■不死鳥の騎士団
23:DAと密告者
三月はあっという間に過ぎ、四月に変わった。OWL試験が近づき、五年生全員が多かれ少なかれストレスを感じていた。だが、そんな中でDAは気の休まる時間の一つとも言えた。宿題なんかないし、厳しい先生もいない。しかし、それでも確実にOWLの対策ができていると感じていた。
守護霊の呪文は、四分の一の生徒が成功していた。ハーマイオニーはカワウソを出し、セドリックはワシ、チョウは白鳥だった。
他にも成功している生徒はいて、ハリーは見て回るのに忙しかった。
「でも、どうしてワシなんだろう」
守護霊が出せるようになってから、セドリックは三回に一回はこの疑問を口にしていた。
「ワシはレイブンクローの象徴なのに……」
「アナグマの方が良かったの?」
ハリエットは尋ねた。ハッフルパフは、アナグマが象徴だった。
「いや、そういう訳じゃないよ!」
自分の守護霊が少しだけ悲しそうに見えて、セドリックは慌てて否定した。
「ただ、なんでだろうって……。ハリエットは、自分の守護霊がどうして犬なのかって分かる? 確か、動物は猫が好きなんだよね?」
「え、ええ……」
ハリエットは視線を逸らした。セドリックもシリウスが犬に変身できることを知ってはいるが、それを口に出すのは躊躇われた。ハリー達ならまだしも、他の人にまでシリウスが大好きなんだと思われるのは恥ずかしかった。
「む、昔、犬を飼ってたから、そのせいかしら……」
「そうなんだ。それなら納得だね」
セドリックはにっこり笑い、それ以上追求しなかった。ハリエットはホッと胸をなで下ろした。
その後、ネビルやラベンダーは杖先から銀色の煙を出し、DAに初めて参加したシェーマスも毛むくじゃらの何かを出すことに成功したところで、唐突に必要の部屋の扉が開いて、閉まった。ドビーは驚くくらいの速さでハリーの膝元まで移動し、ハリーをじっと見上げていた。
「やあ、ドビー。どうかしたのかい?」
妖精は恐怖に目を見開き、震えていた。DAのメンバーも黙り込んだ。
「ハリー・ポッター様……ドビーめはご注進に参りました……でも、屋敷しもべ妖精というものは、喋ってはいけないと戒められてきました……」
「一体何があったの?」
ドビーの小さい腕を掴み、自傷行為に走りそうなのを留めてから、ハリーは尋ねた。
「ハリー・ポッター、あの女の人が……」
ドビーはふるふる震えていた。ドビーをこんなに恐れさせる女性と言えば一人しかいなかった。
「アンブリッジ?」
ドビーは小さく頷いた。
「まさか……アンブリッジがここに来るの?」
「そうです、ハリー・ポッター様、そうです!」
悲鳴がさざ波のように伝わった。ハリーは大きく叫んだ。
「何をグズグズしてるんだ! 逃げろ!」
全員が一斉に走り出した。ドアの所でごった返し、それから破裂したように出て行った。
「ハリー、早く!」
ハリエットは叫んだ。ハリーはまだドビーと話していた。後ろ髪引かれてハリエットが立ち止まると、ハーマイオニーが痛いくらいに腕を掴んだ。
「自分のことだけ心配しないと! ハリーなら逃げ切れるわ! 行くわよ!」
ハーマイオニーはぐいぐいハリエットの腕を引っ張り、廊下に飛び出した。
「まだ九時十分前よ。図書室に行きましょう!」
ハーマイオニーは腕時計を見ながら叫んだ。どこか遠くの方で足音がバタバタ響くのが聞こえた。DAのメンバーの者なら良いが、もしもアンブリッジやスリザリン生のものだったら――。
図書室の入り口には、誰かが立っていた。緑色のローブに、嫌でも二人は足を止める。
「あーら、誰かと思ったら、グリフィンドールのお二人さんじゃない」
もたれていた壁から前に出て、パンジーが仁王立ちになった。
「随分急いで駆け込んできたようだけど、どうかしたの?」
「あなたこそ、こんな所で何の用? 図書室に用があるとは思えないけど」
ハーマイオニーが息を整えながら言った。
「私はここに逃げ込んできた校則違反者を捕まえるためにいるのよ。あなた達みたいな、ね?」
「何を言ってるのかさっぱり分からないわ」
ハーマイオニーは平然として言った。
「私はただ本を返しに来ただけだけど。消灯時間まであと少ししかないから、慌てて走ってきたのよ。ハリエットはその付き添いね」
ハーマイオニーは分厚い本をヒラヒラさせた。パンジーの顔が嫌そうに歪む。
「さあ、退いてくれる? 早く本を返さないと、消灯時間になっちゃうわ」
パンジーはハーマイオニーを睨み付けた。ハーマイオニーは頑として睨み返した。
「退きなさい」
渋々パンジーは身を退けた。悔しそうに舌打ちしながら、図書室から去って行く。彼女の姿が見えなくなってから、ハーマイオニーは大きくため息をついた。
「その本、どうしたの?」
「必要の部屋から一冊拝借してきたのよ。本を返却するところまで見届けるなんて頭がパーキンソンになくて良かったわ。さ、行きましょう」
二人はそれから速やかにグリフィンドール塔まで戻った。肖像画の穴をくぐると、焦ったようにロンが駆けてきた。
「驚かせないでくれよ! あんまり遅いから、捕まっちゃったのかと思ったぜ――あれ、ハリーは?」
「まだ戻ってないの?」
「うん。他の皆は戻ってきたけど、ハリーはまだ……」
「大丈夫かしら……」
「ハリー、最後まで残ってたものね」
しばらく落ち着かない様子で談話室をウロウロしていたが、ハリーが戻ってくる気配は一向にない。消灯時間はとっくに過ぎていた。どこかに隠れているのならまだいい。だが、もし捕まっていたとしたら――。
ハリーが戻ってきたのは、真夜中近くになってからだった。ハリーは疲れた様子だったが、DAのメンバーに、何があったかを教えてくれた。
必要の部屋を出てすぐ、ドラコに捕まり、校長室に連れて行かれたこと、チョウの友達のマリエッタが裏切ったこと――彼女の顔には紫色のでき物で大きく密告者という文字が描かれていた――ハリーがしらを切り、マリエッタの記憶もその場にいたキングズリーが修正してくれたので、逃げ切れそうだったこと、だが、必要の部屋に残してあった名簿と、そのグループ名がダンブルドア軍団だと露呈してしまったこと、ハリーを守ろうとして、ダンブルドアが魔法省に対抗する軍団を作り上げようとしていたと自ら嘘を吐いたこと、不死鳥と共に、ダンブルドアが姿を消したこと――。
ダンブルドアに代わり、ホグワーツはアンブリッジが校長を務めることになった。
それと共に、アンブリッジは『尋問官親衛隊』なるものを作り上げた。曰く、魔法省を支持する、少数の選ばれた学生のグループらしいが、要はアンブリッジに代わって生徒たちを直接監視する役目をスリザリン生の幾人かが請け負った形になる。ドラコやクラッブ、ゴイル、パンジーの他にも幾人かいて、彼らは難癖をつけてグリフィンドールから減点していった。監督生同士は減点できないが、尋問官親衛隊は監督生の更に上を行くのだ。
アンブリッジが校内を我が物顔で闊歩するのは小憎たらしい光景だったが、しかし、フレッドとジョージによって、その光景は大いに変化することとなる。
二人がぶっ放したネズミ花火や線香花火、爆竹、ロケット花火が、あるゆる場所で次々に爆発したのだ。かなり扱いが面倒なもので、失神呪文を放つとより大きく爆発し、消失呪文を使うとそのたびに花火が十倍に増えるという花火だ。
花火は燃え続け、その午後には学校中に広がった。もちろん教室にも当然のように入り込んでくる花火だが、不思議なことに、ホグワーツの教授ともあろう人たちが、誰一人として、校長無しでは自分の教室から花火を追い払えないとのたまった。
アンブリッジは校内を駆け回り、最後の終業ベルが鳴り響いた頃には煤だらけでよれよれになっていた。
「先生、どうもありがとう!」
フリットウィックがキーキー喜んで言った。
「線香花火はもちろん私でも退治できたのですが、何しろ、そんな権限があるかどうかはっきり分からなかったので」
その夜のグリフィンドール談話室で、フレッドとジョージは英雄だった。ハーマイオニーでさえ二人におめでとうと言った。
*****
それからすぐ、ハリーはアンブリッジに部屋に呼ばれた。そこでは飲み物を出され、なぜか強く飲むように勧められた。嫌な予感がしたハリーは、うまくアンブリッジの目をかいくぐって飲んだ振りをしたのだという。そしてすぐに尋問が始まった。ダンブルドアがどこにいるのかとか、シリウスがどこにいるのかなど……。
ハリーは、紅茶に真実薬が入っていたのではと推測し、その後呼ばれたハリエットにも忠告した。そのおかげでハリエットも何とか乗り切った。
その翌日は、ハリーの閉心術の日だった。前回努力をしていないとか、怠け者だとかで散々貶されたハリーは、ひどく憂鬱だった。夕食後スネイプの研究室へ向かう彼を、せめてもとハリエットはギリギリまで慰めることにした。
「私だって、閉心術の才能はないってキッパリ言われたわ。ハリーは、プロテゴを唱えられたんでしょう? 私は未だに一つも呪文を口にすらできてないもの」
「でも、シリウスの居場所だけは守れたって言ってたじゃないか」
「その他の大切な情報が漏れてもいけないでしょ?」
地下へと降りる階段へ向かっていたところ、曲がり角の所で、誰かが口論する声が聞こえてきた。角を曲がると、すぐにそれがセドリックとチョウだということが分かった。二人も、角から現れたハリーとハリエットに気づいたようだった。
「あー……ごめん」
ハリー達はすぐに立ち去ろうとしたが、チョウが呼び止めた。
「ハリー、少し話があるの」
有無を言わせない口調だった。ハリーとハリエットは顔を見合わせたが、チョウに逆らうこともできず、おずおずハリーは歩き出した。
「ハリエットもこっちに来て」
帰ろうとしていたハリエットを、セドリックが呼び止めた。チョウはセドリックを睨んだが、セドリックは何も言わなかった。
二人が近づくと、セドリックは心配そうな顔で尋ねた。
「二人とも、大丈夫だった? アンブリッジが君たちにDAのことしつこく聞いたんじゃ?」
「私は大丈夫」
「僕も……部屋に呼び出されたけど、フレッド達の花火のおかげで、難なく逃げ出せた」
「なら良いんだけど……」
「あの、私」
チョウが急に声を出した。
「あなたに言いたくて……ハリー、マリエッタが告げ口するなんて、私、夢にも……」
「ああ、まあ」
ハリーは口ごもった。彼の表情が陰ったのを見て、チョウは更に続けた。
「マリエッタはとってもいい人よ。過ちを犯しただけなの――」
ハリーは信じられないという顔でチョウを見た。
「過ちを犯したけどいい人? あの子は君も含めて、僕たち全員を売ったんだ!」
「でも……全員逃げたでしょう? あのね、マリエッタのママは魔法省に努めているの。あの人にとっては、本当に難しいこと――」
「ロンのパパだって魔法省に努めてるよ。それに、気づいてないなら言うけど、ロンの顔には『密告者』なんて書かれてない――」
「ハーマイオニー・グレンジャーって本当にひどいやり方をするのね」
ハリーに釣られてチョウの声まで激化した。
「あの名簿に呪いをかけたって、私達に教えるべきだったわ――」
「僕は素晴らしい考えだったと思う」
ハリーが冷たく言えば、チョウの顔にパッと血が上り、目が光り出した。
「ああ、そうだった。忘れていたわ――もちろんあれはお優しいハーマイオニーのお考えだったわね」
「ハーマイオニーは悪くないわ」
ハリエットも思わず口を挟んだ。チョウはキッとハリエットを見た。
「ええ、そうでしょうね。あの子とお友達のあなた達はそう言うでしょうね。……あなたはどうなの?」
チョウが鋭い目でセドリックを見上げた。セドリックは短く息を吐き出した。
「……僕は、マリエッタのしたことは許されないことだと思う。友達を……仲間を裏切ったんだ」
「――そう、ええ、分かったわ」
チョウは自嘲の笑みを浮かべた。
「私達は相容れないみたい。私よりも――あなたはその人達を取るのね」
「そういう訳じゃ――」
「言い訳はいらないわ! その人達と仲良くやったらいいじゃないの!」
チョウは泣き出し、そして駆け出した。セドリックは追いかけるかどうか迷っているようだった。右手は彼女を追うように伸びる。だが、結局彼の足が動くことはなかった。ハリエットは堪らずセドリックを見上げた。
「――追いかけなくても良いの?」
「……うん。しばらくして落ち着いたら声をかけてみるけど、でも……」
セドリックは疲れたようにため息をついた。それからすぐにハッと顔を上げてハリー達を見る。
「あ、どこかに行くところだったんでしょ? ごめんね、呼び止めて」
セドリックは寂しげな笑みを浮かべて去って行った。