■謎のプリンス

01:開心術


 黒々とした長テーブルには、黙りこくった人々で埋まっていた。座席はほとんど埋まっていたが、あと二人、まだここに姿を見せない者がいたのだ。

 しかし、やがて軋み音を立てて重厚な作りの扉が開いた。そこから現れたのは、共に黒いローブを羽織った二人の人物。一人は蒼白な顔をした女性で、長いブロンドの髪を背中に流れるままにしている。もう一人は、彼女よりも一歩引いた場所に立った、青白い顔の少年だ。丁度青年期へと移行する時期で、しかしまだ幼さは完全には抜けきれず、どこかちぐはぐな印象を受ける少年だ。彼と似た父親を、この場の全員がよく知っていた。

「遅い。遅刻すれすれだ。もしや来ないのかと思っていたが」

 声の主は、テーブルの一番奥の席に座っていた。髪はなく、ヘビのような顔に鼻腔が切り刻まれた男だ。赤い両眼の瞳は細い縦線のようで、蝋のような顔は青白い光を発しているように見える。

「申し訳ありません、我が君。……屋敷を魔法省に検閲されていたものですから」
「良かろう。ナルシッサ、ドラコ、ドロホフの隣へ」

 ポッカリと空いていた空席二つに、二人は腰をかけた。ヴォルデモートはようやく皆を見回した。

「さて」

 その一言だけで、部屋中の空気がより一層下がった。席に着く皆が身体を強ばらせるのが互いに分かった。

「先日、俺様はルシウス・マルフォイを筆頭に、十数名の死喰い人にある使命を託した。魔法省にある『予言』をとって来るといういとも簡単な使命だ。俺様はハリー・ポッターを魔法省に誘き出し、ルシウス達は見事ポッターとその仲間六名を包囲した」

 そこでヴォルデモートは一旦言葉を切った。しかし次に発せられた声は、一段と低く、耳に入れた者が身を震わせるほどだった。

「にもかかわらず、ポッターを逃がし、かつ『予言』を失った。愚かにもルシウスや幾人かの死喰い人は捕まった……。俺様は魔法省の奴らに姿を見られ、復活したことが明らかとなってしまった……」

 ヴォルデモートはぐるりと死喰い人達を見回し、ある一点で視線を止めた。

「さて、この失敗はどう償うべきか……ナルシッサ、お前はどう考える?」
「我が君……」

 ナルシッサは恐れおののきながら頭を下げた。

「より一層の忠誠をもってして――」
「はっ」

 ヴォルデモートは鼻で笑い飛ばした。

「お前の言う一層の忠誠とは、いかに? 夫は捕まり、財産は差し押さえられ……お前達の唯一と言っても良い武器は今どこに?」

 笑い声があがった。ヴォルデモートはただ母子を辱めるためにしばらく黙ったままでいた。そして再び口を開いたときには。

「失敗した者たちには、償いをしてもらわねばならん。そうだな、ナルシッサ」
「その通りでございます」
「――して、そなたの倅は、常日頃からルシウスが自慢していたな」

 ヴォルデモートの声に、ナルシッサは目を見開き、ドラコは強く拳を握りしめた。

「早く成人になり、死喰い人として見えることを楽しみにしていたが、まさかこんなに早くその時が訪れようとは」

 しばしの沈黙すら、心臓を締め付けるようだった。

「ドラコ、ここへ」

 優しい声だった。ドラコはまるで服従の呪文をかけられたかのように、自分の意志とは反対に身体が動き出すのを感じた。しかし元来臆病だったドラコの身体は正直だ。ガタンと隣の椅子に足をぶつける。ヴォルデモートの下に行くときも、足は震えていた。喉がカラカラに渇き、干からびてしまいそうだった。

「お前の父は、今どこにいる?」
「……アズカバンです」
「そうだな。なぜそんなところにいるのか分かるか?」
「任務に失敗したからです。……我が君」
「その通りだ。ルシウスは、愚かにも俺様の任務に失敗した。嘆かわしいことだ。あやつには期待をかけていたが。……だがな、ドラコ。俺様はお前にも期待をかけている。他でもないあやつが自慢していた息子だからな」

 赤い目に、暖炉の灯りが不気味に反射した。

「ドラコ、さあ、腕を出すのだ」

 ドラコは恐怖に目を見開いた。反射的に開いた口は、閉じられることなく、唇を震わせて制止する。

 ナルシッサは慌てて声を上げた。

「わ、我が君。大変光栄に思います。ですが、ドラコはまだ十六――」
「そうだ、光栄なことだな」

 ヴォルデモートはゆっくり頷いた。

「十六で死喰い人になれるのは。さあ、ドラコ。左腕を出すのだ」

 ドラコは、震える右手で、左腕のローブをまくった。青白い細腕だった。

 ヴォルデモートは杖を振り上げ、とんとドラコの左腕を叩いた。徐々に漆黒の髑髏が浮かび上がる。その口からは、舌のように蛇が這い出していた。――闇の印だ。

 ドラコは血の気の失った顔でその禍々しい印を見つめた。まるで生まれたときからそこにあったかのように、印は腕に染みこんでいた。触ってみても、腕の表面を指が滑るだけ。

 動悸が速くなる。

 ――戻れない。

 窒息しそうだった。

 ――もう、戻れない。

「さて、早速だが、お前の実力を見てみよう」

 ヴォルデモートは楽しげな声を出した。

「未来溢れる年若い死喰い人の実力を、お前達も気になるだろう?」
「もちろんでございます、我が君」
「他でもない、ルシウスの倅ですから」

 堪えきれない失笑が漏れる。ヴォルデモートも愉快そうに唇の端を歪める。

「そう興奮するな。あまり期待をかけすぎて肩すかしを食らうのは二度とごめんだ。まず手始めに、そうだな……」

 ヴォルデモートは考え込むようにドラコを見た。

「心を覗いてみるとしよう。まだホグワーツで学ぶ身のお前に、稀少な経験をさせてやろう。開心術といって、他人の心から感情や記憶を引き出す術だ」

 ヴォルデモートは己の杖を手のひらで弄んだ。

「俺様は開心術に長けている。俺様は虚偽を見破る。もしお前が嘘をつこうとしても……俺様の前では偽りは口にできない。お前に限ってそんなことはないだろうが、ルシウスの件がある。お前がどう思っているのか覗かせてもらおう」
「我が君――」

 ナルシッサはまたしてもヴォルデモートに声を上げた。ヴォルデモートは苛立たしげにナルシッサを一瞥する。

「俺様は磔の呪文でもなんら問題はないが。俺様を裏切ることのないよう、一度想像を絶する苦痛を味わうのでも良いだろう」
「申し訳ありません、我が君。仰せのままに……」

 恐れおののき、ナルシッサはすぐに引き下がった。

 ヴォルデモートはドラコに向き直る。

「今から俺様はお前の心に押し入る。精一杯抵抗するのだ。お前の実力を見せてみよ」

 ヴォルデモートはドラコと目を合わせ、杖をぐんと突きつけた。

「レジリメンス」

 何が何だか分からず、まだ構えすらドラコはできていなかった。

 目の前の光景がぐるぐる回り、消えた。途切れ途切れの映像を見ているかのように画面が次々に頭をよぎる。そのあまりの鮮明さに目が眩み、ドラコは辺りが見えなくなった。

 ――六歳だった。父と母が誕生日を祝ってくれていた。しもべ妖精は大忙しで料理を運び込んでいた。

 九歳だった。マグルの乗ったヘリコプターを危うく交わし、しかしその後地面に墜落した。母が血相を変えて駆けてくるのが見える。

 十一歳だった。かの有名なハリー・ポッターに握手を求めたのに、応じてもらえなかった。悔し紛れに嫌味を吐き捨てた。

 組み分け帽子が頭に乗せられた瞬間にスリザリンを叫んだ。当然だ、とドラコは微笑んでいた。

 ポッターは初めて乗ったとは思えない飛行技術だった。しかしすぐにマクゴナガルに連れて行かれ、退学も秒読みだと笑った。

 場面がまた変わる。

 箒を持って、ドラコは歩いていた。いつもの場所に練習しに行くのだ。いつも練習はただ一人きりで行っていた。誰にも見られたくなかったし、練習しないと上手くないと思われるのも嫌だった。しかしある日を境に、彼女が度々現れるようになった。面倒くさいことに、箒を教えてくれと言う。ドラコは憂鬱だった。この曲がり角を曲がれば、彼女はまたいつものように笑って挨拶をするのだろう――。
『駄目だ!』
 頭の中で警鐘が鳴り響く。
『これ以上見せては駄目だ――』
「ああああっ!」

 ドラコは、切り裂くような自分の叫び声で我に返った。いつの間にかその場にのけぞり、全身にぐっしょりと汗をかいていた。

「なかなかセンスはあるようだな」

 ヴォルデモートの声が上から降ってきた。

「俺様の開心術を破るとは」

 見上げると、彼の口元は弧を描いていた。

「だが、あそこで俺様を弾き出したことは気に食わん。何を隠そうとした?」
「…………」

 ドラコの顔を覗き込むようにしてヴォルデモートは言った。ドラコは口元を結び、耐えた。ヴォルデモートはまた口角を上げた。

「口を割らぬのなら、何度でも試すのみだ。せいぜい抵抗してみよ。レジリメンス!」

 ドラコの心に再び侵入者がやってきた。

 グレンジャーに向かって穢れた血と叫んだ。ウィーズリーの魔法が逆噴射し、彼はナメクジを吐いた。

 黒犬に連れ去られたのは朽ち果てた屋敷で、いつの間にか背の高い男が自分を見下ろしていた。

 バッジを光らせるたび、ポッターの顔が歪むのは見ていて胸がスッとした。

 ドラコは走っていた。夜の闇へと消えた二人を追っていた。学習しない彼女に苛立った。そして湖の近くでようやく二人を見つけたとき、互いに杖を突きつけていた――。

「――っ」

 極限まで目を見開き、ドラコはようやく我に返った。またしても床に転がっていた。木製の床に汗の染みができている。

「レジリメンス!」

 ヴォルデモートは休む暇を与えなかった。次から次へとドラコの心を暴いていく。開心術をかけられては床に倒れ、もがいては気がつき、また開心術をかけられての繰り返しだった。

 一体どれだけの時間が経っただろうか。

 足掻き続けるドラコをヴォルデモートは無表情で見下ろしていた。なかなか己の心を明け渡さないドラコに彼が苛立っているのは明白だった。ナルシッサは恐る恐る声をかけた。

「わ、我が君……。一旦、時間をおいては? 我が君の手を煩わせるわけには参りません。ドラコが胸に抱えていることについては、私が何としてでも聞き出すようにいたします。どうか、ご容赦を――」
「その必要はない。もうじき墜ちる」

 ヴォルデモート吐き捨てた。実際、実感もあった。もう少し、もう少しで全てが明らかになる――。

 ドラコの心は追い詰められていた。絶対に暴かれたくない秘密は心の奥底に追い立てられていた。もはやその場所以外の全てはヴォルデモートによって荒らされた。残るはここだけだった。

 ヴォルデモートは、心の一番柔らかい部分を躊躇なく攻撃した。ゴムのようにはじき返すかに思われたその部分は、やがて音を立てて破裂する。途端、堰が切れたように記憶が、思い出が、感情が、そこから溢れ出した。

 ――出会いは、マダム・マルキンの店でだった。マグル育ちであることは気になったが、分からないことは分からないと素直に口にする彼女には好感を持った。

 ハリー・ポッターは、握手に応じなかった。自然と彼女のことも嫌いになった。でも箒におっかなびっくり乗る姿を見ると、どうしてだかポッターのことは忘れるようになっていた。

 夏休みに手紙を送ると言ってきた。大して仲良くもないのにと思っていたら、彼女は返事をする前に手を振って去って行った。

 父の持ち物に確実に操られているのだと思った。自分でもどうすれば良いのか分からなかった。できたのは、日記を投げ捨てることだけだった。

 スネイプ先生に初めて嘘を吐いた。彼女が抱きついてきて、名前を呼んでと言われたが、そんなことできるわけがなかった。

 ザビニに組み敷かれる彼女を見て、頭に血が昇った。しかしそれとは対照的に、冷静に杖を向けている自分に気づいた。

 駅のプラットフォームで、彼女が満面の笑みを浮かべて黒犬と戯れるのを眺めていた。

 悪戯グッズをしかける彼女の目がキラキラ輝いていて眩しかった。

 夜に男と二人で校内をうろついている彼女を見て、無性に苛立った。

 アンブリッジが彼女に杖を向け、どうにかせねばと咄嗟に彼女の手に杖を握らせた。

 コンパートメントで、自分を見る彼女の目が悲しみと同情を含んでいるのを感じ取り、決別を言い放った――。

 止めろ……止めろ、止めろ止めろ! 見られたくない! 見られたら駄目だ! 知られてはいけない!

 ドラコは頭を掻きむしった。身体は動くのに、抵抗することができない。

 ――見られている。

 全身が凍るようだった。鋭く尖った巨大な氷の刃が、何千と全身に突き立てられたような感覚だった。

 ――ヴォルデモートに、見られている。

 絶対に、知られてはならなかった。知られてはいけなかったのに。

 ――彼女の声が、怒濤のように押し寄せてきた。
『これからよろしくね』
『私に箒を教えてくれない?』
『さっきのあなた、とっても最高だった!』
『――はい』
『ドラコは意外と努力家だものね』
『……ドラコ』
 ――駄目だ、駄目だ駄目だ!

 耳を押さえても、彼女の声は頭に響いてくる。目を閉じても、目の奥の光景は止まない。

 彼女の笑顔が、声が、全身に溢れていた。せき止めていたものはもはや壊されてしまった。洪水のように押し寄せてくるそれに、ドラコは抵抗する術を持たなかった。

 ――ああ、そうか――。

 もうドラコは理解するしかなかった。

 一方的に怒ったり突然泣いたり、彼女はいつも調子を崩してきてばかりで。

 彼女が笑うと鼓動が早くなって、彼女に触れられるとどうすれば良いか分からなくなって。

 彼女の前ではいつも自分らしくいられなくて。

「…………」

 気がつくと、ドラコは床に倒れていた。右の頬が冷たい床に触れている。頬を何かが伝っていた。それが床に新たな染みを作っていた。

 好きになってはいけないのに、好きになってしまった。

 知られてはいけなかったのに、知られてしまった。

 ――ハリエット。

 頭の中ですら呼べなかった名前を、ドラコの唇がゆっくりかたどった。

「――はっ」

 乾いた空気が漏れる音で、ドラコは我に返った。茫然として起き上がれば、ヴォルデモートは身体をのけぞらせて高笑いしていた。

「はははははっ! 面白い! これは傑作だ! ドラコ、まさかお前がハリー・ポッターの妹を好いていたとは!」

 席に着く死喰い人の間に動揺が走った。口々に困惑の声を漏らす。

 ――まさか、ルシウス・マルフォイの倅が、ハリー・ポッターの妹を?

「名は何と言ったか……確か、ハリエットとな?」

 まだ消えない笑みをそのままに、ヴォルデモートは歌うようにその名を口にする。

「あ、あり得ません!」

 ナルシッサは眦を決して立ち上がった。

「その子は、マルフォイ家の息子です! 何かの間違いですわ!」
「俺様の開心術に意見があるようだな?」
「わ、我が君、まさかそんな、滅相もございません……」
「どうやら、ナルシッサにとっては気の毒なことに、倅の想いは本物らしいぞ。可愛らしいことに、一緒に箒の練習までしたことがあるようだ」

 死喰い人達は下卑た笑い声をあげた。ヴォルデモートは宥めるような目をドラコに向ける。

「ドラコ、お前とハリエット・ポッターは随分と仲が良いようだな? かの娘がハリー・ポッターの妹ではなくて、純血で、純血主義で、名家の出で……そんな娘だったら、俺様も心から祝福したというのに、残念なことだ」

 下品に笑いは、冷笑に変わった。ドラコはただじっと地面を見つめていた。

「さて、ドラコ。お前の実力が分かったところで、ある任務を任せようと思う。これはお前にしか成し遂げられぬことだ。他の者には出て行ってもらおうか」

 ヴォルデモートは死喰い人達を見回した。彼らは、一瞬何を言われたのか分からず呆けた。

「聞こえなかったのか。ドラコとナルシッサ以外は出て行け」

 視線に力を込めると、死喰い人達は慌てて立ちあがり、いそいそと部屋を出て行った。後に残るは、ヴォルデモートとナルシッサ、ドラコのみだ。

「ドラコ、お前が父ルシウスの失敗を償うためにここにいるとは先ほども伝えた。ルシウスの失敗は俺様に大きな痛手を負わせた。それ相応の償いが必要だ」

 ヴォルデモートは、赤く光る目を細めた。

「ドラコ、お前にはダンブルドアを殺害してもらう」

 ヒュッとナルシッサの喉が音を立てた。血相を変えて彼女はヴォルデモートに跪く。

「ああ、まさか我が君……。まだ十六のドラコに、そんな、そんな大役を成し遂げることができようと……?」
「ルシウスの代償は大きいのだ、ナルシッサ」

 ナルシッサは声なき悲鳴を漏らした。

「だが、俺様はドラコに期待している。必ずやその手でダンブルドアを殺めることができると」
「我が君……」

 ナルシッサは泣き崩れた。ヴォルデモートはそんな彼女を歯牙にも掛けなかった。

「ドラコ、もしもその期待を裏切るようなことがあれば……分かるな?」

 ヴォルデモートは声を潜め、グッとドラコに顔を近づけた。

「アズカバンといえど、お前の父親はどうなると思う。俺様の力を甘く見るなよ。父と母が人質だ。お前はもはやこの任務を成し遂げるほか道はない」

 ドラコは、地面に崩れ落ちているナルシッサを見つめた。彼女は拳を握るだけで、何も言わない。ドラコはギュッと目を瞑り、そして――頷いた。

「我が君……仰せのままに」
「よろしい」

 一呼吸おき、そしてヴォルデモートはドラコに杖を突きつけた。反射的にドラコは杖を握った。だが、抵抗する間もなくヴォルデモートは呪文を放つ。

「インペリオ! 服従せよ!」

 その時、多幸感がドラコの全身を包み込んだ。かつて、授業でもこの呪いを受けたことはあったが、その比ではない。全ての些事ががどうでも良くなり、眼前に立つ闇の帝王以外のことは何も考えられなくなる。

「良いか、ドラコ……。先の使命とは別に、もう一つお前にはして欲しいことがある。……俺様の下に、ハリエット・ポッターを連れてくるのだ。ダンブルドアを殺した後に、ハリエット・ポッターをここへ必ず連れてくるのだ。良いな?」

 光を失った瞳で、ドラコはこっくり頷いた。ヴォルデモートは満足そうに笑む。

「なぜ服従の呪文を使うのかと不思議そうだな、ナルシッサ?」

 ヴォルデモートは戸惑うようにドラコを見ているナルシッサに声をかけた。

「いや、逆か。なぜダンブルドア殺害も服従の呪文を使わないのか……。ダンブルドア殺害については、ルシウスの失敗の償いだ。ドラコ自身の力でやり遂げねばならぬ。二つの命については……安全策をとったまでだ。服従の呪文をかけねば、ドラコは――」

 何か言いかけたが、ヴォルデモートはその先を口にしなかった。

「まあ良い。ドラコ」

 再びドラコに視線を戻すと、ゆっくり彼のグレーの瞳に光が戻ってくるところだった。

 やがて彼の瞳の焦点が合う。自分の身に何が起こったのかと、ドラコはキョロキョロ辺りを見回した。

「ドラコ、お前にはこれからベラに閉心術の特訓を受けてもらう。なかなかのセンスだったが、まだ未熟だ。ダンブルドアに、殺害の計画を知られてはならぬ。必ず閉心術を会得してもらう」
「承知いたしました、我が君」

 ナルシッサに連れられ、ドラコは部屋を出た。一人きりになったヴォルデモートは椅子にゆったりと腰掛ける。

「はははは、楽しみだな。奴の倅は、一体どれだけあがくのか……」

 ヴォルデモートの愉快そうな、冷たい笑い声が、室内に響いた。