■繋がる未来―賢者の石―

11:最年少シーカー


 端的に言えば、ハリエットに大した怪我はなかった。ハリエットには・・

 ドラコは、ぶすっとした顔で治療を受けていた。かすり傷に打ち身や打撲、ドラコはなかなかの満身創痍といった惨状だった。傍らの椅子に座るハリエットは、特にこれといった傷もなく項垂れていた――どういうわけか、ハリエットは上手い具合にドラコを下敷きにしてしまったのだ。

「ごめんなさい……」
「全くだ」

 ドラコは冷たく言い放つ。

「『守られた男の子』――いやはや、その二つ名は真実に違いない。君もあらかた『守られた女の子』なんだろう? 自分に降りかかった危険を周りに押しつけて」
「本当にごめんなさい」
「謝ったって済む問題か? 一生腕が動かなくなったらどうする!」
「男の子でしょう。このくらいの傷でなんです」

 見かねたマダム・ポンフリーが割って入った。

「一日とかからずに治ります。ほら、もう痛みもないはずですよ」
「……ふんっ!」

 校医である彼女にそう言われてしまえば、もうドラコに言い返す術はない。

「ハリエット!」

 バタバタと、医務室が急に騒がしくなった。声だけで、すぐにハリーだと分かった。

「マルフォイと決闘したって……!」

 何やら、噂に尾ひれがつきまくったものを信じているようだが、ハリエットは安心させるように微笑んだ。

「決闘なんてしてないわ。箒から落ちそうになったときに、マルフォイを道連れにしちゃっただけ」
「大丈夫? 怪我はない?」
「ポッターは僕のこの惨状が見えないのかな? 眼鏡を替えることをおすすめするよ」
「自業自得だろう」

 煽りをさらりと無視して、ハリーは冷たく言い放った。

「ロンたちから聞いた。君がハリエットに突っかかってたって。真面目に訓練もせずにちょっかいなんてかけるからだ」
「何だと!?」

 医務室にロンとハーマイオニーもやって来た。ハーマイオニーはすぐにハリエットの下までやってきたが、言うまでもなくロンは、ハリーと共にドラコを威嚇し始めた。

「女と決闘なんて恥ずかしくないのか?」
「誰が決闘なんてしていた!? お前の目は節穴か!?」
「どう見たってハリエットと対決してたじゃないか!」
「別にお前たちと決闘だって構わないさ。ま、君たちにその勇気があればの話だけど」
「なんだと!?」

 ロンは勢い込んで前屈みになった。釣られてドラコもぐっと顔を上げる。

「やるのか?」
「ああ、やるさ!」
「ふん、腕さえ治ればいつだって相手になるさ。一週間後はどうだ? 魔法使いの本物の・・・決闘だ。どうした? 怖気づいたか?」
「そんな訳あるもんか!」

 ハリーまでもが立ち上がった。

「ロン」
「いいよ。僕が介添人をする。お前のは誰だ?」
「クラッブだ。真夜中でいいな? トロフィー室にしよう。いつも鍵が開いてるんでね」
 ドラコがいなくなると、ハーマイオニーは眉を釣り上げて「決闘なんて駄目よ!」と叫んだ。だが、男の子二人はやる気満々で、その勢いを削ぐことすらできなかった。

 大広間に向かう道中でさえ、ずっと「絶対に捕まるわ。グリフィンドールが何点減点されると思う?」「せっかく私が加勢だ点数をあなたたちがご破算にするんだわ」と口が酸っぱくなるほど言っていたが、ハリーたちは聞く耳持たなかった。彼女は、しまいにはハリエットにまで同意を求めてきたので、ハリエットは困ってしまった。

「そりゃあ、二人が退学になったら嫌だわ。でも……」

 父親に似たのか、ハリーは、これと決めたらなかなか退かない質だ。それに、リリーならいざ知らず、こういう状況においてハリーがハリエットの言葉を聞いてくれた試しなどない。ハリエットは早々に説得を諦めていた。だが、ハーマイオニーとの仲が拗れるのも嫌だ。大広間に到着し、夕食を食べ始めたのをきっかけに、ハリエットはさり気なく話題転換した。

「それよりも、ハリーの方はどうだったの? マクゴナガル先生に怒られた?」
「あ、それなら大丈夫。むしろシーカーに選ばれたんだ」
「え……!? ハリー、それ本当!?」

 ガチャンと音を立ててハリエットは皿をひっくり返した。驚きから、あまりにも遠慮のない声を上げるので、ハリーは慌てて周りを見やる。

「しっ! 皆にはまだ内緒なんだから」
「どうしてそんなに落ち着いてられるの!?」
「そりゃ、僕だって嬉しいけど。歴代最年少らしいし」

 平然とした様子でソーセージを囓る様からは、選ばれて当然だという風格すら漂っている。確かに、ハリーは家の近くで箒に乗っているときも上手だと感心してはいたが、今まで比較対象がいなかったので分からなかった。ハリーは、最年少のシーカーに選ばれるくらい箒が上手だったようだ。

「ハリー、急いでお父さんたちに手紙を送らないと!」
「明日送るよ」
「今日送らないと!」

 ハリエットはキッパリ言った。こんな素敵なことを早く伝えるためにヘドウィグを買ってもらったのに!

「でも、これからチームメイトに紹介してもらう予定なんだ」
「手紙さえ書いてくれれば、私が出しに行くわ! お父さんたち、絶対に喜ぶわ!」

 ハリエットはニマニマしてカバンから羊皮紙と羽根ペンを用意し、ハリーに押しつけた。ハリーは面倒くさそうな顔をしながらも、頬が少し緩んでいる。

「ちゃんと皆に書くのよ」
「分かってるよ」

 喜び勇んでハリエットが手紙を覗き込もうとするので、ハリーはそれを押しやって羊皮紙を隠した。

「でも、あんまり感心しないわ」

 ハリエットの隣にいたハーマイオニーが、顔を顰めながら言った。

「あなたは先生の言いつけを破って箒に乗ったんだもの」
「でも、箒に乗らなきゃネビルの思い出し玉は取り返せなかった」
「飛行訓練のときはそういう言い訳ができますけれどね、決闘はどうなの? 自分がいかに勇猛か見せつけるためでしかないじゃない」
「……僕たち、君と友達だったっけ?」

 ロンがうんざりしながら割って入った。ハリエットは青ざめ、ハーマイオニーはカッと頬を赤らめた。

「ロン――」
「もういいわ。せっかくあなたたちのことを思って言ってるのに!」
「ご親切にどうも」

 素っ気なくロンが答えると、ハーマイオニーは顔を真っ赤にさせて席を立った。ハリエットは慌てて彼女に駆け寄る。

「ハーマイオニー――」
「ついて来ないで!」
「放っときなよ」

 ロンが呆れたように言い、ハリーもちょうど書き終えた手紙をハリエットに渡した。

「じゃあお願い。僕、もうウッドのところに行かなきゃ」
「ええ……」

 結局、一人残されてしまったハリエットは、ハリーの手紙を持ってとぼとぼふくろう小屋へやって来た。皆で仲良くできたらそれはそれは素敵なことだが、うまくいかない。ハーマイオニーの規則に厳しいところが、男の子たちは息苦しく感じているらしい。どちらの言い分も分かるが、だからこそ、ハリエットがどっちつかずの態度であることが後ろめたくてならない。

 これからのことを思い、ハリエットは重苦しいため息をつく。

 おまけに、西棟のてっぺんにある、薄暗いふくろう小屋は少し不気味で、更にハリエットを憂鬱にさせていく。人気はないし、今にも何かが出てきそうだ。

 だが、近付けばホウホウと大量のふくろうの鳴き声が聞こえてきて、その恐怖は吹っ飛んだ。踊るように階段を駆け上り、あちこち飛び回るふくろうたちの中へ飛び込む。ウィルビーはすぐに見つかった。一番にハリエットの方へ飛んできたからだ。

「ウィルビー!」

 ウィルビーは、朝のふくろう便の時間が来るたび、用もないのにいつもフラリと遊びに来るので、ハリエット自身が小屋に来るのは初めてだった。そのせいか、彼女はとても嬉しそうに前後に揺れている。

「良い子ね。お願いがあるの。お父さんたちに手紙を届けてくれる?」

 つぶらな瞳を見つめてそうお願いすれば、ウィルビーは素知らぬ顔で毛づくろいを始めた。ハリエットは慌てる。

「ウィルビー! 今すぐお父さんたちに知らせたいのよ! お願い!」
「ホウ」

 ウィルビーは、まるでからかうかのようにハリエットの反対側の肩に飛び乗った。ハリエットがそちらに顔を向けると、またしても反対側の肩に飛び乗る。――どうやら遊んでほしいらしい。だが、早くしないと消灯時間になってしまう。ハリエットが困り果てていたその時。

「ホー」

 もう一羽のふくろうがハリエットのすぐ目の前の止まり木に止まった。雪のように白く美しいヘドウィグだ。まるで、手紙を渡してくれと言わんばかり、バサバサ羽を羽ばたかせている。

「いいの? ヘドウィグ」
「ホー」
「ありがとう!」

 ハリエットは、パッと笑みを浮かべ、ヘドウィグの足に手紙を括り付けた。お願いね、と羽を撫でれば、ヘドウィグは軽やかに夕闇の空へと飛び立って行った。

 ハリエットはしばらくその後ろ姿を見つめていたが、やがてくるりと振り返り、軽くウィルビーを睨み付ける。

「もう、あなたったら悪い子ね。本当はあなたのお仕事なのよ?」
「ホウ……」
「しょんぼりしたって遅いわ」

 クスクスと、我慢できずに漏れ出たような笑い声がどこからか聞こえてきた。ハリエットは仰天して周りを見回した。

「だっ、誰!?」
「ごめんね、ついやり取りが可愛くて……」

 そう言ってふくろう小屋の奥から出てきたのは、ハッフルパフの上級生だ。あまりにも暗く、そしてふくろうの数が多いので、人がいることにハリエットはその時初めて気づいた。

「セドリック?」

 彼の顔には見覚えがあった。記憶を辿りながら尋ねれば、青年は驚いたような顔をした。

「僕の名前、知ってた?」
「だって、ホグワーツ特急で助けてくれた人だから」
「覚えててくれて嬉しいな。改めて、僕はセドリック・ディゴリー」
「ハリエット・ポッターよ。あの時はありがとう」

 ハリエットは気恥ずかしげに握手した。汽車での出来事は、あまり良い思い出とは言えなかったし、今だって、なんとも恥ずかしい独り言を聞かれたものだ。

「グリフィンドールに選ばれたんだね。一緒の寮じゃなくて残念だ」
「でも、私、ハッフルパフもおすすめされたのよ。組み分け帽子にグリフィンドールとどっちがいいかって聞かれたの。やっぱりお父さんとお母さんと同じ寮が良かったからグリフィンドールをお願いしたんだけど……」
「そうなんだ? それは嬉しいことを聞いたな。何か困ったことがあったら言って。他寮生だけど、フレッドとジョージを牽制するくらいはできるから」
「ありがとう」
「もう用は大丈夫? そろそろ寮に戻らないと、消灯時間になるから」
「ええ、セドリックも?」
「うん。僕のふくろうはすぐに手紙を請け負ってくれたから」

 ハリエットは頬を赤らめたが、当のウィルビーはどこ吹く風で毛繕いをしている。ハリエットは彼女の羽をつついた。

 セドリックは、グリフィンドール寮近くまで送ってくれた。まだホグワーツ校内の地理に自信がないことを漏らせば、快く案内してくれたのだ。

 肖像画の前で手を振って別れると、後ろからドンと衝撃があった。振り返ると、ラベンダーが興奮した様子で抱きついてきていた。

「ハリエット、あの人と仲良いの? ハッフルパフのセドリック・ディゴリーでしょう?」
「有名なの?」

 肖像画の穴を潜りながらハリエットは尋ねた。談話室の騒がしさに負けない声でラベンダーが言う。

「ハンサムで頭も良いって噂よ。ね、いつの間に仲良くなったの?」
「別に、それほど仲が良いってわけじゃないの」
「本当に?」

 クスクス笑うパーバティまで加わって、ハリエットは困惑してしまった。

「ホグワーツ特急で、ちょっと知り合っただけなの。さっきも、ふくろう小屋で偶然会っただけで」
「なんだ……」

 ようやく寝室に着いた。ハーマイオニーのベッドがこんもりと盛り上がっているに気付き、ハリエットは話しかけようとしたが、ラベンダーたちはまだまだ話し足りないようで、先を越される。

「でも、ハリエットもセドリックは格好いいって思うでしょう?」
「ええ、まあ……」
「好きな人はいる?」

 ベッドに腰掛け、パーバティが尋ねた。ハリエットも真似をしてベッドに腰を下ろし、ラベンダーはダイブした。

「いないわ」
「じゃあ初恋は?」
「うーん……」

 勢い込んで尋ねられ、ハリエットはもじもじ毛布を弄る。近所に年の近い女の子がいなかったため、今までこういう話をしたことはなく、気恥ずかしかった。

「お父さんの友達で、リーマス・ルーピンっていう人……」
「大人の人なの!?」
「きゃあっ!」

 ラベンダーがパッと飛び起きた。

「どんな人!?」

 「うーん」とハリエットは濁しかけてみたが、それだけで諦めるような二人には到底見えない。ハリエットは観念して口を開いた。

「すごく優しい人なの。勉強を教えてもらってたんだけど、教え方がとっても上手で、それに、ユーモアもあって。いつも笑わせてもらってたの」
「素敵ね。そんな人だったら絶対に好きになっちゃうわ」
「ただでさえ年上の人って格好良く見えるものね。私も親戚のお兄さんに恋してたわ」
「私も私も!」

 それからも、ラベンダーとパーバティは初恋談議で盛り上がっていた。ハリエットも時々参加しつつも、ハーマイオニーの方が気になってあまり身を入れることはなかった。

 何かハーマイオニーに声をかけたいが、まだ起きているかも分からないし、それに、初恋だの何だの口にした後で真面目な話をするのも気まずい。

 ハリエットは結局、寝る準備を終え、消灯時間になってから、ようやくハーマイオニーに声をかけることができた。

「ハーマイオニー、おやすみなさい。また明日」

 もしかしたらもう眠っているのかもしれない。それでも、また明日はいつも通りハーマイオニーと話したいなと思いながらハリエットは眠りについた。