■呪いの子 小話

02:毎年恒例



*呪いの子本編から一年前のとある夏の日*


 親戚同士の集まりは、年に数回行われる。親戚といっても、友人同士、兄妹同士が、たまたま縁あって親戚になっただけなので、友人がただ懐かしさに久しぶりに集まろう――でもまだ幼い子供達は家においていけない――ということで、三つの家族が一箇所に集まり、それが習慣化しただけのことだ。

 その日の集まりの場所になったのはポッター家だった。普段はジェームズの悪戯に手を焼いているジニーだが、今日ばかりは違う。友人達を迎え入れる場として不備があってはならないと、キビキビ子供達を先導していた。

「ジェームズ! つまみ食いしないの! そのお皿はこっちにやって。アル、椅子は人数分あった? リリー、偉いわね、お花を摘んできてくれてありがとう」
「何か手伝おうか?」

 珍しく険しい表情をしている妻に、ハリーはおずおずと申し出た。ジニーはパッと華やかな笑みを浮かべる。

「大丈夫よ! あなたは昨日も帰りが遅かったんだから、ゆっくりしていて」
「だが……」
「パパ! このお皿は向こうだって」
「ああ」

 ジェームズはちゃっかり自分の仕事を父親に押しつけた。当のハリーは文句も言わずに皿を預かるものだから、ジニーはピシリと額に青筋を立てる。

「ジェームズ――」

 その時、暖炉の炎がエメラルド色に燃え上がった。すらりとした女性が腰を屈めて暖炉から出てきた。

「久しぶりね、ジニー。少し早く来過ぎちゃったかしら」

 まだ準備にてんてこ舞いのポッター家を見て、ハーマイオニーは困ったように笑う。ジニーも同じ微笑みを返した。

「そんなこと……まあ、うちが集合場所になるときは、いつもこんな感じでしょう? 今更取り繕った所で……ねえ、ハリー?」
「そうだな」

 一昨年などは、ジェームズの悪戯によって折角の料理が床にぶちまけられ、ジニーが叱っている所にハーマイオニーがやって来たのだ。まだ今年は、ジェームズもホグワーツに入学し、ホグワーツ生という自覚もある分マシな方だ。――相変わらず、客人を迎え入れる準備ができていないことには変わりないのだが。

 再び暖炉の炎が燃え上がり、続いてやって来たのは、ハーマイオニーによく似た少女――ローズだ。暖炉から出てくると、彼女は律儀にぺこりと頭を下げた。

「こんにちは。ローズ・ウィーズリーです。お久しぶりです」
「こんにちは」

 親友の娘にハリーは笑みを返し、ジニーはその頭を撫でた。

「ローズはいつも礼儀正しいわね。ジェームズに見習って欲しいくらいよ」
「皆の前だから、ローズは猫を被ってるんだ。僕らだけになってみなよ。途端に猫みたいに毛を逆立ててくるんだから」
「ジェームズ!」

 ジニーとローズの声が重なった。『ほら見たことか!』と言いながら、ジェームズはわざとらしく父親の背に隠れた。

 ローズとジェームズに気を取られているうちに、ヒューゴもやって来た。彼はおどおどと周りを見回した後、母親にくっついて離れなくなった。

「あらあら、ヒューゴ、叔母さんに挨拶してくれないの?」
「人見知りなんです」

 膝を折り、ジニーが優しく話しかければ、ローズは困ったように答えた。

「一体誰に似たのか――」
「ある意味、ジニーかもしれないな」

 ハリーは笑いをかみ殺していった。

「ジニーも、小さい頃は、私の前では途端に何も話せなくなった――」
「そんな幼い頃の話を持ち出されても困るわ!」

 あの頃の話は、ジニーの中では最も消したい記憶のランキング圏内にあるらしく、夫を力強く小突いた。思っていた以上によろめいたハリーは、もう妻をからかうことはなかった。

 ウィーズリー家、最後に現れたのは、家長――いや、今は主夫か――のロンだった。皆に立ったまま出向かれられたロンは、得意げに頷いた。

「やあやあ、皆待たせたね。私がいなくちゃパーティーが始まりもしないだろうから」
「ジェームズの次に騒がしい人の登場だわ」

 ジニーは呆れながらため息をついた。そうとも知らず、ロンは可愛い甥っ子、姪っ子達に順にお土産を配っていく。

「さあ、集まれ。WWWの新作のお菓子だ。君たちのママは、少しばかり厳しすぎる。甘い物が食べられないなんて、クィディッチを知らないのと同じくらいの拷問だ――」
「ロン、私には私の考えがあるのよ。あなたの考えを押しつけないで欲しいわね」

 だが、さすがのジニーも、子供達からお菓子を取り上げるようなことはしなかった。年に数回くらいは、兄からのお菓子も目を瞑っているのだ。

「そういえば、まだ全員揃ってないみたいだな。ハリエット達がまだだ」

 ロンはキョロキョロ家の中を見回した。

「あの家族は、少しばかりマイペース過ぎるな。この前ちょっと用があって、ブラック邸に寄った時は驚いた――真面目な顔をして、どうやったらふくろうと話せるかについて話してたんだ!」

 ソファにどっかり腰掛け、ロンは興奮気味に続ける。

「レギュラスやアリエスや――ハリエットは分かるよ。シリウスも親馬鹿だし――でも、あのドラコ・マルフォイだぜ? あいつ、なんて言ったと思う? 『蛇語もあるくらいだから、ふくろう語もあるかもしれない』って――なんだよ、ふくろう語って! そんなこと言うから、レギュラスが『じゃあ、僕、毎日ウィルビーとお話ししてみるよ! ふくろう語を習得するんだ!』なんてこと言い出すんだ」
「ロン・ウィーズリー、真面目な話し合いをそんな風に茶化されるのはいただけない」

 灰を叩きながら、暖炉から件のドラコが出てきた。ロンは一瞬怯んだが、すぐに調子を取り戻す。

「それなら、ドラコ・マルフォイさんはふくろう語が本当にあるとお思いで? ならどうぞ、ぜひともこの場で披露してくれませんかね? そのふくろう語とやらを」
「くだらない。あるかもしれないと言ったまでで、私が話せるなどと一度も口にしたことはない。君は子供の夢と知的好奇心を茶化して壊すのが趣味なのか?」
「そんなこと言ったって、そのうちレギュラスが『ホーホー』としか言い出さなくなったらどうするつもりだ? ヒューゴが真似したらどうする!」
「レグを馬鹿にするのは止めてもらおう! 分別くらいはつく!」
「ちょっと、二人とも……」

 ジニーは慌てて止めに入った。顔を合わせれば口喧嘩ばかりするこの二人に、いい加減うんざりもしていた。

「ロン、今のはあなたが言い過ぎよ。良いじゃない、ふくろう語。可愛いわ」

 ジニーのこの台詞に、ドラコはいたく渋い顔になった。彼としては、息子を茶化されたことに腹が立っただけで、そふくろう語にフォローを入れて欲しい訳ではなかったのだ。

 仲裁のおかげもあって、ようやく口論が収まりを見せ始めたとき、赤毛の少女が大人達の間を駆け抜けた。

「リリー!」
「アリエス!」

 赤毛の少女は、燃えるような赤毛の少女に飛びついた。手を取り合って喜ぶ二人は、髪だけでなく背丈も同じくらいで、まさに双子のようだ。

 きゃあきゃあと黄色い声が響き渡り、今まさに殺伐とした空気を醸し出していたロンとドラコは、途端に毒気を抜かれた顔になった。

「……ここまでとは言わないまでも、あなた達もこの子達を見習って欲しいわ」
「考えておくよ」
「善処しよう」

 ハーマイオニーの言葉に、ロンとドラコは力なく返した。

 なんとも言えない空気のポッター家に、続いてやって来たのはレギュラスだ。彼は興奮気味に瞳をキラキラさせ、開口一番感嘆の声を上げた。

「うわあ、良い匂い! フレッシュなパンの匂いがする!」
「パンは焼きたてなのよ。レギュラス、パンは好き?」
「うん、大好き!」

 ついついテーブルの方へ吸い寄せられるレギュラスを、ジニーはやんわり押しとどめた。まだパーティーは始まっていないのだ。できれば皆が集まってから乾杯をしたい。

 くんくんと鼻を動かすレギュラスを見つめながら、ロンは唸った。

「うーん、レギュラス、君は年々ドラコに似てきている。性格は全く似てないのに」
「本当? ありがとう!」
「その邪気のない心からの笑顔も私には複雑すぎるな……。とりあえず一言言えるのは、性格だけでも母親似で良かったということだ」
「君の娘も、頭脳は母親似で良かったと心からお祝い申し上げる」

 バチバチと父親の間で視線がぶつかる。ハーマイオニーは夫の脇腹を小突き、大人げない行動を止めさせた。

 再び炎が燃え上がり、今度は背の高い男性が身を屈めて出てきた。黒髪よりも白髪が目立つようになってきたシリウスである。

「シリウス!」

 彼に一番に飛びついたのはジェームズだ。シリウスは軽く孫を受け止め、易々と抱き上げた。

「ジェームズ、見ないうちにまた大きくなったなあ」
「そりゃあ、成長期だからね! クィディッチの選手になるために、たくさんご飯食べてるんだから」
「よしよし、それは良いことだ。ジェームズはチェイサー志望だろう? ブラッジャーに当たっても跳ね返せるような体躯を身につけなければ」

 シリウスは上機嫌に、久しぶりに会った子供達を一人一人抱き上げた。ヒューゴやリリーは嬉しそうにしていたが、ローズやアルバスは、もうそんな年じゃないと少し恥ずかしそうだ。

「さあ、最後はハリエットかな? 一体何をやってるんだ?」

 ロンが呟いたとき、ようやく暖炉の炎が燃え上がった。そこから現れたのは、長い赤毛をシニョンでまとめたハリエットだ。

 皆が己を見つめていることに気づくと、ハリエットは恥ずかしそうに笑った。

「あら、私が一番最後? 遅れてごめんなさい」
「いいえ、時間通りよ。大丈夫」
「何かあったのかい? 随分遅かったみたいだけど」
「ああ、ちょっとね……」

 ロンが尋ねれば、ハリエットは目を逸らしながら手に持っていた包装を後ろ手に隠した。

 魔女らしくうまいこと隠せば良かったのに、すんでの所で忘れ物に気づいたので慌ててそのまま手に持ってきてしまったのだ。

「そんなことよりもジニー、凄いご馳走ね。おいしそうだわ」

 あからさまな話題転換に苦笑しつつもジニーは礼を述べた。

「ありがとう。じゃあ、皆が揃った所で、早速始めましょうか」
「冷めたらもったいないしな」
「誰が音頭を取る?」
「あっ、こらジェームズ! まだ始まってないだろう!」

 いつの間にやら、チキンに齧り付いていたジェームズの頭をハリーが小突いた。見れば、ヒューゴも待ちきれなかったのかお菓子に齧り付いている。なんだかんだ、緩んだ空気になってしまったので、苦笑して近くの人とカチンとグラスを鳴らした。とはいえ、これだけ子供が集まれば、毎度毎度こんな感じでのでもう慣れたものだ。

 大人達は大人同士で会話が始まるので、子供は子供同士で自然と集まることになる。

 アリエスとリリーはもちろん一緒にいたし、ローズは食べこぼしをするヒューゴのお世話にてんてこ舞いだ。育ち盛りのジェームズは、いろんな料理を口に詰め込むのに必死で、しばらくテーブルから離れないつもりだろう。

 レギュラスとアルバスは、不意に視線が交錯し、どちらからともなく微笑んだ。焼きたてパンを両手に抱えながら、レギュラスはとことこアルバスの下に行く。

「アルバス、久しぶりだね」
「久しぶり、レギュラス」
「パン食べる?」
「うん」

 こういった親戚の集まりでは、レギュラスとアルバスはよく二人でいることが多い。アルバスは、昔からよくローズと遊ぶことが多かった。互いの両親が仕事で家を空けるとき、遊び相手として大抵どちらかの子供達が相手の家に遊びに行くのだ。その点、マルフォイ家では、シフト制の大人が三人と、屋敷には常にクリーチャーがいることで、子供達の遊び相手には事欠かない。自然とマルフォイ家の子供達よりは、ウィーズリー家の子供達の方が交流が深くなるのだ。

 とはいえ、二人のことが苦手というわけではない。

 何でも良く信じ、純粋なアリエスはリリー同様可愛いし、レギュラスのことも好きだ。アルバスにとって、ローズが軽口も言い合える気心の知れた仲だとしたら、レギュラスは、綺麗に波長の合う兄弟のような感覚だ。すぐにからかってくる本物の兄であるジェームズよりも、よっぽど彼の方が兄弟らしい。

 レギュラスの傍は、とても居心地が良い。性格も家庭環境も全く違うが、それでも、会話がなくてもずっと隣にいていられる。彼の和やかな雰囲気がそうさせてくれるのだろうか。

 『皆の中で僕のヒューヒュー飛行虫が一番早いんだ』、『この前お祖父様にチェスを教えてもらった』、『お父さんと縮み薬を一緒に作った』等々、パンを食べながらレギュラスが最近の日常について話す中、アルバスが兄のような心地で相づちを打っていると、ジェームズが近づいてきた。アルバスも非常に身に覚えのあるひどく悪戯っ子な顔をしている。

「パンばっかり食べててもつまらないだろ? 蛙チョコ食べる?」
「いいの?」
「うん、僕、ロンおじさんからたくさんもらったから」
「ありがとう!」

 マルフォイ家で箱入りに育てられたレギュラスは、いとも容易くジェームズの手からチョコを受け取った。あっと思ってアルバスは慌てて彼を止めようとしたが、その時にはもう既に遅く。

 レギュラスは嬉しそうに口の中にチョコを入れていた。

 異変はすぐに起こった。レギュラスはヒックとしゃっくりを起こし、その場で上下に飛び跳ねた。目を白黒させているので、彼の意志でジャンプをしたわけではあるまい。

 口を手で押さえながら、レギュラスは二度、三度と小刻みにジャンプをかます。ジェームズはケラケラ笑い、アリエスは泣きそうな顔で叫んだ。

「レグが、レグが蛙みたいになっちゃった!」
「ジェームズ! レギュラスに何をしたの!?」

 ジニーが怖い顔をしてジェームズを追い詰めた。ジェームズは悪びれた風もなくにへらっと笑う。

「僕知らないよ。チョコを渡しただけだよ」
「ヒキガエル型ペパーミントだな」

 ニヤリと笑ってシリウスはジェームズを見た。ハリーはため息をつく。

「ジェームズ、分かっててやったんだな?」
「だってからかうと面白いんだもん」
「レグ、大丈夫か?」

 ドラコが心配そうにレギュラスの頭を撫でれば、彼は恥じらうように下を向いた。

「僕、てっきり蛙チョコだと思って……」

 ヒックとまたレギュラスはしゃっくりをあげた。胃の中で蛙が飛び跳ねるたび、レギュラスは身体を跳ねさせ、そしてしゃっくりをあげる。

 ドラコは睨むようにしてロンを見た。

「ロン、君がジェームズにやったんだな?」
「ちょっとしたジョークじゃないか。可愛い悪戯だろう? 君は過保護すぎるんだよ。親馬鹿とも言うかな? 少しは余裕を持った方が良い。それに見てみろよ。レギュラスも喜んでる」

 見れば、確かにレギュラスはいつの間にやらニコニコ嬉しそうに笑っていた。飛び跳ねる感覚が思いのほかお気に召したらしい。お腹に手を当てながら、アリエスと一緒になってぴょんぴょん飛び跳ねている。そんな二人に、ジェームズが何やらわざとらしい真面目な顔つきをして近づく。

「レギュラス、大丈夫か? あんまり飛び跳ねてると、そのうち本物の蛙になるって話だよ。我慢した方が良い……」
「エッ」

 途端に顔を青くして、レギュラスはピシリと身体を固めた。そのすぐ後に、胃の中で何かが跳ねる感覚があったが、何とか堪える。アリエスは泣きそうな顔になった。

「レグ、蛙になっちゃうの? もう一緒に遊べなくなっちゃうの?」
「そ、そんなことあるもんか! 僕、ちゃんと我慢する! 僕はずっとアリエスのお兄ちゃんだよ!」
「良かったあ」

 笑いを堪えるジェームズと、同じような顔をしているロン。

 そんな二人を、ドラコはいかにも不機嫌な表情で眺めていた。

 ドラコは、いつかロンがレギュラスに怪我をさせるのではないかと冷や冷やしていた。レギュラスは警戒心が薄い。ようやく最近は悪戯っ子のジェームズには危機感を抱くようになってきたようだが、ロンのような『両親の親友』という概念には警戒の文字も薄れるのも仕方ないことだった。今日のようにジェームズにお菓子で悪戯されたり、ロンにほら話を信じ込まされるときもある。その度にドラコは気苦労が絶えない。大の心配性と称されるハリエットも、こういった悪戯にはなぜか寛容なようで、いつも微笑ましく眺めているのみで、この時ばかりは役に立たない。シリウスも悪戯関係は大歓迎で、むしろもっとやれとのたまうくらいだ。

 ならば、可愛い子供達のことは父親である自分が守らなければ。

 物騒な顔をしてゆっくりロンに近づくドラコを見て、ハリーは一瞬で酔いを覚ました。闇祓いとしての勘が、己の家が血の海になる可能性を示唆したのかもしれない――。

「そういえば、今日はローズの誕生日だ! ちゃんとプレゼントも用意してるんだ。ローズ、ちょっとこっちに来てくれるかい?」

 ポッと頬を染め、ローズがもじもじとハリーの前にやって来た。ハリーがちらりと視線を向ければ、顔を顰めたドラコがハリエットの隣に戻っていくのが見えた。――どうやら、今日の主役であるローズを差し置いてロンと決闘することだけは止めてくれるようだ。良かった。本当に良かった。

「ロンに似たのか、クィディッチが大好きみたいだね? そんな君にはこれだ」
「うわあ……!」

 ローズが受け取ったのは、彼女が贔屓にしているクィディッチ・チームの本だ。その上、その表紙には所狭しとサインが描かれている。

「こ、これ、これ! チャドリー・キャノンズの! サイン! 皆の! サイン!」
「そうだよ。ジニーが取材したときにサインをもらって来てくれたんだ」
「あ、ありがとう、ありがとう、ジニー叔母さん!」
「気に入ってもらえたのなら良かったわ」
「最高のプレゼントよ!」

 珍しく大はしゃぎなローズを羨ましそうに見つめるのはジェームズだ。彼もまた大のクィディッチ好きなのだ。もちろん推しのチームはチャドリー・キャノンズではないが。

 微笑ましい光景を見つめながら、ハリエットは後ろ手に包みをドラコに渡した。ドラコは戸惑ったように目だけでハリエットを見る。

「私が渡すのか……?」
「もちろん。あなたが買ってきたんだもの」

 ハリエットが下手なウインクを返せば、ドラコは腹を決めたように前に進み出た。そしてぎこちなくローズの前に屈み込む。ローズもどことなく緊張した面持ちだ。いつも父親と喧嘩している相手、という認識だからかもしれない。

「あー……気に入ってくれるかは分からないが。お誕生日おめでとう」
「ありがとう……」

 ドギマギとローズが包みを開ければ、中から出てきたのはアンティーク風のビスクドールだ。マグル界で買ったものなので動きはしないが、その分とても精巧な造りだ。

 ローズは無言でじいっと人形を見つめた。ドラコも神経を張り詰めている。ハリエットは堪らず声をかけた。

「アリエスはまだ小さいし、ローズくらいの女の子には何が良いんだろうってすごく迷ったの。でも、女の子なら人形かぬいぐるみが良いんじゃないかってドラコが言って、買ってきてくれたのよ」
「…………」

 あまりにも沈黙が続くため、フォローのつもりか単にからかいたかっただけか、ロンが口を挟んだ。

「ドラコ、残念だったな。もうローズはお人形は卒業してるんだ」
「ううん、そんなことないわ」

 途端に上がる小さな声。ロンはパチパチと瞬きをし、ドラコは嬉しそうに笑った。

「……ありがとう、おじさん、おばさん」

 そしてローズもまた、つられたように女の子らしい笑みを浮かべる。

 一瞬にして和やかな空気になったが、これに対抗心を燃やしたのはロンだ。すっかり不機嫌な態度でドラコとローズとの間に割って入る。

「でも、ローズはクィディッチが好きなんだと思ってた。さっきだってサインに大喜びだったし」

 『本当はドラコに気を遣ってるんじゃないか?』という含みを持たせて娘を見るロンに、ハーマイオニーは痺れを切らした。

「クィディッチはクィディッチ、人形は人形よ。二つとも好きでも良いじゃない。もう、本当にデリカシーがないんだから!」

 まるでモリーのようにプンプン怒るハーマイオニーに、ロンは目を白黒させた。これだけでロンの尻の敷かれ具合が分かるものだから不思議なものだ。

「ほら、私からもプレゼントよ。お誕生日おめでとう、ローズ」

 ローズの前に進み出るハーマイオニーに追いやられ、ロンは仕方なしにドラコの隣に収まった。何となく釈然としない心地だ。大きくなるにつれ、どちらかというと男の子っぽいものが好きになってきたのだと思っていたのに、ローズのその本当の気持ちを、ドラコは察していたというのだろうか?

 睨み付けるようにしてロンが隣を見れば、ドラコもまたこちらを見たところだった。

「君も人のこと言えないな」

 ドラコが何を言いたいのか分からず、ロンは眉根を寄せただけだった。ドラコはふっと小さく口角を上げる。

『親馬鹿』

 唇の動きだけでそうドラコが伝えると、思惑通り、ロンはきちんとその意を汲んだ――否、理解してしまったらしく、火がついたように怒り出してしまった。

 杖を出さないだけまだ理性が残っているとはいえるが、それでも大の大人が子供達の前で舌戦を繰り広げる光景は威厳形無しである。

 困ったことに、ロンとドラコは、顔を合わせるたびこうした小さな諍いを起こすものだから、子供達や甥、姪に『パパロンおじさんドラコおじさんお父さんは仲が悪い』という、合っているのか間違っているのかよく分からない誤解を与えることになっているとは、二人の仲裁に忙しい他の大人達も、誰一人として知ることはなかった。