■賢者の石

14:初クィディッチ


 十一月に入り、いよいよクィディッチシーズンが到来した。土曜日はいよいよハリーの初試合で、グリフィンドール対スリザリンだ。血気盛んな少年少女達は、まだ試合すら始まっていないのに、廊下でバチバチと激しい視線を交わした。

 中でも、スネイプは特に敏感になっていた。彼は、ハリーが図書館で借りた本――クィディッチ今昔を外で読んでいただけで没収したし、ハリーが魔法薬学の授業が始まるギリギリまで本を読んでいたら、ほんの少し机の中にしまうのが遅れただけでそれすらも没収された。ハリーはカッカと怒っていた。図書館の本ならまだしも、二冊目はハリエットからのプレゼントのクィディッチ本だったのだ。折角のハリエットのプレゼントにケチがついたとばかり、彼の闘志に火がついていた。

 談話室のソファで、貧乏揺すりしながら腰掛けていたと思ったら、突然立ち上がりハリーは宣言した。

「本を返してもらってくる」
「一人で大丈夫?」

 三人は揃って声をかけた。正直無謀だと思ったが、今のハリーは無敵だった。怖いくらいの顔で職員室に向かう。

 目的地にたどり着くと、ドアをノックした。何度かノックをしたが返答がなく、ハリーは隙間から中を覗いた。

 中にいたのは、スネイプとフィルチという最悪な組み合わせだった。スネイプの片足はズタズタになっていて血だらけだ。

「忌々しい奴だ。三つの頭に同時に注意するなんてできるか?」

 スネイプの言葉にハリーは息をのんだ。

「ポッター!」

 ハリーはすぐに気づかれた。スネイプは顔を歪めてこちらを見やる。

「本を返してもらえたらと思って」
「出て行け」
「でも、ハリエットからのプレゼントなんです」
「失せろ!」

 慌ててハリーは寮まで駆け戻った。理不尽だと思ったが、今までスネイプが理不尽でないことがなかったので、どうしようもなかった。

 スネイプは絶対に三頭犬の存在を知っていて、仕掛け扉の向こうにある何かを狙っているんだとハリーは推理し、ハリエット達にも話した。


*****


 いよいよ、グリフィンドール対スリザリンのクィディッチの試合が始まった。審判のマダム・フーチ含めた十五本の箒が空高く舞い上がり、充分に上がったところで、それぞれ散らばった。

 試合は、グリフィンドール生のリー・ジョーダンが実況放送した。ほとんどの選手が豆粒ほどに小さく、試合の経過は目を凝らしてもよく分からなかったが、彼の実況のおかげで流れがよく分かった。

 グリフィンドールにはもちろん勝って欲しい。だが、それ以上にハリエットはハリーには怪我をして欲しくなかった。試合前、今まで死人は出てないとか、審判が砂漠で見つかったこともあるとか、双子のウィーズリーは面白がって心配性のハリエットに色々吹き込んだのだ。実際見てみると、スリザリンのビーターが、ハリーを箒からたたき落とそうと、躍起になってブラッジャーを打ち込んでいる。空中であんなのに当たったらひとたまりもない。

 今やハリエットの不安は最高潮だった。どうか、どうかとギュッと両手を握りしめる。

 たくさんいる選手の中でも、ハリーのことはすぐに分かった。伊達に何年も双子をやっていない。ハリエットは目を凝らして兄を見つめた。だからこそ、違和感もハリエットが一番に気づいた。つい先ほどまで悠々と箒を乗りこなしていたハリーが、まるで箒に振り落とされるみたいに、ぐわんぐわんと体勢を崩し始めたのだ。

「ねえ、ハリーはどうしたのかしら」
「ハリー?」

 隣にいたハグリッドが双眼鏡でハリーを捉えた。

「箒のコントロールを失ったっちゅうわけじゃなさそうだ……」
「誰かが魔法をかけたんじゃない?」

 突然箒が暴れ出したことに対し、皆はそれぞれ意見を述べるが答えは出てこない。

 その時、ハーマイオニーは突然ハグリッドの双眼鏡をひったくり観客席の方をなめるように見た。

「見て。スネイプよ。箒に呪いをかけてる」
「呪い?」
「スネイプの奴! そんな卑怯なことをしなくたって――ハーマイオニー、何とかならないのかい?」
「私に任せて」

 ハーマイオニーは頼もしく観客席の方へと移動した。自分が行っても役に立たないだろうと、ハリエットはその場で祈るようにハリーを見つめた。

 他の観客達も、固唾をのんでハリーを見守っていた。箒は激しく震え、ハリーはほとんど片手で体重を支えているようなものだった。双子のウィーズリーがハリーを助けようとしたが、ハリーの箒は更に高く移動してしまう。

「早くしてくれ――ハーマイオニー!」

 祈るようにロンが叫んだとき、ハリーの箒の異常はピタリと止んだ。ハリーはすぐに箒に跨がると、急降下を開始した。箒に振り落とされそうになりながらも、シーカーとして、目は常にスニッチを探していたのだ。

 スニッチはどこだと観衆が目をこらす中、ハリーは突然パチッと手で口を押さえた。何かを吐こうとしているかのように、彼は何度かえずく。不安定な状態で、そのまま着地し、コホンと手のひらの中に金色の物体を吐き出した。

「スニッチを取ったぞ!」

 グリフィンドールの勝利だった。わあっと歓声が上がる。

「やっぱりスネイプだったわ!」

 ハーマイオニーは息を切らして戻ってきた。

「私がスネイプのマントに火をつけたら、途端に意識を逸らして呪文を唱えるのを止めたもの」
「ああ、ハーマイオニー……! あなたって最高ね! ありがとう!」

 戻ってきたハーマイオニーを見て、ハリエットは一目散に駆け寄ると、強く抱き締めた。

「私、スポーツはそんなに好きじゃなかったけど、クィディッチはそうでもないみたい。こんなに熱くなるなんて知らなかった。きっと、ハリーが選手じゃなかったら一生クィディッチの面白さに気づかなかったわ」
「ええ、本当に」

 ハーマイオニーも上気した頬でにっこり笑う。我らが英雄は、競技場の中央で仲間に肩を組まれて笑っていた。


*****


 勝利の余韻を楽しむため、ハリー、ハリエット、ロン、ハーマイオニーの四人はハグリッドの小屋に来ていた。

「スネイプだったんだよ。君の箒に呪いをかけていたのは」
「馬鹿な」

 ハグリッドは大袈裟に驚いた。

「なんでスネイプがそんなことをするんだ?」
「スネイプは、ハロウィーンの日、三頭犬の裏をかこうとして噛まれたんだよ。何か知らないけど、あの犬が守ってるものをスネイプが盗ろうとしたんじゃないかな」
「なんでフラッフィーを知ってるんだ?」
「フラッフィー?」

 四人が揃って声を上げた。

「あいつの名前だ。去年パブで会ったギリシャ人の奴から勝ったんだ。俺がダンブルドアに貸した。守るため――」
「何を?」

 ハリーは勢い込んで聞いた。ハグリッドは分かりやすく動揺した。

「もうこれ以上聞かんでくれ。機密事項なんだ」
「だけど、それをスネイプが」
「スネイプはホグワーツの教師だ。そんなことはせん」
「でも私、確かに見たの。瞬き一つせずに、スネイプはハリーの箒に呪いをかけていたわ!」

 ハーマイオニーは髪を振り乱してハグリッドに詰め寄った。ハグリッドはあわあわと背もたれに寄りかかる。

「ハリーの箒の原因は俺には分からん。だが、ダンブルドアはスネイプを信頼している。三人ともよく聞け。お前達は危険なことに首をつっこんどる。あの犬のことも忘れるんだ。あれはダンブルドア先生とニコラス・フラメルの……」
「あっ!」

 四人は聞き逃さなかった。

「ニコラス・フラメルって人が関係してるんだね?」

 ハグリットは己の軽い口に、お仕置きがしたくなった。