■謎のプリンス
11:クリスマス休暇
翌日はいよいよクリスマス休暇の幕開けだった。だが、ハリーとハリエットの間にはひんやりとした空気が漂っていた。ハリエットはいつも以上に大人しかったし、ハリーの方は、ハリエットに苛立ったような態度をしていた。二人きりになるために、ハリーはコンパートメントからロンを追い出した。
「どうしてパーティにマルフォイなんかを誘ったんだ?」
そしてハリーは直球で尋ねた。
「僕に嫌がらせのつもりだったのか? ハーマイオニーがロンにやったみたいに」
「どうして……」
思いも寄らない言葉に、ハリエットは目を丸くしてハリーを見た。
「僕がマルフォイのことを悪く言うのが嫌だったんだろ? だからわざとあいつを誘って……」
「――私が誰を誘おうと、ハリーには関係ないことだわ」
「なんであいつを誘ったんだよ! シリウスに言われてただろう、マルフォイに近づくなって!」
ハリーは座席を叩いた。ウィルビーが驚いたように鳴き声を上げる。
「あの後、マルフォイとスネイプを尾行したけど、あいつ、パーティにはわざと行かなかったって言ってた。明らかに嫌がらせじゃないか!」
「……もうその話はしないで」
傷ついたような声に、ハリーは言葉を詰まらせた。
「――っ、それに、スネイプはマルフォイに援助を申し出てた。マルフォイの母親に、あいつを守るって約束したって。二人は何か企んでる。スネイプはケイティのことも話題にあげてた。マルフォイがやったんじゃないかって!」
「知らない……もう止めて。証拠はないじゃない」
「二人が密談してた!」
「止めてよ!」
ハリエットは反射的に叫んでいた。ハリーは驚いたように押し黙る。
「もうたくさん。この話は終わりよ」
それからは、二人とももう口を開かなかった。途中でロンが戻ってきてくれたので、重たい空気も少しはマシになった。
キングズ・クロス駅には、ルーピンが迎えに来てくれた。ルーピンは、一目で双子の空気の悪さを感じとった。気を遣って、ルーピンは一人一人に話しかけながら、グリモールド・プレイスへ向かった。
双子とルーピンを自ら出迎えたシリウスは、しばらくウキウキと双子に話しかけていたが、やがて彼もぎこちない二人のことに気がついた。こっそりとルーピンに訳を尋ねても、迎えに行ったときからこうなので、ルーピンにも原因は分からない。
四人は自然に二手に分かれた。ハリーはルーピンとダイニングルームで話をし、ハリエットは厨房でクリスマスプティングを作ろうとしたので、シリウスもついていったのだ。
「ハリーと何かあったのか?」
材料を量っていると、シリウスが直球で聞いてきた。
「別に、何も……」
ハリエットは言葉を濁した。一連の流れを説明するのは複雑で難しいし、あまり話したくなかった。しかし、これだけでは心配させるかもしれないと、慌て付け足した。
「汽車で少し口論しただけ。別に喧嘩じゃないわ」
面と向かって喧嘩したわけではないので、どちらが謝るということはないだろう。
「ならいいが……」
「それよりもシリウス、夜に少し守護霊の練習見てもらえる? やっぱり直接指導してもらいたくて」
「それはもちろん。しかし、折角クリスマス休暇なのにいいのか?」
「元々私がしたかったことなんだもの。むしろ早く習得したいの」
それに、習得したあと、ハリーに突然見せて驚かせても良いかもしれない。きっかけがあれば、その後は普通に話せるようになるだろう。
折角シリウスと過ごせる休暇なのに、暗い気分で過ごしたくなくて、それからハリエットはわざと明るく話をした。ようやくプティングが出来上がった頃には、ちょうど夕食の時間で、ハリーとルーピンも降りてきた。
厨房の飾り付けは、もう既にシリウスが完璧に仕上げていた。高度な魔法で偽物の妖精がパタパタと飛んでいたし、赤やゴールド色のオーナメントがそこら中につり下がっている。昨年ウィーズリー家と一緒にしたクリスマスパーティよりは圧倒的に人数も少なく、盛況に欠けたが、それでも充分楽しいディナーを終えた。
食後にハリエットがプティングを出すと、ルーピンは顔を輝かせて食べた。彼は甘い物が特に好きだったらしく、プティングの出来をたくさん褒めてくれた。すると、急に対抗心を燃やしたシリウスがハリエットを褒めそやし、それに乗っかったルーピンがハリエットを一層褒め倒し……。
いつの間にかハリエットの褒め合戦のようなものが勃発され、少し呆れてしまった。
食後にお茶を飲みながら、ハリーはルーピンに尋ねた。
「そういえば、最近は何をしてるの?」
「ああ、地下に潜っている。同類と一緒に住んでるんだ」
「同類って?」
「狼人間だ。ほとんど全員がヴォルデモート側でね、ダンブルドアがスパイを必要としていたし、私は……おあつらえ向きだった」
声に少し皮肉な響きがあった。ルーピンはすぐにそれに気づき、とりなすように微笑んだ。
「不平を言っているわけではないんだよ。ただ、連中の信用を得るのは難しい。私が魔法使いの真っ只中で生きようとしてきたことは隠しようもないからね。連中は、通常の社会を避け、盗んだり、時には殺したりして生きているんだ」
「反人狼法のせいで?」
ハリエットが尋ねると、ルーピンは苦々しく頷いた。
「ああ。だからこそ連中はヴォルデモート側についた。あの人の支配なら、自分たちはもっとマシな生活ができると考えているし、グレイバックがいる限り、論駁するのは難しい」
「グレイバックって誰?」
「聞いたことがないのか?」
ルーピンは驚いてハリーとハリエットを見比べた。
「フェンリール・グレイバックは、現在生きている狼人間の中でおそらく最も残忍な奴だ。できるだけ多くの人間を咬み、汚染させることを自分の使命だと考えている。ヴォルデモートは自分に仕えれば代わりに獲物を与えると約束した。グレイバックは子供専門でね。若いうちに咬み、そして親から引き離して育て、普通の魔法使いを憎むように育て上げるんだ」
「リーマス」
「私を咬んだのはグレイバックだ」
シリウスの声を無視してルーピンは言い切った。
「え? それじゃあ、先生が子供だったときに……?」
「そうだ。父がグレイバックを怒らせてね。私が子供の頃は、きっと自分を制することができなかったのだろうと、自分を咬んだ狼人間を哀れにさえ思ったものだ。しかしグレイバックは違う。グレイバックは、狼人間は人間の血を流す権利があり、普通の奴らに復讐しなければならないと力説するようなやつなんだ」
「でも、先生は普通の魔法使いだ! ただちょっと……問題を抱えているだけで」
ハリーの言葉にルーピンとシリウスは、軽快に笑った。
「まるでジェームズを見ているようだ」
「ああ。ハリー、君のおかげで随分とジェームズのことを思い出すよ。周りに誰かがいると、ジェームズは私が『ふわふわした小さな問題』を抱えていると言ったものだ。私が行儀の悪い兎でも飼っているのだろうと思った人が大勢いたよ」
ずっと深刻な顔で話をしていたルーピンだったが、ハリーの一言で随分と気が安らいだようだ。
ハリーはその後、二人に半純血のプリンスのことを聞いたが、二人は知らないと言う。ハリーは何度か食い下がったが、大した情報は得られなかったので、渋々引き下がった。
クリスマスプレゼントを交換したり、シリウスにいたずらに使える魔法を教えてもらったり、バックビークと触れあったり……。双子は至って穏やかにクリスマス休暇を過ごした。その間、明確に仲直りをしたというきっかけはなかったが、普通に話す程度にはハリーとハリエットの仲も回復していた。
クリスマス休暇が終わる一日前には、ハリー達はシリウスに別れを告げて、隠れ穴にやってきた。魔法省が今回だけ、生徒を安全・迅速にホグワーツに返すための煙突飛行ネットワークを開通させていたからだ。
だが、到着して早々、パーシーと新しい魔法大臣のルーファス・スクリムジョールが訪れた。モリーは久しぶりに会えた息子に感激していたが、二人が隠れ穴にやってきた理由は分かりきっていた。パーシーが家族と話そうとしない反面、スクリムジョールは明らかにハリーと二人きりで話したそうな雰囲気を出していたからだ。実際、遠回しではあったが、ハリーを誘った。
「ほんの五分ほどお寄りしただけです。皆さんがパーシーと積もる話をなさっている間に、私は庭を散歩していますよ。そちらのお若い方は食事を終えられたようですし、ご一緒に散歩はいかがですか?」
ルーピンは庇うように立ち上がりかけたが、ハリーは大丈夫と答えて席を立った。
「ええ、いいですよ」
「結構!」
二人はすぐに庭に出た。時間としては十分ほどだっただろうか。戻ってきたハリーの顔は憤然としていたし、同じくスクリムジョールもブスッとしていた。パーシーとは大して話していなかったが、もう用は終わったとばかり、二人は速やかに出て行った。
ハリーが言うに、スクリムジョールは協力を頼んできたという。ハリーは魔法界の人々にとって希望の象徴だ。要は、魔法省にハリーが時々出入りすることで、ハリーと魔法省が協力関係にあると人々に印象づけたいのだ。
もちろん突っぱねてやったさ、というハリーはどこか誇らしげだった。