■死の秘宝
03:ダーズリー去る
ハリーとダーズリー一家は、リビングに集まっていた。ドラコは二階でハリエットの様子を見ている。今後を話し合うために、ドラコの存在は必要なかった。ある意味で、ハリーとこの親戚、四人だけで話し合う必要があった。
身を守るため、ダーズリー家は、すぐさま身を隠す必要があったが、バーノンは未だその意見を受け入れられずにいた。
「お前……この家を乗っとるつもりなんじゃないのか? わしらがいなくなった途端、この家を自分たちのものにするつもりだろう! 小娘は一向によくならん。あの金髪と小娘と三人で仲良く住むつもりなんだろう!」
「冗談言わないでよ。前にも言ったと思うけど」
ハリーは疲れたように前置きした。
「僕たちにはもう家がある。名付け親の家だ。ここを出たら――全てが終わったら、一緒に住むんだ。なのにどうして僕がこの家を欲しがるの? 楽しい思い出が一杯だから?」
バーノンはクッと詰まった。視線をあちらこちらへやりながら、口ごもる。
「お前が言いたいのは。何とかって言う卿が――」
「ヴォルデモート」
「……そいつが、わしらを狙ってると」
「そう、そうだよ」
ハリーは根気よく話した。
「十七歳になると守りが破られる。そして僕達はもちろん、おじさん達も危険に晒される。騎士団はヴォルデモートが必ずおじさん達を狙うって考えてる。僕の居場所を聞き出そうして拷問するためか、さもなければおじさん達を人質にとれば僕が助けに来るだろうって考えてのことだ」
ハリーは一呼吸置いた。
「おじさん達は身を隠さないといけないし、騎士団ももちろん、厳重な警護を提供する」
「ヴォル何とかっていう奴は、敵のボスなんだろう? なぜお前が狙われるんだ。自意識過剰なんじゃないのか? お前もその騎士団も。お前はそんなにすごい奴なのか、え? ひょろっとして力もないお前が」
「……ハリエットは、病気なんかじゃない」
ハリーは唐突に言った。
「ハリエットは拉致され、僕の情報を引き出すために拷問にかけられたんだ」
「――っ」
「一度は目を覚ましたけど、また眠りについた。……今後目覚めるかどうかも分からない。この機を逃したら、おじさん達がハリエットみたいな目に遭うかもしれない」
場は静まりかえった。しばらくして、恐る恐るペチュニアが口を開いた。
「ご、拷問って……傷もないのに」
信じられないといった口調だ。ハリーは悲しげに伯母を見た。
「ハリエットに外傷はない。でも、一つの傷も与えずに、死ぬよりも苦しい苦痛を与えることは簡単なんだよ」
誰かが息をのんだ。ハリーは立ち上がった。
「もう誰も僕のせいで傷つけたくない」
――話し合いは終わった。
*****
話し合いから五分ほどで、騎士団から迎えが来た。ヘスチアとディーダラスの二人だ。
「ハリー・ポッター」
ディーダラスは嬉しそうにお辞儀をした。
「お目にかかれて光栄です」
「ありがとう。お二人にはお世話になります。おじと伯母、従兄弟はこちらです」
「おお、あなた方がハリー・ポッターのご親戚ですね?」
リビングに並び立つ三人を見て、ディーダラスは嬉しそうに挨拶をした。彼らが揃ってちょっと嫌そうな顔をした理由を、ハリーは察していた。
「ハリエット・ポッターの体調はいかがですか?」
ヘスチアが小さな声で訊ねた。
「一度だけ目を覚ましたんです。でも、その後すぐにまた眠りにつきました」
ディーダラスはハリーの声を捉え、振り返った。
「ハリエット・ポッターの容態が良くなることをお祈りします」
嘆かわしいと言わんばかり彼は首を振る。
「魔法界でも有名です。不死鳥の騎士団がハリエット・ポッターの命を救ったと! 敵の本拠地に忍び込んで、見事救い出した!」
キラキラ輝くディーダラスとは対照的に、ハリーの顔は暗くなった。妹を救い出す計画にちっとも関われなかったことを、ハリーは未だ気にしていた。そもそも自分のせいで囚われたのに、当の本人は安全な場所で帰りを待っていたのだ。
「さあさあ、お三方、外に行きましょう。車の運転はおできになりますかな?」
「できるにきまっとる!」
バーノンが叫んで答えた。うまい具合にやり込めながら、ディーダラスはバーノンを外に連れて行った。
「あの……」
「何?」
ペチュニアがおどおどとハリーに近づいた。
「最後に……あの子の顔を」
見たいの、と掠れた声でペチュニアは言った。ハリーはしばし無言だったが、階段を指さした。
「マルフォイが見てます。どうぞ」
小さく頷いて、ペチュニアは二階へ上がった。一番小さい寝室をノックすると、返事があった。ペチュニアはドアの隙間から身を滑り込ませる。
中央に鎮座したベッドの上に、ハリエットがいた。身を横たえ、その瞼は頑なに閉ざされている。ペチュニアの顔を見て、ドラコは立ち上がった。
「何か……」
「私たちはもう行くわ」
小さく呟き、ペチュニアは少しだけベッドに近づいた。膝が触れる程まで近寄れば、ハリエットの顔はよく見えた。
眠っている姿は、ペチュニアの亡くなった妹リリーそっくりだった。たとえ目を開けたとしても、その瞳の色以外は輝きすらもそっくりだろう。
こんなにもこの子の顔をじっくり見たのはいつ以来だろう。もしかしたら、初めてかもしれない。
ペチュニアは思わずハリエットに手を伸ばしかけ――止めた。唇を結び、青白い顔でハリエットを見つめ続ける。
「あ……」
ペチュニアはカラカラに渇いた口を開いた。
「――っ」
声は、言葉にならなかった。
「……この子を、よろしくね」
「はい」
ペチュニアは、最後にドラコに目を向けると、逃げるように寝室を後にした。
バーノン達は、まだ玄関をウロウロしていた。最後の別れをしないのかとヘスチアはバーノンを見るが、バーノンにその気は全くなかった。
「さっさとどこへなりとも行け! お前の顔をもう見んで済むと思うと清々する」
「な、なんて言い草――!」
ヘスチアはカッカと怒りながらもハリーを見る。
「この人達は、あなたがどんな経験をしてきたか、分かっているのですか? あなたがどんなに危険な立場にあるのか、知っているの? 反ヴォルデモート運動にとって、あなたが精神的にどんなに特別な位置を占めているか、認識しているの? ハリエット・ポッターだって、あんな危険な目に――」
「あの……いえ、この人達には分かっていません」
ハリーは力なく首を振った。もうバーノンの姿は見えなかった。
「僕なんか、粗大ゴミだと思われてるんだ。でも僕、慣れてるから――」
「お前、粗大ゴミじゃないと思う」
ダドリーの言葉に、ハリーは耳を疑った。柄にもなく、二人は数秒見つめ合った。
「えーっと……あの、ありがとう、ダドリー」
「お前は俺の命を救った」
ペチュニアはわっと泣き出した。
「な、なんて優しい子なの、ダッドちゃん……。なんて良い子なんでしょう、ありがとうって言うなんて……」
「その子はありがとうなんて言ってませんよ!」
ヘスチアは意味が分からないと額に手を当てた。
「『ハリーは粗大ゴミじゃないと思う』って言っただけでしょう!」
「うん、そうなんだけど、ダドリーがそう言うと、『君が大好きだ』って言ったようなものなんだ」
「そんな……そんなことって」
「似たような奴を他に一人知ってるから」
ハリーは早口で言った。
「二階にいる奴さ」
言い終えた後で、ハリーは後悔したように口をつぐんだ。
「さよなら」
玄関先で、ハリーはダーズリー一家を見送った。ダドリーとは最後に握手をし、ペチュニアも何か言いたそうに振り返ったが、結局何も言うことはなく、そのまま車に乗り込んだ。
「…………」
見送りが終わると、ハリーはリビングへ戻り、ソファに腰掛けた。疲れていたわけではないが、ここでの思い出が頭をよぎり、目眩がした。階段下の物置部屋のこと、ダドリー軍団のこと、盗み食いをしたこと、寂しい誕生日のこと――。思い出ともただの記憶とも呼べるそれらには、いつもハリエットがいた。
ハリーは閉じていた目を開けると、二階へ上がった。寝室に入ると、ドラコとは視線で挨拶を交わし、そのままベッドの横に座り込む。
「今にも目を覚ましそうだ」
そしてポツリと呟く。この夏休みで、何度同じことを口にしただろう。
「寝坊にも程がある」
ドラコが答えた。ハリーはふっと唇を緩める。
「ハリエットは、いつも僕の後に目を覚ましたから……」
その時、轟音が轟いた。騎士団の皆がやってきたのだ。