■呪いの子

06:新学期


 夏休みの最終週の三日間、アルバスはマルフォイ家へ行くことを選んだので、彼はそのまま家には帰らずに、キングズ・クロス駅に行く予定だった。そしてハリエット達もそのつもりだったようで、アルバスはホッと胸を撫で下ろした。

 シリウスは昨日の休みの代わりに仕事で、見送りにはいけなかったが、代わりにドラコとハリエットが駅まで付き添った。

 また一年兄に会えないのかと思うと、再びアリエスのグズグズ虫が再発し、またしても嗚咽をあげていた。

「アリエスもあと一年したら行けるのよ。でも、十歳にもなってそんなに泣き虫じゃあ、入学は断られるかもしれないわ」
「だって、だって、レグが……」
「仕方ないなあ」

 レギュラスはトランクからアルバムを取りだし、中から一枚のカードを抜き取った。そしてアリエスにそのカードを差し出す。

「ルーピン先生のカード、アリエスにあげるよ」
「え? でも、これ一枚しかないんでしょう? やっと手に入ったって言ってたのに……」
「ホグワーツに行けば本物に会えるからね。アリエスにあげるよ」
「ありがとう!」

 まだ涙の残る顔で、アリエスはパアッと笑みを浮かべた。レギュラスは照れくさそうに笑い返した。

「レグもすっかりお兄さんね」
「そりゃあ、もう十二になるんだから」
「格好良いわ」
「えへん」

 ハリエットとアリエスに褒められ、レギュラスは胸を反らした。

 九と四分の三番線の壁を抜けると、その先にはちょっとした人だかりができていた。

 確かめるまでもなく、その中央にいるのは間違いなく知り合いだろうと予感があった。好奇心旺盛なレギュラスがいち早く人の波をくぐってその中央にたどり着き、『ハリー伯父さん!』と声を上げた。

「道を空けてくれ。私は息子の見送りがしたいだけだ」

 人混みを縫って出てきたのはハリーだ。その後ろにはジニーと、彼女に連れられたリリーもいる。

「アル!」

 ジニーは急ぎ足でアルバスに駆け寄った。そして微笑んでアルバスの頭を撫でる。アルバスは周りを気にするようにしてキョロキョロ見た。

「良かったわ、ホグワーツに行く前に会えて。ハリエット、三日間アルを見てくれてありがとう。大丈夫だった?」
「もちろんよ。アルバスはとっても良い子だったわ。アリエスの面倒も見てくれたし」
「なら良かったわ」
「ロンやハーマイオニー達は? まだ来てないのかしら?」
「さっき向こうの方で会ったわ。でも、この人ごみだもの、大した話はできなくて……」
「残念ね、久しぶりに私も話がしたかったんだけど」

 母親同士が話している間、ハリーは手持ち無沙汰なアルバスに近寄った。アルバスの身体が強ばる。

「何で来たの?」

 まさかそんなことを聞かれると思っていなかったハリーは、戸惑ってしまった。

「ドラコだって来てる。なぜ私が見送りに来ちゃいけない?」
「ジェームズについてればいいんだよ。僕の所には来なくても良かったのに」

 アルバスの真意が分からずに、ハリーは困惑した。アルバスはなおも不機嫌そうに続ける。

「父さん、僕から少し離れてくれないかな。皆が見てる」

 素っ気ない言い方にも怯まずに、ハリーは苦笑した。

「二年生にもなると、父親と一緒の所を見られたくないのかい?」
「そうじゃない。ただ、父さんは父さんで……僕は僕なんだから」
「いいかい、皆見てるだけだろう? 見てるだけ。それに、お前じゃなくて私を見てるんだ」

 魔法使いが一人、過剰な興味を示しながらポッター親子の周りを回っていた。親子の会話が終わったと判断した彼は、恭しくハリーに何かを差し出してサインを頼んだ。ハリーは軽くサインをした。

「ハリー・ポッターと出来の悪い息子をね」
「何を言ってるんだ?」
「ハリー・ポッターとスリザリン寮の息子さ」

 その時、ジェームズがトランク片手に二人の側を走り抜けた。

「ズルズルのスリザリン、グズグズするな、汽車に乗る時間だ」
「ジェームズ、いらないことを言うな」
「パパ、クリスマスにね!」

 しかしジェームズは、もうとっくの昔に汽車の入り口にいた。大きく手を振ると、軽やかな足取りで汽車の中に姿を消す。

 ハリーは心配そうにアルバスを見た。

「アル――」
「アルバスだ。アルじゃない」
「皆がいじめるのか? もう少し友達を作ったらどうだ。ロンやハーマイオニーがいなかったら、父さん達はホグワーツでやっていけなかったし、それどころか、生き残ることもできなかっただろう」
「僕には二人みたいな友達はいらない。僕にだって友達がいるんだ――レギュラス。僕には、レギュラスがいれば充分なんだ」
「レギュラスは良い子だ。素直な子だし、優しい……。ハリエットの子供とお前が仲良くなってくれて、私は嬉しいと思う。でも、もっと他にも……グリフィンドールとか、友達を作った方が――」
「父さん、グリフィンドールはスリザリンのことが嫌いなんだ」

 トランクを取り上げ、アルバスはさっさとハリーから離れた。しかし数歩もいかないうちに、母親に引き留められる。

「アル、真面目に勉強するのよ。友達と仲良く。ちゃんと手紙も書くのよ」
「うん……」
「良い子ね」

 ジニーはぎゅうっとアルバスを抱き締めた。友達の前で抱き締められるなんて、とアルバスは恥ずかしく思った。レギュラスでさえ、母親とハグしてないのに――。

 そう思って友達の方を見ると、彼は、嬉しそうな顔で母親からキスを貰っている所だった。

「レグ、手紙を書くことを忘れないで。あなたったら、いつも返事を書くのを忘れるんだから。アリエスだってレグからの手紙を楽しみにしてるのよ」
「分かってるよ。これからはちゃんと夜寝る前に書くって習慣をつけるから」
「そのまま寝ないようにな」

 ドラコが静かに言った。レギュラスはうんうんと頷いたが、いまいち説得力がない。

「じゃあお父さん、お母さん、アリエス、行ってくるよ! アルバス、行こう!」

 レギュラスは、トランク片手に眩しい笑顔でアルバスを見た。アルバスは微笑み、トランクを持ち上げる。

「行ってきます!」

 二人は警笛を鳴らすホグワーツ特急に飛び乗った。レギュラスは名残惜しげにいつまでも窓から手を振っていたが、アルバスはというと、おざなりに手を振った後、すぐに引っ込んでしまった。

 汽車が見えなくなると、保護者達はチラホラ帰り始めた。そのまましばらく残って、知り合い同士話をするところもある。ハリーはハリエットに近づいた。

「アルは何か粗相をしなかったかい? 不機嫌になったり、素っ気なかったり」
「まさか、とっても礼儀正しかったわ」
「そうか……ならいいんだが」

 どこかぎこちないハリーに、ハリエットは長年の勘を働かせた。

「あんまりアルバスと話してないの?」
「話そうとはしてる。でも、アルバスはどうも……私のことがあまり好きではないようだ」
「そんなことないわ。周りにあなたと比較されてからかわれるからよ。それで、その矛先がついハリーに向いちゃっただけ」
「何か話したのかい?」

 ハリーは縋るようにハリエットを見た。

「そんなに詳しくは聞いてないわ。でも、スリザリンに入ったことをすごく気にしてる。フォローしてあげて」
「私が何を言ったとしても、反発するだけだ」
「諦めちゃ駄目よ」

 ハリーは首を振って会話を打ち切った。興味津々な様子で聞き耳を立てる野次馬達に、嫌気が差したようだ。

「また話そう。今日はもう行く」

 そのままハリーは足早に行ってしまった。闇祓い局長としての忙しさが、ハリーを余裕のない人間にさせたような気がして、ハリエットは心配でならなかった。