■不死鳥の騎士団

19:それぞれの思惑


 一月は瞬く間に過ぎ、二月十四日、いよいよホグズミード行きの日になった。

 朝、大広間で、『今日はどこに行く?』と問いかけたハリエットに対し、三人はそれぞれ口ごもった。

「僕は今日は無理だな。ホグズミードに行けないんだ。最悪だよ。アンジェリーナが一日中練習するってうるさくて」

 ロンは悲しそうな顔でシリアルをつついた。

「あー、私もちょっとやることがあって。午前中は別行動をしたいわ」

 とハーマイオニー。彼女は手に手紙を持っていて、素早くその内容に目を走らせていた。ハリーもうんと頷いた。

「僕も午前は無理かも……」
「どうして?」

 ハリエットは純粋に尋ねた。ハリーは、ちら、とロンを見た。

「ジニーに、一緒にホグズミードに行かないかって誘われたんだ」
「えっ!?」

 やはりというか、当然というか、一番に叫んだのはロンだった。

「どうして……君がジニーと? ジニーは、マイケルとかなんとか言う奴と付き合ってるって……」
「別れたらしいわ」

 ハーマイオニーは淡々と言った。ハリエットはポカンと彼らの会話を聞いていた。

「DAの会合のとき、ハリーやセドリックがジニーに教えているのを見て嫉妬したんですって。マイケル・コーナーは束縛が激しいのよ」
「だからって、今度はハリー?」
「そういう言い方は好きじゃないわ」

 ハーマイオニーはトーストを持つ手を下げた。

「誰が誰を好きになろうと、そんなの人の勝手だわ。人を好きになるのは誰にも止められないもの」
「それに、ジニーは友達として一緒に行って欲しいって言ってたよ。あんまり意識しないで欲しいって」

 ジニーは、ハリーがチョウのことを好きだと気づいている。だからこその言葉なのだろうか。

「でも……あっ、そうだ! ジニーは今日クィディッチの練習がある! ハリーとは行けないはずだ!」
「午前中だけどうしてもっていうことで、アンジェリーナに交渉したらしいよ」

 事も無げにハリーはそう言った。ロンは何か言いたげに口をパクパクさせたが、結局何も言わず、再び席に着いた。

「ねえ、そこでハリーとハリエットに頼みがあるんだけど」

 ハーマイオニーはトーストをかじるのを再開した。

「本当に大事なことでね。お昼頃、三本の箒で会えないかしら?」
「うん、ジニーが帰った後なら大丈夫」
「私も問題ないわ」
「ありがとう。後、悪いんだけど、ハリエットは、セドリックにもこのこと伝えてもらえる?」
「いいけど、どうして?」
「今は説明してる時間がないわ。急いで返事を書かなくちゃいけないから。悪いんだけど、よろしく! とっても大切な用事だから、お願いね!」

 ハーマイオニーは片手に手紙を、もう一方にトーストを一枚引っつかみ、急いで大広間を出て行った。

 朝食を食べ終えると、ハリーとロンは席を立った。ハリエットは、セドリックに伝言を伝えないといけなかったので、席に着いたまま、セドリックの方をチラチラ見ていた。ようやく彼が友達と共に立ち上がると、ハリエットは先に広間を出て、彼を待ち伏せした。

「セドリック」

 彼は、いつも大勢の友達に囲まれているので、声をかけるのは勇気がいった。

「あの、友達と一緒の所ごめんなさい。少し話があって、いいかしら」
「ああ、もちろん」

 セドリックは友達を先に行かせ、ハリエットの所まで歩いてきた。

「ハーマイオニーから伝言なんだけど、今日のお昼頃、三本の箒に来てもらうことってできるかしら?」
「お昼? ホグズミードの?」
「ええ。大切な用事があるってことで、伝言を頼まれたの。どういう用事かは詳しく聞けなかったんだけど」
「……うーん、分かった。大丈夫。昼頃に行けばいいんだね?」
「大丈夫? もし用事があったら、私の方からハーマイオニーに――」

 珍しくセドリックが考え込むような顔をしていたので、ハリエットは聞き返した。

「ああ、いや、本当に大丈夫。ちゃんと行くよ」
「ありがとう」

 ホッとしてハリエットは笑みを浮かべたが、すぐに思い当たることがあって、ローブのポケットを探った。

「あと、これ。クリスマス休暇のときに、この前話してたトンクスっていう人に会って、セドリックのことを話したの。そうしたら、闇祓いの試験の時に参考にしてた本のリストを書いてくれて」

 ハリエットが差しだした羊皮紙には、長々と書籍の名前が連なっている。本当に闇祓いになるというのは大変だということが窺えるリストだった。

「ありがとう! すごく助かるよ!」

 セドリックは目を輝かせてリストを受け取った。

「後でトンクスにもお礼をしないと。あと、ハリエットにも」
「えっ、私は大丈夫よ! 何もしてないし……」
「そんなことないよ。本当に助かった」

 セドリックはニコッと笑ったが、すぐにハッとした。

「あっ、じゃあそろそろ行かないと。……お昼に三本の箒だね?」
「ええ。ありがとう!」

 軽く手を振ってハリエットは別れた。そしてホグズミードに行く準備をするため、一度グリフィンドール塔に戻った。

 だが、肖像画の前で、ロンがウロウロしているのを見かけた。何やら心底思い詰めたような顔をしている。彼は手に箒を持っていた。

「ロン。今から練習?」
「ああ、ハリエット!」

 救世主が現れた、といわんばかりの表情を浮かべ、ロンは駆け寄ってきた。

「どうかしたの? 何か用事?」
「あっ、うん、まあ……」

 だが、ここまできてロンは歯切れが悪い。ハリエットは辛抱強く待った。

「あー、うん。あのさ、ちょっとハリエットに頼みがあって……」
「頼み? どんな?」
「今日さ……ハリーとジニーがホグズミードでデートするって言ってただろ?」
「ええ」

 デートのことは今日初めて知ったが、思い返してみれば、確かにジニーに少し様子がおかしいと思うことはあった。最近はそんなこともなかったのに、ジニーはハリーに出くわすと顔を真っ赤にして引っ込むようになっていたのだ。虫の居所が悪いのかと思っていたが、デートをするのだと知ってしまえば、その行動も納得だ。よほど緊張しているし、楽しみなのだろう。

「僕、心配でさ!」

 急に怒鳴るようにしてロンが叫んだので、ハリエットはビクッとした。

「ハリーは良い奴だって分かってるさ、でも……ほら、ジニーは……いや、だからさ、うん、ハリエット、二人のこと尾行して、どんなだったか僕に教えてくれない?」
「……はい?」
「本当は僕が行きたいところだけど、練習があるだろ? だからハリエットにしか頼めなくて……」
「うーん……」

 ハリエットは首を傾げた。ロンの気持ちは、分からないでもない。ハリエットも、妹として、兄のハリーが心配になるときは多々ある。でも、さすがに尾行というのはやり過ぎではないだろうか。万が一バレたらハリエットだけでなく、間違いなくロンも嫌われてしまうだろう。

「君は心配じゃないの? ハリーのこと」
「双子だからって、何でもかんでも知っていたいって訳じゃないのよ」

 私たちのことどんな風に見てるの、とハリエットがふて腐れれば、ロンは慌てて両手を振った。

「いや、それは分かってるけど……だって、ジニーとハリーだよ?」

 『だって』の意味が分からなかった。ハリエットの反応が色よくないので、ロンはパンッと音を立てて両手を合わせる。

「一生のお願い! 別に邪魔して欲しいとかじゃないんだ! 健全に……普通にデートしてるのかだけを見守っていて欲しいんだ!」

 さすがのハリエットも、これには折れるしかなかった。目の前には、心配性で少々束縛の強い兄しかいないのだから。

「分かった、分かったから……。私が二人の後を追って、様子を見守れば良いのね?」
「うん、うん、そう! 本当にそれだけでいい!」
「分かったから……。ロンも、ジニー達の事は気にせず、練習頑張ってね」
「うん! 本当にありがとう! これで心置きなく練習できるよ! じゃあよろしくね!」

 ロンは満面の笑みで手を振って競技場へ向かった。ハリエットは、仕方ないなとため息をつきながら、談話室へ向かった。