三人寄ればなんとやら

ー空飛ぶ三人ー







 クィディッチの練習が終わっても、ジェームズはしばしば練習着のまま談話室に留まる。どうやら、クィディッチローブを着ている時の自分が一番格好いいと思っているようだった。

 もちろん、その自己評価を裏付けるかのように彼に熱視線を送る女生徒は多かったし、当然ハリエットもその中の一人だ。唯一リリーだけがその本質を見抜き、むしろ彼が得意げに紅のローブを翻すたびにイライラと寝室へ上がっていくのが常だった。

 ただ、今日はいつもと様子が違う。リリーやメリー、その他女子生徒のグループで箒が話題に上がったのだ。

「そりゃあ、私だって将来の夢はクィディッチ選手だったわ。だって誰しもが一度は通る道でしょう?」
「確かに、私も魔法界へ来て一番大好きな授業は箒だったわ。だって、何が楽しいって、空を飛べるのよ!?」

 メリーは興奮したように周りを見回すが、魔法界育ちの女の子ばかりだったのであまり返事は色よくない。メリーはリリーに同意を求めた。リリーは苦笑して頷く。

「魔法界育ちでもマグル生まれでも、箒が好きって言うのは皆一緒よね。上手い下手は関係なしに」
「そう、上手い下手は関係なしに」

 メリーが意味ありげにリリーにウインクした。リリーはジトッと睨む。

「何か言いたいことでも?」
「ううん! ただ、なんでもできるリリーが唯一箒が苦手っていうのは意外だったなあと思って」
「箒の授業がこれで最後ですってなった時、マダム・フーチ、少し不安そうにリリーのこと見てたわ」
「余計なことを思い出さないで!」

 周りがからかってくるので、リリーは少し頬を赤くした。

 貴重な母の話とハリエットが耳を澄ませているのと同じように、未来の夫もまた、好きな女の子の貴重な話と耳をそばだてていたらしい。

「僕が教えようか? エバンズ」

 気がついた時には、まるでスニッチのような身のこなしでジェームズがリリーのすぐそばに出現していた。突然のジェームズ登場にリリーはポカンとし、メリーたちはクスクス笑い出した。

「何を隠そう、僕はその辺の人よりもちょっとばかり箒が上手いからね。きっと君にも上手に教えられると思う」
「結構よ。私、別に箒が上手くなりたいわけじゃないから」
「でも、飛ぶのは楽しいだろう? もっとスイスイ飛びたいと思わない?」
「そう思ったとしても、あなたに教えを請うことはないわ」

 ツンとそう宣言し、リリーは席を移動した。メリーたちは、気の毒そうな視線をジェームズに向けつつリリーの後を追う。ジェームズは盛大に肩を落とした。

「残念だったな」

 クィディッチローブを着ずともこの談話室で最も女生徒の視線を集めているシリウスがニヤリと笑む。

「全く、プロングズのめげないアピールには頭が上がらない。エバンズのどこがいいんだ?」
「君には一生分からないだろうさ」
「そうだな。そこは一生君と相容れる気がしない」

 ぶすっとジェームズはふて腐れた。まるで大きな子供のようだ。

「一度でも僕と箒に乗ればエバンズも見直すと思うんだけどなあ。僕が立派にリードしてあげられるのに」
「お前、教えるの下手じゃないか」
「何の根拠があってそんなこと言うんだよ」
「何があってもピーターはお前に勉強を教えてなんて言わない。それが答えだ」

 ジェームズはジトリとピーターを見た。ピーターは冷や汗を流しながら視線を逸らす。

「ジェームズは感覚派だからね」

 ついでリーマスのダメ押し。ジェームズはいきり立った。

「なんだよ! ちゃんと僕に教わったこともないのに! 僕は箒はピカイチなんだ。僕に教われば誰だって上手になるよ!」
ちょっとばかり箒が上手いからね

 シリウスはニヤッと笑った。

「一体どの口がのたまったのか……」
「それならハリエットに教えてあげて」

 ハリーがそっと口を挟んだ。突然自分の名前が出てきてハリエットの肩が跳ねた。

「は、ハリー!」
「ハリエット? 箒下手なの?」
「苦手意識を持ってるんだ。いろいろトラウマとかもあって」

 ハリエットの代わりにどんどんハリーが答えていく。ハリエットはあわあわと無意味に口をパクパクさせた。

「ジェームズに教えてもらったら、ハリエット、たぶんもっと箒のことが好きになれると思うからさ……」
「もちろんだよ!」

 ジェームズはパッと笑顔になった。傷心の時に幼気な後輩の頼みはうまく刺さったらしい。ハリエットもポッと頬を赤らめる。

「で、でも、そんな、迷惑じゃ……」
「そんなわけないよ! クィディッチだけじゃなくて普通に箒も好きだしさ、一緒に乗ろうよ」
「う、うん……」

 そんな風に言われてしまえば、ジェームズご執心のハリエットが断れるわけがない。嬉しそうにこくりと頷いた。

「じゃあ決まりだ! いつにする? 今度の日曜日はどう?」
「あ……土曜じゃ駄目?」
「土曜はクィディッチの練習があるんだ」

 ハリエットは少し迷って、頷いた。

「じゃあ日曜にお願いできる? でも私、三時から約束があって、できればそれまでの時間がいいな……大丈夫?」
「いいよ! じゃあお昼の後空を飛ぼう!」

 「ハリエットを学年一の箒乗りにしてあげる!」と宣言するジェームズを横目に、シリウスは「こいつのせいで挫折しないことを祈るよ」とハリエットの肩を叩いた。ハリエットは別に箒が上手になりたいわけではないし、父親と箒に乗るという時点で目的は達成されたようなものなので曖昧に微笑むだけに留めた。

 わいわい騒ぐ悪戯仕掛人から少し離れ、ハリエットは嬉しそうにハリーに礼を述べた。

「ハリー、ありがとう」
「楽しんできてね」
「ええ!」

 その日はとっても楽しい一日になるだろう――。

 ハリエットは胸躍らせて日曜を待った。


*****


 待ちに待った日曜日、お昼を食べた後、ハリエットとジェームズは意気揚々と外へ出た。向かう先は湖だ。

 ハリーたちと悪戯仕掛人が時々箒で遊んでいるというのはハリエットも知っていた。だが、自分もその中に入れてとはなかなか言えなかった。本当はハリエットもジェームズたちと一緒に空を飛びたかったのだが、ハリエットのあまりの下手さにジェームズが呆れてしまうのではないかと心配だったのだ。ジェームズもハリーもクィディッチの選手で、勝手に内心引け目を感じていた時に、リリーの話が舞い込んできて、そしてハリーの後押しもあり、ハリエットはジェームズに教わることをとても楽しみにしていた。

「ハリエットは、箒の何が苦手なの?」

 箒に乗る準備をしながらジェームズが尋ねた。

「うーん、急に箒が制御不能になるんじゃないかとか、振り落とされて落下するんじゃないかとか、いろいろ怖くて……」
「考えすぎだよ。心配性だね」

 ジェームズは笑い飛ばした。だが、実際に全て起こった出来事なのでハリエットはあまり笑えない。

「まあまずは飛んでみよう! そのうち感覚が分かってくるよ」

 ジェームズと一緒に箒に乗り、それからレッスンが始まった。

 ジェームズの教えは、正直言ってよく分からなかった。擬音語がしょっちゅう出てくるし、「感覚で」とか「なんとなく」とか「やればできる」とか、抽象的な言葉が多すぎる。
上手に乗れることよりも、父と一緒に箒に乗っているという事実が嬉しいのだから、ハリエットはあまり気にしなかったが。

 あまりに楽しいその時間はあっという間に過ぎた。気づいた時には真上にあった太陽も傾き始めている。

「あっ――そういえば時間は?」

 言いながら、ジェームズは腕時計に目を落とした。針は三時少し前を指している。

「夢中になって気づかなかった。約束があるんだよね?」
「ええ」

 息を整えながらハリエットも地上に降り立った。ドラコは時間に律儀なので、もしかしたらもう待っているかもしれない。

 脱いだローブを片手に持ち、ハリエットたちは城へ歩き始めた。

「ジェームズ、今日はありがとう」
「これくらいいつでも教えるよ。筋は良かったし、向上心もあるんだ、すぐに上手くなるさ!」
「ありがとう!」

 ジェームズに褒められ、ハリエットはホクホクと頬を上気させた。まだ一緒にいたい気持ちはあったので、教えてもらった感謝も込めてせめて玄関ホールまでジェームズを見送ろうと思っていた矢先。

 真向かいからドラコが歩いてきていた。手に箒を持ち、少し俯き加減でやって来る。

 ジェームズは気にせず通り過ぎようとしたようだが、ハリエットはあっと足を止め、ドラコもやがて視線を上げ、そしてハリエットとジェームズに気づいた。

 ドラコは、ハリエットとジェームズを交互に見て、そして二人の手に握られている箒に視線を滑らせ――くるりと踵を返した。そのまま何の言葉も発さずにスタスタ玄関ホールへと歩いて行く。ハリエットは慌てて追い掛けた。

「ど、どこ行くの?」
「寮に戻る」
「どうして? 箒に乗らないの?」

 追い縋るハリエットを気にもしないドラコ。ハリエットはハリエットで焦っていた。なんとなく浮気現場を見つかったような気分だ。

「別に――今日は空を飛ぶ気分じゃないと思っただけだ」
「箒を持ってるのに……?」

 ちょっと歩みは遅くなったが、それでもドラコは足を止めない。のんびり後ろをついてきながらジェームズが尋ねた。

「約束の相手ってマルフォイ?」
「ええ」

 ハリエットはゆっくり頷いた。

 もともと、毎週土曜のこの時間はドラコとの箒の時間だった。二人が鉢合わせてしまったので、ハリエットは非常に後ろめたい。二股をかけたような気分だ。

 堪らずドラコの腕を掴めば、ドラコはムッと口元をひん曲げながらハリエットを見た。

「何だよ」
「あ、あの……ごめんなさい」

 ドラコとジェームズ、お互いに気を悪くさせてしまったことは確実で、ハリエットはしゅんとして謝った。

「私、ジェームズと箒に乗ったことがなかったからすごく楽しみだったし、ドラコと乗るのも息抜きできるから楽しみにしてて……ごめんなさい」

 ドラコは押し黙る。ジェームズは胸を反らしながら頭を掻いた。

「ハリエットが謝ることないよ。別に僕はどうとも思ってないし」

 内心、ちょっと気分は悪かったがジェームズは笑顔の裏にひた隠しにした。ハリエットに対してではない。相手がスリザリンのドラコ・マルフォイというところにムカムカしたのだ。

「君もまさか怒ったわけじゃないだろう?」

 ジェームズはドラコを見下ろした。

「それともまさかヤキモチだって言うの?」

 カッとドラコの頬が色づき、睨むようにしてジェームズを見上げた。

「そんなんじゃない! 気を使っただけだ!」
「へえ、君でも気を使えるんだ? 僕たちそんなにお似合いに見えた?」

 ジェームズはへらっと笑う。ドラコは馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「リリー・エバンズにご執心なんだろう? そんな台詞聞かれたら誤解されるんじゃないか?」

 まさかそこを突かれるとは思っていなかったのか、ジェームズは顔を赤くしたり青くしたり大忙しだった。まさかスリザリン生にまで知れ渡っていることに混乱と屈辱で歯噛みしている。

 ぐぬぬと怒りを堪えているジェームズを尻目に、ドラコはハリエットに宣言した。 
「これからはそいつに教わればいい。喜んで教えてもらえるだろうさ」
「へえーー。いつも一緒に乗ってるんだ?」
「それが何か?」

 対抗するようにドラコが言い返した。ジェームズが一歩ドラコに近づく。

「別に? そんなにたくさん一緒に乗ってるのにハリエットの箒が上達しないのは、君ももしかして似たり寄ったりのレベルだからかなあと思っただけで」
「一緒に乗ったのなら分かるだろう。彼女の腕前はちょっとやそっと教えたくらいで良くならない。そもそもトラウマが原因だからな」
「ふーーん……君はトラウマの内容も知ってると? ほおーー……」

 ……言外に貶されている……。

 ハリエットは落ち込んだ。だが、しかし事実なので何も言えない。

「そりゃあ、彼女の方から箒を教えてほしいと泣きつかれたくらいだからな。トラウマだって、一番始めの目も当てられないような頃から知ってる」
「ハリエットから!?」

 ジェームズは、まるで信じられないものでも見るかのようにぐりんとハリエットの方を振り返った。ハリエットはびっくりして固まる。

「どうして僕に相談してくれなかったの? いつでも僕が教えたのに!」
「え……あ、でも、ジェームズは忙しそうだし……」
「そんなのいくらでも時間作るよ! スリザリンに貸し作ることなかったのに!」
「でも――」
「とにかく、君は今日限りお役御免だ。これからは僕がハリエットを教える」

 ジェームズはトンと己の胸を叩いた。ドラコは唇を引き結んだままそんな彼を睨み付ける。――そう言われると反抗したくなるのが人の性というもの。

「なぜ君がそんなことを言うんだ? 正直に言って、君が教えるのが下手だというのはホグワーツでは有名だ。そんなんじゃ彼女の箒は一向に良くならないだろうし、むしろ箒を嫌いになるかも」
「何を根拠にそんなこと……!」

 ムッとジェームズが拳を握り込む。彼の手がいつ杖に伸びるかとハリエットは気が気でなかった。慌てて二人の間に割って入る。

「ま、待って待って。あのね、私、ジェームズの迷惑になりたくないから、このままドラコに教わりたいわ」

 僕の迷惑は気にしないのか、とドラコは眉間に皺を寄せたが、しかしこの場合の「迷惑」は要するにジェームズに勝利したことになるので何も言わなかった。ジェームズもちょっとショックを受けた顔だ。

「でも、ジェームズと箒に乗るのもとっても楽しかったから、また一緒に乗りたいの。ハリーたちとも一緒に……。それじゃ駄目?」

 窺うように見られ、ジェームズはうんと頷くほかなかった。その目はドラコをこてんぱんにしたいという気持ちがありありと出ていてハリエットは落ち着かなかった。

「分かったよ……。ハリエットがそう言うなら」
「ごめんね。今日はありがとう。ジェームズに教えてもらえてとっても嬉しかった」

 バイバイという意味も含めてハリエットは手を振ったが、何故だかジェームズはその後もハリエットたちの後をついてくる。それはハリエットたちが箒に乗る時も同じで。

「何の用だ?」

 トゲトゲした声でドラコが尋ねた。ジェームズもツンとして答える。

「別に? ちょっと見学させてもらおうと思って」
「暇人め。今年はOWL試験があるんじゃないのか? そんな悠長にしててもいいのか?」
「生憎、僕は君と違って優秀な頭をしてるからね。ご心配どうもありがとう」

 ハリエットとドラコの後ろを、まるで金魚の糞のようについて回ってくるジェームズ。おまけに、いつもドラコとジェームズがネチネチ口論しているので、ハリエットとしては堪ったものではない。

 ただ、この状況を作り出した責任は自分にあるということは分かっていたので、ハリエットも何も言えない。ため息をつきつつも、ドラコがジェームズを避けて上へ上へと飛んでいく中、現状自分が飛べる高さで一旦停止する。

 そのことに気づくと、ジェームズは急ににっこりしてハリエットの箒に寄せてきた。

「意地悪だよね、あいつも。ハリエットがあそこまで行けないの分かってて」
「え?」
「このまま箒レッスン第二段といく? 僕は全然構わないけど――」
ハリエット

 突然名前を呼ばれ、ハリエットはドキッとした。だって――今呼んだのは――。

「今日はもう止めよう。こんなんじゃ息抜きどころじゃない」
「あ――分かったわ」

 今まで、ドラコに名前で呼ばれたことはあっただろうか?

 混乱と共にハリエットは慌てて地上へ降り立った。ジェームズが後ろでやんややんや何か言っているが、耳に入ってこなかった。

 嬉しくなって、ハリエットはドラコの隣に並ぼうと駆け足になるが、ドラコもなかなかに足が速い。「待って!」と声をかけながら彼の後を追った。

 一方で、もちろんジェームズはこれが気にくわない。謎の苛立ちが込み上げていた。たとえるなら、そう、あの憎きスネイプがリリーの隣にいるところを目撃した時のような。

 なんだって、自分が気に入った女の子は揃いも揃ってスリザリンなんかと仲良くするんだろうとジェームズは不思議でならない。性格は捻くれているし、闇の魔術に興味があるし、家柄や血筋を鼻に掛けているし……。

 いっそのことスネイプのように彼にも悪戯を仕掛けてやろうかとも思うが、仮にも相手は二年も下だ。いくら小憎たらしいと言っても、一方的に魔法を掛けるのは大人げない。一応ジェームズにも理性はあった。

 だが、いつかそんな機会があれば――そう、たとえば相手が自分だと分からないような状況で魔法をかけられる機会があれば――コウモリ鼻糞の呪いでもかけてやろうとジェームズは心に誓い、拗ねたような顔でハリエットたちの後を追った。