲しい言葉をくれる。単なる慰めではなく、包み込むような温かさを孕んだ言葉だ。

 ――やっぱり、レギュラスはこの叔母の子供だと思った。笑い方も似てるし、何を言っても言葉に刺がない。ふわふわとした雰囲気が、とても居心地が良い。レギュラスやハリエットは、時折こちらを見透かしたようなことを言うが、それが余計、アルバスを冷静に、素直にさせた。

 ――自分が父親に似ていると言われるのは嬉しくないのに、レギュラスが母親と似ているのはとても羨ましく思った。我儘にもほどがあると自分でも思った。

「……叔母さんは」

 いつも閉じこもっていた殻はどこかへ吹き飛び、まるで迷子のような頼りない顔でアルバスはハリエットを見上げた。

「お父さんのこと負担には思わなかったの? お父さんは、生き残った男の子として有名なのに……」

 アルバスの問いに、ハリエットはしばらく考え込んだ。

「私はむしろ、申し訳なかったかしら?」
「どうして?」
「双子なのに、私はハリーの苦しみを分かち合うことができなかったから。ハリーだけが悪目立ちして、自分は何もできなかったから。――『生き残った男の子なのに、勉強は駄目駄目だ』、『有名人なことを鼻にかけてる』、『目立ちたがり屋だ』。……本当に散々なことを言われたわ。勝手にハリーに期待を寄せて、勝手に失望していく人たちも多かった」
「…………」
「でも、私達は一人じゃなかった。ロンやハーマイオニーがいてくれた」

 ハリエットは手を伸ばしてアルバスの頭を撫でた。

「あなたもそうよ、アルバス。レグがすぐ側にいるし、私達だっているわ。だからね、一人で抱え込まないで。大した力になれないかもしれないけど、愚痴を聞いたり、アドバイスをすることならできるわ」
「もちろん、その時はわたしにも相談してくれ。悪口を言うような奴らに仕返しする方法を授けよう」
「シリウス、ほどほどのものにしてね」
「ははは、当たり前だ」

 シリウスは棒読みで返した。アルバスも、ようやく笑みを見せた。温かなこの空気が、本当に羨ましいと心から思った。