■不死鳥の騎士団

22:あくどい勧誘


 アンブリッジによって、トレローニーが解雇された。そのままホグワーツからも追い出されようとされていたところ、どこからともなくダンブルドアが現れ、アンブリッジに解雇する権利はあれど、城から追い出す権利はまだ自分が持っていると宣言した。トレローニーは解雇とはなったものの、ダンブルドアのおかげで、城に留まることは許されたのだ。

 アンブリッジは、続いて占い学の教師も自分の手の者を任命しようとしたが、ダンブルドアが一足早く新しい教師を見つけていた。その教師とは、ケンタウルスのフィレンツェだった。


*****


 アンブリッジによるハリエットへの罰則が始まった。ハリエットは内心憂鬱だったが、そんな気配は微塵も感じさせないキリッとした顔でアンブリッジの部屋の前に立ち、ノックした。甘ったるい声が『お入りなさいな』と促した。

 アンブリッジの部屋は、まるでままごとで使われそうな装飾で、壁や机は、レースのカバーや布で覆われている。ドライフラワーをたっぷり生けた花瓶が数個、その下にはそれぞれ可愛い花瓶敷き、一方の壁には飾り皿のコレクションで、首にリボンを結んだ子猫の絵が描いてある。

「こんばんは、ミス・ポッター」
「こんばんは、アンブリッジ先生」

 花柄のローブを着たアンブリッジは、テーブルクロスを掛けた机の前にいた。

「さあ、お座りなさい。書き取りを始める前に、少しあなたにお話があるの」

 アンブリッジは立ち上がり、ハリエットのすぐ側までやってきた。

「ミス・ポッター、あなた最近セブルス・スネイプと何をしているの?」

 ハリエットは顔を上げ、アンブリッジを見つめた。

「聞けば、ハリー・ポッターも同じくスネイプと何かしているそうね? 魔法薬学の補習だとか……。でも、ネビル・ロングボトムには補習がなくて、あなた達双子だけにはあるなんて、おかしいと思わない?」
「はっきり言うと、私達は二人とも魔法薬学は苦手です。実習は特に。ネビルは、スネイプ先生に緊張しているのであって、落ち着いてやれば私達よりも成績は良いんじゃないでしょうか」
「だからって――ああ、まあいいわ。この件は一旦置いておきましょう」

 アンブリッジはエヘン、エヘンと咳払いした。

「ミス・ポッター……わたくしはね、とっても悲しいの」

 そして深い同情を湛えた瞳でハリエットを見下ろした。

「あなたみたいな子が……その、落ちこぼれと、呼ばれていることがね?」
「別に、そんな風には呼ばれてません」
「でもミス・パーキンソンは――ああ、失礼、聞かなかったことにしてちょうだい」

 アンブリッジはわざとらしくまた咳払いした。

「あなたはそう思い込みたいのかもしれないけれど、周りの人はどう見るかしら? だってそうでしょう? 兄のハリー・ポッターは生き残った男の子、クィディッチでシーカーをしている――ああ、今はもうそうじゃなかったわね――友人のハーマイオニー・グレンジャーは学年主席で監督生、ああ、確かもう一人、ロン・ウィーズリーも監督生だった、そうよね?」

 アンブリッジはずんぐりした手をハリエットの肩に置いた。

「あなたには……何があるのかしら」

 ハリエットは、今まで自分が落ちこぼれだなんて思ったことはなかった。だが、こんな風にして面と向かって言われると、少し心にくるものがあった。

 ハリエットが視線を逸らすと、アンブリッジは肩に置いた手を滑らせて、背中を撫でた。

「ああ、そんな悲しそうな顔をしないで。安心して? わたくしはあなたにプレゼントを用意しているの。これよ」

 アンブリッジは嬉しそうにポケットに手を突っ込み、何か小さいものを取り出し、見せた。『I』の字型の小さな銀バッジだった。

「監督生バッジよりももっとすごいものよ」

 歌うようにアンブリッジは言った。

「魔法省を支持する生徒にだけ――しかも、選ばれた学生にしかわたくしは渡さないつもりよ。このバッジをつけている生徒には、生徒から減点する力を持っているの。もちろん、監督生からでも、ね」

 アンブリッジはバッジを見せびらかすようにテーブルの上に置いた。

「このバッジの申請を出してるんだけど、ダンブルドアが聞き入れてくれないの。でも何とか通すつもりよ。わたくしはそれだけの力を持っているの」

 得意げに言い、アンブリッジは身をかがめてハリエットの耳に囁いた。

「皆を見返す力があなたには必要だと思うの。心配しないで良いわ。誰かに何かを言われたら、わたくしが守ってあげる」
「――結構です。私には必要ありません」

 ハリエットはアンブリッジから身を離し、真っ直ぐ見つめ返した。

「私は落ちこぼれじゃありません。私にできることをしています。これからも努力するつもりです。ハリーのために」
「――そう。なかなか良い宣言ね」

 アンブリッジは肩をすくめ、ずいと羊皮紙をテーブルに置いた。

「では、その言葉を身に刻みなさい。――その羊皮紙に『私は落ちこぼれではありません』と書きなさい」

 アンブリッジがニタッと笑った。罰則が始まったのだ。


*****


 ハリーによる守護霊の呪文の授業が始まり、DAも回数を重ねた。杖の先から銀色の靄のようなものは出るが、なかなかちゃんとした形として守護霊を作り出せる者は出てこなかった。

「自分が一番幸せだと思う記憶を思い浮かべるんだ。もしなかなか形にならなかったら、その記憶が一番幸せというわけじゃないかもしれない。別の記憶でもやってみて!」

 生徒の間を見て回りながら、ハリーはハリエットの近くにやってきた。丁度ハリエットは守護霊を出しているところだった。杖の先から、銀色の靄が飛び出し、徐々に形作り……何か動物の形を模した。だが、何の動物か見分ける前に、それは霧散してしまった。

「あー、残念。もう少しだったのに」
「牝鹿ではなかったね」

 ハリーは少し残念そうな声色で言った。

「ええ。私ももしかしたらハリーと対照的に牝鹿なのかもって思っていたけど」
「ハリエットは何の記憶を思い出してるの?」
「私は……漠然としてるけど、皆と一緒にいるときの記憶かしら……」
「僕は父さんと母さんのことを思い浮かべたよ。本当の記憶じゃないけど」
「……うん、やってみる」

 ハリーのアドバイスに、ハリエットは深呼吸した。そして両親のことを頭に思い浮かべた。ちょっと勢い余って、その隣にハリー、シリウス、ロンやハーマイオニーまでが顔を出してくる。際限がなくなりそうなところで、ハリエットは呪文を口にした。

「エクスペクト パトローナム」

 今度は勢いよく銀色が飛び出した。先ほどよりも少し動物の形になるのが早い。銀色の何かは、小型の何かだった。

「黒猫かしら」

 だが、それにして尻尾がフサフサしている。動きも速い。その場で飛び跳ねている。

 ハリーは目を細めた。どこかで見たことがあるような気がした。無邪気にも自分の尻尾を追いかけ回している姿に見覚えがある。随分小さいが――。

「ミニチュアサイズのスナッフルだわ!」

 ハリエットは喜びの声を上げた。言われて、ハリーもようやく合点がいった。スナッフルとは比較にもならない程小さいが、確かにスナッフルである。

「可愛い!」
「うん、本当に可愛い。まんまスナッフルだよ」
「ねえ、ハーマイオニー、ロン! ちょっとこっちに来て!」

 ハリエットは珍しくはしゃいだ声を上げた。集中力を途切れさせないようにしないといけないので、なかなか難しい。

「うわっ、ハリエットが一番乗り?」
「すごいわ。もう守護霊を出せたのね!」
「ねえ、それよりも、ほら。何の動物でしょう?」

 ハリエットは杖の先の守護霊を示した。ロンとハーマイオニーは、ジッとその守護霊を観察する。

「……犬?」
「スナッフルのようにも見えるわ」
「スナッフルよ!」

 ハリエットは断言した。

「ほら、顔の所とかそっくり。仕草もスナッフルそのものだわ」

 ロンはハリーに視線をやった。

「……ハリー、実際の動物が守護霊ってあり得るの?」
「うーん、どうだろう……」

 あり得ないような気もしなくはないが、しかしはしゃいでいるハリエットに水を差すのも悪い。ハリーは口をつぐむことにした。

「シリウスにも見せてあげたいわ」

 夢見心地でハリエットは手を伸ばした。だが、守護霊は手に触れる前に消えてしまった。

 そのタイミングで、ハリーは声を張り上げた。

「今日の練習はここまでにしよう。皆、いつもの四人組になって」

 ハリーは忍びの地図を取り出した。そして顔を顰める。

「本当にスリザリンの奴ら……最近ウロウロしすぎだな」

 地図上には、ドラコやクラッブ、ゴイル、パンジーなど、スリザリンの点がポツポツとあった。まるで何かを探しているかのように、最近、彼らは夜になるとホグワーツ内をうろついているのだ。

「僕たちが何かしてるってこと気づいてるんだよ。それで、告げ口しようと企んでるんだ」

 ロンは嫌そうに肩をすくめた。

「で、最初は誰だい?」
「うーん、あっ、ハッフルパフなら中央の階段から一気に下に降りられる。二組同時に行って。レイブンクローも、一組行って。途中の階段にクラッブがいるから、平静を装って」

 的確なハリーの指示で、皆は順々にそれぞれの寮へ向かった。しかし、そうこうしている間にも、徐々に就寝時間が近くなってくる。

「最後、残ってるのは? もう時間がないから、一斉に行こう。幸い、外には誰もいない」

 残っていたのは、ハリーとハリエット、ロン、セドリックの四人だった。

「――セドリック! ハッフルパフはここから一番遠いのに、どうしてもっと早く行かなかったんだ?」

 思わずハリーが詰め寄ると、セドリックは苦笑いを浮かべた。

「僕はもう卒業だから、恐いものはないし」
「だからこそ危ないんじゃないか。NEWTだってあるのに、今目をつけられたら最悪だよ」

 ブツブツ言いながらも、ハリーは内心少し嬉しかった。リーダーとして、最後に部屋を出ることに不満はないし、当然だと思っている。それでも、こうして一緒に危険を分かつ仲間がいるというのは頼もしいことだった。

「僕たちも早く行こうぜ」

 ロンに促され、ハリー達は、地図と睨めっこしながら廊下に出た。幸いなことに、グリフィンドール塔へと続く道もスリザリン生も今はノーマークだ。

「セドリック、今なら中央の階段をそのまま降りていけば大丈夫。すぐ下の廊下をマルフォイがウロウロしてるのが気になるけど――」

 その時、ニャアと鳴き声がした。皆は一斉にその出所を探した。廊下の端に、ミセス・ノリスが丸まっていた。

「待って! ミセス・ノリス!」

 ハリエットは咄嗟に走り出した。どちらにせよ行く手なので、ハリー達も後を追う。

「ハリエット、駄目だよ、諦めなって。そいつはフィルチの手下だよ。すぐに呼ばれる!」
「そうだよ。そんな奴に構ってないで早く行こうぜ!」
「二人は先に行ってて!」

 ここからグリフィンドール塔までならまだしも、地下まで降りなければならないセドリックはフィルチに見つかる可能性がある。

 ハリエットは階段の所でミセス・ノリスに追いついた。

「ミセス・ノリス、聞いてくれる?」

 フィルチの愛猫は、まん丸な瞳でハリエットを見上げた。とりあえずは話を聞いてくれるらしい。ハリエットは地面に膝をついた。

「私たちはフィルチさんに、何も悪いことしようとはしていないわ。ただちょっとやることがあって、帰るのが遅くなっただけなの。たぶんフィルチさんは私達を見たら誤解すると思うから……報告はしないでもらえるかしら?」

 ミセス・ノリスは、しばらく黙ってハリエットを見つめていたが、やがてフサフサの尻尾を一振りして踵を返した。その足取りは、随分とゆったりしている。

 フィルチに告げ口に行くとき、ミセス・ノリスは飛ぶように駆け出していくので……何とか見逃してもらえたのだろうか?

「驚いた……ミセス・ノリスと仲良しなの?」

 セドリックは屈んで尋ねた。

「そういう訳じゃないけど……秘密の部屋の事件の後、少しだけ」

 ハリエットははにかんだ。

 ミセス・ノリスとは、ちょくちょく廊下ですれ違ったら挨拶をする仲だ。もしかしたら向こうは挨拶をしているつもりはないのかもしれないが、必ず視線は交錯するので、ハリエットとしては友達のつもりだった。

「じゃ、私もう行くね」

 ハリエットは立ち上がってセドリックを見た。

「ありがとう。助かったよ」
「ううん。また次――」
「何してるんだ?」

 弾かれたようにハリエット達は振り返った。階段の下で、ドラコが二人を見上げていた。

「そっちこそ何してるんだ?」

 セドリックが冷静に切り返した。

「僕は監督生だ。夜は見て回る義務がある」
「僕はそんな話は聞いたことがないけど」
「落ちこぼれ寮の監督生に頼む奴がいないからじゃないのか?」

 ハリエットはムッとして顔を顰めたが、セドリックは気にした様子もなかった。

「消灯時間はとっくに過ぎてるぞ」
「それは君にも言えることだろう?」
「アンブリッジに特別に許可されてるんだ。近頃怪しい動きを見せる奴らがいるから」

 ドラコは一旦言葉を切り、怪しむようにハリエットを見た。

「お前達……コソコソと一体何してるんだ?」
「何のことか分からないけど。僕たちはただ一緒に勉強してただけだよ。それで遅くなったんだ」

 焦りも見せずセドリックはゆっくり話したが、ドラコが信じていないのは明らかだった。

「お前達がまた何か企んでるのは分かってる」

 イライラした様子でドラコは言った。

「必ず暴いてやる」

 脅すかのようにハリエットとセドリック、一人ずつを睨み付けると、彼は去って行った。彼の不穏な言葉に、ハリエットの胸はざわついた。