■不死鳥の騎士団

25:シリウスの危機


 クィディッチ・シーズン最後の試合は、グリフィンドール対レイブンクローだった。試合が始まって早々、ハリー、ハリエット、ハーマイオニーの三人は、ハグリッドに用事があると呼び出されてしまった。そうして連れて行かれた場所は禁じられた森で、そこにはハグリッドの異父弟のグロウプがいた。ハグリッドとは違い、グロウプはヒトの血は入っておらず、完全な巨人なので、見上げるほどに大きかった。今までハグリッドが絶えず生傷を負っていたのは、グロウプに負わされた傷だったのだ。

 ハグリッドは、自分がいなくなったらグロウプの世話をしてくれと三人に頼んだ。食料は自分で確保できるので、友達として、話し相手や、教育をしてあげて欲しいと言うのだ。

 寝ていたグロウプを起こし、ハグリッドはハリー達と対面させたが、その初対面は、ハリー達にはいささか刺激的なものだった。

 なんとか森から帰還すると、皆に抱えられたロンと出くわした。彼は手にクィディッチ優勝杯を振りかざしていた。

「やったよ! 僕たち勝ったんだ!」


*****


 ハリー達三人がクィディッチの試合を抜けだしてからと言うものの、ロンは素晴らしいセーブを連発したらしい。挙げ句には、チョウの鼻の先でジニーがスニッチを取り、グリフィンドールは優勝。ロンは、ハリー達からグロウプの話を聞くまで有頂天で自分のプレイについて語っていた。

 六月に入ると、いよいよOWL試験が開始された。ハーマイオニーはピリピリしていたし、食事の間もしょっちゅう教科書を読んでいた。ハリエットも、二週間ぶっ通しで行われる試験に疲弊していたが、唯一闇の魔術に対する防衛術の実技試験だけはハリエットも楽しかった。守護霊を作り出せるのなら特別点だと試験官に言われ、緊張しながらも、見事小さめなスナッフルの守護霊を出せたのだ。後々ハリーも守護霊を出したと言われたが、その時何を思い浮かべたのかと聞けば、二人とも同じ答えだった。
『アンブリッジがクビになるところ!』
 一週間が過ぎ、残る試験も少なくなってきた。天文学の実技は、望遠鏡で夜空を観察しながら、星座図にかき込むことが課題だった。だが、その途中ハグリッドの小屋で異変があった。いくつかの閃光と叫び声が聞こえたのだ。望遠鏡で覗き込むと、ハグリッドがアンブリッジと五人の魔法使いに囲まれ、魔法を放たれていた。

 ハグリッドとファングは果敢にも失神攻撃と戦っていた。途中でマクゴナガルも参入した。彼女は、ただこの一方的な攻撃を止めさせようとしただけだったのに、魔法使いは彼女に杖を向け、四本もの失神光線がマクゴナガルを貫いた。彼女は悲鳴も上げずに倒れた。

 ハグリッドは最後まで戦っていたが、情勢を見て校門まで走り抜け、闇へ消えた。

 その後、マクゴナガルは気絶したまま医務室に運ばれたという。卑怯なアンブリッジの悪口に盛り上がり、談話室は朝方まで騒がしかった。

 最後の試験は魔法史だった。これでこの辛く厳しい試験週間も終わるのだと思うと、ハリエットは空欄を埋めるのが楽しいとすら感じていた。だが、とき半ばを過ぎた頃、突然前にいたハリーの身体がぐらりと揺れた。ハリーは額の傷に手を当て、軽く呻いていた。

「せ、先生!」

 ハリエットが立ち上がるよりも早く、試験官のトフティが駆け寄ってきた。

「行きません……医務室に行く必要はありません……」

 そう譫言のように呟きながら、ハリーはトフティに連れられて広間を出て行った。その後、何事もなかったかのように試験は再開されたが、ハリエットは気が気でなかった。またヴォルデモートの夢を見たのだろうか?

 試験が終わり、ハリーを探そうと教室を出たところで、ロン、ハーマイオニーとウロウロしていると、血相を変えたハリーが駆け寄ってきた。

「ハリー! 何があったの? 大丈夫?」
「三人とも、一緒に来て」

 ハリーはひどく焦った様子だった。

 空き教室を見つけると、四人は素早く身を滑り込ませた。そしてハリーは三人に向き直る。

「シリウスがヴォルデモートに捕まった」
「えっ……」

 短く言われた言葉は、唐突すぎて理解に時間がかかった。

「でも……でも、どこで? どんな風に?」
「どうやってかは分からない。場所は神秘部だ。小さなガラスの球で埋まった棚がたくさんある部屋があるんだ。あいつがシリウスを使って、何だか知らないけど、そこにある自分の手に入れたいものを取らせようとしてるんだ。あいつがシリウスを拷問してる……最後には殺すって言ってるんだ!」
「そんな!」
「僕たち……どうやったらそこに行けるかな? シリウスを助けたいんだ!」
「でも、ハリー……」

 勢い込むハリーとは裏腹に、ハーマイオニーは慎重だった。

「どうやってヴォルデモートは誰にも気づかれずに神秘部に入れたのかしら?」
「僕が知るわけないだろう! 問題はどうやって僕たちがそこに入るかだ!」
「でもハリー、ちょっと考えてみて。今夕方の五時よ。魔法省には大勢の人が働いていているわ。ヴォルデモートもシリウスも世界一のお尋ね者だわ。闇祓いだらけの建物に気づかれずに入ることができると思う? ……もしこれがヴォルデモートの罠だったら? あの人が、あなたを神秘部におびき寄せようとしてるんだったら?」

 ハーマイオニーの言うことには一理あった。いや、きっとほとんど誰もがこの場合ハーマイオニーの肩を持つだろう。しかし、シリウスの命がかかっているとなると、冷静ではいられなかった。

「シリウスの無事を確かめるのよ!」

 ハリエットは言った。

「分からない……ハリーの夢が罠なのかどうか。でも、先にシリウスが家にいるのかどうかを確認すれば良いわ! この前の……フレッドとジョージが立ててくれた計画みたいに!」

 その時、教室のドアが勢いよく開いた。四人はサッと振り向いた。ジニーとルーナが、何事だろうという顔で入ってきた。

「こんにちは」

 ジニーが戸惑いながら挨拶した。

「皆の声が聞こえたのよ。何かあったの?」
「何でもない」

 ハリーが乱暴に言った。

「待って」

 ハーマイオニーがすぐさま割って入った。

「待って、ハリー、この二人にも手伝ってもらえるわ。ハリエットが言うように、私達は――いい?――絶対にシリウスが本当に本部を離れたのかどうかはっきりさせないといけない。ロンドンに出発する前に、家にいるかどうかだけ確認するの。もしあそこにいなかったら、その時は約束する。もうあなたを引き留めたりしない。私も行く」
「シリウスが拷問されてるのは今なんだ! ぐずぐずしてる時間はないんだ!」
「でも、もしヴォルデモートの罠だったら? ハリー、確かめないと。アンブリッジの暖炉を使うのよ。もう一度アンブリッジを遠ざけなきゃ。でも、見張りが必要なの。ジニーとルーナにお願いできないかしら」
「うん、やるわよ」

 一体何が起こったのか分からないといった様子だが、ジニーは即座に答えた。

「『シリウス』って、あんた達が話してるのは『スタビィ・ボードマン』のこと?」

 ルーナも言った。誰も答えなかった。

「オーケー、分かった」

 ハリーはハーマイオニーに食ってかかるようにして言った。ハーマイオニーも怖い顔で頷いた。

「いいわ……じゃあ、誰か一人がアンブリッジを探して別な方向に追い払う。部屋から遠ざけるのよ。口実は……そうね、ピーブズがいつものように何かとんでもないことをやらかそうとしているとか……」
「僕がやる」

 ロンが即座に答えた。

「ピーブズが変身術の部屋をぶち壊してるとか何とか、あいつに言うよ。アンブリッジの部屋からずーっと遠い所だし」
「オーケー。ハリーとハリエットが部屋に侵入している間、生徒をあの部屋から遠ざけておく必要があるわ。じゃないと、スリザリン生の誰かがきっとアンブリッジに告げ口する。私とジニー、ルーナでそれはやり遂げましょう」
「いいわ! 誰かが首絞めガスをどっさり流したから、あそこに近づくなって警告するわ」

 ジニーはまるでフレッドとジョージのようなことを言いだした。

「分かったわ。じゃあ、ハリーとハリエットは、透明マントを被って、部屋に忍び込む。そしてシリウスがいるかどうか確認する――。でも、こういうことを全部やっても、五分以上は無理だと思うわ」
「五分で充分だよ」

 ハリーはすぐさま立ち上がり、寝室に透明マントを取りに行った。彼以外の五人は、アンブリッジの廊下の端で待った。

 ハリーが戻ってくると、計画が始動した。ロンがアンブリッジを牽制しに行って、ハーマイオニーとジニー、ルーナは皆を廊下から追い出し始めた。

 透明マントを被ると、ジニーの声が聞こえてきた。回転階段を通って回り道するよう伝えている。ガスなんて見えないと反論されると、無色だからよといかにも説得力のあるイライラ声で言い放った。

 人がいなくなると、ハリーとハリエットは、アンブリッジの部屋に近づいた。すれ違いざま、ハーマイオニーに、アンブリッジが来るのを見たら『ウィーズリーは我が王者』を大声で合唱すると言われた。

 部屋はもちろん鍵がかかっていた。ハリーはシリウスのナイフをドアと壁の隙間に差し込んだ。ドアがカチリと開き、二人は中に入った。

 室内は静かで、人気がなかった。マントを預かり、ハリエットは急いで窓際に行って見張りに立った。リー・ジョーダンが窓から二フラーを送り込んだという事件で、窓が弱点だというのが分かっていたからだ。

 杖を構えながら、ハリエットはチラチラハリーの方を見た。ハリーは煙突飛行粉を摘まみ、火格子に投げ入れた。たちまちエメラルドの炎が燃え上がる。ハリーは膝をつき、炎に頭を突っ込んで叫んだ。

「グリモールド・プレイス十二番地!」

 そこまで見届けると、ハリエットはしっかり窓を向いた。声だけが聞こえてくる。

「シリウス? シリウス、いないの?」

 ドクドクとハリエットの鼓動が早まった。やはりシリウスはヴォルデモートに捕まり、拷問されているのだろうか?

「クリーチャー、シリウスはどこだ?」
「どこへ出掛けたんだ? クリーチャー、どこへ行ったんだ?」
「ルーピンは? マッドーアイは? 誰もいないの?」

 矢継ぎ早に部屋に響き渡るハリーの声に、ハリエットは動揺を隠せずにいた。シリウスは屋敷にいないのだろうか――?

「シリウスはどこに行ったんだ? クリーチャー、神秘部に行ったのか?」
「でも知ってるんだろう! そうだな? どこに行ったか知ってるんだ!」

 その時、バタバタと外から騒がしい足音が聞こえてくるのに気づいた。その数は複数だ。『ウィーズリーは我が王者』の合唱は聞こえない。ハーマイオニー達だろうか? だが、それにしては嫌な予感がする。

「ハリー、準備をして……誰か来るわ……」

 ドアに杖を向け、ハリエットは声をかけたが、ハリーからは反応はない。もう一度声をかけようとしたとき、唐突にドアが開いた。

 先頭に立つのはアンブリッジ。その後ろには、ドラコとザビニがいた。ハリエットは教師に杖を向けていることに動揺したが、それはほんの一瞬だった。すぐに失神呪文を放つと、アンブリッジは、そのずんぐりした身体でできるとは思えない俊敏な動作で呪文を避けた。

「その子を捕まえなさい! 呪文を許可します!」

 アンブリッジは狂気の笑みを浮かべながらずんずんハリーに近づいた。

 先に動いたのはザビニだ。攻撃の呪文が来ることは分かっていたので、咄嗟に盾の呪文を放った。阻止には成功したが、その間に、ドラコがハリエットと距離を詰めていた。あっという間に退路を塞がれ、彼は杖に手を伸ばす。

「お願い――駄目――止めて!」

 杖を取られまいと、ハリエットはもがいたが、男子の体格と力には適わなかった。すぐに杖をもぎ取られ、ハリエットは茫然とした。視界の隅に、アンブリッジがハリーの髪を引っつかんで見下ろしているのが見えた。