■不死鳥の騎士団

26:囚われの身


「よくもまあ」

 アンブリッジはハリーの首を更に引っ張り上げた。

「二匹もニフラーを入れられた後でこのわたくしが汚らわしいゴミあさりの獣を一匹たりとも忍び込ませるものですか。出入り口には全部『隠密探知呪文』をかけてあったのよ。こいつの杖を取り上げなさい」

 ザビニがハリーのローブのポケットを探り、杖を取り上げた。

 アンブリッジはにんまり笑ってハリーを見下ろした。

「なぜわたくしの部屋に入ったのか、言いなさい」
「僕……ファイアボルトを取り返そうとしたんだ」
「嘘つきめ」

 吐き捨てるようにしてアンブリッジは言った。

「ファイアボルトは地下牢で見張りをつけてあるって知ってるはずよ。ポッター、わたくしの暖炉に頭を突っ込んでいたわね。誰と連絡していたの?」
「誰とも――」
「嘘つきめ!」
「ハリー!」

 アンブリッジはハリーを突き放し、ハリーは机にぶつかった。ザビニはハリーの杖を片手に薄笑いしてその場面を見つめ、ドラコはハリエットを拘束していた。

 外が騒がしくなり、ロン、ジニー、ルーナ、セドリックを拘束しながら、大柄なスリザリン生が数人入ってきた。最後のネビルに至っては、首を絞められ、今にも窒息しそうな顔だった。

「全部捕らえました」

 ワリントンが鼻高々に宣言した。

「こいつとこいつは」

 ワリントンはセドリックとネビルを指さした。

「こいつを捕まえるのを邪魔しようとしたので、一緒に連れてきました」

 最後にジニーを指さした。ロンが脅すように身動きしたが、ワリントンは事も無げにロンを壁に押しつけた。

「結構よ。さて、ポッター。お前はわたくしの部屋の周りに見張りを立て、友達にピーブズが変身術の部屋を壊しまくっていると言わせたわね。でも残念ながら、わたくしはフィルチさんからピーブズが学校の望遠鏡に悪戯をしているということを聞いたばかりだったのよ」

 アンブリッジは深々とため息をついた。

「自発的に話すチャンスを与えたのに、お前は断った。ザビニ、スネイプ先生を呼んできなさい」

 ザビニはハリーの杖をポケットにしまい、ニヤニヤしながら部屋を出て行った。

 部屋は静かになったが、まだ小さくロン達が抵抗する物音が響いていた。ロンはワリントンの羽交い締めに抵抗し、ジニーは自分を押さえつけている足を踏みつけようとし、セドリックは両腕を拘束するスリザリン生二名からもがれようと抵抗していた。

 やがて、スネイプがやってきた。スネイプは、アンブリッジの部屋のこの異様な光景に、全く関心を向けようとせず、ただ己を呼びつけたアンブリッジを見つめた。

「校長、お呼びですか?」
「ええ。真実薬をまた一瓶欲しいのです」
「最後の一瓶をポッターを尋問するのに持って行かれましたが。新しく作るには大体一月かかりますぞ」
「一月!? わたくしは今夜必要なのですよ!」

 アンブリッジは金切り声を上げた。

「ええい、もういいです! ルシウス・マルフォイがいつもあなたのことをとても高く評価していたのに! 全くの期待外れでしたわ! 出て行きなさい!」

 スネイプは皮肉っぽくお辞儀をし、立ち去りかけた。ハリーは咄嗟に叫んだ。

「あの人がパッドフットを捕まえた! あれが隠されている場所で、あの人がパッドフットを捕まえた!」
「パッドフット? 何のことです? 何が隠されているの? スネイプ、こいつは何を言っているの?」

 スネイプはゆっくり振り返った。ハリーを見、そしてハリエットを見る。

「――さっぱり分かりませんな。ポッター、我輩に向かって訳の分からんことを言う暇があったら勉強でもしたらどうだ。君の魔法薬の成績は見るに見かねん」

 スネイプはぴしゃりとドアを閉めた。ハリエットは一瞬息ができなくなったが、すぐに落ち着きを取り戻す。

 ――大丈夫、この場でスネイプ先生はあれ以外の対応ができるわけがないのよ。味方だとアンブリッジに気づかれたら、それこそシリウスを助ける術がなくなってしまうのだから。

「いいでしょう」

 アンブリッジが杖を取り出した。

「仕方がない……他に手はない……魔法省の安全の問題です……そうだわ」

 アンブリッジはチラチラハリーを見ながら部屋の中で歩き回った。

「あなたがこうさせるんです、ポッター。やりたくはない。しかし場合によっては使用が正当化される……他に選択の余地がないということが、大臣には分かるに違いない……」

 アンブリッジはハリーの前で立ち止まった。

「磔の呪いなら、舌も緩むでしょう」
「駄目!」

 信じられない台詞に、ハリエットは叫ばずにいられなかった。アンブリッジに詰め寄ろうとしたが、すんでのところでドラコに抑えられる。

「アンブリッジ先生……それは違法です!」
「そうです!」

 ハーマイオニーも助けに回った。

「アンブリッジ先生、大臣は先生に法律を破って欲しくないはずです!」
「知らなければコーネリウスは痛くも痒くもないでしょう。この夏、吸魂鬼にポッター達を追えと命令したのはこのわたくしだと、コーネリウスは知らなかったわ。それでもポッターを退学にするきっかけができて大喜びしたことに代わりはない」
「あなたが僕たちに吸魂鬼を?」
「ええ、そうよ。でもあなた達はうまく逃れた……今日はそうはいかないわ。……でも、そうね。やっぱり止めた」

 アンブリッジは杖先をハリーからハリエットへと滑らせた。

「あなたは自分よりも他の誰かが傷つく方が嫌がりそうだもの。妹を苦しめましょうか? あなた達兄妹はわたくしをこけにしてばかりだわ。一度痛い目を見ても――」
「駄目だ!」

 ハリーはもがいた。ザビニは慌ててハリーを上から押さえつけた。

「駄目だ、止めろ!」

 ハリエットは後ずさった。しかしすぐに何かにぶつかる。ドラコだった。後ろにはドラコがいて逃げられないのだ。

 だが、後ろ手に回された手に、何かを握らされるのを感じた。この感触に覚えはよくあった。杖だった。

「今度こそ……今日こそ行くわよ」

 アンブリッジは息を深く吸い込んだ。ハリエットは杖を握りしめた。

 ――どうすればいい。杖があっても、アンブリッジ一人倒しても、ここには何人ものスリザリン生がいる。皆味方を拘束している。彼らを人質に取られたら反撃もできない。どうすれば――。

「クル――」
「止めろ!」
「止めてーっ!」

 ハリーとハーマイオニーが叫んだ。

「止めて! 白状しないといけないわ、ハリー! じゃないとハリエットが!」

 ハーマイオニーは激しく首を降った。

「白状しないと、どうせこの人は無理矢理聞き出すじゃない……!」
「ええ、ええ、そうね。ミス・何でも質問屋のお嬢ちゃんが答えをくださるのね! さあ、どうぞ?」
「皆……皆、ごめんなさい。でも私、我慢できない……!」
「いいのよ、お嬢ちゃん! さあ、それじゃあ、ポッターはさっき誰と連絡を取っていたの?」
「あの……あの、何とかして、ダンブルドア先生と話をしようとしていたんです」

 拘束されていたロン達は、皆一様に固まった。ハリーとハリエットもだ。

「ダンブルドア? じゃあ、ダンブルドアがどこにいるかも知っているのね?」
「それは……いいえ。ダイアゴン横丁や三本の箒も探してみたけど……いなかった! でも、とっても大切なことを知らせたかったんです! 私達が……あれを完成させたって!」
「何が完成ですって? 何ができたの?」
「あの……武器です」
「武器? 武器ですって?」

 アンブリッジが興奮し始めた。

「どんな武器なの?」
「私達には……よく分かりません」
「どこにあるの? 武器の所へ案内しなさい」
「でも……見せたくないです、スリザリン生には」
「お前が条件をつけるんじゃない」

 アンブリッジは言い捨てた。ハーマイオニーが両手に顔を埋めてすすり泣いた。

「いいわ。じゃあ皆に見せると良いわ。皆があなたに向かって武器を使うと良いんだわ! 学校中が武器の在処を知って、その使い方も。そうしたら、あなたが誰かに嫌がらせをしたとき、皆があなたを攻撃できるわ!」

 これはアンブリッジに相当な効き目があった。アンブリッジはちらりと疑り深いめで尋問官親衛隊を見た。ザビニは意地汚い貪欲な表情を浮かべていたし、ドラコは反抗的な目をしていた。

 アンブリッジは、しばらく迷い、そして頷いた。

「いいでしょう。お嬢ちゃん。あなたとわたくしと……ポッターだけにしましょう。さあ、立って」

 アンブリッジはハリーとハーマイオニーを前に立たせた。

「お前達はこの連中が誰一人として逃げないようにしていなさい」
「分かりました」

 ザビニは何か言いたそうな顔をしていたが、ドラコが返事をした。

「さあ、二人とも早く案内しなさい」

 杖を突きつけたまま、アンブリッジは二人を先に行かせ、部屋を出て行った。