■謎のプリンス

08:すれ違う二人


 薬草学の授業の時に、スラグホーンのパーティの話になった。彼は、クリスマスの日にパーティを計画しているのだ。ハリエットは、彼からある任務を頼まれていた。

「スラグホーン先生は、ハリーが来られる夜にクリスマス・パーティをするつもりだわ。だからいつ空いてるか聞いてくるよう言われたもの」

 思わぬ凶報に、ハリーは呻いた。一方ロンは、植物の種を押しつぶしながら怒ったように言った。

「それで、そのパーティはまたスラグホーンのお気に入りだけのためなのか?」
「スラグ・クラブだけ。そうね」

 ハーマイオニーは肩をすくめて言った。

「私が名前をつけたわけじゃないわ。『スラグ・クラブ』なんて――」
「『スラグ・ナメクジ・クラブ』」

 ロンが意地悪く言った。

「ナメクジ集団じゃなあ。せいぜいパーティを楽しんでくれ。いっそマクラーゲンとくっついたらどうだい。そしたらスラグホーンが君たちをナメクジの王様と女王様にできるし――」
「クリスマスはお客様を招待できるの」

 ハーマイオニーは真っ赤になって言った。ハリエットはあちゃあという顔をした。

「それで私、あなたもどうかって誘おうと思っていたの。でも、そこまで馬鹿馬鹿しいって思うんだったら、どうでもいいわ!」
「僕を誘うつもりだったの?」
「そうよ」

 ハーマイオニーはぷんぷん怒っていた。

「でも、どうやらあなたは私がマクラーゲンとくっついた方が――」
「いや、そんなことはない」

 ロンがとても小さな声で言った。その時、種を叩き損ねたハリーが勢い余ってボウルを割ってしまった。

「レパロ、直せ」

 ハリーはすぐにボウルを直したが、ボウルの割れた音でロン達は我に返ったようだ。いそいそと作業を再開する。

「……で、二人は一緒に行くの?」

 じれったくなって、ハリエットは聞いた。

「さあ、どうかしら。あの人は来たくないそうだし」
「…………」
「ロン、行きたくないの?」

 黙するロンに、ハリエットは追求した。彼は目を逸らした。

「そういうハリエットはどうなのさ? 誰か誘うの?」
「――っ、ええ、そうね。もう誘ったわ」

 ハリエットはシラッと答えた。実は全く考えていなかったのだが、時には嘘も方便だ。

「ロンはハーマイオニーが誘うと思ってたから」
「…………」

 ロンもハーマイオニーも、何も言わなかった。それから後は、スラグホーンのパーティに触れることなく授業が終わった。その後の数日間、ハリエットは二人の友人を綿密に観察していたが、ロンもハーマイオニーも、これまでと違うようには見えなかった。ただ、お互いに対して、少し礼儀正しくなったようだ。これが精一杯の進歩かもしれないとハリエットは思った。

 だが、そう思っていたのはほんの数日のことだった。

 ある時を境に、急にロンのハーマイオニーに対する態度が冷たくなったのだ。厳密に言えば、ロンが冷たくなったのはジニーとディーンもだったが、ロンは、ハリーやハリエットといるときもことさらハーマイオニーだけに冷たく接するので、ハーマイオニーは訳も分からず傷ついていた。

 一日中ロンの態度がひどいので、夜になるとハーマイオニーはすぐに寝室に引っ込んだ。ロンも憤慨しながら寝室へ上がるので、彼の後を追おうとした兄、ハリーをハリエットは逃がさなかった。

「何かあったの? ロン、随分ハーマイオニーに冷たいじゃない」

 ハーマイオニーの一番の女友達として、黙って見ていることなどできなかった。ハリエットがハリーに詰問すると、ハリーは渋々といった様子で答えた。

「ハーマイオニーには言わないでよ? ……その、ジニーから聞いたんだ。ハーマイオニーがクラムとキスしたって。それ聞いてからロンの機嫌が悪くなったんだ」
「…………」

 あんぐり口を開けて、ハリエットは固まった。何か言いたかったが、頭が混乱して結局何も言えない。

 ハリエットが黙っているので、ハリーは慌てて付け加えた。

「それだけじゃない。ジニーが、結構ロンのことを馬鹿にしたんだ。ロンは一度も女の子といちゃついたことがないとか、キスしたことないとか」

 妹に何を言っているんだろうと、ハリーは少々恥ずかしくなった。

「……ジニーがそんなことを?」

 ハリエットは信じられない思いで聞いた。普通の兄妹間とは、そんなに激しく喧嘩をするものなのだろうか。ハリーとハリエットとも、喧嘩をしたことがないわけではないが、せいぜい小競り合いやすれ違い程度だ。激しく言い合ったことなどない。

「うん。ロンも過保護過ぎるところがあるから、それでジニーも怒ったのかも知らないけど」
「そもそも、どうしてそんな話になったの?」

 この質問には、ハリーはなかなか答えなかった。ようやく答えたとき、ハリーは平静を装いながらも、微かに残る眉間の皺で、不機嫌なのだろうことがハリエットには分かった。

「ジニーがディーンとキスをしてたんだ。それをロンが目撃して。公衆の面前で何やってるんだって怒ったのさ」

 ハリーは早口で答えた。窺うようなハリエットの視線には気づかない振りをした。ハリーはすぐに話題を変えることにした。

「ハーマイオニーはクラムとキスしたと思う?」
「分からないわ」

 ハリエットは正直に答えた。

「でも、二人がキスしてたからって、ロンにそれを怒る権利はないわ。もし怒りたいのなら、ハーマイオニーに告白した後で怒ればいいのよ」
「――っ」

 ハリエットが躊躇なく核心を突くので、ハリーは言葉を失った。

「告白したからって、怒る権利があるわけじゃないけど、でも怒る理由にはなるわ。理由が分かるだけハーマイオニーにとっては充分よ。……自分の気持ちにも気づかないで八つ当たりなんて、ハーマイオニーが可哀想だわ」

 しかし、おそらくロンに意見をしたとして、火に油を注ぐだけだということは想像がついた。一体どうすればいいのだろうと、ハリエットは小さくため息をついた。


*****


 グリフィンドール対スリザリンのクィディッチ試合当日、ロンはげっそりとやつれていた。ハーマイオニーに辛く当たり、クィディッチの練習でも散々で、試合が近づくにつれスリザリンから野次とブーイングを受け。

 そうしたことへの精神的疲労がクィディッチの試合という一押しを受けて、ロンの調子をこれでもかというほど崩したようだ。朝食もほとんど口にしない。

 ハリエットとハーマイオニーが大広間にやってきたとき、ロンの後ろ姿はハリーよりもずっと小さく見えた。その姿に今までのロンの言動への不快感をハーマイオニーは少しだけ忘れたようだ。

「二人とも、調子はどう?」

 ハーマイオニーの声は優しかった。

「いいよ」

 ハリーはロンにカボチャジュースのグラスを渡した。

「ほら、ロン。飲めよ」

 ロンが口元にグラスを持って行く。ハーマイオニーは鋭く叫んだ。

「ロン、それ飲んじゃ駄目!」
「どうして?」
「あなた今、その飲み物に何か入れたわ」

 ハーマイオニーはハリーを訝しげに見た。

「私、しっかり見たわ。ロンの飲み物に今何か注いだわ。今、その手に瓶を持っているはずよ!」
「何を言ってるのか分からないな」

 ハリーは素知らぬ顔で小さな瓶をポケットにしまった。ロンは気にせずカボチャジュースを飲んだ。ハーマイオニーはハリーに囁いた。

「あなた、退校処分になるべきだわ。ハリー、あなたがそんなことをする人だとは思わなかったわ」

 それを聞いて、ハリエットは驚いた。ようやくハリーがロンのグラスに何を入れたのか分かったからだ。てっきり栄養ドリンクでも作ったのかと思っていたが、彼女の口ぶりだと、幸運の液体――フェリックス・フェリシスと見て間違いないようだ。ロンもそのことに思い当たり、彼の表情は打って変わって華やかになった。

 フェリックス・フェリシスによってもたらされた幸運を裏付けるかのように、それからのロンは絶好調だった。

 クィディッチ日和の天気だったし、スリザリンのチェイサーのベイジーが怪我、ドラコも病気で休場だという。そして何より、ロンのスーパーセーブが全てを物語っていた。三十分経ってもロンは一度もゴールを許さず、観衆はお気に入りの応援歌『ウィーズリーは我が王者』――今や実質共にだ――のコーラスをし、ロンは高いところから指揮する真似をした。

 試合はグリフィンドールの圧勝だった。

 試合が終わると、ハリエット達はすぐに更衣室に向かった。ハリエットは単純にお祝いを言いに行くためだったが、ハーマイオニーは違った。

「ハリー、話があるの」

 ハーマイオニーは真面目な顔をしていた。

「あなた、やってはいけなかったわ。スラグホーン先生の言ったことを聞いていたはずよ。違法だわ」
「どうするつもりだ? 僕たちを突き出すのか?」
「二人とも、一体何の話だ?」

 ロンがハーマイオニーに詰め寄るのを押さえ、ハリーはにこやかに言った。

「はぐらかさないで! 朝食の時、ロンのジュースにフェリックス・フェリシスを入れたでしょう」
「入れてない」
「入れたわ。だから何もかもラッキーだったのよ。スリザリンの選手は欠場するし、ロンは全部セーブするし」
「僕は入れてない」

 ハリーはニヤリと笑って、上着のポケットから小瓶を取り出した。金色の水薬はまだたっぷりと入っていた。コルク栓もしっかり糊付けされたままだ。

「入れたってロンに思わせたかったんだ。だから見られていることを分かってて入れた」
「…………」

 ロンはしばらく黙っていた。自分の素晴らしいセーブの数々を思い起こしていた。だが、すぐ後に嫌な記憶も呼び起こされる。

「『ロンのジュースにフェリックス・フェリシスを入れたでしょう! だからロンは全部セーブしたのよ!』 どうだ、ハーマイオニー、助けなんかなくたって、僕はゴールを守れるんだ!」
「あなたができないなんて一度も言ってないわ。ロン、あなただって薬を入れられたと思ったじゃない!」

 しかしロンは怒ったまま更衣室を飛び出した。涙を堪えたまま、ハーマイオニーもまた更衣室を出て行く。

「僕……僕、よかれと思って」

 ハリーは言い訳のようにハリエットを見た。

「仕方ないわ……誰だってこんなこと予想もできないもの」

 ハリエットは疲れたようにため息をついた。

「ロンの親友として、ハリーは自分ができる最高のことをしたのよ。私だって素晴らしいアイデアだと思ったわ。なんとか……仲直りできればいいんだけど」

 だが、グリフィンドールの談話室に戻り、それは不可能かもしれないと思い知った。どういう経緯かは分からないが、ロンとラベンダー・ブラウンが、どの手がどちらの手か分からないほど密接に絡み合って立っていたからである。グリフィンドールの皆は、そんな二人を目一杯囃し立てている。

 ハリーとハリエットは、慌ててハーマイオニーを探しに行った。彼女は、鍵のかかっていない最初の教室にいた。魔法で作り出した小さな鳥を頭の上に飛ばせ、先生の机に腰掛けている。

「ロンはお祝いを楽しんでるみたいね」
「あー……そうかい?」

 その時、背後のドアが突然開いた。ロンがラベンダーの手を引いて笑いながら入って来るところだった。

「あっ」

 三人の姿に気づいて、ロンはギクリと急停止した。ラベンダーはクスクス笑いながら部屋から出て行き、気まずい沈黙だけが残される。

「よう、ハリー。どこに行ったのかと思ったよ」
「ラベンダーを外に待たせておいちゃいけないわ」

 ハーマイオニーは静かに言って、ドアの方に歩き出した。ロンはどこかホッとしたような表情を浮かべていた。

「オパグノ! 襲え!」

 突然ハーマイオニーの鋭い声が飛んできた。彼女は荒々しい形相で杖をロンに向けていた。小鳥の小さな群れが次々とロンめがけて飛んでくる。ロンは慌てて腕で顔を覆ったが、小鳥は容赦なく肌という肌を傷つけた。

「こいつら追っ払え!」

 ロンは叫んだが、ハーマイオニーは復讐の怒りに燃える最後の一瞥を投げるのみで、力任せにドアを開けて出て行った。微かに聞こえたすすり泣く声だけが耳に残った。