■死の秘宝

07:ハリーの杖


 大騒ぎが収束した後は、頭を切り替えて、話し合いが行われることになった。まだハリエットの体調は万全ではなかったが、目を離すことは憚られたため、そのままソファに横たわったまま話し合いに参加することになった。その側にはハリーとシリウスが付き添う。

「真面目な話をしよう」

 ムーディがそう切り出した。

「死喰い人達は、我々を待ち伏せしていた。計画が漏れているようだった。ポッターが八人になることは知らなかったようで、多少の混乱を与えることはできたが……。皆も疑ってるだろうが、マンダンガスが裏切った可能性は低い。もともとこの計画を打ち出したのは奴だったし、一番重要なポイントを話さずじまいというのはおかしい。マンダンガスがわしをおいて逃げたのは、単純に恐怖してのことだろう。ヴォルデモートが真っ先に来たんだ。それは仕方がない」

 ムーディは一旦一呼吸置いた。

「同じことを二度聞く者もいるだろうが、聞いてくれ。全員と同じ情報を共有するためだ。……わしとヴォルデモートがしばらく戦っていたら、奴の姿が突然消えた。そしてすぐ後に、ミス・ポッターを見つけたという声を聞いた。それは全員そうだな?」

 隠れ穴に残っていた者以外の全員が頷いた。

「そして終盤近く、またあいつの声がして、今度はポッターを見つけたという声があった。これもそうだな?」

 またしても皆がこっく頷いた。

「ミス・ポッターが見つかった件については、帽子が脱げて、赤毛が見えてしまったせいらしい。だが、ポッターは? 何か心当たりはあるか?」
「それについては、私から」

 ルーピンが手を上げた。

「死喰い人の中に、スタン・シャンパイクの姿があった。彼は操られていた――だから、ハリーは武装解除の呪文を放った。死地にいるとは思えない優しさだ。だが、そのせいでハリーだと気づかれた」
「ポッター……!」
「マッドーアイ、ハリーには私からよく言い聞かせた。たぶん……分かってもらえたと思う」

 ルーピンはちらりとハリーに視線をやった。ハリーは静かに頷いた。

「でも」

 フラーが首を傾げた。

「私たちが今夜アリーを移動するこーとを、なぜ知っていーたのか、説明つきませーんね? 誰かが外部のいとにうっかり漏らしましたね。彼らが日にちだけ知っていーて、プランの全部は知らなーいのは、それしか説明できませーん」

 フラーは全員を見回し、異論があるなら言ってごらんと無言で問いかけていた。誰も反論しなかった。唯一声を上げたのはハリーだった。

「違う」

 全員が驚いてハリーを見た。

「誰かが……ミスを犯して、それでうっかり漏らしたのなら、きっとそんなつもりはなかったんだ。その人が悪いんじゃない」

 ハリーは訴えかけるように皆を見渡した。

「僕は、皆が無事にここに来られて本当に良かったと思ってる。誰一人、欠けずに。……僕たち、お互いに信頼し合わないといけないんだ。僕は皆を信じてる。この部屋にいる人は、誰も僕のことをヴォルデモートに売ったりはしない」
「よく言ったぜ、ハリー!」

 フレッドはハリーの肩を叩いた。ジョージも反対側から肩に腕を回す。

「さすが俺たちの兄弟だな!」
「……だが、盲目的に信頼しすぎるのも、良くないことだ」

 シリウスは苦々しい顔つきで言った。皆が彼を見る。彼が誰のことを頭に思い浮かべているのはすぐに分かった。

「そうだな」

 ルーピンは反対側から真っ直ぐシリウスを見た。

「私達は、信じ合うべき人を間違え、間違った人を信じた。全ては疑いから始まったんだ」

 本来なら自分が諫めるべきだろう、とルーピンは思った。考えに甘さが見え隠れするハリーに、辛酸をなめた大人として、現実は甘くないんだと言い聞かせるべきだ。だが、今この場にはシリウスがいた。アズカバンから脱獄し、皆から恐れられていた囚人シリウス・ブラック。彼が今この場にいるのは、ハリー達双子が彼の無実を信じてくれたからだ。そのことを思うと、ピーター・ペティグリューのことを差し置いても、信用というのも悪くないと思った。

「俺たちにゃハリーがいる」

 ハグリッドが笑った。

「今に知れ渡るだろうが、ハリー、お前さんはまた勝った。あいつの手を逃れたし、あいつに真上まで迫られたっちゅうに、戦って退けたんだろ?」
「僕じゃない」

 ハリーは気落ちしていった。

「僕の杖がやったことだ。杖が独りでに動いたんだ」
「でも、ハリー、そんなことあり得ないわ。あなたは自分で気がつかないうちに魔法を使ったのよ。直感的に反応したんだわ」

 ハーマイオニーが優しく言った。

「違うんだ。バックビークが急降下して、僕はヴォルデモートがどこにいるのかも分からなくなっていた。それなのに杖が手の中で回転して、あいつを見つけて呪文を発射したんだ。しかも、僕には何だか分からない呪文だった。僕はこれまで、金色の炎なんて出したことがない」
「よくあることだ。プレッシャーがかかると、夢にも思わなかったような魔法が使えることがある。まだ訓練を受ける前の小さな子供が良くやることだが――」
「そんなことじゃなかった」

 アーサーの言葉にも、ハリーは納得のいかない顔をしていた。杖が独りでに魔法を使うなんて、自分でもあり得ないとは分かっていた。だが、それでも自分がやったことだとはどうしても信じられなかった。

「ハリー、ハリー……」

 ハリーのすぐ横で、ハリエットがか細い声を上げた。

「オリバンダーさんは今どこにいるの? 私と一緒に囚われてたんだけど」
「ミュリエルの所だよ。僕たちの大叔母だ」

 ビルがすぐに答えた。ハリエットはにっこり笑う。

「ありがとう。じゃあ、オリバンダーさんに聞けば良いわ。オリバンダーさんなら、何か知ってるかもしれない。私にも、杖について色々教えてもらったの」
「そうだな、それがいい」

 シリウスも頷いた。

「ミュリエルは結婚式にも参加してもらう予定よ。その時にオリバンダーさんも連れてきてもらえるように話しましょう」
「あ、ありがとうございます……」

 オリバンダーという希望の星が見えてきて、ハリーは大人しくなった。ダンブルドア亡き今、杖のことについて聞けるのは彼しかいなかった。


*****


 その晩の台所は超満員だった。特にハグリッドは半巨人なので、話し合った結果、庭で食事をすることにした。テーブルを出し、椅子を出し、ちょっとしたキャンプのようになり、子供達ははしゃいでいた。

 問題は山積みだが、ひとまずはハリーを無事隠れ穴まで移送することができ、また、長い昏睡状態になったハリエットも目覚めたので、モリーは張り切って山盛り料理をこさえた。始めテーブルの上を見たハリーは少し頬を引きつらせたが、総勢二十名の食欲というのは甘く見てはいけず、あっという間に皿は綺麗に空っぽになった。

 固形物はまだ食べられなかったハリエットのために、モリーは胃に優しいスープを作ってくれた。ハリーやシリウスは、まるでハリエットが何もできない赤ん坊のようにことあるごとに食事を補助したがったが、ハリエットは断固として拒否した。

 食事をしている間、ハリエットは今日までのあらましを聞いた。両親の命を盾にされ、ドラコが死喰い人をホグワーツに手引きしたこと、スネイプがダンブルドアを殺害したこと、服従の呪文でドラコがヴォルデモートの元にハリエットを連れて行ったこと、ハリーと引き換えにハリエットを返すというヴォルデモートの条件を機に、ドラコが寝返ったこと、騎士団でハリエットを救出したこと、フォークスの癒やしの力によって、ハリエットが昏睡状態に陥ったこと、移動手段を断たれたので、七人の囮ハリーをたて、隠れ穴まで飛んできたこと――。

「私、いろんな人に助けられたのね」

 ハリエットはほうっとため息をついた。敵地に乗り込むなんて、相当の覚悟がないとできない。

「ねえ、ドラコは? ドラコとも話がしたいわ」
「あいつは……」

 ハリーは周囲を見渡した。ドラコの姿はどこにもなかった。

「マルフォイを知らない?」
「もう上に行ったよ。疲れたんじゃないか?」

 フレッドに聞けば、すぐそう返事が返ってきた。ロンが何気なく尋ねた。

「あいつ、どの部屋で寝るの?」
「ロンの部屋よ」

 今度はモリーが答えた。ロンは目を見開いた。

「なんで!」
「この大所帯なんだから仕方ないでしょう?」

 空になった皿を回収しながらモリーは鼻を鳴らした。ロンの肩に腕を置き、フレッドが囁く。

「お袋、本当はパーシーの部屋にシリウスとハリーを泊まらせるつもりだったんだ。そしてロンの部屋にはマルフォイが寝る予定で――」
「あいつと二人きりなんて、僕嫌だよ!」
「そう言うと思ったから、俺が進言してやったのさ」

 フレッドは鼻を指でこすった。ロンはそれ以上何も言えなかった。シリウスとマルフォイを一緒の部屋にすれば、とも思ったが、犬猿の仲――シリウスが一方的に嫌っているだけだが――の二人を同じ部屋にすれば、翌朝マルフォイは五体満足でいられないかもしれないと、渋々納得した。

「そうだわ、すっかり忘れていたわ」

 魔法で皿を洗いながら、モリーが顔を出した。

「ハリー、ヘドウィグとウィルビーは? ピッグウィジョンと一緒に休ませて、何か食べ物をあげましょう」
「うん、連れてくる」
「私も久しぶりにウィルビーに会いたいわ。どこにいるの?」

 ハリエットは起き上がろうとした。しかしハグリッドがいち早くそれを制する。

「ハリエット……すまねえ」
「どうしたの?」
「ウィルビーは落ちちまった……」
「……落ちた?」

 ハリエットは瞬きをした。

「俺が魔法を使って、サイドカーを壊しちまったんだ。それで……サイドカーと一緒に、ウィルビーは……」
「で、でも、ウィルビーは飛べるし――」
「檻に入れたままだったんだ……檻ごと、そのまま……」
「…………」

 ハリエットは放心したように黙り込んだ。皆が彼女を見つめる。ハリエットは力なく首を振った。

「……ハグリッドのせいじゃないわ」
「だが……」

 ハグリッドの声は尻すぼみに消えていく。

 気まずい沈黙を見てられなくて、シリウスはハリエットの肩を叩いた。

「ハリエット、疲れただろう? 今日はもう休んだ方が良い」
「ええ……」
「ジニー、部屋を案内してくれるか?」
「分かったわ」

 ジニーはすぐに立ち上がり、階段を上がった。ハリーは心配そうにシリウスに抱きかかえられるハリエットを見つめていた。