■謎のプリンス

04:マルフォイ母子


 土曜日の朝に、ダイアゴン横丁に行くことになった。

 一度隠れ穴に戻り、そこから魔法省から借りた車で向かった。ハリーは第一級セキュリティの資格が与えられているので、このような待遇だという。

 漏れ鍋で待っているという追加の護衛要員は、ハグリッドだった。彼に連れられて、ハリー達四人はまず新しいドレスローブや学校用のローブを買いにマダム・マルキンの店に向かい、アーサー、モリー、ジニーは、教科書を買いに行った。

 ダイアゴン横丁はすっかり様変わりしていた。ヴォルデモート復活や、死喰い人の度重なる悪行のせいで、皆の不安が高まっているのだ。立ち話もせず、用が終わればさっさと帰る人がほとんどだ。一人で買い物をする客は誰もいない。

 ハグリッドは店の外で待ち、ハリー達四人は店内に入った。

 外からは誰もいないように見えたが、入ってすぐ、店の奥から聞き慣れた声が聞こえてきた。

「お気づきでしょうが、母上、もう子供じゃないんだ。僕は一人で買い物ぐらいできます」
「あのね、坊ちゃん。あなたのお母様のおっしゃるとおりですよ。もう誰も一人でフラフラと歩いちゃいけないわ。子供かどうかは関係なく……どうですか、長さはこのくらいで」
「腕に触るな!」

 青白い、顎の尖った顔にプラチナブロンドの少年がローブ掛けの後ろから現れた。腕を庇いながら、鏡を見てローブの裾を確かめている。ふと鏡越しにハリー達と目が合った。確かに、合ったはずだった。

 しかし、ドラコはふいと視線を逸らし、何事もなかったかのようにマダム・マルキン達と会話し始めた。その行動の違和感に、ハリー達が訝って眺め続けていると、視線を感じたナルシッサが振り返った。ローブかけの上から四つの顔が覗いているのを見て眉を顰めた。

「何の用です。あなた達は他の客をジロジロ観察するよう躾けられているのですか」

 ナルシッサはハリーに目を留めると、忌々しそうに表情を歪ませた。

「アズカバンを脱獄したような男と仲良くしている時点で、聞くまでもなかったようですね」
「――っ!」

 ハリーとロンが杖を構えた。口論に気づいたマダム・マルキンが慌てる。

「私の店で杖を引っ張り出すのはお断りです!」
「攻撃したりすれば、それがあなた達の最後になるようにしてあげますよ」
「――ハリー」
「へえ?」

 ハリエットの腕を振り払い、ハリーは一歩進み出てナルシッサを睨み付けた。

「仲間の死喰い人を何人か呼んで、僕たちを始末しようって訳か?」

 マダム・マルキンは悲鳴を上げて心臓の辺りを押さえた。

「そんな、非難なんて――そんな危険なことを――杖をしまって、お願いだから!」
「ダンブルドアのお気に入りだと思って、どうやら自分は絶対安全だと高を括っているようね、ハリー・ポッター。でも、ダンブルドアがいつも側であなたを守ってくれるわけじゃ――」
「母上」

 ナルシッサの言葉を遮ったのは、ドラコだった。

「こんな奴ら相手にする価値もありません。行きましょう」

 ドラコはローブを引っ張って頭から脱ぎ、マダム・マルキンの手に押しつけた。

「その通りね、ドラコ。この店の客がどんなクズか分かった以上、トウィルフィット・アンド・タッティングの店の方が良いでしょう」
「逃げるのか?」

 ハリーはなおも挑戦的な目つきで叫んだが、ハリエットが引き留めた。妹が怒っているのを見て、ハリーはようやく我に返った。その時にはもう既にマルフォイ親子は店の外へ出ていった後だった。

「ああ、全く!」

 マダム・マルキンは刺さったままのピンを抜き取り、忌々しげにローブの皺を伸ばした。

 それから彼女は四人の寸法直しにかかったが、終始気もそぞろで、皆が店を出て行く頃には、やっと出て行ってくれて嬉しいという雰囲気を出した。

 その後もいくつか買い物をして、最後にフレッドとジョージが経営する悪戯専門店、ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ通称『WWW』を訪れた。

 WWWは、見た目からして赤毛の双子らしさ満載だった。魔法省の警告や死喰い人の手配書の紙で覆われた冴えない店頭が立ち並ぶ中、WWWは目の眩むような商品が回ったり跳ねたり光ったりしており、見ているだけで目がチカチカするほどだ。

 店内もお客で満員だった。商品棚には、体調不良を演出できる『ずる休みスナックボックス』や、『鼻血ヌルヌル・ヌガー』、杖に見せかけた『だまし杖』もあった。

 ハリーは双子に両肩を掴まれながら、お店を宣伝されていた。『インスタント煙幕』や『おとり爆弾』を一、二個プレゼントされていた。企業資金を出してくれたからと、フレッドとジョージは、代金無料で好きなものを持って行ってくれと、太っ腹なことを囁いていた。

 窓の側には、派手なピンク色の商品が並べてあり、興奮した少女達がクスクス笑っている。

「さあ、どうぞ、お嬢さん方」

 ハリエット、ハーマイオニー、ジニーを引き寄せ、フレッドが誇らしげに言った。

「どこにもない最高級『惚れ薬』だ」
「効くの?」
「もちろん効くさ。一回で最大二十四時間。相手の男子の体重と、女子の魅力度にも寄る」

 香水のような瓶に入った惚れ薬は、見た目は可愛らしかった。ハリエットは手に取ってぼうっと見つめていたが、ハリーが寄ってきたので慌てて棚に戻した。

「見て」
「えっ?」
「窓の外」

 ハリーの声に、ロンとハーマイオニーも釣られて外を見た。窓の外には、ドラコが一人で通りを急いでいるのが見えた。ドラコはチラリと後ろを振り返り、そしてまた歩き出したので、窓からは見えなくなってしまった。

「あいつのお母上はどこへ行ったんだろう?」
「どうやら撒いたらしいな」
「でも、どうして?」

 ハリエット以外の三人は、ドラコの行動に興味津々のようだった。

「ここに入って」

 いつも携帯するようダンブルドアに言われていた透明マントを鞄からだし、ハリーは三人を手招きした。

「尾行しよう」

 ロンとハーマイオニーはすぐにマントの中に入った。ハリエットは首を振った。

「私は良いわ」
「なんで? 気にならないの?」
「そういうわけじゃ……あ、ほら、マントに四人はきついでしょう? 私はいいわ」

 身体も随分大きくなったので、確かにマントに四人はきつい。ハリーは渋々頷いた。

「戻ったら報告するから」
「ママのこと上手く誤魔化しといて!」
「分かったわ」

 三人のためにハリエットは一旦店の外まで出た。

「気をつけてね」

 もうお店に戻る気はせず、ハリエットは店の正面でハグリッドと話していた。

 すると、先ほどドラコがやってきた方面から、キョロキョロ辺りを見回しながら、ナルシッサがやってくるのが見えた。彼女とはたと目が合う。先ほどのこともあって、ハリエットは気まずくて下を向いたが、ナルシッサは、しばらく逡巡した後、ハリエットの方へやってきた。

「ドラコを見ませんでしたか」

 まさかそんなことを聞かれるとは思わず、ハリエットは一瞬ナルシッサの顔をまじまじと見つめたが、すぐに我に返る。

「あ……えっと、あっちの方へ歩いて行くのは見ました」
「そうですか」

 ハリエットの回答を聞いても、ナルシッサは立ち去らなかった。何かもの言いたげな表情を見せて口を開けては、閉じての繰り返しだ。

 結局、彼女が何か言う前に、ドラコがやってきた。

「母上!」

 彼は息せきって駆けてきた。

「こんな所で何をしてらっしゃるんです!」
「ドラコこそ、勝手にいなくなったりして――」
「行きましょう」

 ドラコはぐいとナルシッサの腕を引っ張り、歩き出した。ハリエットの方は一度も見なかった。

 それから、帰ってきたハリー達三人から、ドラコがボージン・アンド・バークスの店で何かを直して欲しいと頼んでいたという報告を聞いた。店主のボージンに左腕の何かを見せたら、ボージンは礼儀正しくなったとも付け加えた。