■不死鳥の騎士団
30:決別
戦いが終わった後、ハリーは一足先にダンブルドアと共にホグワーツへ戻った。そこで全ての全貌を聞かされた。
ハリーの額の傷は、ハリーとヴォルデモートとの間に結ばれた絆の印であること、ヴォルデモートの感情が高まると傷跡が警告を発すること、そしてヴォルデモートもそのことに最近気づいていたこと。ここでダンブルドアが恐れたのは、ヴォルデモートがハリーの心に入り込み、考えを操作したり、ハリーをスパイとして操ったりすることだったという。そのため、ダンブルドアとハリーとの関係が、校長と生徒以上に親しいと気づかれないよう、ここ最近はハリーと距離を置いていたと。そして何より、ハリー自身の心を武装させるためにも、スネイプに閉心術を教わるように言ったのだ。
ヴォルデモートは、自分の身の危険に関わる『予言』を手に入れたかった。しかしその予言は、予言に関わるものしか球から取り上げることができない。そのため、ヴォルデモート自身が侵入し、ついに姿を現すという危険を冒すか、ハリーを操り予言を取るかのどちらかしかなかった。
ヴォルデモートは、ハリーがシリウスをとても大切に思っているということをクリーチャーから聞いていた。クリーチャーは、クリスマスの少し前にシリウスから『出て行け』と言われたのを、屋敷から出て行けという命令だと解釈した。そしてブラック家の中でまだ尊敬できるナルシッサの元へ行き、ハリーとシリウスの関係を話し、それがヴォルデモートに伝わってしまったのだ。
そして、ハリーが暖炉からクリーチャーにシリウスの居場所を聞いたときも、しらを切るどころか、まさに神秘部に囚われているということを仄めかしたのだ。そもそもシリウスがあの場にいなかったのも、クリーチャーがバックビークに怪我をさせ、シリウスが上の階で手当てをしていたからだという。
そしてダンブルドアは語った。そもそも、ヴォルデモートが幼いハリーを殺そうとしたのは、ある予言のせいだと。ヴォルデモートは予言の全てを知らず、呪いが跳ね返って返り討ちに遭ってしまった。そして昨年復活したとき、予言の全貌を聞こうと決意した。復活以来、ヴォルデモートが執拗に求めていた武器というのが、予言――どのようにハリーを滅ぼすかという知識なのだ。
そしてその予言が。
『闇の帝王を打ち破る力を持った者が近づいている……七つ目の月が死ぬとき、帝王に三度抗った者たちに生まれる……そして闇の帝王は、その者を自分に比肩する者として印すであろう。しかし彼は、闇の帝王の知らぬ力を持つであろう……一方が他方の手にかかって死なねばならぬ。なんとなれば、一方が生きる限り、他方は生きられぬ……闇の帝王を打ち破る力を持った者が、七つ目の月が死ぬときに生まれるであろう……』
この予言を盗み聞きした者は、七月に男の子が生まれるという部分だけを聞いて、見つかってつまみ出されたのだという。そのため、ヴォルデモートはハリーが闇の帝王の知らない力を持つことも知らなかったのだ。
*****
神秘部の戦いを経て、ハーマイオニーやロン、ジニーはしばらく医務室で入院することになったが、しばらくじっとしていれば直に元気になるという。
ダンブルドアは無事校長の座に戻った。魔法省がヴォルデモート卿が復活したことを表明し、ダンブルドアが正しかったことが証明されたからである。日刊予言者新聞は、ハリーをさんざんこき下ろしていたくせに、今ではすっかり手のひらをかえ、ハリーを『嘲りにも耐えて真実を発し続けた少年』としていた。
アンブリッジはといえば、禁じられた森から戻ってきてからは人が変わったように随分大人しくなり、医務室に入院していた。
ハグリッドもちゃんと戻ってきた。グロウプも元気だという。
アンブリッジや尋問官親衛隊によって、地に落ちていたグリフィンドールの点数は、聖マンゴを退院し、すっかり元気になったマクゴナガルによって急浮上した。ハリーとその友人が、世間に対し『例のあの人』の復活を警告したことで、それぞれに五十点与えられたのだ。グリフィンドールに計三百点、ハッフルパフに五十点、レイブンクローにも五十点だった。スリザリンはさぞ悔しい思いをしたに違いない。
*****
しばらくして、シリウスから『わたしと話したいことがあれば、クリスマスのときに送ったものを使いなさい』とだけ書かれた手紙が届いた。
シリウスが屋敷から抜け出すようなことがあってはならないと、ハリーがトランクの隅に押し込んでいた包みのことだった。ハリーはハリエットを寝室に呼び、二人で包みを開けた。そこから現れたのは、小さな四角い鏡だった。裏返すと、シリウスの走り書きがあり、それによると、この鏡は『両面鏡』というもので、鏡に向かってシリウスの名を呼ぶと、シリウスの鏡にハリーが映り、シリウスはハリーの鏡の中から話すことができるという。
実際にシリウスの名を呼ぶと、今か今かと待っていたのか、すぐにシリウスがにっこり笑って現れた。ハリーとハリエットは、競走するように鏡に自分の顔を映した。
鏡を通して、三人はこの前の戦いについてたくさん話した。ハリーの戦い振りがジェームズのようだったとか、ハリーとハリエットは息がピッタリあっていたとか、ベラトリックスを捕まえられなかったのは残念だったとか。
途中でハリエットが、『スネイプ先生に、私までハリーの後を追ったことで散々怒られたの』と少し冗談っぽく言えば、シリウスはカンカンになって怒った。そして放った言葉が、『この鏡をスネイプの部屋に持って行け』。
嫌がるハリエットをなだめすかし、ハリーが意気揚々とスネイプの元に鏡を持って行けば、目の前で繰り広げられる罵詈雑言の嵐。
『自分に力があると過信するジェームズ・ポッターそっくり』だの『臆病で暗い奴の僻み』だの『魔法省で捕まれば良かったのに』だの『アンブリッジに停職にされてれば良かったのに』だの、次第に口論のレベルが低くなっていくのを見て、双子は思わず遠い目をした。特にハリーはがっくりした。てっきりハリーは、シリウスが屋敷を抜けだし、無理矢理にでもホグワーツにやってくるというのを想像していたのだ。こんなことなら、最初からシリウスと話したいときはこの鏡を使っておけば良かった、と思った。
*****
ロンとハーマイオニーは医務室で、ハリーはハグリッドの小屋で。
ハリエットは、一人城の外を歩いていた。そして最近はめっきり近寄らなくなった場所――城裏へと向かった。かつて、ドラコと箒の練習をしたところだ。
ハリエットは、ふくろう便でドラコに呼び出されていた。彼が呼び出した理由も分かっていた。
曲がり角を曲がると、ぽつんとドラコが立っていた。いつも綺麗にセットされている髪が、風に吹かれてボサボサだった。見たところ、少し痩せたようだ。だが、それとは関係なしに、少し強い風が吹けば、今にも倒れてしまいそうな脆さが彼にはあった。
ドラコは僅かに顔を上げた。目の下にはクマもあった。
「父上が……」
声が掠れ、風にかき消えた。ドラコは一度口を閉じ、再び開いた。
「アズカバン……アズカバンに、入れられた。捕まったんだ」
「…………」
「何があったんだ?」
新聞で情報は得ているだろう。だが、直接聞きたいという彼の気持ちは痛いほど分かった。彼ほど両親を大切にする人なら、今の胸の痛みは想像を絶する。
「ハリー……ハリーは、ヴォルデモートと額の傷を通して繋がってるの」
ハリエットは、ゆっくり話し始めた。ドラコの顔は見る勇気が出ず、地面を見つめた。
「ヴォルデモートは、魔法省にある武器を手に入れたかった。だから、ハリーにシリウスを拷問させてるという夢を見させて、魔法省に誘き出したの。罠だったのよ。でも、ルーピン先生やシリウス……ハリーの仲間達が助けに来てくれた」
ハリエットは生唾を飲み込んだ。緊張で喉が渇いた。
「死喰い人達と入り交じって戦ったわ。そこで、ハリーとシリウス……ドラコのお父様と、もう一人の死喰い人で交戦することになった」
「…………」
「ハリーが死喰い人を倒した後、シリウスも、ドラコのお父様に武装解除をかけたわ。その後、シリウスの……放った呪いがあなたのお父様に当たって、それで」
「気絶したのか」
平淡な声だった。にもかかわらず、ハリエットはビクリと肩を揺らす。下を見続けるハリエットの視界に、ふらつくドラコの足が映った。
「……僕は、あそこでお前を行かせてはいけなかった」
呟くようにドラコは言った。
「ポッターを行かせてはいけなかった。あそこで力尽くでも止めていたら……父上は……」
「違う……違うわ」
「何が違うんだ?」
詰問するような口調にハリエットは一瞬怯み、しかし言葉を押し出した。
「ドラコは……悪くない」
「じゃあ誰が悪いんだ? お前か? シリウス・ブラックか?」
睨むように見続ける地面の上に、ポトリと何かが落ちた。茶色の染みが、ポツポツとドラコの足下にできていた。
ハリエットよりも大きい革靴は、そのまま黙って行ってしまった。ハリエットは結局一度も顔を上げることができなかった。
*****
胸の奥に堪りきった鬱憤を、ドラコはハリーに復讐することがどうにかしようと思ったらしい。
ホグワーツ特急で、ハリーがトイレから戻る途中、ドラコとクラッブ、ゴイルの三人は車両の中程で待ち伏せていた。
だが、急襲の舞台として、生憎と車両のほとんどがDAメンバーで一杯のコンパートメントのすぐ側を選んでしまったため、三人は返り討ちに遭った。三人は切り傷だらけになり、顔にはでき物ができた。汽車がキングズ・クロス駅に到着しても、三人は通路に放っておかれた。
ハリエットは、一人コンパートメントの中に残った。青白い顔で気絶するドラコ達に杖を向ける。
「リナベイト 活きよ」
続いて、せめてもの治癒呪文をかけた。
「エピスキー 癒えよ」
でき物はすこし収まり、切り傷は消え去った。ハーマイオニーならきっと完璧に癒やすことができただろう。
ハリエットはすぐに立ち上がった。ドラコは、間違いなくハリエットに助けられることを良しとしないだろう。プライドを傷つけてしまう――。
「待て」
だが、鋭い声が空気を切り裂き、ハリエットの足は止まった。振り返れば、ドラコはゆっくり起き上がっていた。そして彼は周りを見渡し――状況を理解した。ハリエットを見る視線は憎々しげなものだった。
「余計なお世話を!」
「……そんなつもりじゃ」
「僕たちは敵だ」
ドラコは短く言い放った。分かっていても、ハリエットの胸は傷ついた。
「もうポッターにも話しかけない。相手にする価値もない。……どうだ、良かったな。もう僕に嫌な思いをさせられることもないぞ」
「……ドラコ」
「僕の名を呼ぶな!」
吠えるように叫び、ハリエットの足は怯えたように一歩後ずさった。己を見つめる彼の眼は、ハリエットのことを心から憎いと叫んでいて。
「今後一切僕に話しかけるな」
そう言い放つと、ドラコはクラッブ、ゴイルを起こし、汽車を降りていった。ハリエットは茫然とその場に立ち尽くしていた。
ハリーが呼びに来るまで、その場から動けずにいた。