踊る羽根ペン

ー憂鬱を晴らせ!ー






 今や名実ともに魔法界の英雄となったハリー・ポッターは、近頃妙にモヤモヤしていた。本来ならば、彼は幸せの絶頂にいるはずである。学生時代から付き合っていた恋人ジニーと結婚し、半年ほど前、長男であるジェームズが生まれた。仕事だって、闇祓いとして、英雄という二つ名に恥じないよう意欲を注ぎ、つい先日も、マグル界に身を潜めていた死喰い人を一斉検挙したばかりだ。一週間ほど前には、妹のハリエットが恋人と結婚するのだと報告してくれた。――そう、本当に幸せの最中にいるはずなのに、心の奥にすくうこのモヤモヤの正体は何なのだろう?

 モヤモヤは、正体が判明するどころか、日増しにハリーの心を占める割合が大きくなっていき、するとイライラ、不安なども伴うようになり、しまいには注意散漫となって仕事のミスを誘発した。

 上司からは怒られ、シリウスからは心配され、ネビルやセドリックからは慰められ……。ハリーは少々落ち込んでいた。

 その時一緒に組んでいたロンにも気を遣われ、飲みに誘われた。ハリーも丁度気晴らしがしたかったため、有り難くその誘いに乗った。

 ロンに連れて来られたのは、最近彼のお気に入りの場所であるホグズミードにあるバーだ。三本の箒にしなかったのは、新婚であるハーマイオニーを気にしてかもしれない――ロンは学生時代マダム・ロスメルタに一時熱を上げていて、時々ハーマイオニーにそれをからかわれるからだ。ハリーは、それがハーマイオニーのヤキモチなのではないかと思っている。

 とにかく、知る人ぞ知るパブにやって来た二人は、ひとまずビールを頼んだ。ホグズミードに来ると、ついついバタービールを頼みたくなってしまうが、大人の味を知ってしまった今となっては、仕事の後に飲むものとしてバタービールはちょっとばかり子供過ぎた。

 最初の一杯を飲み干すまでは、ハリーとロンは至って普通の話をしていた。新婚生活がどうだとか、仕事がどうだとか、知り合いがどうだとか。

 二人揃って頼んだ二杯目が運ばれてきたとき、ようやくロンは本題に入った。

「ハリー、最近は一体どうしたんだ? 何か悩み事でもあるのか?」
「ああ……」

 ハリーは小さく微笑んだ。気もそぞろな様子でロンに飲みに誘われたとき、大方悩みを聞いてくれるのだろうと思っていたが、いざその状況に陥ると、どこから話したものか分からない。

 気が進まない様子のハリーを見て、何を勘違いしたか、ロンは大いに慌てた。

「分かったわかった。白状しよう。ジニーに頼まれたんだ。悩んでるみたいだから、聞いてやれって」

 ハリーはため息をついた。乳児の世話で忙しいジニーに心配させてしまった己に呆れて、である。

「ここには僕達しかいないんだし、話してみろよ」
「いや……二人の気持ちは有り難い。でも、うまく話せそうにないんだ。僕も、自分で自分のことがよく分からない」
「どういうことだい?」
「その……」

 ハリーはお酒で喉を湿らせた。

「これが悩み事――っていうのかは分からないけど、最近妙にモヤモヤするんだ。何だか気が晴れないって言うか……」
「アー」

 何故だかロンは納得のいったような声を上げた。

「なるほど……いや、何となくそんな予感はしてたけど。じゃあ、ハリー、聞くけど、そのモヤモヤは一体いつからだい?」
「うーん……二週間くらい前かな」
「僕達が集まったときの後から? ほら、仲間うちで集まって、ハリエットとドラコから結婚の報告を聞いたときから?」
「――ああ、そういえばその時くらいからかな」

 ロンは思わず笑い出しそうになるのを必死に咳払いで誤魔化した。思い悩むハリーにはロンのそんな奮闘にも気づいていない様子で、少しホッとする。

 ようやく持ち直し、ロンは背筋を伸ばしてハリーの背中を叩いた。義兄風を吹かせて。

「ハリー、分かったよ。そのモヤモヤはドラコのせいだ」
「ドラコ?」

 思わぬ名前が出てきて、ハリーは素っ頓狂な声を出した。

「どうしてドラコなんだ?」
「ハリエットがドラコと結婚するからモヤモヤしてるんだよ」
「いや……まさか! 僕は二人を祝福してるよ! たぶんモヤモヤしてるのはシリウスの方だよ」
「いいや、君の方だね。最近むしろシリウスは妙に機嫌が良いじゃないか。ハリエットと同居するんだってニヤニヤしながら自慢してたよ」
「いや……だって……」

 ハリーは未だに信じられないようで、固くグラスを握り込んでいる。ロンは全て理解しているような顔で頷いた。

「正直さ、僕も今のハリーの状態はよーく理解できるよ。僕だってジニーと君が結婚するって聞いて、ちょっとモヤモヤしたからさ。いくら二人のことを祝福してても、前から覚悟してたとしても、結婚って聞くと、やっぱりそう簡単に割り切れないんだよ」
「そう、だったのか……」

 ハリーはようやく少しだけ手の力を抜いた。親友兼義兄の告白に、自分だけ肩肘張っていても仕方ないと思ったのだ。

「そう言われると、確かに身に覚えはある……。ドラコのことを考えると、妙にむしゃくしゃするんだ。ちょっと意地悪なことを言ってやりたいというか」
「分かる分かる」
「そういえばロン、僕とジニーが結婚するって報告した後、しばらく僕に辛辣だったね? 僕と一緒に組みたくないとか、飲みに誘ってもつれなく断ったり」
「今の君になら分かるはずだ。ドラコに飲みに誘われたとして、ホイホイついて行くか?」
「行かない。断固として断る」
「それだ」

 ハリーはフーッと長く息を吐き出した。相変わらずモヤモヤは晴れはしないが、しかし気は楽になった。

「ありがとう、ロン。話を聞いてくれて」
「まっ、僕は君の先輩にも当たるからね。でもまあ、そう気に病むことはないよ。そのうちモヤモヤは晴れるさ。なんたって、二人を祝福してる気持ちはあるんだから」
「うん……」

 ハリーは、ロンの言葉を信じた。そのうちモヤモヤは晴れると。ハリエットの幸せそうな顔を見ていれば、きっと二人の結婚を心から祝えるようになると。

 ――そう考えることで、思い悩むことはなくなったハリーだが、ただ、ひとたびロンの言葉によって、己の心に留まるモヤモヤに意識を向ける時間が多くなった。

 ハリエット・ポッター。

 ハリーの大切な妹。

 二十年以上生きてきた今となっては、大勢の素晴らしい人達に恵まれたとはいえ、ハリー、ハリエットの散々な幼少期は消えない。ずっと心の中にしこりとして残っている。

 あの頃は、お互いだけが全てだった。同級生の誰も、大人の誰も自分達を守ってくれないし、愛してくれない。片割れだけが、自分を大切にしてくれたし、また自分が心から大切にしたいと思う相手だった。

 ハリーには、普通の兄妹の距離感が分からない。同性の双子のことも分からない。ロンやジニーのように、遠慮なくバチバチ喧嘩したりはしないし、フレッドやジョージのように息ピッタリに会話をすることもない。ただ、とても大切だ。妻であるジニーとは別の意味で。

 ハリエットはもう、ハリーに守られる存在ではなくなった。それは、魔法界にはハリエットをいじめるような存在はいないという意味でもあるし、ハリエットが一方的にいじめられるだけの存在でなくなったという意味でもあり、ハリーでない、彼女を守ってくれる存在ができたという意味でもある。

 そんな風に自覚したのは一体いつのことだっただろう。シリウスに甘えるハリエットを見て、自分以外にそういう存在ができたことを嬉しく思ったこともあったし、ヴォルデモートに啖呵を切ったときはとても驚いた。そして何より――そう、ドラコとの関係性が、何よりもハリーを寂しくさせた。

 六年生の時、ハリエットがやたらとドラコのことを気にしているのを見て、ハリーは確かに焦燥感を覚えていた。死喰い人の可能性があるドラコに近づくハリエットのことが心配でならなかったのも事実だが、それ以上に、よりによってドラコ・マルフォイにハリエットを盗られたような気がして、とても恐ろしかったのだ。

 ハリエットのその想いが一方通行でないことも、ハリーを動揺させた。ハリエットのために、あのドラコがヴォルデモートを裏切ったというのだから、困惑しない訳がない。

 ダーズリー家でも、ハリーは終始大人しいドラコに戸惑っていた。いつもなら、とっくの昔に口やら杖が出ているはずなのに、ドラコは黙って耐えるのみだ。献身的にハリエットの世話をするドラコを見て、本気なのだと気づくしかなかった。

 ハリエットを置いて分霊箱を探す旅に出て、そして再びディーンの森で再会したときも、ハリーはひどく驚いた。てっきり安全な場所で暮らしていると思っていたはずが、人攫いに襲撃され、分霊箱を探し、挙げ句の果てには悪霊の火の上を箒で滑走と来た。あの、ひどく大人しく、いつもハリーの後ろをちょこちょこついてきたハリエットは一体どこへ行ったのだろう。

 それからのハリーは、もう静かに見守るしかなかった。マルフォイ邸から生還し、二人で抱き合っている姿を目撃しても、ヴォルデモートを倒し、手を繋いでいる姿を見ても、復学し、二人がたびたび嬉しそうに話している姿を見ても。

 グリフィンドール対スリザリンのクィディッチの試合が終わり、ハリエットが笑顔で駆け寄ったのは、同じチームの兄ではなく、敵チームのドラコだった。それを見たとき、ハリーは自分の役目の終わりを悟った。ハリエットにはもう、自分がついていなくても大丈夫なのだと。自分の代わりに傍にいてくれる人がいるのだと、悟ってしまった。

 正直な所、そこに一抹の寂しさはあった。だが、ロンの言う通り、この感傷的な気持ちは世の兄誰もに通ずる所であり、もしかしたらハリエットもハリーが結婚するときには同じような気持ちになったのかもしれない。それを思えば、今のハリーにできることは、ただ待つだけだ。モヤモヤが晴れていくのを、結婚式の日が近づいていくのを、ただひたすらに待つだけ。

 ――そう、思っていたのに。

 ――ロン、話が違うじゃないか。モヤモヤが晴れるどころか、日増しにひどくなっているような気がするのは気のせいか?

「……だからさ」

 ハリーは重苦しいため息をついた。そして次に顔を上げたときには、一変して晴れやかな笑みを浮かべていた。

「ちょっと一回殴らせてくれないかな?」
「何がどうして『だから』になるんだ!」

 ドラコは思わず叫んだ。長々とハリーに語られたが、全く以て意味が分からない。いや、兄として妹の結婚が複雑だというのは分かる。だが、それがどうして『殴らせてくれないか』に繋がるんだ!

「いや……僕も、最初は我慢しようとしたさ。でも――どう頑張っても無理なんだ。仕事にも支障を来すし、周りにも迷惑をかけるしで、そろそろちゃんとしないといけない……。このモヤモヤを晴らすためには、気が晴れるようなことをしないといけない……」
「それが僕を殴ることだって言うのか!?」

 ドラコはやけっぱちになってまた叫ぶ。説明されても、やっぱり意味が分からない。

 ハリーからふくろう便が届いたときから、せめて何かおかしいと疑うべきだったと、ドラコは己の軽率な行動を後悔した。ハリーとの関係はわりと良好だ。何度か他の友人を交えて一緒に飲んだこともある。だからこそ、断る理由もなかったし、仮にも彼が義兄となるのだから、一度ちゃんと挨拶しなければと思っていた矢先だったからこその了承だったのに。

 まさか、その義兄がこれほどまでに壊れていたとは。

 ドラコは身の危険を感じ、杖に手を伸ばした。だが、その些細な動作さえも見逃すハリーではない。ドラコがやる気なのだと、暴走した兄としての直感がハリーに『やれ』と囁いていた。

「エクスペリアームス!」
「――っ、インペディメンタ!」

 すんでの所でドラコは紅の閃光を妨害した。ついで、唖然とハリーを見つめる。

「遠慮ないな……」
「戦いに遠慮があると思ってるのか? 一瞬の油断が命取りになるんだ。杖を構えてくれ」

 ここまで来て、さすがにもうドラコは逃げるようなことは言わなかった。

「良いんだな?」
「こっちの台詞だ」

 二人は同時に頭を下げ、杖を構えた。

「あの時を思い出すな」
「丁度僕も同じことを思ってた」

 ドラコの呟きに、ハリーもニヤリと笑って応えた。それが合図だった。

「エヴァーテ・スタティム!」
「リクタスセンプラ!」

 直前の会話が、懐かしい思い出についつられてしまったのは言うまでもない。

 ハリーとドラコは、双方すんでの所で呪文を避けた。二年生でも扱えるような簡単な呪文だが、しかし相手は熟練だ。ひとたびその呪文に当たったが最後、次の瞬間には違う呪文で戦闘不能にされているだろう。

「ファーナンキュラス!」
「デンソージオ!」

 つられてまたも懐かしい呪文を出したハリーだが、しかし次の瞬間には気持ちを切り替えていた。ドラコが次の呪文を出す間もなく、失神呪文を繰り出した。すんでの所でプロテゴに阻まれたが。

「懐かしい呪文だけで僕を倒そうってか? 本気で掛からないと、数分も持たないぞ」
「……分かってる」

 一つ呼吸をし、ドラコも気を引き締めた。ハリー相手に攻撃呪文とは気が乗らなかったが、その当人がやる気なのだ。手を抜くことは失礼に値する。

 深く息を吸い込んだ後、ドラコはまず呪文でハリーの足下を崩しに掛かった。ハリーは一瞬怯んだが、体勢を崩しながらも呪文を唱える口は動いた。

「エクスペリアームス!」

 ドラコは紙一重で呪文を避けた。ハリーの武装解除は強烈だ。何としてでも直撃は避けたい。一度あの呪文にこっぴどくやられているドラコは、ギュッとサンザシの杖を握りしめた。

 目も眩むような激しい閃光が矢継ぎ早に繰り出される。傍目から見れば、攻防は一進一退だろう。だが、当人であるドラコは徐々に押されている形勢を感じ取っていた。

 手を抜かれている、とまでは思わない。だが、ハリーの闇祓いとしての実力はこんなものではないだろう。彼はまだ本気にすらなっていないはずだ。だが、ドラコではもうその本気ですら引き出せない。

 闇祓いと癒者。

 道を違えた二人の若者は、かつて実力が拮抗していた瞬間があったにもかかわらず、今となっては途方もない実力差となって返ってきた。気がつけば、ドラコは地に伏し、ハリーだけがその場に立っていた。

「参った……」

 ドラコは観念したように笑った。その笑みに、ハリーは毒気を抜かれる。

「やっぱり強いな……。さすが闇祓いだ」
「……ドラコ……」

 自分は、一体何をしてるんだろう。

 ハリーは急に恥ずかしくなってきた。モヤモヤは、とっくの昔に消え、代わりに羞恥心が芽生えていた。とてつもなく恥ずかしい。このことがハリエットにバレたら、たぶん怒られる。一週間くらいは口を利いてもらえなくなるかもしれない。

 ハリーは杖を下ろした。そうして、ひどくばつの悪い表情で、窺うようにドラコを見る。

「あの……ドラコ」
「言わないさ」

 ドラコは、ハリーの言いたいことを理解していた。

「僕だって、負けたなんて恥ずかしくて誰にも言えない」
「……ありがとう」

 そしてハリーもまた、ドラコのことを理解していた。彼の言葉の裏を。

 ハリーはドラコに手を差し出した。ドラコも無言でそれに掴まる。目線がようやく同じになり、ハリーは気恥しげに頭をかいた。

「アー、今日はちょっと迷惑をかけたし……飲みに行かないか? 奢るよ」
「……いや、気持ちは有り難いが、また今度にしてもらえると助かる」
「何か約束があるのか?」

 ドラコは、ちょっと躊躇ったように頷いた。その奇妙な間を、ハリーは訝しく思う。

「……ハリエットに夕食を誘われてる。久しぶりにシリウスも早く帰れるからって」
「…………」

 ハリーは無の表情になった。

 ……良いじゃないか。仲が良さそうで何よりだ。それに、シリウスとも一悶着あったにもかかわらず、一緒に夕食を誘われるくらいの関係になれるなんて、義兄として祝福しないと。

「そうだ、良かったらハリーもどうだ? ハリーが来れば、二人とも喜ぶだろう」

 ……なのにどうしてだろう。このモヤモヤは。ハリエットの時とは少々種類が違うような気はするが、向けられる対象は一緒だ。ハリーはジト目でドラコを見やった。

「やっぱり一回殴っていい?」


*****


「ハーマイオニー!」

 記念すべき『番外編』を出版してしばらく、その関係各位が己の所に突撃するだろうことはハーマイオニーも予測していた。だからこそ、悠々と口元に笑みを浮かべたまま、今や闇祓い局局長にまで上り詰めた親友を迎え入れる。

「どうぞ、入って」

 優雅にさえ見えるハーマイオニーに拍子抜けし、ハリー・ポッターその人は、気圧されたようにパチパチ瞬きをし、黙って開け放たれた扉から入出した。

「紅茶で良い?」
「本題に入ろう」

 ソファに腰掛けもせず、ハリーはハーマイオニーのデスクにバンと分厚い本を出した。

「これは一体どういうことだ?」
「あら、私が出した本じゃない。ハリエットとドラコの結婚に纏わる番外編」

 分かっているくせに、まるでからかうように返答をはぐらかすハーマイオニーに、ハリーはわざわざ丁寧に該当ページを開いて見せた。

「こんなのは全てでたらめだ! 私はドラコと一騎打ちなんてしていない!」
「まあ」

 ハーマイオニーはクスクス笑った。学生時代何度も見てきたその笑い方に、ハリーは反射的に冷や汗を掻いた。

「おかしいわね? 私は、ハリエットからある日ドラコがひどくボロボロになって会いにきたって聞いたし、ジニーからも、休日なのにハリーが満身創痍で帰ってきたって聞いたわ。聞けば、二人とも同じ日だって言うじゃない。おかしいわね? ハリーあなた、その日は一体誰とどこで何をしていたの?」
「…………」

 ハリーはそうっと目を逸らした。なぜ彼女がそんなことを知っている? 一体どこでそんな情報を入手して――いや、そもそもどうしてそんな情報と情報の繋がりを見つけられるようなことになった? そもそもは、どこから『一騎打ちがあったかもしれない』予測を立てられてしまった?

「それに、あなたがハリエットの結婚のことでロンに相談を持ちかけたって言うのは、ロンから聴取済みよ。恨むなら、ロンの口の軽さを恨むのね」
「……!」

 ハリーは心の内でロンに恨み言を放った。全くあの親友は! 時効だと思って笑い話の一つとして妻に話してしまったに違いない。残念なことに、ハリーの中ではまだ時効ではないし、できれば一生秘密にしておいて欲しいし、そもそも話す相手が悪すぎた。マルフォイ夫婦の歴史を、それはもう踊るような羽根ペン使いであることないこと書き連ねる、恋物語に恋をした魔女に漏らすなんて!

「それに、これはあくまで過剰演出・・・・よ? 読者もそれを分かって楽しんでくれているわ。良いじゃない。これ全部私の妄想だってことで。だってそうでしょう? 私はあなた達当事者からは何の話も聞いてないわ。だったら、事実である訳ないじゃない」

 にっこり微笑むハーマイオニーが恐ろしい。

 ハリーは冷や汗を流した。確かに、この本に書かれていること全てが真実ではない。だが、ある意味的確にハリーの内心を突いてはいた。だからこそ末恐ろしいのだ。ハーマイオニーは、もしかして開心術が使えるのか!?
 ――リータ・スキーターをアズカバンに放り込んだ代償に、どうやらハリー達はとんでもない化け物を魔法界に誕生させてしまったようである。

 乾いた笑い声を上げながら、ハリーはもう少し頑張って閉心術を習得しようと思った。