愛に溺れる

ハリエットが愛の妙薬を飲んで、シリウスにメロメロになる







*死の秘宝『十七歳の誕生日』、隠れ穴にて*
<リクエスト:三角関係な昼ドラ的展開>


 テーブルには、ハリーとハリエットの、十七歳の誕生日の贈り物が山程盛られていた。こんな状態では、まず部屋に持って行くことも不可能なので、双子は一旦その場でプレゼントを開封することにした。送り主の一人であるフレッドとジョージが、今か今かと双子がプレゼントを開くのを顔を輝かせて待っていたからというのもある。

 二人からの威圧がすごいので、双子はまず彼らのプレゼントを開いた。大きな箱からは、予想に違わず、いろんな悪戯グッズが飛び出してきた。だまし杖に、ベロベロ飴、暴れバンバン花火におとり爆弾、携帯沼地もあった。もちろんハリエットの中には、事前に彼らから聞いていた『惚れ薬』も入っている。

「これがそうなの?」

 ピンク色のガラス瓶を掲げれば、中の液体がたぷんと揺れる。見た目だけで言えば可愛らしい瓶だが、しかしその中身はハリエットにとっては笑えない代物だ。

「早速ご興味津々か?」
「違うわ。絶対に使っちゃいけないものとして分かっておきたかっただけよ」

 断固とした口調で言い切り、ハリエットはそのガラス瓶を奧へと追いやった。正直な所、フレッドとジョージに突っ返したい所だが、折角のプレゼントにそんな仕打ちは可哀想だろう。

「そんなこと言わずに」
「君もいつかそれを使わざるを得ない状況に追い込まれるかもしれないじゃないか」
「そんなときが来たとしても、絶対に惚れ薬は使わないわ!」

 しつこく『勧誘』してくる双子を、ハリエットはきつく睨み付けた。『おおう』とわざとらしく震え上がり、フレッドは今度はドラコを見た。

「うーん、じゃあドラコ、君が使うかい?」
「使わない!」

 ドラコも憤慨したように断る。フレッドは残念そうに肩をすくめた。

「折角の惚れ薬だってのに、つまらない奴らだな。効果はたった二十四時間なんだから、試してみれば良いのに。面白くなるぜ」
「そう言うなら自分たちで試したらどうだ? それに僕らを巻き込まないで欲しいね」
「そうよ」

 ハーマイオニーまでもが参戦した。

「惚れ薬なんて最低だわ。人の感情を操るなんて……そのせいでロンとハリエットは――」

 彼女の言葉は最後まで続かなかった。突然鼓膜を揺らす程の爆発音が響き渡ったからだ。

 何が起こったのか、冷静に考える時間もなかった。バンバンとけたたましい音は耳に手を当てて防ぐだけで精一杯だったし、その眩しい閃光は目を眩ませるばかりだ――。

「ちょっと、何なのこれ!」
「フレッド、ジョージ! また何かやらかしたのね!?」

 ハーマイオニーとジニーが一斉に叫ぶ。ジョージもまた叫び返した。

「俺たちは何もしてない! 濡れ衣だ!」
「花火だよ!」

 耳に指を突っ込んだハリーも加わった。

「二人の花火が床に落ちたんだ。それでひとりでに爆発して――」
「やっぱりあなた達のせいじゃない! 何とかして!」
「プロテゴ!」

 せめて自分たちの身だけでも守ろうとハーマイオニーは杖を振るった。だが、それがいけなかった。

「駄目だ、ハーマイオニー! 盾の呪文は――」

 ジョージの言葉は途中で途切れたが、その先は聞かずとも分かった。花火が更に五倍に増え、そして一層破壊的に飛び回り始めたからだ。

「あーあ、ハーマイオニー……こういうときは制作者の意図を良く理解しないと」

 フレッドはやれやれと首を振った。ハーマイオニーは躍起になって叫ぶ。

「そんなこと言ってないで、早く何とかして!」
「分かったよ……インセンディオ!」

 あろうことか、更に花火に引火させようとしたフレッドに、皆は目を剥いた。フレッドは――悪戯グッズの実験のしすぎで、ついに頭がおかしくなってしまったのだろうか?

 だが、不思議なことに、彼の『インセンディオ』によって、花火は驚く程素早く収束した。まるで何事もなかったかのように、その場には沈黙が流れるのみだ。

「一体……どういう……」

 茫然としたように呟くハーマイオニーに、フレッドはニヤリと笑った。

「花火を仕掛ける相手に、いとも容易く収められちゃあ、この花火を使う意味がないだろう? 相手が絶対に使わなさそうな魔法を使うことが、この花火を収めるコツさ」
「な、なるほどね――って、そんなので騙されないわよ! 見なさい、この有様を!」

 ハーマイオニーは顔を真っ赤にして怒鳴った。彼女が腕を広げるまでもなく、隠れ穴の台所はひどい有様だった。ハリーとハリエットのプレゼントは、ハーマイオニーの盾の呪文によってギリギリ被害を受けなかったが、それ以外は何とも無残だ。壁やテーブルには焼け焦げが残り、辺りには何かの破片が飛び散っている。

「フレッド、ジョージ……?」
「一体何があったんだ?」

 怒れるモリーと困惑した顔のシリウス。二人がひょっこり顔を出すくらいには、台所の騒ぎは隠れ穴中に響き渡っていた。

 台所をめちゃめちゃにした息子達にモリーは大変お怒りではあったが、シリウスはそれほどでもない。子供達に怪我がなければそれで良かったし、『君たちの誕生日の余興にピッタリだったな』とむしろ嬉しそうだった。

「こんなんじゃ二人からのプレゼントだっておちおち使ってられないわよ、ねえ?」

 憤慨したハーマイオニーはハリエットに同意を求めた。ハリエットも、躊躇いがちではあるがしっかり頷く。

「私、ますます二人の悪戯グッズにトラウマ持ったかも……」

 フレッドとジョージの悪戯グッズは、見ている分にはとても面白い。華やかだし、ユーモアがあるし、皆を笑わせられるようなものばかりだ。だが、自分が使うとなると話はまた別だ。

 ハリエットは苦い顔でミルクを飲んだ。まだ誕生日は始まったばかりなのに、もうお腹一杯な気分だ――。

「痛っ」

 小さく悲鳴を上げ、ハリエットは口に手を当てた。シリウスは心配そうにハリエットを見る。

「どうかしたのか?」
「唇を切ったみたい……ガラスの破片が入ってたのかも」
「見せてみろ」

 シリウスはハリエットの顔を覗き込んだ。ハリエットのハシバミ色の瞳が、シリウスの姿を映し出す。

「エピスキー」

 軽く杖を振るうだけで、ハリエットの傷口は治り、血も止まった。ハリエットはうっとりシリウスを見上げる。

「さすがシリウスだわ」
「それほどでも」

 簡単な治癒呪文なのだが、手放しにハリエットに褒められ、シリウスはまんざらでもなさそうだった。

「謙遜しないで。シリウスの魔法の腕は最高だわ。私、いつも尊敬してるもの」

 シリウスの腕に手をかけ、ハリエットは微笑んだ。その空気に、若干名だけが『ん?』と首を傾げる。

「……ねえ、シリウス、私ももう成人したわ。魔法が使えるようになったの。もし良かったら、後でシリウスに特訓して欲しいわ」
「わたしが?」
「ええ。あ、でも、今は飾り付けね? 私も一緒に飾り付けをしてもいい?」
「もちろんだとも」
「ありがとう。シリウス、大好きよ」
「わたしもだ」

 二人はにこやかに笑いながら隠れ穴を出て行った。宣言通り、庭を飾り付けに行ったのだろう。

 フレッドとジョージは、相変わらずモリーに怒られ、ハリーとロンはプレゼントの開封作業に戻り、ドラコはハリエットとシリウスの後ろ姿を黙って眺め、そしてハーマイオニーとジニーは、先程感じた違和感を反芻する。

 ジニーの目が、テーブルの何かを捉えた。太陽の光に反射し、何かがキラッと光ったのだ。目を細め、ジニーはそれをつまみ上げた。サーッと顔色が悪くなる。

「ちょっと……皆?」
「どうかしたのか、ジニー?」
「私、大変なことに気づいちゃったかもしれない……」

 彼女は黙って手のひらを指しだした。その上には、キラキラ光るピンク色のガラス片が散らばっている。

「そんな!」

 ハーマイオニーは息をのんだ。油断なくテーブルに目を走らせた彼女は、最後にはハリエットのマグカップの所で止まる。

「ハリエットが惚れ薬を飲んだってこと?」
「まさか!」

 ハリーも思わず身を乗り出した。だが、確かにあの怪しげなピンクのガラス瓶は姿を消し、ハリエットのマグカップの近くに何やらピンク色のガラス片が散らばっている。

「相手は誰だ――って、シリウス!?」

 つい先ほど、ハリエットとシリウスが消えた方向を向いてハリーが叫んだ。その後はパクパクと言葉も出ない様子で口を開け閉めする。

「待てよ。いくら何でも考えすぎだって。ハリエットの様子、どこかおかしかったか? いつもと変わらなかったじゃないか」

 フレッドは焦ったように言う。母モリーが可愛がるハリエットが自分たちのせいで惚れ薬を飲む羽目になったなんてことがバレれば、それこそ命取りだ。今だって、疑いがある時点でもう背後から不穏な気配を感じている。

「ほ、ほら、見てみろよ。普通だろ?」

 フレッドは誤魔化すように笑って窓の外を指差した。皆は窓に近寄り、食い入るようにハリエットとシリウスを眺めた。――確かに、普通だ。シリウスが杖先から動物の幻影を出し、それにハリエットが手を叩いて歓声を上げている。

「確かに普通だ」
「いつもあんな感じだったね」
「ほら、兄貴のハリーがこう言うなら大丈夫だ!」

 ジョージも頷いて言う。

「君たちだって良く知ってるだろ? ハリエットとシリウスなんて、いつもあんな感じ――」

 だが、窓の外では、ジョージがまとめている間も緩やかに時が流れていた。興奮で頬をポッと赤らめたハリエットがくいっとシリウスのローブを引っ張り、シリウスはそれに『ん?』と身を屈める。ハリエットはその彼の頬に、心から幸せそうな笑みでキスを送った――。

「皆さん、大事なことをお忘れよ」

 ハーマイオニーは格式張った調子で咳払いをした。

「確かにハリエットはシリウスのことが大好きよ。でも――恥ずかしがり屋。恥ずかしがり屋のハリエットは、自分からシリウスに甘えたことなんてあったかしらね?」

 次第に皆の血の気はなくなっていく。窓の外では、ハリエットがシリウスに思い切り抱きつき、すりすりと甘えるように頭をこすりつけていた。


*****


 折角のシリウスとの二人きりの時間を邪魔されたハリエットは大層ご機嫌斜めだった。だが、それでも『愛する』シリウスの隣は死守し、更に言うなれば、彼の腰に手を回して、何としてでも離れるものかという意志を露わにしていた。

「それで、解毒剤は?」

 冷え冷えとした声でモリーが言う。ジョージは力なく愛想笑いを浮かべた。

「さっきの騒動で割れた……それに、予備はない。全部店に置いてきたから」
「新しく作ることは?」
「材料がない。取りに行くのも、このご時世だしな……」

 ジョージの声は尻すぼみに消えていく。場違いな程フレッドは明るい声を上げた。

「なあに、そんなに気になさんなって! 効果はたった二十四時間きりだし、それにシリウスだってまんざらでもないだろう?」
「ま、まあ……他の男じゃないだけマシだな」

 シリウスは複雑そうな顔でハリエットの頭を撫でた。ハリエットは嬉しそうにクスクス笑う。

「ハリエットの気持ちはどうなるのよ! 感情を操られてるのよ!」
「ハーマイオニー、君がさっき言ったんじゃないか。ハリエットはシリウスのことが大好きだけど、恥ずかしがり屋だから普段は甘えられてないって。案外これが良い機会なんじゃないか?」
「うまいこと言って逃れようったって、そうはいきませんからね」

 モリーは絶対零度の視線を息子達に向けた。双子は急いで取り繕ったような笑みを向けたが、無敵の主婦にはそんな笑みは効かなかった。

「――とにかく、二十四時間経てばちゃんと元に戻るんだな? 身体に害はないな?」
「俺たちで実験済みだからな」

 フレッドとジョージは自慢げに言った。誰に対して使用したかについては、今は追求を止めようと誰もが思った。

「ねえ、シリウス」

 ハリエットは頬を膨らませてシリウスの手を引っ張った。先ほどからずっと彼は話し合いに夢中で自分には全く構ってくれないことに、ハリエットは不満を募らせていた。

「私ともお話しして。シリウス、私のことを見て」
「ああ……見てる。見てるよ」
「見てないわ!」

 ハリエットは憤慨して声を荒げた。そして強硬手段に出る。皆があっと思ったときには、ハリエットは伸び上がって、シリウスの顔に己の顔を近づけている所だった――。

「ハリエット!」

 目的を果たす前にグイッと肩を押され、ハリエットは目をぱちくりさせた。すぐ目の前には、怒った顔のシリウスがいた。

「君は今惚れ薬に操られているだけなんだ。こういうことは本当に好きな人としなければ」
「シリウスは、私のことが嫌い……?」

 瞳に大粒の涙を浮かべ、ハリエットは不安で一杯の顔になった。

「私、シリウスのことが好きなの。心から……。シリウスはそうじゃないの?」

 窺うように、不安そうに見上げられ、シリウスはうっと詰まった。あまりの可愛さに心臓がやられそうだっだ。

「嫌いじゃない……だが、君は惚れ薬に感情を支配されている。冷静じゃないんだ」
「でも、私はシリウスが好きなの。好きで好きで堪らないの……」

 唐突にドラコが立ち上がり、台所を出て行った。事の成り行きを冷や冷やした様子で眺める面々の中で、そのことに気づいたのはハリーとハーマイオニーだけだった。

「わたしは、今の君の気持ちには応えられない」

 シリウスははっきり言った。

「所詮は作られた感情だからだ。もちろん、名付け子として、家族としてわたしは君のことを愛している。本当の君も、家族としてわたしのことを愛してくれてはいたが、そういう『好き』ではなかったはずだ」
「私の気持ちを勝手に決めつけないで!」

 感情の高ぶるまま、ハリエットは椅子を倒すようにして立ち上がった。その拍子に、彼女の瞳から涙がポロリとこぼれ落ちる。

「私は――こんなにもシリウスのことを愛しているのに――」

 それ以上ハリエットは言葉にできなかった。そのまま身を翻して隠れ穴を出て行く。固唾を呑んで見守っていたジニー達は、長く詰めていた息をふっと出した。

「ハリエット……可哀想」
「たとえ惚れ薬でも、フラれたようなもんだよ」
「シリウス、少しの間ぐらい甘えさせてやればいいじゃないか」

 途端に非難の目が自分に向くので、シリウスは呆気にとられた。

「甘えるぐらいならまだいいが、ハリエットは――わたしにキスしようとしたんだぞ? 我に返ったとき、ショックを受けるのはあの子の方だ」
「でも、今のはちょっと可哀想だったわ」
「見ているこっちが胸が痛くなったぜ」

 自分とてハリエットを傷つけたのは心苦しいのに、何故だかその張本人であるフレッドとジョージにまで責められる始末で、シリウスは理不尽を感じざるを得なかった。


*****


 あんな光景をこれ以上見ていられなくて、咄嗟に外へ飛び出したドラコは、行くあてもなく、ただただ暑い日差しの中家の周りをぐるぐると回っていた。屋根も風もない外では、容赦なく太陽が照りつけ、汗がダラダラと出てくる。ドラコはすぐにでも中へ入りたくなったが、しかし、再びあの光景を見せつけられるのかと思うと、気分は沈むし、足は遠のく。

 二週目に入った所で、ドラコは家の中から駆けてきた誰かとドンとぶつかった。ドラコは軽くよろめいただけだったが、相手はそうではない。あっと弱々しい声を上げてその場に尻餅をついてしまった。

 助け起こそうと手を伸ばしたドラコは、そのままの体勢で固まった。家から出てきたのは、紛れもなくハリエット・ポッターだった。

 涙に濡れた顔と、一瞬目が合う。彼女は恥じらうように腕で顔を隠した。

「……大丈夫か?」

 ドラコは躊躇いがちに声をかけ、そしてポケットをまさぐった。ハンカチを引っ張り上げ、そして彼女に差し出す。

「……ありがとう……」

 ハリエットは素直にハンカチを受け取ってくれた。目を真っ赤にしながらハンカチで頬を拭う。

「……私……」

 すんと鼻を啜りながら、ハリエットは小さく零した。

「シリウスは、私と同じ気持ちなんだと思ってたのに……」

 弱々しい呟きに、ドラコは何の反応も返すことができなかった。どう声をかければ良いと言うのだろう。彼女に想いを寄せる者として――それは酷な話だ。

 咄嗟の防衛反応として、ドラコはそこから立ち去ろうとした。だが、敏感に気配を感じ取ったハリエットが、ドラコのローブを掴んで阻止する。

「ドラコ、待って……」
「まだ何か用か?」
「――私に協力してくれない?」
「はあ?」

 ドラコは素っ頓狂な声を上げた。マジマジとハリエットの顔を見る。彼女は真剣な面持ちだった。

「私、シリウスにヤキモチを焼かせたいの」

 ハリエットの言葉は真っ直ぐで、ストンとドラコの胸に落ちた。ただ、あまりにも直球だったからこそ――何を言われたのかが一瞬では理解できない。

「そうでもしないと、シリウス、私に振り向いてくれないわ……。お願い、ドラコ」

 ハリエットは潤んだ瞳でドラコを見つめた。ドラコがその熱い視線から逃れることなど不可能だった。

「私達、友達でしょう?」

 ドラコはハッと息をのんだ。

 ――そう、友達。所詮は友達。ハリエットは再びドラコと友達になることを望んでくれたが、決してそれ以上の関係は望んでいない。想像すらしていないだろう。それならば、ドラコは決して重荷になるような愛など見せてはいけない。

 なかなか返事をしないドラコに焦れたハリエットは、彼の手を取った。その行動にようやくドラコは意識を取り戻す。

「なっ、何を――」
「ねえ、お願い。今からシリウスの所に行きましょ?」

 にっこり笑うと、ハリエットは返事も待たずにズンズンドラコの手を引いて隠れ穴の中に入った。ドラコの血の気がサーッと失われていく。

「僕は――まだ承諾した訳じゃ――」
「あなたはただ私に合わせてくれれば良いの!」

 振り返り、怪しく笑うハリエットからは、小悪魔的な魅力しか感じない。ドラコはクラクラと目眩がする思いだった。

 台所に飛び込んできたハリエットとドラコ、二人にその場の皆の視線は集まった。そのほとんどが驚きと困惑の表情を浮かべていたし、それが収まると、シリウスの視線は特に鋭くなった。ハリエットがドラコと腕を組んでいたからだ。

「ドラコ、今日の予定は?」
「……結婚式の贈り物の仕分けをやる」
「私も一緒に手伝うわ! モリーおばさん、いいですか?」
「え? あ……ええ、もちろん」
「やった! 行きましょ、ドラコ」
「いや、僕一人でやるから。君は他の仕事を……」

 気まずい雰囲気に耐えられなくなって、ドラコは何とかそう言い切った。ついで、ハリエットの腕を外そうとする。ハリエットはますますがっしりドラコの腕を抱き込んだ。

「どうして? 一緒にやりましょうよ」
「ハリエット、君は今日誕生日だ。何もしなくていい。もしそれでも手伝いたいというのなら……わたしと飾り付けを手伝ってくれ」

 ハリエットは分かりやすく口角を上げた。満面の笑みを浮かべまいと我慢しているようだが、口元がひくひくしているのが丸見えだ。

「でも私は……ドラコと一緒にやりたいの」

 拗ねたようにそう宣言するハリエットに、場は騒然となった。ついさっきまでシリウス、シリウスと言っていた口が、今度はドラコ、ドラコとうるさい。ちょっと外に出た隙に、この変わり様は一体。

 ――考えられる答えは一つだった。

「お前、ハリエットに惚れ薬を飲ませたんじゃないだろうな?」
「まっ、まさか!」

 殺気の籠もったシリウスの声に、ドラコは慌ててぶんぶん首を振った。確かにこの状況はそうとられてもおかしくはないが――。

「ドラコに失礼なこと言うのは止めて」

 ハリエットはシリウスとドラコの間に割って入った。

「シリウスは――私のこと好きじゃないんでしょう? なら、私がどうしようと文句はないはずだわ」
「だが、わたしは君の後見人で――」
「私はシリウスの恋人になりたいの! そんな言葉で縛り付けられたくないわ……」

 ハリエットは心許なげにドラコの手を握った。だが、すぐに意を決したようにハリエットはシリウスを見上げる。

「私、今日はドラコと一緒に寝るわ」

 新たに飛び出した爆弾発言に、シリウスはポッカリ口を開けた。後ろの面々だってそうだ。ハリーは思わず立ち上がったし、ロンは隙あらばハリエットを失神させようと杖を握った。――我に返ったとき、感謝するのはハリエットの方だ!

「そんな――そんなこと許すはずがないだろう! 男と一緒に……何だと?」

 もはや口に出すのも憚られた。

 みるみるシリウスの顔が般若になっていくのを、ハリエットは果敢に睨み返した。

「じゃあ私にキスして!」
「はっ――なっ――」
「シリウスがキスしてくれないと、私、ドラコと一緒に寝るわ!」
「…………」

 恐ろしい程の沈黙が場を支配した。ロンはもうハリエットを失神させる気満々だった。今日は折角のハリエットの成人の誕生日ではあるが、意に添わないことをしでかすよりはよっぽどマシだろう!

「……分かった」

 渋々とシリウスがそう返事をしたとき、皆はギョッとしてシリウスを見たし、ドラコは心臓が嫌な音をたてるのが分かった。――分かった? 彼は今、分かったと言ったのか? 本当にキスするというのか?

 シリウスが立ち上がった。皆の間に緊張感が走る。

「シリウス……」

 戸惑いがちにモリーが声をかけたが、シリウスの足は止まらない。

 シリウスは、ハリエットに覆い被さるようにして身体を屈めた。ハリエットは恍惚とした表情で目を瞑る。そして、彼が触れた先は――。

「どうして?」

 ハリエットの声に、ドラコはようやく目を開けた。しかし顔は俯いたままだ。今は、彼女の顔を見る勇気がなかった――。

「ちゃんとしたキスをしてよ! 額じゃキスとは言えないわ! こんなんじゃ、私、ドラコと――」
「約束は約束だ。わたしは約束を守らない人間は嫌いだ」

 シリウスの切り捨てるような言い方に、途端にハリエットはへにゃりと眉を下げた。不安そうにシリウスのローブを掴む。

「そんなこと言わないで……ちゃんとジニーの部屋で寝るから」
「良い子だ」

 頬を撫でるシリウスの手に、ハリエットは擦り寄るように顔を寄せた。そんな仲睦まじい光景を、ドラコは何とも言えない気持ちで見つめる。

 まだシリウス――後見人だったから今回は何とか耐えられる。でも、もしこれが別の男だったら?

 そんなのは耐えられないと思った。だが、ドラコは所詮友達でしかない。それも、彼女に多大な被害を与えた友人だ。

 彼女に想いを告げる資格はないし――それどころか、友達でいられるのも奇跡なくらいだ――嫉妬する資格もない。

 いつの間にかハリエットが離していた己の手を強く握り、ドラコはそっと階段を上った。


*****


 それからというもの、ハリエットとシリウスは、まるで恋人かと見紛う程ベタベタしながら一日を過ごした。シリウスに嫌われたくないからとハリエットは彼とほどほどのスキンシップで接するようになったし、シリウスはシリウスで、まるでひなが親鳥に甘えるようにどこでもついてくるハリエットのことを愛おしく思っていた――普段ハリエットは恥ずかしがってあまり甘えてこないので、その反動もあった。

 だからこそ、翌朝起きてハリエットから惚れ薬が抜けていると分かったとき、シリウスは至極残念そうな顔になった。おまけに、彼女は昨日のことなどコロッと忘れていた。それどころか『いつの間に私達の誕生日は終わったの?』などと脳天気な質問を口にする始末。周囲はもはや説明するのも億劫で、『フレッドとジョージの悪戯グッズのせいで気絶してたんだよ』とある意味的を射た返答をした。ハリエットは一発で納得し、悲しそうな顔になったが、それ以降何も聞こうとしなかった。