■呪いの子

08:お泊まり


 暖炉の中の炎が急に燃え上がり、何かが回転していると認識した瞬間、アルバスは立ち上がった。ようやく来たのだと思った。

「レグ!」

 煤まみれで暖炉から這い出してきたのは、予想通り大親友の姿だった。咳き込みながら、やあと見慣れた笑みを浮かべる。

「僕、灰を食べる趣味はないんだけど、咳き込んじゃって、口を開いたら灰が口の中に入ってきて……うえええっ」
「レグったら、私の話を聞かないからよ。煙突飛行粉の量は気をつけてって言ったでしょう?」

 彼の次に現れたのはハリエットだ。続いて、アリエスも煙突の中から出てくる。彼女は、兄のことなど頭から吹き飛ばし、アルバスのすぐ隣にいた少女に瞳を輝かせた。

「リリー!」
「アリエス!」

 二人の少女はどちらからともなく駆け寄り、手を取り合って喜んだ。二人とも赤毛で、かつ同い年なので、こうしていると、ハリーとハリエットよりも本物の双子のようだった。

「遊びに来てくれたのね? 三日間泊まれるんでしょう?」
「ええ! 何して遊ぶ?」
「何でも! だって三日もあるんだもの!」

 きゃっきゃと笑いながら、二人は早速リリーの部屋に行った。あっという間に姿を消した娘を見て、ハリエットは苦笑いを浮かべる。

「ごめんなさい、ジニー。アリエスったらはしゃいじゃって」
「気にしないで」

 丁度お茶をしていたジニーは、ハリエットに席を勧め、彼女にも紅茶を入れた。

「レギュラスもアリエスも、二人まとめたってジェームズの騒がしさには敵わないもの」
「それがね、ジニー。シリウスにこの事話したら、自分も遊びに行きたいって言い出して。……最終日だけらしいんだけど、迷惑じゃないかしら?」
「そんなことあるわけないわ! むしろ、それならシリウスが子供達の相手をしてくれるってことでしょう? 楽でいいわ」

 ジニーが小さく舌を出した。ハリエットは声を上げて笑ってしまった。

「僕たちも部屋に行って良い? レグに見せたいものがあるんだ」
「いいわよ。でも、あんまり騒がないようにね。パパ、疲れて上で寝てるんだから」
「分かってる」

 ふて腐れたような返事を返し、アルバスは先陣を切ってレギュラスを自室へと案内した。

「父さん、昨日は徹夜だったんだ。本当は今日も仕事だったんだけど……休む暇がなかったらしくて、家に帰ってきてて」
「僕たち、タイミング悪いときに来ちゃったんだね」
「そんなことないよ」

 アルバスは首を振ってこの話は終わりだと合図した。レギュラスは大人しく従った。

 部屋についたところで、さあ何をして遊ぼうという話になったが、レギュラスは、鼻を高くしてチェスをやろうと言い出した。なんでも、父親から手ほどきを受けたので、今回こそは自信があるらしい。水を差すのも悪いので、アルバスはレギュラスに付き合うことにした。

 始めは一度や二度勝つくらいでは――と高をくくっていたアルバスだが、思いのほか、レギュラスは手強く、むしろ、アルバス以上にチェスができるようになっていた。教えるのが上手だというドラコの腕前は本物らしい。

 立て続けに負けると、さすがのアルバスも負けん気が発揮され、もう一度、もう一度とレギュラスに再挑戦するようになった。戦いはだんだん白熱していく。

 一度ジニーがおやつを出してくれたが、それすらも手をつけない程の熱中さだ。

 せめて一勝はしたいとアルバスが集中していると、トントンとノックの音がした。アルバスが返事をすると、扉が開き、そこからハリーが顔を出した。

「やあ、レギュラス、いらっしゃい」
「ハリー伯父さん、久しぶり!」

 アルバスは、ちらりとハリーを見て、そしてまたチェス盤に注意を戻した。

「何か用? 今レグと遊んでるんだ」

 つれない息子の態度にも、ハリーはめげなかった。

「チェスか。私もよくロンと遊んだものだ。どっちが強いんだ?」
「僕だよ」

 レギュラスはふふんと胸を張った。

「前はアルバスに惨敗だったけど、お父さんから教えてもらったんだ」
「へえ、そうか。……私も混ぜてくれないか?」
「駄目」

 あまりにも早い返答に、ハリーはしばし困惑した。

「嫌か?」
「レグと二人で遊びたいから」
「伯父さんは暇なんだよ。混ぜてあげようよ」

 レギュラスはトントンとアルバスの肩を叩いた。しかしアルバスは決して頷かず、チェス盤を睨み付けたままだ。ハリーは悲しそうな顔になり、『居間に行ってくる』とだけ残して去って行った。

「仲間外れは可哀相だよ」

 レギュラスはからかうような声色で言った。アルバスは怖い顔のままレギュラスを睨む。

「レグ、とぼけた振りをしても駄目だよ。僕には分かってるんだから」

 図星を突かれたレギュラスは、恥ずかしそうな顔をした。

「だって、今の言い方は伯父さん、可哀想だったよ。アルバスと仲良くしたいだけなのに」
「僕はそんなことない」
「意地張っちゃ駄目だよ」
「張ってなんかない!」

 アルバスは声を張り上げた。

「父さんの話はもういいだろう! 続きをやるよ!」
「うん……」

 レギュラスは大人しく頷いたが、なおも心配そうにアルバスを見つめていた。


*****


 家で一眠りした後、ハリーはすぐにまた仕事に出掛けたので、もうアルバスと一悶着起きることはなかった。二日目も彼は仕事で、アルバスとレギュラスは、外に出掛けたり、カードゲームをして遊んだりした。

 ただ、三日目はそれまでと違った。シリウスとハリエットが遊びに来て、更にはそれに合わせてハリーも休みを取ったからだ。

 ジェームズのテンションは上がり、それに乗じて家は騒がしくなる。

「シリウス、箒に乗ろうよ! 僕、チェイサーとして頑張ってるんだから!」
「ジェームズ、よほど自信があるようだな。ホグワーツで鍛えられたその腕前を見せて貰おうじゃないか?」
「当たり前だよ! ローズもクィディッチ選手に選ばれたし、うかうかしてられないからね!」
「これだけの人数がいるんだ、またクィディッチもどきをしても楽しそうだな」

 シリウスはニヤリと笑った。

「ポッター家対マルフォイ家はどうだ? 残念ながらドラコはいないが……ハリエットはなかなかクィディッチが上手だったから」
「いつハリエットがクィディッチをしたの?」

 ハリーは驚いて尋ねた。ハリエットは、どちらかというと、クィディッチを見る側の立場だった。

「この前の夏休みよ。アルバスが来たときに、皆でクィディッチをしたの」
「僕たちが負けちゃったんだ。お爺ちゃんとお母さん、アリエスが勝って……」
「アルもしたの? 言ってくれれば、いつでも一緒にクィディッチをしたのに」

 ジニーは残念そうに言った。元クィディッチ選手としては、息子とクィディッチするのが夢のようなものなのだろう。

「うん……でも、あれは」

 アルバスはもごもごと口の中で答えたが、すぐにレギュラスの元気な声に遮られる。

「でも、僕、アルバスと一緒のチームが良い! 今度こそお爺ちゃんに勝つんだ!」
「だったら、私がハリエット達のチームに入る?」

 ジニーが手を挙げた。

「それなら良い感じになりそう」
「ジニーがいるなら百人力だな」

 シリウスは敵チームとなるハリー達を順々に見回した。ジェームズの瞳にも闘志が宿る。

「レギュラス、君、箒にはどれだけ乗れるの? ちゃんとクァッフル扱える?」
「もちろんだよ! 選手じゃないけど、時々お父さん達と遊ぶんだ! 足は引っ張らないよ」
「ようし、じゃあ君をポッター家の仲間として認めてあげよう」
「認めてくれるなら、今度から僕に悪戯はしないでね? 僕、知ってるんだから。昨日、僕のおやつボックスの中にカナリア・クリームを混ぜたでしょ。そのせいでひどい目に遭ったんだから」
「ひどい目に遭ったのは自業自得だろう? カナリアに変化するのは短時間なんだから、大人しくしてれば良いのに、何を思ったのか、勝手に窓から外に飛び出して落っこちて」
「だ、だって、空を飛んでるって思ったら、楽しくなっちゃって……」
「作戦会議をしてるんじゃなかったのか?」

 呆れてハリーが口を挟んだ。ハッとして二人は顔を見合わせる。

「と、とにかく、アルバス、頑張ろうよ! 今度こそお爺ちゃんに勝つんだ!」

 レギュラスは拳を突き上げてアルバスを見た。だが、彼の表情は浮かない。

「……僕、やらない」
「え?」
「やるなら皆でやって」

 シンとその場が静まりかえった。しばし気まずい沈黙が場を支配する。

 アルバスは、無言で俯いていた。

 レギュラスを盗られたような気分だった。それだけではない。母も、祖父も、叔母もジェームズも――それに、父も。

 どうせ箒が下手な自分は見向きもされない。このメンバーでクィディッチをしたら、どうなるかは目に見えている。

 誰も微動だにしないこの環境下で、先に我に返ったのはハリーだった。頭に血が上っていた。

「アル! せっかく皆で楽しくしようって時に、どうしてそういうことを言うんだ」

 ハリーの剣幕に、アルバスはビクリと肩を揺らした。

「私がいるから気にくわないのか? 私がいなくなれば、皆でクィディッチをするのか?」
「誰もそんなこと言ってない」
「そういうことだろう」
「ハリー、落ち着いて」

 ハリエットがハリーを宥め、ジニーがアルバスの肩を抱いた。

「アルバスは、箒に乗る気分じゃなかったのよ。ね?」

 一旦冷静になって、とジニーの目が語っていた。ハリーは我に返り、小さくため息をついた。

「……アル、すまない。怒鳴るつもりじゃなかった」
「……別に」
「この前も徹夜だったものね」

 ジニーはフォローを入れた。他の皆も、元の空気を取り戻そうとして肩に力を入れる。

「クィディッチは止めにして、買い物にでも行くか?」

 シリウスがリリーとアリエスを見た。

「可愛いお嬢さん達、アイスクリームを食べたくはないか?」
「食べたい!」
「でも、僕、クィディッチが……」

 一人空気の読めないジェームズが食い下がろうとしたが、笑顔でジニーが制する。

「でもほら、ジェームズ、ゴーグルが欲しいって言ってなかった? 雨の日でもクアッフルがよく見えるように。クリスマスプレゼントにゴーグルはどう?」
「うん、欲しい!」

 兄を仕留めた後は、弟の方だ。ジニーは優しくアルバスと視線を合わせた。

「アルは何か欲しいものある? 何でも買ってあげるわよ」
「僕……? うーん……」
「チェス盤は?」

 横からレギュラスが口を挟んだ。

「クラッカーのおまけじゃなくて、大きいチェスセットを買ってもらったら?」
「それはレグの欲しいものでしょ……。レグが買ってもらいなよ」

 呆れたアルバスに突っ込まれ、レギュラスは恥ずかしそうな顔をした。ハリエットは息子を見る。

「レグはチェスセットが欲しいの? 買う?」
「僕? うん……でも……でも……」

 レギュラスは頭を悩ませた。クリスマスプレゼントは一年に一度きりだ。そんなに簡単には決められない――。

「うん、僕、チェスセットが良い! アルバスと一緒に遊ぶんだ」
「分かったわ」

 ハリエットは笑みを零してレギュラスの頭を撫でた。

 そうして、急遽ポッター家とマルフォイ家は、ダイアゴン横丁に向かうことになった。