■賢者の石

15:クリスマス休暇


 待ちに待ったクリスマス休暇がやってきた。

 ハリー達双子は、ダーズリー家には帰らず、ホグワーツでクリスマスを過ごすことを選択した。そこには一切の躊躇もなかった。

 談話室はいつもより閑散としており、なんとなく寂しい雰囲気が漂っていたが、授業を受けなくても良いというのは何よりもご褒美だった。ハリーとロンは魔法使いのチェスで遊び、難しいゲームが苦手なハリエットは、図書室でニコラス・フラメルについて調べた。ハーマイオニーとは、クリスマス中ちゃんとニコラス・フラメルについて調べるという約束をしていたが、男の子二人はそのことをすっかり忘れているようである。また喧嘩なんてしてほしくなかったので、このことは黙っていようとハリエットは胸の中に仕舞い込むことにした。

 クリスマスの朝は、今までで一番幸せな一時になった。起きたとき、ベッドの足下に置かれたプレゼントの山がすぐに視界に飛び込んできたからである。

 ハリエットはたった一人きりの寝室で、プレゼントの開封作業をした。ハグリッドからは木の横笛、ハーマイオニーからは蛙チョコレートの大きな箱――ハーマイオニーは、ハリエットが蛙チョコレートを苦手としていることを知らなかった――ロンはお菓子の詰め合わせで、ハリーからは雪の結晶がモチーフの髪飾りをもらった。ハリエットは髪が長く、髪留めが欠かせないので、とても嬉しかった。

 髪を軽く結い、ゴムを隠すようにして髪留めをつけた。合わせ鏡にして後ろ髪を確認し、にっこり笑う。

 ウィルビーに餌をやりながら、マルフォイにもプレゼントが届いたかしらとハリエットは思いを巡らせた。

 本当のところ、ハリエットはドラコにクリスマスプレゼントを贈ろうかギリギリまで迷っていたのだが、しかし、箒を教わっている身で、何の感謝の気持ちも示さないというのは恩知らずだと思ったので、お菓子の詰め合わせを贈った。彼の好みは分からなかったが、もし気に入らなければ、クラッブやゴイルが食べるだろう。

 視線をベッドに戻すと、最後に一つ残った包みを見て、ハリエットは首を傾げた。ハリー、ロン、ハーマイオニー、ハグリッド――彼ら以外に、ハリエットはクリスマスプレゼントをもらう当てがなかった。ドキドキしながら大きなもっこりした包みを開いていく。

「うわあ」

 中から出てきたのは、厚い手編みのハシバミ色のセーターと、大きな箱に入ったホームメイドのファッジだった。中身を見ても誰からのプレゼントなのかさっぱり見当がつかず、ハリエットはセーターを抱えたまま談話室に降りた。下が騒がしかったので、ハリー達もそこにいるのだろうと思ったのだ。一人は寂しかったし、もちろんプレゼントのお礼も言いたかった。

「メリークリスマス」

 談話室には案の定ハリーとロンがいた。ハリーはキラキラ光る布のようなものを手にしていた。

「メリークリスマス、ハリエット!」
「うわっ、やっぱりママ、君にもセーター贈ってたんだ」

 ロンはうんざりした顔になった。

「それ、ウィーズリー家特製セーター。ママの手作りだよ」
「そうなの? どうして私にも?」
「君たちがプレゼントもらう当てがないって知らせたんだ。だから張り切っちゃったみたい」
「あなたのママって本当に優しいのね」
「ハリーと同じこと言わないで」

 ロンはため息をついた。

「ハリエット、これ見て――」

 興奮したようにハリーは銀色の布を掲げたが、フレッドとジョージが階段を駆け下りてきたので、慌てて布を下ろす。

「メリークリスマス!」
「なんだなんだ、君たちポッター家の双子もママからセーターもらったのか?」

 二人のセーターは青色だった。フレッドはFの、ジョージはGの文字がついていた。

「でも、君たちの方が上等だな」
「ママは身内じゃないとますます張り切るんだ」

 ハリエットは嬉しくなって、染みのついたパーカーを脱ぎ、上からセーターを被った。ぶかぶかなダドリーのお下がりよりもピッタリしていて、とても着やすかった。

「素敵……あなた達のママって編み物がお上手なのね。ああ……ロン、私あなたのママにお礼のカードを書かなくちゃ。あ、でも、贈ってもいいかしら? 迷惑じゃない?」
「むしろ喜ぶと思うけど」

 夢見心地に目をキラキラさせて言うハリエットに、ロンは若干引いていた。

「すぐに書いてくるわ!」
「あっ、待ってハリエット!」

 ハリーはすぐにでも手の中の銀色の布について、話したくて仕方がなかったが、ハリエットは軽やかに女子寮へと消えてしまったので、そんな暇は無かった。


*****


 その日は、本当に今までで一番素晴らしいクリスマスだった!

 クリスマスのごちそうはどれもおいしく、七面鳥もプティングもたらふく食べた。テーブルのあちこちにあった魔法のクラッカーは、気分が高揚したときは意味もなく突発的に鳴らしたりした。あまりにハリー達双子が上機嫌なので、ロンは逆に大人しくなったくらいだ。

 お昼にはウィーズリー四兄弟と雪合戦を楽しんだし、お風呂でリフレッシュした後は、談話室でチェスをした。ハリーとロンは対戦し、ハリエットはパーシーから手ほどきを受けた。何となくルールは分かったが、駒が取られるときに、相手の駒に容赦なくぶちのめされるので、ハリエットはだんだんチェス達が可哀想に思えてきた。

 そしてまた夕食を食べ、皆で談話室でまどろんだ。本当に最高のクリスマスだった。ハリエットは早々に眠たくなって自室に引っ込んだが、その時になって、ようやくハリーははたと気づいた。何者かからもらった透明マントのことを、未だハリエットに話してないということを。

 だが、すぐに思い直した。素晴らしいこのマントは、素晴らしい実体験と共に伝えた方がより素晴らしさが伝わるに違いない。

 皆が寝静まった頃を見計らって、ハリーは透明マントを被り、一人夜のホグワーツへ乗り出した。


*****


 翌日、透明マントを使って夜中に校内を徘徊し、ハリーは不思議な鏡を発見したと興奮交じりにハリエットとロンに報告した。何でも、鏡を覗くと、ハリー達双子の亡くなった両親が自分に向かって手を振っていたという。三人はその日の夜、すぐに皆で鏡に向かうこととなった。

 結局、その鏡は、自分の願いや望みを映すのではないかという結論になった。ロンがその鏡を覗き込むと、ハリーの両親が見えるどころか、クィディッチの優勝カップを持ってる所が見えたからだ。ハリーには両親のみが、ハリエットには、両親と自分たち双子が仲良く暮らしている所が見えた。

 この奇妙な鏡に、三人は別々の意見を持った。ロンはあの鏡に嫌な予感を抱え、ハリー達双子は、むしろずっとあそこにいたいという気分にさせた。ロンは双子を心配したが、どうすることもできなかった。

 双子は、寒さも忘れて鏡の前に座り込み。片割れと手を繋ぎながら鏡を見ていた。そうしていると、まるで父と母、そして自分とハリーハリエット、皆で向かい合っているような気がしたのだ。ぽうっとその鏡に酔いしれていた。鏡の中に入りたいとすら思った。鏡の世界に行くために、自分たちはどんな犠牲も厭わないだろう――。

「ハリー、ハリエットや」

 虚ろな瞳で振り返ると、そこにはダンブルドアが立っていた。

「また来たのか」

 ハリーは申し訳なさそうに下を向く。透明マントが肩から落ちた。

「君たちだけじゃない。今までに何百人もこの鏡――『みぞの鏡』の虜になった。この鏡が何を映すのかはもう気がついたじゃろう」
「……はい、なんとなくは」
「この世で一番幸せな人には、この鏡は普通の鏡になる。その人が鏡を見ると、そのまんまの姿が映るんじゃ。鏡が見せてくれるのは、心の一番奥底にある一番強い望みじゃ。それ以上でもそれ以下でもない」
「…………」
「この鏡は明日余所に移す。もうこの鏡を探してはいけない」

 双子は、やがてこっくりと頷いた。