■不死鳥の騎士団

27:神秘部の戦い


 ドビーの姿現しで、魔法省の神秘部まで来た。透明マントで身を隠しながら、ハリエットはドビーに事情を説明した。

「ああ、ハリー・ポッター様の身が心配でございます……。どこにいらっしゃるのでしょうか?」
「私も詳しくはよく分からないの。神秘部に球がたくさん並んでる棚があって、そこに向かってると思うんだけど」

 暗い廊下の先に、黒い扉があった。近づくと、扉は独りでに開いた。その先は大きな円形の部屋だった。床も天井も何もかもが黒く、一ダースほどの扉がある。

 扉を閉めると、壁がぐるぐる回り始めた。数秒間ほどの間だっただろうか、壁は回転するのを止め、止まった。

「駄目だわ、今のでどこから入ってきたのかが分からなくなった」

 ハリエット達は、扉の一つに近づき、耳をすませた。一つ一つ確認している時間はない。どれかの扉の奥に必ずハリー達がいるのだから、物音がするはずだ。しかし、近くまで行くと、扉の中央に×印で焼き印がされているのが分かった。

「ハーマイオニーだわ」

 ×印は全部で三つあった。おそらく四つ目で正解を見つけたに違いない。

 残りを虱潰しに探すか、それとも――。

 考えあぐねていると、どこか遠くの方から怒号のようなものが聞こえてきた。

「こっちから聞こえているような気がします」

 ドビーはハリエットを一つの扉の前まで連れてきた。ハリエットはマントがきちんと二人の肩まで覆われているのを確認し、扉を開いた。

「ドビー、離れないでね」
「はい。ハリエット・ポッター様」

 先ほどの暗い部屋から一転、そこは眩しい光に照らされた室内だった。大小様々な時計が机や本棚に置かれている。

 中程まで行ったところで、複数の足音が聞こえてきた。正面の扉からだ。ハリエットは咄嗟に部屋の隅へ移動した。とそのとき、バンッと音を立てて扉が開く。そこから現れたのは、ハリーとハーマイオニー、そしてネビルだった。ハリーは水晶玉のような何かを持っていた。

「ハリー!」
「コロポータス! 扉よくっつけ!」

 ハリエットの声は、ハーマイオニーの呪文にかき消された。

「ハリー・ポッター様!」

 しかしドビーのキーキー声は良く響いた。

「……ドビー?」
「何か話してる!」

 ハリーが不思議そうに振り返ったが、ネビルの声に彼は注意を引き戻された。

「ノットは放っておけ。闇の帝王にとってはそんな怪我など、予言を失うことに比べればどうでも良いことだ。予言を手に入れるまではポッターに手荒な真似はするな!」
「退いてろ!」

 ルシウスの声がしたと思ったら、誰か他の男が叫んだ。

「アロホモーラ!」

 扉がパッと開いた。三人は机の下に飛び込み、二人の死喰い人が真っ直ぐ進んできた。

「机の下を調べ――」
「ステューピファイ!」

 ハリーとハリエットの声が重なった。幸運なことに赤い閃光はそれぞれ別の死喰い人に命中した。

 突然物音が止んだ。ハリー達はなかなか机から出てこない。どこからか飛んできた、ハリーではない閃光に警戒しているのだ。

「ハリー? 私よ」
「ハリー・ポッター様とそのご友人方! ドビーめも助けに参りました!」
「ハリエット? ドビー?」

 信じられないといった顔で、三人は机の下から出てくる。ハリエットはマントを脱いだ。

「一体……どうして二人が?」
「話は後よ。もうすぐ不死鳥の騎士団が駆けつけてくれるわ。それまで逃げ切らないと。ロンは? 他の皆もいるの?」
「四人とははぐれた。探さないと! こっちだ!」

 ハリエットの目の前を横切り、ハリーは黒いホールへ向かって走ったが、途中、二人の死喰い人がその扉から駆けてくるのを見た。進路を左に変え、五人は暗い小部屋に飛び込む。

「コロ――」
「インペディメンタ! 妨害せよ!」

 ハーマイオニーが扉を閉めきる前に、二人の死喰い人が突入してきた。二人は一斉に杖を振り、五人をまとめて吹き飛ばす。

「捕まえたぞ!」

 ハリーの胸ぐらを掴み、死喰い人が叫んだ。

「この場所は――」
「シレンシオ! 黙れ!」
「ペトリフィカス トタルス! 石になれ!」

 咄嗟にハーマイオニーが死喰い人を黙らせ、そしてハリーが二人目の死喰い人を石にさせた。

「うまいわ、ハリー!」

 ハーマイオニーは立ち上がりかけたが、一人目の死喰い人が急に杖を一振りした。呪文も何もない杖先からは紫の炎が閃き、ハーマイオニーの胸を横切った。ハーマイオニーは小さく悲鳴を上げて動かなくなった。

「ハーマイオニー!」

 ハリエットは慌ててハーマイオニーに駆け寄った。手首を診ると、脈はある。咄嗟に透明マントを彼女の上に掛け、机の下に隠した。

「ドビー、ハーマイオニーを見てて!」
「ペトリフィカス トタルス! 石になれ!」

 ハリエットも戦闘に戻ろうとしたが、ハリーが最後の死喰い人に呪文を命中させ、終了した。

「ハーマイオニーは!?」
「大丈夫! 脈はあるわ!」
「良かった……でも、他の皆を探さないと」
「ドビー、ハーマイオニーを連れて安全な場所に逃げてくれる?」

 ハリエットは透明マントをすくい上げた。そこにはまだ青白い顔をしたハーマイオニーが横たわっていた。

「私達は他の皆を探さないと」
「わ、分かりました、ハリエット・ポッター様」

 ドビーは心配そうだ。ハリエットを見た後、ハリーを見る。

「僕たちは大丈夫だよ。もうすぐ助けも来るんだ。ドビー、ハーマイオニーをお願いしてもいいかい?」
「はい。ハリー・ポッター様。ハリエット・ポッター様、ネビル・ロングボトム様……。どうかご無事で」

 ハーマイオニーの手を握り、ドビーはバシッと音を立てて姿くらましをした。途端に皆はきゅっと真剣な表情に戻す。

 ネビルの杖は折れてしまったので、ハーマイオニーの杖を借りることにして、黒いホールへ戻った。また壁が回転し、止まったところで、唐突に複数ある扉の一つがパッと開いた。

「ロン!」

 そこから倒れるようにして出てきたのはロンとジニー、ルーナ、セドリックだった。

「ハリー……はは、変な格好だな……めちゃくちゃじゃないか。あれ? ハリエットが見える。僕の目がおかしいのかな……おかしいか」

 ロンは口から黒いものを垂れ流し、言動もどこかおかしかった。ジニーは踵が折れてしまったという。セドリックとルーナは無傷だった。

「ここを出よう」
「ええ。でも、どうしてハリエットが?」
「ドビーと姿現しで来たの。ハーマイオニーはドビーと安全な場所に戻ってもらったわ。もうすぐここに騎士団が来るの。それまで耐え切れれば――」

 ハリーとセドリックがロンを支えた。ハリエットとルーナはジニーを両側から支える。

 十二ある扉に向き直ったところで、ホールの反対側の扉が勢いよく開き、三人の死喰い人が飛び込んできた。先頭はベラトリックスだ。

「いたぞ!」

 失神光線が室内を飛び回る中、ハリー達は目の前の扉に倒れ込んだ。

「コロポータス! 扉よ、くっつけ!」
「かまわん! 他にも通路はある――ここだ!」

 ハッとして前を向くと、確かに壁一面に扉があった。ロン以外が手分けして扉を封じて回ったが、ルーナが取りかかろうとした扉が、封じきる前に蹴破られた。ルーナは吹っ飛んで宙を舞った。セドリックは、雪崩のように襲いかかってくる死喰い人に妨害呪文を受けて壁に叩き付けられた。

「ポッターを捕まえろ!」
「エクスペリアームス!」

 ネビルがすかさず武装解除を放ったが、ハーマイオニーの杖からは何も出てこなかった。ハリーは、『予言の球』を頭上に掲げ、部屋の反対側へと全速力で駆け戻った。死喰い人を皆から引き離すつもりなのだ。

「ハリー!」

 彼の計画はうまくいき、死喰い人は皆ハリーを追った。ハリエットは床に転がっているロンとルーナ、そして歩けないジニーを集め、上から透明マントを被せた。

「ここでじっとしていて。良い?」
「でも……ハリエット!」
「私はハリーを助けに行ってくる。大丈夫、絶対に皆が助けに来てくれるから!」

 魔法省は姿現しができないのだろう。しもべ妖精の魔法がなければ、自分たちの足で来るしかないのだ。

 セドリックもマントの所まで引っ張ってこようと近づいたら、彼はまだ意識があった。呻きながらも起き上がる。

「セドリック、透明マントがあるから、その下で――」
「いや、僕も行く。まだ戦える」
「でも――」
「これくらいドラゴンに比べたら屁でもないさ」

 セドリックらしくないジョークに、ハリエットは思わず表情を緩めた。彼の手を引っ張って立ち上がらせると、ネビルもよろよろとハリーの後を追うところだった。三人は走った。僅かに死喰い人達の怒号が聞こえた。

 ようやく死喰い人の黒いローブが見えた、と思ったら、彼らは急に姿を消した。階段を駆け下りたのだ。

 階段まで来ると、ハリーが十数人の死喰い人達に囲まれているのが見えた。

「ステューピファイ!」

 後ろからは卑怯だなんて今は言っていられない。ハリエットとセドリックは立て続けに失神呪文を放った。だが、ネビルの杖先からは何も出ず、実質二人分の戦力だった。

 ハリエット達が敵の戦力を削れたのは二人までだった。ハリーもその隙をついて一人昏倒させることに成功したが、すぐにまた囲まれる。

「捕まえろ!」

 大柄な死喰い人がネビルを後ろから羽交い締めにした。ハリエットは走り回って何とか戦力を削ごうとしたが、敵の一人が放った呪文が右手をかすり、杖を取り落としてしまった。視界の隅に、セドリックが武装解除の呪文を受けるのが見えた。

 すぐに距離を詰められ、ハリエットは腕を拘束された。ハリーは顔を歪め、ハリエットとネビルを見ている。

「その子はロングボトムじゃないか? おやおや、私はお前の両親とお目にかかる喜ばしい機会があってね」
「知ってるぞ!」
「いや、いや、光栄なことで。両親と同じように気が触れるまでどのぐらい持ち堪えられるかやってみようじゃないか……それとも、ポッターが予言をこっちへ渡すというなら別だが」
「渡しちゃ駄目だ!」

 ネビルは叫んだ。ベラトリックスは目にもとまらぬ速さで杖をあげる。

「クルーシオ! 苦しめ!」

 悲鳴を上げ、ネビルはその場に転がり落ちた。身体が痙攣している。

「今のはご愛敬だよ。さあ、ポッター、予言を渡すか、それとも可愛い友が苦しんで死ぬのを見殺しにするか!」

 ハリーは、ゆっくり予言の球を差しだした。

 しかしその時、ずっと上の方で、扉がまた二つ開き、五人の姿が駆け込んできた。ルーピン、ムーディ、トンクス、キングズリー、そしてシリウスだった。