■番外編 ***が死んだ世界で

01:約束



*ハリエットの拉致が防がれた時間軸 死の秘宝『貝殻の家』*
(呪いの子『闇の中の光』読了推奨)


 ルーピンとトンクスの間に男の子が生まれたという朗報に、その日、貝殻の家は大いに賑わっていた。トンクスの父親の名を取って、テッドと名付けたそうだ。写真に写る、可愛らしく眠り込む男の子の姿に、皆はうっとり頬を緩める。

「それで……ハリー、テッドの後見人を君に頼みたいんだ」
「えっ」

 あまりにも唐突で、思いも寄らない申し出に、ハリーはしばし返事を返すことが出来なかった。ぱちくりと、ただそんなことを言い出したルーピンを見返す。

「でも、僕が……本当に?」
「もちろんだとも。君に頼みたいんだ」
「なんて光栄なことだ、ハリー!」

 シリウスは顔をくしゃくしゃにしてハリーの肩を叩いた。

 シリウスは、しばらく各地を放浪し、死喰い人からの襲撃から魔法使い、魔女達を守っていたが、今日ばかりは、ルーピンのこの上ない幸せな報告に、彼もまた貝殻の家にやって来ていた。

「もちろん承諾するだろう? な?」
「本当に僕で良いの?」
「君だから頼みたいんだよ」

 再度ルーピンは頷く。ハリーは興奮で頬を赤らめ、写真をもう一度覗き込んだ。

「良かったな、ハリー!」
「ハリーよりもシリウスの方が嬉しそうだな」

 ニコニコ言うシリウスに、ロンが呆れて呟いたが、シリウスは聞いちゃいなかった。

「うーん、本当に素晴らしい。あの小さかったハリーも、もう後見人になるような年か。うん、本当に素晴らしいことだ……」
「リーマス、一杯」

 ビルはゴブレットをルーピンに渡し、そこに並々とワインを注いだ。

「ありがとう、ありがとう、ビル。でも、あまり長くはいられない。戻らなければならないんだ……」

 言い訳をしながらも、ルーピンは、皆に一杯、もう一杯と進められるがまま、にこにこと笑いながら注がれる酒は全て飲み干した。だが、さすがに二時間も経つと、もう帰らなければと彼は少しよろついた足で立ち上がった。

「また来るよ。今日はありがとう……」
「またテッドの写真を持ってきてね。楽しみにしてるよ」

 ルーピンは笑顔のまま姿くらましした。彼が帰った後も、貝殻の家はしばらく浮ついた空気で、アルコールが入った勢いで、将来子供ができたらどんな名前を付けたいかという話になった。

「僕は、女の子ならローズだな。薔薇のように美しく、芳しい女の子に育って欲しい」

 赤い顔でロンは生き生きと話す。次は君の番だぜ、と彼は視線でハーマイオニーに告げた。ハーマイオニーは少し考える素振りを見せた後、微笑んだ。

「男の子だったら、私はヒューゴって名前が良いわ。響きが良いじゃない? それに、魔法生物のあり方について、最初に論文を発表した方の名前と一緒で、彼はしもべ妖精の立場についても言及して――」
「響きが良いからなんてのは嘘だろう? 君のは後半のが本音のはずだ」
「失礼ね、そんなことないわよ!」

 ロンの返しに、ハーマイオニーは顔を真っ赤にして怒った。だが、それ以上否定もしなかった。それに更に追い打ちをかけるロン。

「ギルデロイって君の口から出なかっただけまだマシかな」
「ロン!」

 ハーマイオニーがいよいよ目を三角にしたので、ロンは立ち上がって逃げた。ハーマイオニーも椅子を引き倒す勢いで立ち上がり、彼を追い掛ける。

「ハリーはどういう名前をつけたいの?」

 騒がしい二人がいなくなったので、ハリエットは穏やかに兄に尋ねた。ハリーは静かに微笑む。

「……ジェームズとリリー。二人の名前を付けたいかな」
「とっても素敵な考えだと思うわ」

 ハリエットも微笑んだ。シリウスは声を詰まらせ、唐突に立ち上がった。自室へと引き上げる彼の後ろ姿を、双子は黙って見つめる。

「ハリエットはなんて名付けたいの?」

 不意にハリーが聞いた。ハリエットはしばらく考え込んだ後、困ったように笑った。

「私は思いつかないわ。だって想像したこともないんだもの」
「ハリエットはまず恋人を作る所からだな」
「ロン!」

 いつの間にかロンが居間に戻ってきていた。だが、彼の後ろからすぐに現れるハーマイオニー。いらないことばかり言うロンの首根っこを掴み、ハーマイオニーがズルズル引きずっていった。

 そんな光景をよそ目に、ハリエットは一人思案に暮れていた。ロンの言葉に、ハリエットの脳裏には、一人の悲しげな少年の顔が浮かび上がったが、首を振ってすぐにそれを追い出す。

 ――あの夜、彼は、ハリエットを拉致しようとしたらしい。死喰い人を手引きした後で、だ。

 すんでの所でシリウスが防ぎ、ハリエットは事なきを得たが、一気に彼は魔法界から批判を浴びることになった。そして同時に彼の行動の真意が評議の題ともなる。

 なぜ彼はハリエットを拉致しようとしたのか? ヴォルデモートに命令されたのか? もしそうだとして、ヴォルデモートは何の目的で拉致を命じたのか?

 ハリエットは、激しく討論される騎士団の会議で、ずっと顔を俯かせていた。仕方ないと思う気持ちと、裏切られたと思う気持ちの狭間で苦しんでいた。

 ――両親を人質に取られたのだから、仕方ないわ。

 ――でも、ヴォルデモートの下に連れて行かれれば、何をされるかは一目瞭然よ。

 ――彼は苦しんでいた。その気持ちを理解しないと。

 ――でも、他に何かやりようがあったはずじゃ? ……結局の所、彼は私を切り捨てたのよ。

 周りの人の言葉も、ハリエットを追い詰めた。そんなつもりではないだろうが、彼を信じたいという気持ちを、情け容赦なくひねり潰してくる。
『やっぱりあいつは死喰い人だった。家が家なんだ、その性根が腐りきってることくらい、分かりきったことだった』
『もうマルフォイを信じてなんて言わないでくれよ。あいつをファーストネームで呼ぶのも止めてくれ』
『ハリエット、あなたのことが心配よ。もう彼のことは忘れて。あなたに良い影響はないわ』
『いつまで楽天的に考えるつもりだい? 君はお人好しっていうか……そう、見ない振りをしてただけなんだ。マルフォイの嫌な所を。君、結局の所、マルフォイのこと何にも分かってなかったんだよ』
 ――ハリエットは何も言い返せなかった。そう、確かにそうだ。ハリエットには彼の何も分からない。真意が分からない。心が分からない。

 一体どの口が友達などとのたまったのか。友達だと思っていても――結局は、相容れる存在ではなかったのだ。どんな事情があれ、彼はハリエットのことを拉致し、敵前へ連れて行こうとした。その事実は変わらない。

 ……だが。

 そう思い込もうとした矢先、あの出来事が起こった。人攫いに捕まり、マルフォイ邸に連れて行かれたとき――彼は、顔がパンパンに腫れ上がったハリーのことを、偽者だと言ってくれた。ハリエットに関しても、ハリー・ポッターの妹なんかじゃないと、ロンの妹の方だと言ってくれた。――彼は、確かに助けようとしてくれたのだ。ハリエットは、彼への想いを消し切れずにいた。

「僕もう寝るよ」

 大あくびをしてロンはそう宣言した。ハーマイオニーとの追いかけっこで、随分体力を消耗してしまったらしい。

 彼のその言葉を皮切りに、皆が己の寝室へと向かい始めた。ただ、ハリエットは少し逡巡する。一人でいたい気分ではなかった。誰かと、何かとりとめのない話をしていたい気分だったのだ。そうしないと、彼のことを思い出して、胸が張り裂けそうだった。

 ハリーの部屋に向かおうとして、ハリエットはやっぱり止めた。ハリーは今幸せな気分のはずだ。テッドの後見人の話を聞いて……。そんなとき、妹が浮かない顔をしていれば、少なからず感情が引きずられてしまうだろう。

 そうなって欲しくなくて、ハリエットは、シリウスにと割り当てられた部屋の扉をノックしていた。シリウスの、居間を出ていったときの後ろ姿が気になったというのもある。

 返事の後、ハリエットが僅かに扉を開けると、シリウスは、こちらに背を向け、窓から海を眺めている所だった。ハリエットが入って行くと、彼は振り返った。

「……ハリエット」
「晩酌しない?」

 ワインボトルを傾け、ハリエットは笑った。つられてシリウスも笑う。

「まさかハリエットに晩酌を誘われるとは」
「私も成人したんだもの。ワインくらい窘めるようになったわ」
「君たちは、本当にわたしの知らない所で大人になっていくな」

 シリウスは眩しそうに目を細め、グラスにワインが並々と注がれるのを眺めた。ハリエットのグラスも準備ができて、二人は目線まで掲げた。

「大人になった二人に」
「何それ」

 ハリエットはカラカラ笑いながらグラスを傾けた。先程の宴会紛いの祝い酒で、既に酔っていたのか、シリウスの頬は赤かった。

「いや、何だか感慨深い気持ちになってな」

 そうして彼は、再び窓の外に視線を向ける。

「ここにジェームズもいたら、リーマスの子供の誕生に目を輝かせて喜んだだろう。ハリーが名付け親になったことも含めて」
「……さっきの話の続きなんだけどね。ほら、子供ができたらなんて名付けるかっていう」

 ハリエットは視線を下げ、小さく微笑んだ。

「私、子供の名前が全く思い浮かばなかったの。恋人がいないせいかもしれないけど」
「すぐに思いつくものでもないさ。わたしだって、君たちの名前を考えるのに随分長いこと時間がかかった」

 名付け事情を聞いて、ハリエットは嬉しくなって笑みを深くする。照れくさくなって、ハリエットは一層下を向く。

「私ね、もし子供ができたら……シリウスに子供の名前を考えて欲しいって思ったの」

 シリウスは目を見開いた。だが、俯いたハリエットには分からない。

「何を……ハリエット……」
「私に名前をつけてくれたのもシリウスで、私の子供にもシリウスが名前を付ける。それって素敵じゃない?」
「本当にわたしでいいのか? ハリーや、それこそロンやハーマイオニーもいる……」
「シリウスがいいのよ」

 ハリエットは笑って答えた。

「それに私、名付けのセンスないもの。ウィルビーって名前だって、ハリーも一緒に考えてもらって、ようやく決めたのよ。決まるまで何度駄目だしを食らったか……。フィッグおばさんの猫にも勝手に名前をつけて可愛がってたけど、ハリーには変な名前だって笑われたもの」
「だが、わたしはスナッフルという名前は気に入ってるぞ」
「『鼻をふんふんさせる』って、そのままの意味なのに?」
「そこが可愛いんじゃないか」

 シリウスの言葉がくすぐったくて、ハリエットはクスクス笑った。ハリエットも酔いが回ってきたのかもしれない。

「ねえ、女の子だったら、なんて名付けてくれる?」
「女の子か、そうだな……」

 シリウスの口元は緩やかに弧を描き、幸せそうに笑む。

「女の子だったら、アリエスが良い」

 そしてそう零した。

「わたしは、ずっとハリエットとアリエスとの間で悩んでたんだ。ジェームズとリリーの子供が女の子だったら、どっちを名付けようと。でも君たちは双子だった。男の子だったらハリーにしようと決めていたから、それならしっくり来る方を選ぼうと思って……。ハリーとハリエット。何だかビビッと来たんだ。そしてそれは正しかった。だろう?」

 シリウスは自慢げにハリエットを見た。ハリエットは明るい笑い声を立てる。

「ええ、心からそう思うわ。私、ハリエットって名前気に入ってるもの」

 続けてハリエットは夢見心地に呟いた。

「でも、アリエスって名前も素敵。女の子が生まれたら、アリエスって名付けてくれる?」
「ああ、もちろんだ」
「男の子だったら?」
「気が早いな」

 シリウスは苦笑しつつも、考える気満々で、うんうん唸り始めた。そんな彼を見つめて、ハリエットは無性に胸に熱いものが込み上げてくるのを感じた。

「……私、考えたんだけど」

 そして思うままに口を開く。

「ハリーが、自分の子どもにはジェームズとリリーって名付けたいって言ったとき、私、とても素敵な考えだと思ったわ」
「…………」
「それで、私の子供はシリウスに名付けて欲しいって感じたとき……思ったの」

 視線を上げ、ハリエットはシリウスを見た。

「男の子だったら、シリウスから、レギュラスって名付けて欲しいって」

 シリウスは言葉を飲んだ。一瞬何を言われたのか分からず、言葉を詰まらせる。

「一体どういう……どうしてレギュラスの名を?」
「私、シリウスがレギュラスさんのことでずっと後悔してるの、分かってるの。でも、もうどうしようもできない。だって、レギュラスさんは亡くなってしまったから」

 シリウスは唇を噛みしめる。ハリエットは静かに首を振った。

「でも、私達は知ってるわ。レギュラスさんが最期に何をしたのかを。私達が死んでも、レギュラスさんのことは受け継がれていく。名前も、信念も、何をしたのかも。皆はそのことを知らないかもしれない。でも、私達は、家族にそれを伝えていくのよ」
「君の……子供だ。わたしの勝手な私情の入った、そんな名前で……」
「あら、失礼なこと言わないで欲しいわ。私だってちゃんと気持ちが入ってるんだから」

 ハリエットは頬を膨らませた。

「私は、レギュラスさんのことはよく分からないわ。でも、クリーチャーのために、家族のためにあの人を裏切った――それはなかなかできることじゃないわ。本当に勇気が必要なことだと思うの」

 クリーチャーは幸せ者だわ、とハリエットは小さく呟いた。クリーチャーは、レギュラスにヴォルデモートを裏切らせるだけ、とてもとても大切に思われていたのだ。

 ――敵前に連れて行かれようとした、誰かさんとは違って。

「ハリーみたいに友達思いで、レギュラスさんみたいに家族思いで、シリウスみたいに強い人になって欲しいわ。思いやりがあって、勇気もあるの」
「ハリエット……」

 困惑したようにシリウスは首を振った。

「君の気持ちは有り難い。レギュラスのことについても……」

 テーブルにグラスを置き、シリウスは重たい息を吐き出した。

「シリウス?」
「酔いが覚めた。……わたしはやっぱり名付け親にはなれない」
「どうして?」
「わたしは脱獄囚だぞ。君の将来の夫に嫌な顔をされるだろう」
「そんなことで怒る人なんて、こっちから願い下げだわ。私、シリウスのことを大切に思ってくれる人とじゃないと結婚しないもの」

 目を瞑りながらハリエットは考え込んだ。将来の夫は、どんな人が良いだろう――。

「私自身のことをちゃんと見てくれる人が良いわ。もちろん第一条件は、シリウスの秘密を知っても、守ってくれる人。私が危ないときは、すぐに駆けつけてくれて、私が苦手な部分は、一緒になって練習してくれる人――」

 ハリエットの頭の中に、再び彼の顔が浮かんだ。どうしてこんなにも胸が痛むのだろう。

 ハリエットはギュッと目を瞑った。

「何だかいやに具体的だな。もしかして、もうそれらしい人がいるのか? 誰だ? わたしの秘密を知っている者なんて、そういない。ロンか? ウィーズリー家の双子か? ネビルにセドリック――誰だ!?」

 シリウスは焦ったように知り合いの『それらしい』人の名前を挙げる。だが、ハリエットは上手く反応できなかった。思い詰めたように黙り込む彼女を見て、シリウスはポツリとその名を呟く。

「……ドラコ・マルフォイか?」

 ハッとしてハリエットは顔を上げた。動揺して、すぐにシリウスから目を逸らす。

「ど、どうしてそんなこと……」
「何となく君の気持ちは分かっていた。わたしだって鈍い訳じゃない。……奴が好きなのか?」
「…………」

 ハリエットは答えられなかった。俯く彼女を、シリウスは痛ましい表情で撫でる。

「本当のことを言ってくれ。わたしはもう君を追い詰めるようなことは言わない。本当に何も言わない。だからわたしにだけでも打ち明けてくれ」

 長い間、ハリエットは動かなかった。シリウスはただじっとその時を待つ。

「……好き……」

 震えながら、ハリエットはついにその一言を口にした。一度足を踏み出してしまえば、後はもうせきを切ったように言葉が溢れ出した。

「本当に、好きだったの。彼のことが好きだった。いつも嫌なことばっかり言ってくるけど、それでも、私のこと気にかけてくれて、笑ってくれて、助けてくれたの。私、嬉しかった。友達として心配だったんじゃない。私、好きだから……好きだから、助けになりたいって思ったの」

 嗚咽が込み上げてきて、ハリエットは一旦言葉を切った。そして次に口を開いたとき、激情が飛び出した。

「でも、彼は私を拉致しようとした。私をあの人の下に連れて行こうとした! 私は……私は、それだけの存在だったの……!」
「ああ……ハリエット……」

 何も言えずに、シリウスは黙ってハリエットを抱き締めた。ハリエットは嗚咽を漏らして泣き出す。ぐりぐりと彼の胸に顔を押しつけ、泣き顔を見られまいとした。

 シリウスはあやすようにハリエットの背中を撫でた。安心感から、ハリエットは更に彼に身を預ける。

「辛かったろう……裏切られて……。君は悪いことなんて何もしていない。君は悪くない。何も悪くないんだ……」

 まるで自分を見ているようだ、とシリウスは思った。アズカバンにいた十二年間は、途方もなく長かった。ジェームズとリリーを裏切ったピーター・ペティグリュー。彼を恨み、憎むだけ憎みきった後は、なぜだという疑問が込み上げた。シリウスはアズカバンで長い間自問自答していた。

 ――なぜ君は二人を裏切った? わたしを嵌めた? 君はわたし達の親友だったんじゃないのか? いつからそんなことを考えていた? わたし達に助けを求めることは思いつかなかったのか? わたしは――わたし達は、何か君にひどいことをしてしまっていたのか?

「なぜ、わたしたちは幸せになれないんだろうな……」

 ぼんやりとシリウスが呟いた。

「時々思うんだ。ジェームズとリリーが生きていて、わたしも脱獄囚なんかじゃなくて、君たちは危険な旅をしなくて良くて、ハリーは……ハリーは、『奴』に命を狙われてなんかない世界だったら、と。君たちが普通の男の子と女の子だったら、こんな苦しい思いはしなくて済んだのに、と。恋や友情や勉強や、日々のくだらないことに笑って喜んで。そんな普通の暮らしをしていたはずなのに」

 ハリエットは声を上げて泣いた。どうあっても手の届かない幸せに絶望しそうだった。

 ――怖い。誰かが死ぬのが。

 ――怖い。誰かに裏切られるのが。

「そんなこと言わないで……」

 ハリエットは小さく首を振った。否定でもしないと、やりきれなかった。

 事実、今が幸せだと、ハリエットは自信を持って言いきれない。いつになったらこの闇の時代は終わるのだろうか? もし、ヴォルデモートが破れたとき――その時、ハリエットの側に、ハリーはいるのだろうか? シリウスは、ロンは、ハーマイオニーは、他の皆は。

 誰か一人でも欠けたとき、ハリエットは、その先の幸福を想像できずにいた。堪らなく胸が締め付けられる。誰にも死んで欲しくない。なのに、この胸騒ぎは。

「シリウス、シリウス……」

 ハリエットは不安で一杯の声で呼んだ。シリウスは腕に力を込める。

「わたしが必ず君たちを守る。約束する」
「シリウス……」

 そんなことを約束して欲しい訳ではない。私は、彼に。

「……私達の側にいてね……絶対にいなくならないでね……」
「ああ、もちろんだとも」

 月の光が差し込む真夜中。ハリエットとシリウスは、いつまでも抱き合っていた。