■謎のプリンス

12:愛の妙薬


 クリスマス休暇が終わっても、ロンとハーマイオニーの仲は冷え冷えとしていた。少し時間が経てば何とかなるんじゃないかとほんの少し期待していたが、やはり甘い考えだったようだ。

 ラベンダーはいつの間にかロンのことを『ウォンーウォン』と呼ぶようになり、ロンを見つけると、飼い主を見つけた犬のようにウォンーウォン叫んで胸に飛び込むのだ。

 ハーマイオニーにロンの話を少しでもすれば、ウォンーウォンという呼び名を馬鹿にしつつ不機嫌になり、ロンはロンで、公衆の面前でラベンダーといちゃついているくせに、ハーマイオニーに馬鹿にされすぎたせいか、少しでもロンの前でラベンダーの話をすると、それが起爆剤となって怒り出すのだ。あまりにもウォンーウォンと聞きすぎていて、この間ハリエットが間違えてウォンーウォンと呼びそうになったとき、ロンは顔を真っ赤にして怒った。
『何だよ! 君も僕のこと馬鹿にするつもりか!』
 ハリエットとしては、もう疲れたの一言である。シリウスに愚痴ってしまうくらいには、二人の険悪な関係に心が悲鳴を上げていた。

 とはいえ、さすがのハリエットも、シリウスにあからさまな親友二人の恋愛事情を打ち明けるなんてことはできない。その辺りはぼやあっとぼかしつつ、愚痴を吐いたのだ。

「何だかね、もうもどかしくって堪らないの、傍から見てると。好きなら好きって言えば良いのにって思っちゃう」

 ロンとハーマイオニーのことだ。ハーマイオニーは意地を張っているし、ロンはハーマイオニーのことを意識してるくせに、自分の本当の気持ちに気づいていない。恋に恋してる状態だと思っていた。

「そりゃあ、私だってそんな簡単な話じゃないのは分かってるけど、でも……」

 少しだけ、自分が置いてけぼりな感じを味わっているのは疑いようのない事実だ。誰と誰がキスしただなんだの話は、今のハリエットにはまだ想像もつかない話である。ハリーだって、たぶんジニーのことが好きなのだろうという雰囲気は感じ取っていた。

「シリウスは、学生時代誰かと付き合ったことあるの?」
「まあ……そうだな。それなりには」

 気まずそうにシリウスは咳払いをした。後見人かつ名付け親であり、娘と言っても過言ではない歳の少女に、自分の過去の恋愛話を聞かれるというのは恥ずかしいものだ。

「お母さんは?」
「どうだろうな……。わたしが知る限りはいないな。ただ、隠れて付き合っていたというのはあるかもしれない。あのジェームズの目から逃れるのは、なかなか難しいだろうが」
「お父さんは?」
「リリー一筋だったな」

 これは華麗なほどに言い切った。いっそ清々しいくらいだ。

「そうなんだ……」
「あいつは一年生の頃からずっとリリーだけを想っていた。七年生になってようやく二人がデートし始めるようになって、どれだけ感慨深く思ったことか」
「なんか……いいね、そういうの」

 ハリエットはほうっとため息をついた。ハリーから、父ジェームズの素行がそんなによくなかったとは聞いていたが、それでも恋愛方面では母に一途だったのだ。憧れないと言ったら嘘になる。

「ハリエットは好きな人はいないのか?」
「えっ、私?」

 急に聞かれて、ハリエットはうーんと悩んだ。

「いないかなあ……」
「まだ子供ということか」

 からかうようにシリウスが笑ったので、ハリエットはムッと唇を尖らせた。

「恋愛したから大人って訳じゃないでしょ」
「それはそうだが、苦みを知るのも良い経験になる」

 言い終わった後で、これでは恋愛を助長するような言い方だと、シリウスは慌てた。ハリエットには、まだまだ可愛い子供でいてもらいたかったのだ。

「だが、まあわたしは今のままのハリエットで充分だ。恋愛なんて成人してからでも充分だ」
「私、あと半年で成人よ?」
「焦らなくても大丈夫だと言いたかったんだ。恋愛なんて大したものじゃない」
「さっきは私のことからかったくせに」
「あれは……忘れてくれ」

 シリウスはばつが悪そうに視線を逸らした。ハリエットがなおもいじめようとしたが、誰かが寝室を上がってくる音がしたので、ハリエットは慌てておやすみの挨拶を口にして、両面鏡をしまった。


*****


 しばらくして、ハリー達六年生にとっては嬉しい出来事が、談話室の掲示板に張り出された。

 いよいよ姿現しの練習及び試験を受けることができるというのだ。しかし、試験は十七歳になった後に受けることができるので、ハリーとハリエットはまだ大分先の話だった。

 とはいえ、練習は一斉に行われた。姿現しには三つの『D』が大切だという。『どこへ、どうしても、どういう意図で』というDだ。ハリエットは、初回は全くうまくいかなかった。周りの皆も同じような状況だったので、少しホッとした。だが、その授業の帰り道、ハリーはまたもドラコに対しての考察を口にした。

「あいつ、クラッブとゴイルを見張りに使って、何かしてるんだ。さっき口論してた」
「ハリー、だからって何をするつもりなの?」
「あいつらがしてることを暴くんだよ」

 寝室に駆け込み、ハリーが取り出したのは忍びの地図だった。ハリエットはハリーのベッドに腰掛けて見守る。

「マルフォイを探すの手伝って」
「…………」

 ロンも一緒になって地図を覗き込んだ。一分も経たずにロンが見つけた。

「そこだ! スリザリンの談話室だな。パーキンソン、ザビニ、クラッブ、ゴイルと一緒だ……」
「よし、これからはマルフォイから目を離さないぞ。あいつがクラッブとゴイルを見張りに立ててどこかをうろついているのを見かけたら、マントを被ってあいつが何しているかを突き止めに――」

 その時、丁度ネビルが入ってきたので、ハリーは口を閉ざした。ハリエットは浮かない顔をしていた。

 それから、ハリーは暇を見つけるたびに地図を覗き込んでいたが、ドラコの尻尾は掴めないようだった。クラッブやゴイルが頻繁に二人きりで城の中を歩き回ったり、人気のない廊下にじっとしていたりすることはあれど、そういうときに限ってドラコは二人の側にいないばかりか、地図上のどこにもいないという。

 やがて三月が始まり、ロンの誕生日がやってきた。晴れの日ではあるが、ロンは朝起きたときぶつくさ言っていた。丁度ロンの誕生日その日にホグズミード行きが予定されていたのだが、近頃行方不明者が更に増え、危険だということで取りやめになってしまったのだ。そんなときにハリー達の寝室にやってきたハリエットは、少々気まずい思いをすることになった。正面からロンの愚痴を受け止めることになったからである。

「折角楽しみにしてたのに!」

 うずたかいプレゼントの山に埋もれながら、ロンは顔を顰める。

「まあまあ……あ、誕生日おめでとう。これプレゼントよ」

 ハリエットは丁寧に包装されたプレゼントを手渡した。ハーマイオニーやラベンダーがいる前で、談話室で渡すのは少し勇気がいるので、直接手渡しに来たのだ。

「ありがと」

 ロンは少し機嫌をよくして、包み紙を破り取った。その間、ハリーは忍びの地図と睨めっこしていた。

「わあ、何これ、格好良い! ありがと、ハリエット!」

 ガラス製のシックなチェスセットを見て、ロンは目を輝かせた。

「おい、ハリー! 地図なんか放っておいて、早速チェスやろうぜ!」
「うん……良かったね。僕は後でやるよ」

 ハリーは一層丹念に地図を調べながら、チェスをチラリと見て、気のない相づちを打った。

「ちぇっ」

 ロンはハリーからのプレゼントも開けた後、大鍋チョコレートを食べ始めた。お腹が空いたのなら朝食に行けば良いのに、やはりそこはプレゼントの開封を楽しみたいのだろう。

「一つ食べる?」
「いや、いい」
「ハリエットは?」
「じゃあもらうわ」

 一つチョコを取って、ハリエットは口に放り込んだ。ファイア・ウイスキー入りのチョコで、なかなかおいしい。

「ようやくマルフォイの奴を見つけた!」

 ハリーは突然声を上げた。

「はいはい。大広間にでもいたのかい?」
「違う! スラグホーン先生の部屋の前にいる」
「どうしてそんなところに?」
「知らないよ。……でも、部屋の前からじっと動かない。何してるんだろう」
「なあ、そろそろ行こうぜ。僕お腹空いたよ」

 ロンの言葉に、ハリーも渋々承諾した。怪しい所をうろつくならまだしも、たった一人でスラグホーンの部屋にいるところを直撃しても何か手がかりが掴めるとも思えなかった。

 ハリー達が着替えると宣言したので、ハリエットは一人談話室へ降りた。

 身支度を終えると、ハリーはロンに声をかけた。だが、ロンはまだぼうっとしている。

「ロン? 朝食に行こう」
「腹減ってない」
「君がお腹空いたって言い始めたんじゃないか」
「ああ、分かった、一緒に行くよ」

 ロンはため息をついた。

「でもハリー……僕、我慢できない」
「何が」

 要領を得ないロンの生返事に、だんだんハリーはイライラした。

「僕、どうしてもあの人のことを考えてしまう。あの人は僕の存在に気づいてないと思う」

 ハリーは顔中に皺を寄せた。公衆の面前でいちゃつくのはまだしも、ハリーとロン、二人でいるときですらラベンダーに首ったけな台詞を聞かせられるようであれば、ハリーも今後の対応を考えねばと思った。

「あの人は君の存在にはっきり気づいているよ。じゃなきゃあんな風にイチャつけないじゃないか」
「誰のことを言ってるんだ?」

 ロンは目を瞬かせた。

「君こそ誰の話だ?」
「ロミルダ・ベイン」

 囁くようにロンは言った。ハリーはポッカリ口を開け、二人は丸まる一分間見つめ合った。

「冗談だろう? 冗談言うな」
「僕……あの人を愛していると思う」

 ハリーは頭を抱えた。ロンはこんなに頭のおかしい奴だっただろうか? ラベンダーといちゃつき始めたときは、これまでのたがが外れたのかと思っていたが、突然全くの別人を好きになるなんて。

 だが、その時ふと視界にロンのベッドが映った。その上には、開けっぱなしになっている箱があった。見覚えのあるその箱は――。

「その大鍋チョコレート、もしかしてさっき床から拾った?」
「僕のベッドから落ちたんだよ」
「そのチョコは僕のだよ! 地図を探してたときに僕がトランクから放り出したんだ。クリスマスの前にロミルダが僕にくれた大鍋チョコレート。全部惚れ薬が仕込んであったんだ!」
「ロミルダ? 君、今ロミルダって言った? 知り合いなの? 紹介してくれないか?」

 いざ原因が分かると、ラベンダー、ラベンダー言っていた口が、ロミルダの名を紡いでいることに、ハリーはだんだんおかしくなってきた。だが、親友の恋のためにもハリーが一肌脱ぐしかあるまい。

「分かった。紹介してやる。ロミルダはスラグホーンの部屋にいるはずだ」

 ハリーは談話室へ続く階段を降りながら、自信たっぷりに言った。

「どうしてそこにいるんだ?」
「魔法薬の特別授業を受けているからさ」
「僕も一緒に受けられないかどうか頼んでみようかな?」
「良い考えだ」

 ハリーは、談話室のソファで一人座っているハリエットに気づき、声をかけた。

「ハリエット、ちょっと手伝ってくれない? ロンがさ――」
「私、行けないわ」

 ハリエットはピシャリと言い切った。ハリーは困惑する。

「何か用事?」
「ロミルダが戻ってくるのを待っているの」

 両手を組み合わせ、ハリエットはうっとりと言った。ハリーはいよいよ頭を抱えた。