■呪いの子

05:箒の練習


 翌朝は稀に見る晴天だった。シリウスは朝からウキウキしていたし、レギュラス、アリエスもまたそうだ。アルバスだけが、少し不安そうな顔をしている。思っていた以上に箒が下手だと思われたらどうしようという勝手な思い込みからの不安である。

 朝食を食べた後、早速皆は箒を手に外へ出た。何やかんや、ハリエットもレギュラスに連れてこられ、総勢六名での大所帯で箒で遊ぶことになった。

 一番にシリウスが箒に飛び乗り、手招きされたアリエスが彼の前にちょこんと収まる。

「ちょっと飛んでくる」

 そう残し、シリウスは空高く飛び上がった。きゃあっと嬉しそうなアリエスの声が尾を引く。

 後に残されたレギュラス達だが、順番に箒に乗る中、アルバスは躊躇った様子で箒に跨がりもしなかった。

「先に行ってて」

 アルバスは小さく言った。

「僕、ちょっと……後から飛ぶよ」
「大丈夫?」

 同じくレギュラスも小さく尋ねた。アルバスは頷く。

「じゃあ先行くね」

 レギュラスは微笑み、地面を蹴った。ふわりと空へ上がっていく。

「私も行くわね」
ハリエットは軽くドラコに目配せをし、浮上した。

 アルバスは、一人残ったドラコをちらりと見た。早く行ってくれないかな、と思ったのだ。

 アルバスのその願いとは裏腹に、ドラコもまた、箒に跨がりもしなかった。

「おじさんは行かないんですか?」

 アルバスはついに尋ねた。ドラコは困ったようにアルバスを見返した。

「……昨夜の話が気になって」
「昨夜?」
「スリザリンにやな奴がいるっていう」
「ああ……」

 ドラコは、箒を持ったままアルバスの方に近づいた。しかし視線は合わない。彼は、遙か上にいる、レギュラスの方を見ていた。

「学生時代、私は本当にやな奴だった」
「え? おじさんが?」
「ああ。レグの言う『やな奴』とは、まさに私のような人を指すと思う。きっと、君たちが過去の私を見たら幻滅するだろう」
「そんなこと……」

 急にこんなことを言い出す彼の意図が分からなくて、アルバスは困惑していた。

「私が意味もなく突っかかっていたのは、君のお父さんだ。私は、ハリーのことが妬ましかった。羨ましかった。私と違って、何でも話せる友達がいて、クィディッチの才能もあって、何より――人を惹きつけた」

 みるみるアルバスの表情は暗くなる。彼の話すハリー像は、今の自分とは到底似ても似つかないと思ったからだ。

「じゃあ、どうして今は仲良くしてるの?」
「それは、ハリーが私を許してくれたから――いや、違うな。自分に自信が持てるようになったからだ」
「自信?」
「私みたいな奴でも、友達だと言ってくれる人がいた。魔法薬学の才能があると言ってくれた。教えるのが上手だと、思いも寄らない長所を教えてくれた」

 ドラコは、手の中で箒をくるくる回した。

「私は……ハリーほど飛ぶのは上手ではないが、教えるのは負けないと思う」

 そしてようやくアルバスの方を見た。

「それはハリエット叔母さんで証明済みだ」

 ドラコは悪戯っぽく視線で上を示した。自分たちの頭上では、ハリエットがレギュラスと追いかけっこをしていた。アルバスもにっこり笑う。

「……僕にも箒を教えてくれる?」
「もちろん」

 それから、ドラコによる箒の指導が始まった。ただ、ハリエットほど、アルバスは箒に関して拗らせているわけではなかった。失敗したらどうしようとか、笑われたら嫌だとか、そういう不安を箒が感じ取り、思うように指示に従ってくれないだけだった。

 お昼近くになると、アルバスもレギュラス達の所まで飛べるようになった。まだ操作は覚束ないが、一挙一動見守っていないと、という不安はなくなっていた。

「上手く飛ぼうなんて思わないで良い。君がどう飛びたいかが大切なんだ」

 ドラコの言葉を胸に、アルバスはもう箒に関しては、父親のことを忘れることにした。今はただ、皆と同じように飛びたいということだけを考える。

 昼食を挟んで、午後にはクィディッチもどきをやることにした。シリウス、ハリエット、アリエスのチームと、ドラコ、レギュラス、アルバスのチームである。

 始め、クィディッチもどきはドラコチームの圧倒的勝利になるかと思われた。アリエスはシリウスと一緒に箒に乗るので、ほとんど戦力にならないし、ハリエットの箒の腕前は、ドラコがよく知っていた。レギュラスは父親に似て箒のセンスが良かったし、アルバスの方は、直前のドラコによる指導がよく響いたのか、メキメキ上達していた。そして一番大きな理由は、もちろん元シーカーであるドラコの存在だ。

 だが、蓋を開けてみると、思っていた以上に試合は拮抗した。ドラコは子供を楽しませるために、簡単なアシストしかしなかったし、逆にシリウスなどは、一切手加減なしの本気のプレイだ。アリエスはビュンビュン宙を飛び回る箒に終始キャッキャと笑い声を上げていた。

 そして意外や意外、思いの外ハリエットが粘ったのだ。クアッフルをゴールに投げる際の命中率は低いが、レギュラスの行く先を通せんぼしたり、パスされるクアッフルをカットしたりと、なかなかチームに力を尽くす。

「こう見えて、私はハリーの妹なのよ!」

 アルバスをマークしながら、ハリエットは叫んだ。彼女のガードをすり抜け、うまくレギュラスからクアッフルを受け取ったアルバスも、気付けば叫んでいた。

「僕だって父さんの息子だ!」

 ――結局、試合はシリウスのチームが勝利を収めた。ハリエットはともかく、シリウスは大人気無いと、観戦していたクリーチャーに非難されていたが、アリエスに『お爺ちゃんすごい!』と手放しで喜ばれていた彼は、どこ吹く風だった。

 とはいえ、負けたはずのレギュラス、アルバスは、晴れ晴れとした顔だった。汗まみれの顔で額を付き合わせ、あの時こうすれば良かった、この時のパスは良かったなどと、反省会を行っていた。


*****


 ブラック邸滞在三日目には、皆でマグル界に出掛けた。残念ながらドラコは仕事だが――ちなみにシリウスは休みをもぎ取った――それでもこのメンバーではお喋りに事欠かない。

 ダイアゴン横丁などの魔法界では目立つことこの上ないので、マグル界は、ハリエット達有名人にとって、絶好のお出かけ場所だった。特に、最初に連れて行った遊園地には、子供達も大興奮だ。箒とはまた違うジェットコースターに、レギュラスは何度ももう一度乗りたいとせがったし、逆にアリエスはもう二度と乗りたくないと消沈した。アリエスにはアイスクリーム・パーラーで機嫌を直して貰って、その間、シリウスは何度もレギュラスとアルバスをジェットコースターに連れ回されていた。

 最終日ともなると、アルバスはすっかりマルフォイ家に打ち解けていた。シリウスが調子に乗ってハリエットに窘められているときは遠慮なく笑ったし、逆になぜかドラコがシリウスに頭が上がらないのはおかしかった。レギュラスは普段は良いお兄ちゃんをしているが、蛙チョコのカードのこととなると、途端にアリエスと火花を散らす。ハリエットはいつも皆のことをおっとりと眺めているが、シリウスの手綱を引いたり、レギュラスとアリエスの喧嘩を宥めたりと、合間合間に重要な役割を担っている。ドラコは、兄妹喧嘩すらも眩しそうに見つめているのが印象的だった。

 同時に、この三日間を通して思ったことは――今のマルフォイ家に、突っ込む人は誰もいない、ということである。

 はっきり言って、レギュラスは天然だ。彼が先陣を切って天然を発揮するので、それに釣られてアリエスが、ハリエットが、ドラコまでもが見当違いのことを言い始める。名付け子とその娘息子を愛するシリウスも、それに反発するわけが無く、むしろ大いに引きずられる。唯一の常識人は、まさかの屋敷しもべ妖精クリーチャーであるが、主人に忠実な彼が、異を唱えるはずがなく、生暖かい目で眺めるばかりである。

 それにより、ブラック邸は半ば異次元と化していた。仲間と共に乗り込むのならまだしも、単身ブラック邸に乗り込んだが最後、目の前で繰り広げられる見当違いも甚だしい異次元の会話の数々に、自分を見失うこと必至だろう。

 初日はアルバスも呆気にとられたものだが、三日目ともなると慣れてくる。もともと、レギュラスの天然はこの一年でずっと間近で直撃されていたので、耐性がついていたのも大きい。

 アルバスの理解が行き届かない境地へと会話が入り込んだときは、彼は大人しくただ黙って話を聞いていることしかできないのだが、ただ、一つ言えることは――アルバスは、この家族のことが大好きになったということだ。