■呪いの子 小話

01:祖父と孫



*呪いの子本編前 ブラック邸にて*


 ルシウス・マルフォイには、純血ではないが、二人の孫がいる。一人はレギュラス・シリウス・マルフォイ。瞳の色を除けば、息子であるドラコにそっくりな男の子だ。そしてもう一人はアリエス・リリー・マルフォイ。ドラコの妻であるハリエットに瓜二つの女の子だ。両者ともすくすくと成長し、あと数年もすればホグワーツ入学の学齢になるだろう。

 二人の孫は、グリモールド・プレイス十二番地にあるブラック邸に住んでいる。二人がマルフォイ邸に来ることは滅多になく、彼らに会うためには、なぜかいつもルシウス達がブラック邸に出向かなくてはならない。ルシウスはこれが不満でならなかったが、しかしウィルトシャーのマルフォイ邸と、彼らの母ハリエットには深い因縁があるため、ドラコに首を振られてしまえば、ルシウスも強く出られなかった。

 煙突飛行ネットワークでブラック邸を訪れると、よそ行きの格好をしたハリエットとドラコが出迎えた。

「お義父様、お義母様、すみません、今日は子供達のことよろしくお願いします」
「そんな、良いのよ。私達も久しぶりにレギュラスとアリエスに会えて嬉しいもの。ねえ?」
「……ああ」

 妻に振られ、ルシウスはぶっきらぼうに答えた。ドラコは苦笑いを浮かべる。

「アリエス、おいで。お祖父様とお祖母様に挨拶をするんだ」

 父の声に、アリエスはとてとてと駆け寄ってきた。大きな丸い瞳が、不安げに背の高い老夫婦を映し出す。

「ほら、アリエス? なんてご挨拶をするんだった?」
「……こんにちは」
「こんにちは」

 膝を降り、ナルシッサは満面の笑みでアリエスを抱き締めた。アリエスはくすぐったそうに彼女の腕の中で笑う。

「レグは庭にいます。さっき呼んだんですが、聞こえてないようで……」
「ああ、いいのよ。後で様子を見に行くわ。それよりも、もう出ないといけないんじゃないの?」
「はい……」

 顔を見合わせると、ハリエットとドラコはもう一度ルシウスとナルシッサに頭を下げた。そして二人仲良く居間を出ていく。ナルシッサはその後ろ姿を微笑ましげに見送った。

「ホグズミードにお出かけするんですって。懐かしいわね。私達もあそこでよくデートしたわ」
「ああ……そうだな」

 気をそぞろにルシウスは返事をした。彼の視線は、先ほどからアリエスの方へと向けられていた。肝心のアリエスは、ルシウスと目が合うとパッと両手で顔を隠す。

 ――自分は、どうやらアリエスに苦手意識を持たれているらしかった。ナルシッサ曰く『あなたは顔が怖いのよ。綺麗だから余計に』ということだ。なるべくアリエスの前では笑顔でいることを心掛けているのだが、アリエスのよく知る笑顔と、ルシウスが定義する笑顔にはかなりの差があるらしく、なぜかいつも怯えられる。不本意だ。

「さあさ、アリエス、お祖母様とお人形遊びでもしましょうか? 今日は新しい子を連れてきたのよ」
「本当?」

 アリエスは瞳をキラキラさせてナルシッサを見上げた。ルシウスは今まで一度だってあんな目で見られたことはない。不公平だ。

 小さくため息をつくと、どこからか子供の歓声が聞こえてきた。確認するでもなくレギュラスの声だ。

「あなた、レギュラスのことお願いね。私はアリエスと一緒に遊ぶわ」
「分かった」

 頷き、ルシウスは窓に近寄った。大きな窓からは、ブラック邸の庭が一望できた。日当たりの良い庭ではあるが、レギュラスは隅の方で身を屈め、熱心に何かを見つめていた。膝が汚れるのも厭わず四つん這いになり、かなり集中しているようだ。

 庭に出れば、自ずとレギュラスが何に興奮しているのが分かった。彼がご丁寧に叫んだからだ。

「すごい、すごいや! にわ小人がもうこんなに増えてる!」

 レギュラスが大きく掲げた手には、二匹の庭小人が捕まえられていた。庭小人は醜い顔を精一杯歪ませ、レギュラスに噛みつこうと奮闘している。

「レギュラス、そんなものを触っては汚いだろう」

 ルシウスは声をかけずにはいられなかった。庭小人は、これといって害はないが、しかし噛みつかれて傷でも残ったらと思うと気が気でない。

「汚くないよ! ぼくの手きれいだもん!」

 だが、レギュラスはそんな祖父の心配など何のその、脳天気に返した。ルシウスは頭を抱える。

「こんな害虫が庭にいるだなんて、この屋敷は掃除されているのか? 不衛生だ」
「クリーチャーはいつもとっても綺麗にそうじしてくれるよ。このにわ小人は、ぼくがにわに放したんだ。ロンおじさんから、欠伸をするにわ小人をプレゼントしてもらったから!」

 ルシウスはますます渋い顔になった。庭小人をプレゼントする人の気が知れなかった。ウィーズリー――そうだろう、ウィーズリーのような人種であれば、庭小人でもとっても素敵なプレゼントに思えるのだろうが!

 その時、悲鳴を上げてレギュラスは手を下ろした。庭小人が奇声を上げながら彼の手を噛んだのだ。自由になった庭小人は、一目散に自分の巣穴へと戻っていく。ルシウスは血相を変えて杖を振るった。

「エピスキー!」

 みるみるレギュラスの噛み傷は綺麗に治っていく。泣きそうになっていたレギュラスはパアッと笑みを浮かべる。

「ありがとう、お祖父様!」
「だから言ったのだ。これに懲りたら、二度と庭小人などに触るんじゃない」
「でも、今かんさつ中なんだ。欠伸をするにわ小人が家族を作ったら、家族も欠伸をするようになるのかなって。にわ小人が一斉に欠伸してたらおもしろいよね!」
「…………」

 レギュラスの思考回路が全く分からず、ルシウスは黙り込んだ。

 外見は似ていても、レギュラスはドラコと全く似ても似つかなかった。幼い頃から徹底的に礼儀作法を教え込んだおかげか、ドラコは庭に四つん這いになるなんてことは決してしなかった。そもそも庭に庭小人はおらず、いたとしてもそんな下等な生物に興味を持つ訳もなかったし、ドラコがもっぱら並々ならぬ興味を示したのは、箒に対してだった。成長すると、クィディッチのシーカーを務めるまでに至った。レギュラスにも同じようになって欲しくて、ルシウスは子供用の箒を買い与えたが、レギュラスはあまり箒に関心を寄せなかった。空を飛ぶのは好きなようだが、箒よりも、自分の日常に潜む些細なことに興味を持ったのだ。――要するに、ルシウスがくだらないと称することばかりにだ。

 今なお、レギュラスの視線は、名残惜しそうに庭小人の巣穴へと向けられている。ルシウスは問答無用で孫を抱え上げ、庭から連れ出した。穴からひょっこりと顔を出した庭小人には、絶対零度の視線を送っておいた。――孫に噛みついた庭小人を、そのまま生かしておくつもりはなかった。

 屋敷の中へ入ると、レギュラスの後に続いてルシウスは三階まで上がった。丁度アリエスの部屋の前で、彼女とナルシッサの楽しそうな笑い声が聞こえてきて、ルシウスは妬ましくてどうにかなってしまいそうだった。――私は一度だってアリエスと満足に話をしたことさえないのに!

 レギュラスの部屋につくと、彼はルシウスを放ったらかしに、机の上にあった鞄の中をゴソゴソし始めた。その隙にルシウスは部屋の中を見回す。一番に目についたのは、飾り台に置かれている箒だ。ドラコも昔はああして自室に箒を飾っていたものだが――レギュラスとの違いは、使い込みの差だろう。近づいてみなくても分かる。レギュラスの箒は、新品同様ピカピカだった。おそらく数度と乗ったことしかないはずだ。

 ルシウスは、自分が思っていた以上にがっかりしていることに気づかない振りをして、堪えていた息を吐き出した。

 いくら見た目は息子にそっくりでも、レギュラスの内面はてんで似ていない。まるで別人だ。

 平和主義で脳天気。すぐに自分の世界に入り込み、マイペースに周りをかき乱す。ドラコのように協調性もなければ、リーダーとしての素質など欠片もない。どう贔屓目に見たとしても、レギュラスはルシウスが理想とする孫ではなかった。

「見つけた!」

 ルシウスの鬱屈とした思考は、レギュラスの晴れ晴れとした声が打ち破った。

「お爺ちゃんが魔法をかけてくれたんだけど、いつもなかなか見つからないんだ」

 検知拡大呪文でもかけているのだろう、小ぶりな鞄を脇に置き、レギュラスはにっこり笑った。

 『お爺ちゃん』とレギュラスに呼ばせるその人物が、ルシウスには容易に想像でき、顔を顰める。

 忌々しいシリウス・ブラック。実の祖父でもないくせにお爺ちゃんだと!?
「お祖父様! 一緒にばくはつスナップやろう!」

 そう言ってレギュラスが掲げるのは、真っ赤なカード。『爆発スナップ』という言葉は、ルシウスも不本意ながら聞いたことはあった。学生時代、他寮の生徒がよく休憩時間に興じているのを見たことがあったからだ。だが、その実態はただの野蛮なカードゲームだ。ルールは知らないが、ある状況下で突然カードが爆発するのだ。そんな野蛮な遊びを一体誰が許可するというのか。

「駄目だ」

 ルシウスが一言で却下すると、レギュラスはへなへなと眉を垂れさせた。だが、すぐにパッと笑みを浮かべる。

「じゃあヒューヒュー飛行虫は? 僕、とっても得意なんだ。皆の中で一番上手いんだよ! 二番目はお爺ちゃんでね、三番目はお父さん! クリーチャーも上手いのに、全然本気を出してくれないんだ」

 床に座り、レギュラスは準備を始めたが、ルシウスはこれも却下。何が嬉しくてシリウス・ブラックやしもべ妖精と同じ遊びをしなくてはならない。

「チェスはどうだ?」
「僕、やったことない」
「ドラコから教えてもらってないのか?」

 こくりと頷くレギュラスに、ルシウスはため息が出そうになるのを必死で堪えた。

「では、私が教えよう。たかが遊びとはいえ、お前もこれからは品のあるゲームをしなさい。野蛮な遊びや低俗なゲームは何の役にも立たない」

 レギュラスは悲しそうに唇を尖らせていたが、それでも口答えはしなかった。ルシウスが出したチェス盤を机に置き、二人は向き合う。

 ルシウスは懇切丁寧にレギュラスにチェスを教えた。レギュラスは意外にも飲み込みが早く、すぐにルールを覚えた。だが、一つ、彼には気に入らないことがあったようだ。

「こんなの可哀想だよ」

 レギュラスの目の前には、粉々にされたポーンがいた。己の手駒が使えなくなったことを悲しんでいるのではなく、そのなれの果てに同情しているのだ。

 魔法使いのチェスは、相手の駒を取ることは、すなわち粉々に砕くことを意味する。初めて自分の駒が相手の駒によって粉砕され、レギュラスはぶるぶる震えていた。

「こまが可哀想!」
「たかだかチェスに可哀想もあるものか」

 ルシウスは次第に頭が痛くなってきた。たかがゲームだ。カードが爆発するのはいいくせに、チェスが破壊されるのは駄目なのか。ルシウスにはその違いが分からない。

「これだからマグルの血が入ると」

 ルシウスは無意識のうちにそう口にしていた。ドラコの前では決して言えない本心だ。目の前には孫一人だけだと彼は気が緩んでいた。

「一体どうしてこんな腑抜けになってしまったのか……。ドラコには全く似ても似つかない。母親の教育が悪いからか? 幼い子供達を放って仕事に出て。ドラコも人生を狂わされたようなものだな。本来なら、今頃は私の後を継いでいるはずだったのに――」

 レギュラスがどうにも間の抜けた男の子に育ってしまったのは、全てマグルの血が悪いような気すらしてくる。事実、レギュラスの場合、片方の血筋は素晴らしいのに、もう片方が全てを台無しにしている。もう片方の影響力が計り知れないのだ。マルフォイ家の血筋は外見に極振りされ、一方で内面は母親の血筋の影響が凄まじい。

 成長すればするほど息子に似てくる孫に、ルシウスは今度こそ立派な跡継ぎに育てようと奮闘したが、もはや手遅れだった。彼は生まれながらにしてマグルの血が入っている半端者なのだ。一度マグルの血が入れば、もはや修正は不可能。取り返しはつかない。

 深く息を吐き出し、ルシウスは睨み付けるようにして見ていたチェス盤から顔を上げた。そして驚愕する。目の前の孫は、大きな瞳に涙一杯溜め込み、顔を真っ赤にしているではないか。

「れ、レギュラス――」
「お祖父様なんか大嫌いっ!」

 鼓膜が震える程の大声でそう宣言すると、レギュラスはパッと立ち上がって部屋を出て行った。ルシウスは茫然と固まったが、しばらくして我に返ると、慌てて彼の後を追う。

 レギュラスのドタバタした足音は、アリエスの部屋に駆け込んだ後消えた。ナルシッサの所だと当たりを付けたルシウスも、駆け込む勢いで部屋に飛び込んだ。

「あらあら、レギュラス、どうしたの?」

 ――レギュラスは、いた。真正面からナルシッサに抱きつき、そのお腹に顔を埋めたままえぐえぐと泣きじゃくっていた。背中に回された両腕は何があっても絶対に離すものかと力一杯込められている。

「お祖父様に意地悪された?」

 レギュラスの頭を撫でながら、ナルシッサはにこやかに、しかしどこか冷たい目でルシウスを見た。ルシウスはピシャリと固まる。

「レグ、おなかでもいたいの? だいじょうぶ?」

 アリエスも心配そうに兄に駆け寄り、その背中を撫でた。兄の威厳形無しだが、レギュラスもアリエスもそんなことちっとも考えていない様子だ。

「――私は何もしてない」

 妻の非難の目に堪えきれず、ルシウスはそう言い訳をした。しかし彼女は相変わらずだ。

「何もしてなかったら、レギュラスがこんなに大泣きする訳ないでしょう?」

 ぐっと詰まり、それ以降ルシウスは弁解することなどできなくなった。

 しばらくしてレギュラスは泣き止んだが、困ったことに、以後彼はルシウスと口を利こうとしなかった。ルシウスが話しかけても、むうっと唇を引き結んだまま、決して口を開きはしないのだ。ナルシッサやアリエスには、言葉数少ないながらも、頷いたり、顔を綻ばせたり、何かしらの反応はする。だが、これがルシウスとなると途端に顰めっ面に戻るのだ。ルシウスはほとほと困り果てた。

 夕方になると、ハリエットとドラコが帰ってきた。ただ、厄介なことに、半日経っても尚、レギュラスの機嫌は直っていなかった。ぷくっと限界まで頬を膨らませ、僕は不機嫌ですと精一杯アピールしながら両親を出迎える。

 これに気づかない両親ではない。ドラコは息子の前にしゃがみ込み、困ったように笑った。

「レグ、そんな顔をしてどうしたんだ?」

 レギュラスと目線を合わせると、ドラコは目を細め、ぷくっと膨らんだ息子の頬をつついた。何とも拍子抜けな音をたててレギュラスの頬はみるみる萎む。

「何か悲しいことでもあったのか?」

 レギュラスはチラリとルシウスを見た。ルシウスはギクリと肩を揺らす。

 もしも――今日あった出来事がドラコの耳に入れば、彼に嫌われてしまうこと確実だ。常日頃、ドラコの前では嫁の悪口を言わないよう気をつけていたのに、その努力が水の泡となってしまう。もしかしなくても、ブラック邸に出入り禁止にされる未来は容易に想像がつく。

「……何でもない……」

 散々躊躇ってレギュラスがそう答えたとき、ルシウスは命拾いしたと思ってしまった。孫に命を救われるなど、てんでおかしな話だが、しかし事実助かった。

「レグはね、お父さんとお母さんがいなくてさみしかったのよ。わたしもさみしかったわ」

 見当違いなことを言いながら、アリエスは母親に抱きついた。ハリエットはギュッとアリエスを抱き締め返す。

「でも、久しぶりにお祖父様とお祖母様と会えて良かったでしょう? 楽しかった?」
「ええ!」

 頬を紅潮させ、アリエスは機嫌良く頷いた。レギュラスの方は、だんまりを決め込み、父親の手をぐにぐにと手慰みに触っているだけだ。

「あなた達の方こそホグズミードはどうだった? もっと帰りは遅いものと思っていたけど」
「楽しかったです。ただ、どうしても二人のことが心配になってしまって」

 ハリエットとドラコは顔を見合わせて微笑んだ。レギュラスは父親に抱きつき、ドラコは話しながらそんな息子の頭を撫でた。

「今日はありがとうございました。夕食一緒に食べていきませんか?」
「折角のお誘いだけど、遠慮するわ。レギュラスもアリエスも、今日はあなた達を独り占めしたい気分みたいだし」

 父親と母親、それぞれに抱きついている微笑ましい光景に、ナルシッサは笑った。夫の腕をとり、それから煙突飛行ネットワークであっという間にウィルトシャーへと移動する。結局、レギュラスの機嫌は直らないままだったし、ルシウスもまた、孫に影響されてその日はずっと顰めっ面のままだった。


*****


 レギュラスのルシウスへの釣れない態度は、思っていた以上に長期戦だった。そのことを思い知らされたのは、月に一度孫達とやり取りをしているふくろう便が、ルシウスにだけ届かなかったときだ。いや、実際には、アリエスからは届いた。だだ、レギュラスからの手紙がなかったのだ。ナルシッサの所には、きちんと二人揃って手紙が届いているというのに。

 どうやら本格的にレギュラスが怒っているようだとルシウスは慌て、それからご機嫌を取ろうと必死になった。蛙チョコ一年分を渡してみたり、銀製のヒューヒュー飛行虫を買ってやろうかと言ってみたり。

 だが、それでもレギュラスはうんともすんとも言わなかった。こっちを見てすらもくれないのだ。ルシウスは早々に参ってしまった。

 妻にアドバイスを求めれば、原因を考えろとだけ言われる。そこで、『お前は腑抜けではない』とか、『思いやりのある良い子だ』とか、分かりやすく煽ててみることにしたが、それでも彼の態度は軟化しない。

 ――いい加減、ルシウスも気づかない振りばかりしていられなかった。先にレギュラスの方が根を上げると、そう高を括っていたのが間違いだった。――レギュラスは、母親を貶されたことが嫌だったのだ。ルシウスは随分前からその可能性に気づいていたが、しかしどうしてもそれを理由に謝ることなど己のプライドが許さず、見て見ぬ振りをしてきた。しかし、そろそろもう限界だ。妻からは早く謝りなさいとなじられ、ドラコからは静観され、ハリエットからは申し訳なさそうに見られ、アリエスからは兄の機嫌を損ねたのだと同情され、シリウスにはざまあみろと優越感たっぷりに見られ……。

 最近では、しもべ妖精のクリーチャーにすら哀れみの視線を送られ、ルシウスは我慢の限界だった。

 プライドをかなぐり捨て、アポも無しにブラック邸に押しかけると、そのままレギュラスの部屋に突撃する。

 突然荒々しく入出してきたルシウスに、レギュラスはしばしポカンとしていた。だが、すぐに自分達が喧嘩中だということを思い出すと、思い切り不機嫌な顔を見せつけてきた。真正面からこれを目撃したルシウスは一瞬狼狽えた。つい先日までは、威厳の欠片もない無邪気な笑顔ばかり見せる孫に不満を抱いていたが、いざそれが見られないとなると、途方もなく寂しく思った。

「この前は……言い過ぎた。お前の母親のことを……」

 そっぽを向く孫の前に屈み込み、ルシウスはボソボソ呟いた。レギュラスの、ドラコの幼少期にそっくりなふっくらとした頬はヒクヒクと小さく動いたが、しかしそれでも振り向くには至らない。

「悪かったと思っている……あんなことを言って……」

 項垂れたようにそう言えば、レギュラスはピクリと耳を動かし、少しだけ祖父の方を見やる。

「お祖父様は、お母さんのことが嫌いなの?」
「…………」

 ルシウスは気まずげに目を逸らす。レギュラスは悲しそうな顔になった。

「お母さんが何か悪いことをしたの?」
「何も……悪いことはしていない」
「じゃあどうして嫌いなの?」

 レギュラスは今度こそルシウスに向き直った。ようやくその時ルシウスは、孫が今にも泣き出しそうな表情をしていることに気づいた。

「僕……僕、大好きなお母さんのこと、悪く言われるのは嫌だ。でも、相手がお祖父様だったからもっと嫌だった。だって、僕たちは家族だもの。家族なのに悪口を言うなんておかしいよ」
「だから……悪かったと……」

 ルシウスはできるだけ反省した表情を浮かべ、殊勝な態度を心掛けた。だが、そんな祖父を見透かしたのか、レギュラスはまだなお不満そうな顔だ。

「じゃあお母さんの良い所を百個言って!」
「ど、どうしてそうなる……」
「百個言って!」

 ルシウスは呆気にとられた。我が孫の思考回路がさっぱり分からない。

「百個って……シシーですら言えるかどうか分からないのに」
「百個言って!」
「…………」

 埒が明かない。

 ルシウスは閉口した。だが、次の瞬間にはもう切り替えていた。悲しいかな、レギュラスはあまり頭がいいとは言えない。うまいこと誤魔化せば簡単に言いくるめられる。

「…………」

 そうは思ったルシウスだが、まず始めの一つが思いつかない。しかしレギュラスは、期待を込めた目で自分を見上げている。ルシウスが散々頭を悩ませて出した記念すべき一つ目は。

「夕日のような……あの赤毛は……とても綺麗だと思う」

 言いながら、ルシウスは自己嫌悪と羞恥で項垂れた。だが、この回答はレギュラスのお気に召したようで、彼はニパッと笑った。

「僕もー!」
「ああ、そうか……」
「とってもげんきになる色だよね! 見てると胸が温かくなってくるんだ」
「良かったな……」
「二つ目は?」

 さすがに一つだけではレギュラスを誤魔化しきれない。ルシウスは苦渋の表情を浮かべた。

「あー……ハシバミ色の瞳も綺麗だと思う」
「僕も僕も! 僕とおそろいなの、とっても嬉しいんだ!」

 目を細め、えへへと笑うレギュラスは、見るからに上機嫌だ。だが、すぐに彼はルシウスを追い詰める一言を発する。

「三つ目は?」
「…………」

 ルシウスは額に手をやり、唸った。

 マルフォイ家の嫁としてハリエットを迎え入れたルシウスは、かれこれ十年近くの付き合いとなっていたが、しかしそれほど彼女の人となりを知っている訳ではなかった。会うのは年に数回だし、彼女と直接話すのはもっぱらナルシッサだ。ルシウスとハリエットは深く切り込んだ話をしたことなど一度もなかったし、これからもそうだろう。互いに相容れないと分かっているからこそ、双方のパーソナルスペースを守っているのだ。

 つまりは、そう。今のルシウスに分かることと言えば。

「ドラコは――お前の母親と結婚して、よく笑うようになった」

 ドラコのことだ。息子のことならばよく分かる。父親として、彼が生まれた時からすぐ側でその成長を見てきたのだ。彼が――ハリエット・ポッターと付き合うようになって、どのような変化があったか、気づかない訳なかった。

 その変化は、ルシウスにとっては全く喜ばしいものではない。だが――絶対に認めたくないが――世間から見れば、『良い変化』と称されるものだということもまた理解していた。

「それに、家を出ても時々は会いに来てくれる……お前の母親がそう勧めたのだと聞いている」

 マルフォイ家に嫁入りしたのであれば、一緒に住むのは当たり前なのに、ドラコはブラック邸に――それもシリウス・ブラックと一緒に住むと言って聞かなかった。その時点でルシウスは不服で、加えて二、三ヶ月に一度はマルフォイ邸で夕食を食べていくドラコの行動も、ハリエットに言われてからだと聞いてルシウスはかなり不機嫌になった。

「そんなことないと思うけどなあ」

 まるでルシウスの複雑な感情を見透かしたかのように、レギュラスは首を傾げた。

「お父さんは照れくさいだけだと思うよ。本当はお父さんも二人のことが大好きなんだ!」

 ……つまりは、『ハリエットに言われたから来た』と口癖のように毎回口にするのは、ただの照れ隠しだと?

「六個目は?」

 ルシウスが深く考える時間も与えず、レギュラスは容赦なく続けた。

 それから、地獄とも思える時間が一体どれだけ続いただろう。

 嫁の褒め言葉など二つしか出て来なかったルシウスは、もはやドラコについてしか話せなかった。ただ、あくまで『ハリエットのおかげ』という呈を成しているので、レギュラスはそれで大満足のようだ。

「四十二個目は?」

 ただ、百個良い所を言わないといけないというのは相変わらず変わらなかった。ニコニコしながらもカウントを口にするレギュラスの姿にルシウスは恐怖しか覚えなかった。誰だ、頭が良くないから誤魔化せるなどとのたまったのは。

 レギュラスは、ルシウスがどんなに気を逸らそうとしても、決してカウントを間違えなかった。話題を変えてみても、お菓子で釣ってみても、魔法で気を散らしてみても……。

 一度レギュラスがトイレから戻ってきたとき、十個サバを読み、あくまでもお前が間違っているんだと主張すれば『お祖父様は数を数えられないの……?』と大層同情の目で見られた。それからはルシウスは誤魔化すのを止め、諦めの境地に至った。二度と孫からあんな目で見られたくないと思った。

 今にも死にそうな顔で四十七個目の良い所を口にしたとき、ルシウスは、ふと気配を感じた。

 何の気なしに、視線を滑らせた先は扉。オーク材の扉はほんの僅かに開いていて――そこからこちらを覗いていたのは――。

 ……ドラコ・マルフォイ。

 我が息子の姿だった。

「…………」

 ドラコは、戯言薬でも飲んだのかと聞きたげな表情をしていた。対するルシウスは、反射的に杖をしっかり握りしめた。混乱するあまり、彼は様々なことを考える。

 忘却呪文を掛けても良いだろうか。いや、でもドラコは吹聴するような輩ではないし、口止めせずとも黙っていてくれるだろう。……父親のこんな場面をか? ドラコ、なぜ黙っている。何か言ったらどうだ。それか早く立ち去れ。――いや、そもそもどうして扉が開いている。誰だ最後に部屋に入ってきたのは。……私か。

 一瞬自分で自分を殴りたくなったルシウスだが、しかし寸前で思い出した。確か二十八個目で、レギュラスが急にトイレに行きたいと部屋を出て行ったのだ。その時にうっかり扉を閉めなかったに違いない。全く!!
「四十八個目は?」

 こんな時でも、レギュラスは空気を読まずにぶっ込んでくる。

「ねえ、お母さんの良い所、四十八個目は?」
「…………」

 ドラコは、何とも奇妙な顔をしてスッと扉から離れていく。嬉しそうな、笑いを必死で堪えているような、同情のような、よくやったと言いたげな、とにかくたくさんの感情が入り混じり、何故だか神妙な顔つきとなって去って行った。ルシウスは慌てて後を追った。

「ドラコ! 違う、誤解だ! これは決して私の本望ではない! そもそも、レギュラスが――」
「お祖父様は、嘘を言ってたの……?」

 必死の形相のまま振り向けば、レギュラスはうるうると瞳に涙を溜め、こちらを見上げていた。

「お祖父様が言った四十七個は、ぜんぶ嘘なの?」
「う、嘘じゃない……」

 冷や汗をダラダラ流しながら、ルシウスがようやくそう言うと、レギュラスは嬉しそうにへにゃりと笑った。

「お父さんもさんかする? 今、お祖父様と――」
「レギュラス!」
「いや、今日は遠慮しておこう」

 ドラコはゴホンゴホンと咳払いをしながら答えた。ルシウスには、それが笑いをかみ殺すためだと容易に理解できた。

「クリーチャーが糖蜜パイを焼いてくれたので、良かったら二人もどうかと呼びに来たんです。ですが……あの、お取り込み中のようで」

 またしてもドラコは咳払いをした。ルシウスの耳が赤くなる。

「そんなことはない。レギュラス、ぜひとも食べに行ってはどうだ」

 これ幸いとばかり、見た目は平然を装いながらルシウスはのたまった。これで、おそらくこれからも続くであろう地獄の時間から解放される。もうブラック邸からはお暇しよう。

「お祖父様は食べていかないの?」

 ――そう思ったルシウスだが、はたと気づく。見張っていなくとも良いだろうか? この素直なレギュラスが、今の今まで祖父と何をしていたのか聞かれて、臨機応変に嘘をつくことなどできる訳がない。いや、そもそも隠すことすらしないだろう。

「……そうだな。ご一緒させてもらおう」

 今のルシウスには、そう答えるしかなかった。

 三人揃って厨房へと降りると、そこに腰掛けた者たちを見て軽く目眩を覚えた。ハリエットやアリエスはまだ良い。だが、ナルシッサやシリウス・ブラックまでいるのはどういうことだ。

「ようやく降りてきたわ。一体二人で何をしていたの?」
「それはわたしも気になるな。何時間も籠もりっきりで……それに、随分とレグの機嫌は良いようじゃないか。一体何をしてご機嫌を取ったんだ?」

 見透かしたように微笑むナルシッサと、訝るシリウス。

 ルシウスは、素直に口を開き掛けたレギュラスの口をパッと押さえた。

「レギュラス、あれは私達二人だけの秘密だろう? そうでないと、ドラコが家に帰ってくるたび口にしていたような事態と同じことになる」

 レギュラスはしばらく目をぱちくりさせていたが、やがてようやく合点がいったのか、大きく頷いた。

 要は、『照れ隠し』だ! 自分がお母さんのことを褒めていたとバラされれば、お祖父様は恥ずかしくなって変なことを言ってしまうかもしれない……そのことを心配してるんだ!

「僕とお祖父様だけの秘密だよ! 皆には内緒だ!」

 えへへ、と笑うレギュラスは最高に可愛い。ナルシッサはそれに絆され、シリウスは一層不審そうな目をルシウスに向け、そして全て分かっているドラコはまたも咳払いをした。

「これ、どうぞ……」

 小さな声で、傍らから皿が押しやられた。チラリとそちらに目をやれば、ぴゃーっと叫び声を上げてアリエスは母親の隣へ戻っていく。

 なんだなんだとじっと孫娘を見ていると目が合った。アリエスは恥ずかしそうにもじもじした。

「良かったわね」

 訳知り顔でナルシッサは囁いた。

「アリエスったら、ここ最近あなたがレギュラスに頭が上がらないのを見て、少しだけ恐怖心が取り払われたみたい。もしかしたら、レギュラスに翻弄されてるあなたを見て、ちょっと可哀想に思ったのかしらね」

 ……どんな理由だ。そんな理由で孫娘に好かれたくはない。

 だが、しもべ妖精が給仕したものよりも、孫娘が給仕した料理の方がおいしいに決まっている。

 ルシウスは、同情も前進だと思うことにした。

「それよりも、もうすぐアリエスの誕生日だろう? そろそろ箒を許してやっても良いんじゃないか?」

 シリウスの言葉を受け、アリエスはこくこくっと頷いた。どうやら、ルシウスとレギュラスが来る前の話題だったらしい。

「うーん、そうね……」
「私はまだ少し不安だわ。ドラコがマグルのヘリコプターとぶつかりそうになったの、今でもトラウマだもの」

 返事を渋るのは主に女性陣二人だ。特にナルシッサの台詞は、ドラコへと注目を与えた。

「母上、あれは……ちょっと調子に乗っていたというのもあるんです」

 娘からのジトッとした視線は心に来る。ドラコは慌てて弁護した。

「注意を聞かずに、勝手に一人で箒に乗ったのもいけなかったですし……アリエスならそんなこともありません」
「そうだな。アリエスが箒に乗るのは、わたしとドラコが休みの時。それでどうだ?」
「そうね、それなら私も安心だけど」
「……確かに、一度も飛行練習をさせずにホグワーツで授業を受けるのも、心配だものね」

 心配性の母親と祖母からの許可をもらい、アリエスは歓声を上げてシリウスに抱きついた。

「わあっ、ありがとう、お爺ちゃん!」
「なんのなんの。アリエスの箒はわたしが買ってあげるからな。たくさん一緒に乗ろうな」
「ええ!」

 目の前でベタベタされ、ルシウスはピンと眉を跳ね上げたが、何も言わなかった。少しだけ自分も孫娘と箒に乗りたい気はするが、しかしそれ以上に『シリウス・ブラックと一緒に箒に乗る』という事実が受け付けなかった。

「今までよく我慢したな」

 ルシウスの隣では、ドラコが目を細めてレギュラスの頭を撫でていた。レギュラスはふにゃりと笑う。

「うん! だってアリエスと一緒に乗りたかったんだもん!」
「――今までわざと乗らなかったのか?」

 驚いてルシウスが聞き返せば、レギュラスは辺りを窺うように声を潜めた。

「だって、僕が箒に乗るとアリエスが羨ましがるんだ。アリエスも乗りたいって言うけど、まだ小さいから駄目だって。だから僕、アリエスが箒に乗っても良いよって言われるまで乗らないことにしたんだ」

 そうか、とルシウスは呟いた。レギュラスも、箒に乗りたい気持ちはあったのだ。ただ、その気持ちよりも、兄として妹を思いやることを優先しただけであって。

「誰に似たのか、変な所で頑固なんです。アリエスの見てない場所で乗れば良いと遠出を誘っても、『騙してるみたいで嫌だ』と言って聞かなくて」
「そうか……」

 ルシウスはそれだけ言うと、レギュラスから視線を外した。むず痒く思い、何を言えば良いか分からなくなったのだ。

 ――レギュラスは、箒が嫌いなのではなかった。私のことが嫌いだから、箒に乗らない訳ではなかった。

 それからのことは、ルシウスはあまり覚えていない。気づけばお茶会は終わりの時を迎え、そろそろと暇を告げ腰を上げた所で、もうそんな時間かとハッとした。

 時計を見やれば、もうお茶会と言うには大分遅い時間だ。もはや夕食の時間と言っても過言ではないかもしれない。例によってルシウスとナルシッサは、一緒に夕食をどうかと誘われたが、スニッチも驚くほどの速さでルシウスは首を横に振った。これ以上ここにいれば、またレギュラスに『お母さんの良い所百個言って!』を催促されるに違いない。

 だが、ルシウスのその考えは甘かった。暖炉の前で、レギュラスがにっこり笑って耳打ちしてきたのだ。

「今度また今日の続きやろうね」

 ――ルシウスの背中に戦慄が走った。続き? 言われくても、指している言葉の意味は分かった。またあの時間が続くのか?

 ルシウスは、できるだけ困ったような表情を心掛けながら、レギュラスに耳打ちした。

「レギュラス……そうしたいのは山々だが、しかしそんなことをすればあらぬ誤解を受ける」
「ごかい……?」
「私がお前の母親を褒めれば、ドラコが……その……嫉妬……するかもしれない」

 レギュラスは大きく目を見開いた。ここぞとばかりルシウスは追い打ちを掛ける。

「お前も嫌だろう? 私のせいで父親と母親が喧嘩をするのは――」
「大丈夫だよ!」

 何を思ったか、レギュラスは急に声を大にした。

「お父さんとお母さんはちゃんと仲良しだもん! こっそりキスしてるの、僕知ってるもん!」
「れ、レグ……」

 急に何を言い出すんだと、件の『お父さん』と『お母さん』は慌てた。ナルシッサは『あらあら』と微笑み、シリウスは喉が詰まったような咳払いをした。

「い、いや、だが……そ、そうだ。シシーが嫉妬するかもしれない。私が……嫁とは言え他の女性を褒めれば」
「でも」
「私達が喧嘩したらどうする? 私はシシーと離婚は嫌だぞ」

 声を潜め、ここぞとばかり怖い顔で詰め寄れば、レギュラスはまたも空気を読まずに叫んだ。

「大丈夫だよ! だって二人は仲良しだもん! お祖父様とお祖母様が廊下で抱き合ってたの、僕見たもん!」
「れ、レギュラス……」

 ナルシッサはおろおろした。人の家で何やってんだというシリウスからの呆れた視線を感じる。

「さっきから何をこっそり話してるんです?」

 怪訝な表情でドラコが一歩レギュラス達に近づいた。最後の抵抗とばかり、ルシウスはレギュラスにとどめを放った。

「いや……だから……そうだ、シリウス・ブラック。あいつも良い思いはしないだろう。あいつはわたしのことが嫌いだ。私のせいでブラックとお前の母親がぎこちなくなったらどうする?」
「そんなことないよ!」

 またもレギュラスは拳を握って力説した。

「お爺ちゃんは何があってもお母さんのこと大好きだもん! お爺ちゃんがお母さんとハリー伯父さんのタペストリーを部屋に飾ってるの、僕知ってるもん!」
「…………」

 その年して何やってんだという視線がシリウスに突き刺さる。

 ただ、シリウス・ブラックは、他の皆に比べて狼狽えることは決してなかった。それどころか、後ろめたいことなど何もない――むしろ自慢げにふんぞり返っている。独り身でありながら、ここまで堂々といられるのはさすがとしか言いようがない。

「だからね、次来た時はまたつづきやろうね! お母さんの良い所四十八個目からだよ! 忘れないでね!」

 さすがのレギュラスも、『二人だけの秘密』というのは忘れなかったのか、最後はこっそりルシウスに耳打ちするだけに留めた。だが、もはやそういう問題ではない。

 お、終わった……。

 誰もがそう思った。

 ハリエットは両手に顔を埋め、ドラコは気まずげに俯き、ナルシッサは恥ずかしそうに目を瞑り、ルシウスは放心し……。

 こうして、シリウス以外の大人に大層な大ダメージを与えて、レギュラスとルシウスの大喧嘩は幕を閉じたのだ。