■謎のプリンス

06:魔法薬の教科書


 新学期の歓迎会で、スラグホーンが魔法薬学を担当し、スネイプが闇の魔術に対する防衛術を担当するとダンブルドアが話したとき、ハリーはひどく不満げな声を出した。嫌いなスネイプがついに念願の科目の担当になれたことや、同時に自分の大好きな科目がスネイプの担当になってしまったことも嫌だったのだろう。

 だが、結果的に、そのことはハリーによい結果をもたらした。闇祓いになるためには魔法薬学を続けて受講しなければならないが、スネイプが担当だったときはOの成績の生徒しか受けられなかったのが、スラグホーンに変わったことで、Eの生徒も受け入れられるというのだ。

 そんなわけで、魔法薬学の教科書も材料も何も買っていなかったが、ハリー、ハリエット、ロンの三人は、ハーマイオニーと共に魔法薬学が継続できることになった。魔法薬学は、四人の他に、ドラコ、ザビニ含むスリザリン生四人、レイブンクローから四人、ハッフルパフからはアーニーが受けていた。

 地下牢は、いくつかテーブルがあり、その上には液体の入った大鍋が置かれていた。ハリー達も空いているテーブルに適当に座った。そこに置かれていた鍋からは、蠱惑的な香りが発散されていた。ハリエットはうっとりと目を瞑ってその香りを楽しんだ。そしてすぐ、どこかで嗅いだことのある匂いがいくつか混じっていることに気づいた。一つは穏やかな、落ち着いた匂いだ。何となくシリウスを彷彿とさせる匂い。他は、隠れ穴で嗅いだような花のような芳香と、雨上がりの匂い。グリモールド・プレイスの埃っぽい匂いもした。最後の一つは分からなかった。清潔そうな香りだったが、どこで嗅いだのだろうとハリエットは首を傾げた。

 やがてスラグホーンがやってきて、角テーブルにある大鍋には別々の薬品が入っていると話した。スリザリン生の座るテーブルには『真実薬』、レイブンクローのテーブルには『ポリジュース薬』、ハリー達が座るテーブルには『魅惑万能薬』の鍋だった。魅惑万能薬の効能は、世界一強力な愛の妙薬だという。

 ハーマイオニーは、どの薬も正確に当てたので、スラグホーンが喜んでグリフィンドールに二十点を与えた。ハリーが『僕の友達の一人もマグル生まれです。しかもその人は学年で一番です』と褒めていたことをスラグホーンが明かしたので、ハーマイオニーは顔を輝かせてハリーに微笑んだ。

 スラグホーンの机の上に置いてある小さな黒い鍋には、『フェリックス・フェリシス』が入っていた。幸運の液体で、人に幸運をもたらすものだ。ただ、飲み過ぎると有頂天になったり、危険な自己過信に陥ったり、大量に摂取すれば、毒性が高くなるという。そしてその幸運の液体は、『生ける屍の水薬』を一番上手く調合できた者に褒美として与えるとスラグホーンは宣言した。

 生徒全員が途端にやる気を見せた。ハリエットももちろんスラグホーンから借りた教科書で調合を始めた。

 ハリエットは、集中して調合に取り組んだ。いつもはスネイプがハリーに難癖をつけたり、減点したりするので、気になって調合どころではなかったが、スラグホーンはもちろんそんなことなかったので、とてもやりやすかった。

 調合が終わると、スラグホーンは一人一人の出来を見て歩き、ハリーの鍋の前であっと驚きと喜びの表情を見せた。

「紛れもない勝利者だ!」

 スラグホーンは叫び、フェリックス・フェリシスはハリーのものになった。まさかハーマイオニーを抜いてハリーが最優秀者になるとは思わなかったので、夜談話室に戻ると、皆はハリーを質問攻めにした。

 だが、ハリーが言うには、スラグホーンから借りた教科書に細かく走り書きがあり、全てその指示に従って調合をしただけだという。これにはハーマイオニーも苦い顔だ。

「聞き間違いじゃないでしょうね? ハリー、あなた誰かが書き込んだ本の命令に従っていたの?」

 ハリエットは動揺して目を見開いた。ハリーはすぐに安心させるようにして言った。

「何でもないよ。あれとは違うんだ、リドルの日記とは。誰かが書き込みをした古い教科書に過ぎないよ」
「でも心配だわ。もし闇の魔術がかかっていたら……」
「ハリエットの言う通りよ。一度調べてみないと」

 ハーマイオニーはハリーの鞄から『上級魔法薬』の本を取り出し、呪文を放った。しかし、教科書に変化はなかった。本当にただの教科書だったのだ。裏表紙の裏には、『半純血のプリンス』と書名があった。

 数日後、ハリーの下にモリーから新しい上級魔法薬の教科書が届いた。しかしハリーは古い教科書を手放さず、表紙だけを取り替えて、中身は新しいものをスラグホーンに返してしまった。

 ハリーは、ハリエット達にもこの教科書を一緒に使おうと提案したが、ハリエットはズルをしているような気がしたこと、ハーマイオニーは『公式』の指示に従いたかったこと、ロンは手書き文字の判別に苦労するというそれぞれの理由から、結局ハリー一人が存分に有効活用することになった。


*****


 グリフィンドールのクィディッチ選抜には、たくさんの志願者でごった返した。だが、何とか優秀な選手を幾人か確保し、残るはキーパーだけになった。

 ほとんどのキーパーは駄目駄目で、スラグホーンのコンパートメントで出会ったコーマック・マクラーゲンは五回中四回までゴールを守った。最後の一回は、見当違いの方向に飛びつき、ゴールを許してしまったのだ。

 だが、ハリエットは目撃した。隣に座っていたハーマイオニーが、こっそり杖を取り出し、キーパー選抜の順番待ちをしていたマクラーゲンに『錯乱の呪文』をかけるのを。

 ロンは、素晴らしいセーブを見せた。五回中五回も守ったのだ。マクラーゲンは、新しくチェイサーとなったジニーが手加減したのだと言い張ったが、そうではないのは明白だった。

「ロン、素晴らしかったわ!」

 観客席でずっと見守っていたハリエットとハーマイオニーは、選抜が終わるとロン達の下へ駆け出した。ハーマイオニーは嬉しそうにロンを褒め、ロンはロンで得意げに胸を反らした。ハリエットは少しマクラーゲンに対して罪悪感があったが、彼はロンやジニーのことを貶してばかりいたので、目を瞑ることにした。

 夕食へ向かおうと大広間へ歩いていたとき、四人の下へスラグホーンがやってきた。ハリーとハリエットを交互に見つめている。

「夕食前に君たちを捕まえたかったんだ! 今夜はここでなく、私の部屋で軽く一口どうかね? ちょっとしたパーティをやる。マクラーゲンも来るし、ザビニも、メリンダ・ポビンも来る。もちろん、ぜひミス・グレンジャーにもお越しいただければ大変嬉しい」

 スラグホーンはハーマイオニーに軽く会釈をした。ロンはまるで存在しないかのように扱われていた。ロンはこれに憤慨し、ハリーはというと、スネイプの初授業でやらかした結果、罰則を言い渡されていたので断った。


*****


 夕食を食べた後、ハリエットとハーマイオニーは、スラグホーンの部屋へ向かった。ハリエットはザビニ、ハーマイオニーはマクラーゲンと、それぞれ行きたくない理由はあったのだが、ハーマイオニーは、折角スラグホーンの招待があったのだからと、行くと言い切った。そうなると、彼女を一人戦場に向かわせることもできず、ハリエットも渋々彼女についていくしかなかった。

 『ちょっとしたパーティ』とやらは、ハリエットの趣味ではなかった。スラグホーンは常に己が持つ人脈の素晴らしさを語り、話が尽きると生徒たちに何が得意か、親戚に誰がいるかを尋ね回った。

 ハリエットは、これといって抜きん出ている評価はないし、自分が呼ばれたのも、ハリーのおまけか、もしくは母に似ているというだけということは分かっていた。だからこそ余計に居場所がない。

 おまけに、スラグホーンは気を利かせたのか、パーティの席はザビニの隣だった。コンパートメントで彼が余計なことを言ったので、仲良い者同士とでも思ったのだろう。

 衆目の場で、さすがのザビニもあのときのことは話題に出さなかったが、気安く話しかけてくるので、神経を疑った。

 パーティが終わると、ハリエットはハーマイオニーをせき立てて素早く談話室に戻った。

 丁度同じ頃、ハリーとロンは、暖炉前のソファに座って何やら話し込んでいるようだった。

「パーティはどうだったの?」

 近寄ってきた二人を見て、ハリーはすぐに尋ねた。ロンはむっつりと唇を結んだ。まだなおスラグホーンに無視されたことを根に持っているのだ。

「最悪」

 ハリエットは一言でそう表した。

「そうね。メンバーが最悪よ」
「ご愁傷様」
「でも、不定期にああいったパーティはまたあるんですって。ハリーのことも誘うって言ってたわ」
「うーん、僕は良いかなあ」

 ハリエットの気も知らず、ハリーは呑気にそう言った。

「メンバーが最悪なら、次誘われても行かなければ良いじゃないか」

 ロンも口を挟んだ。ハーマイオニーは難しそうな顔をする。

「そういう訳にもいかないのよ。断って心証が悪くなったら嫌じゃない? それに、人脈を持つことは大切だと思うの」
「あー、はいはい、そうですか」

 ロンが面倒くさそうに言ったので、この話はここで終わりになった。ハーマイオニーもこの件に関してあまり口論したくはなさそうだ。

「ハリーの方はどうだったの? ダンブルドア先生の個人授業」
「あー、まあ、うん」

 ハリーは分かりやすく言葉を濁した。

「今日は短かったのね」
「うん」

 ハリーの返事は短い。自分から話そうとはしなかったので、あまり聞かれたくないのだとハリエットはそこで追求を止めた。

 新学期に入ってから、ハリーはダンブルドアの個人授業を受けることになった。他の生徒にはこのことは内緒にされ、秘密裏に行われた。ハリーとダンブルドアという組み合わせのことを思うと、おそらくヴォルデモートに関する授業だとは思うが、ハリーはその内容に関して、一切皆に口を開くことはなかった。

「あ、そうだハリエット。今日は君の番だよ」

 ハリーは、ローブのポケットから両面鏡を取り出した。言わずもがな、シリウスと話せる鏡である。双子は、数日おきにこの鏡を交代で使っていた。談話室は人で一杯なので、なかなか二人一緒にシリウスと話すことができないのだ。

「ありがとう! でも、今日はもう夜遅いし……」
「大丈夫じゃない? それに、ラベンダーもパーバティもまだ談話室にいるし。寝室で話してきたら?」
「じゃあそうするわ」

 少し早いが三人におやすみの挨拶をして、ハリエットは一人寝室に向かった。