■死の秘宝

09:十七歳の誕生日


 結婚式の前日が、ハリーとハリエットの十七回目の誕生日だった。ジニーの部屋で目を覚ますと、すぐ近くでハリーがプレゼントを嬉しそうに開封していた。

「おはよう!」

 そしてその高揚した気分は、挨拶にまで現れていた。

「おはよう。ハリー、お誕生日おめでとう」
「ハリエットも、誕生日おめでとう!」

 顔を見合わせて、双子はにっこり微笑んだ。幼い頃から、この挨拶は変わりなかった。ダーズリーの家にいた頃は、自分の誕生日を祝ってくれる人は、片割れしかいなかったのだ。

「ハリエット、十七歳になったんだから、早速何か魔法使ったら?」
「うーん、そうね……アクシオ! 櫛よ、来い!」

 たった三十センチしか離れていなかったが、櫛がヒュンと飛んでくるのを見て、ハリエットは大満足だった。勢いが良すぎて、トゲトゲの部分が手に刺さって少し痛かったが。

「はいはい、お見事お見事。君たちって、初めて使う魔法も一緒なんだから」

 ロンは呆れたように笑った。彼曰く、ハリーも初めての魔法はアクシオで、眼鏡を呼び寄せたようだ。

 ロンとハーマイオニー、ジニーからのプレゼントを開けていると、シリウスが突入してきた。

「やあ、おはよう。清々しい朝だな。君たちの門出を祝う日にピッタリだ」

 シリウスはちょっと照れくさそうに小さな箱を差しだした。

「十七歳の誕生日おめでとう、ハリー、ハリエット。わたしからのプレゼントだ」
「ありがとう!」

 ほくほくしながらハリエットは丁寧に包装を剥がし、パカッと箱を開けた。中から出てきたのは腕時計だ。

「わあ、綺麗……」
「魔法使いが成人すると、時計を贈るのが昔からの習わしなんだ」

 ハリエットは早速左手につけた。ピカピカ輝いていて、自然と気分も浮上した。ハリーとハリエットの腕時計は、色違いだった。腕を交差させ、破顔して笑い合う。

「ありがとう、シリウス。大切にするね!」
「喜んでもらえて何よりだ。……ジェームズとリリーも、今の君たちを見たら誇らしく思うだろう」

 少しだけシリウスの声が詰まっているような気がした。双子は気づかなかった振りをした。

 台所に降りていくと、テーブルにはプレゼントの山が二つ待っていた。まずはビルやフラー、モリーからお祝いの言葉とプレゼントを受け取った。

 台所にはドラコもいて、朝食をとっていた。

「あー……誕生日、おめでとう」

 目を伏せ、ドラコはもごもご言った。ドラコから直接祝われるのは初めてだったので、ハリエットは満面の笑みになった。

「ありがとう!」

 子供達はテーブルにつき、一斉に朝食を食べ始めた。『込むから時間重ならないようにって言ったのに……』とモリーは愚痴を零した。プレゼントについて、誕生日プレゼントについてあれやこれや話していると、慌ただしくフレッドとジョージが階段を降りてきた。

「やあ、ようやく成人したお二人さん」
「俺たちのプレゼントはもう開けてくれたかい?」
「まだだよ」

 トーストをもぐもぐしながらハリーが答えた。

「それはいけないな。俺たちのは一番でかい箱だぜ。中にはWWW店の新商品がたんまり入ってる」
「二人を実験台にするつもりじゃないだろうな?」

 シリウスは疑り深い顔で尋ねた。シリウスは、夜に行われる誕生日パーティーの飾り付けのため、台所を出たり入ったりしていた。だが、耳はきちんと名付け子の危機を聞きつけていた。

「そんな! 後見人殿はそんなに俺たちに信用ないのか?」
「いろいろアドバイスもしてくれたじゃないか」
「それとこれとは話が別だ」

 シリウスはキッパリ言い切った。明日行われる結婚式に出席するため、フランスからはるばるデラクール一家が来たことで、シリウスはフレッドとジョージの部屋に寝泊まりしていた。これを機に、かつて悪戯仕掛人として名を馳せたシリウスに教えを請おうと、フレッド達は夜な夜なシリウスを睡眠不足にする勢いでWWW店の商品にアドバイスをもらったり、アイデアをもらったりしていた。可愛い後輩だと思う一方で、シリウスはそんなフレッドとジョージを名付け子に仇なす脅威になりうるかもしれないとも考えていた。

「安心してくれ。本当に自分たちで実験済みの商品だけだから」
「君たちポッター家の双子には、俺たちウィーズリー・ウィザード・ウィーズの広告塔になってもらいたくてね」

 フレッドの言葉にジョージは頷いた。

「ぜひこの商品達を使ってくれたまえ! そんでもって、どこで買ったのか聞かれたら、WWWの名前をぜひ!」

 赤毛の双子は揃ってカラカラ笑った。

「ハリエットにはおまけとして、惚れ薬もつけておいたぜ」

 えっと嫌そうな顔になるハリエットの肩に、フレッドは腕を回した。

「いやあ、君は去年、我らの惚れ薬で嫌な思いをしたそうじゃないか。マイナスなイメージを持ったまま我らの商品を使うのは抵抗があると思ってね」
「でも安心してくれ。ちゃんと解毒剤もつけておいたから、万が一盛る相手を間違えたとしても、すぐに効果は消せる」
「そういえば、惚れ薬は誰に盛られたんだ? ドラコ?」
「違う! 僕はそんなことしてない!」

 ドラコは慌てて否定した。確かに現場にはいたが、あの時は既にハリエットはロミルダ・ベインにメロメロ状態だった。勘違いされては困る。

「マルフォイがハリエットに惚れ薬を……?」

 だが、名付け親はこういうときに限ってタイミング悪く現れる男である。愛すべき名付け子が関わると周りが見えなくなるのだ。

「どういうことだ? 惚れ薬なんて、人として最低なことを――」
「ち、違うわ、シリウス!」

 ハリエットは慌てて声を上げた。

「惚れ薬は、ロミルダ・ベインっていう女の子に盛られたのよ。それに、そもそもその子はハリーに食べさせたかったみたいで……」

 あのときのことは、正直思い出したくもない出来事だった。まだ恋が分からなかった自分が最初に恋をしたのが女の子だったなんて……。

 重苦しくため息をつくハリエットに、シリウスは居住まいが悪くなってそれ以上追求しようとはしなかった。

 朝食を食べ終えたところで、デラクール一家が入ってきて台所が狭苦しくなったので、ハリー、ハリエット、ロン、ハーマイオニー、ドラコはその場を離れ、階段を上った。

「全部荷造りしてあげる」

 ハリーの抱えているプレゼントを引き取って、ハーマイオニーが明るく言った。

「もうほとんど終わってるの。後はロン、洗濯に出ているあなたのパンツが戻ってくるのを待つだけ――」

 ロンは途端に咳き込んだが、二階の踊り場のドアが開いて咳が止まった。

「ハリー、ちょっと来てくれる?」

 顔を出したのは、ジニーだった。はたとその場に立ち止まり、何か言おうとロンは口を開いたが、ハリエットとハーマイオニーがそれを押さえた。ハリーは落ち着かない様子でジニーの部屋に入り、ハーマイオニーはロンの腕を掴んだまま上の階に引っ張っていった。

 ハリエットが動かないので、ドラコは彼女を見た。

「一緒に行かないのか?」
「ええっと……少し二人きりにさせてあげたくて。庭に出ない?」
「ああ」

 特に行く宛もないので、ドラコはすぐに頷いた。

「あの二人は付き合ってるのか?」

 階段を降りながら、ドラコは小さく尋ねた。ハリエットは首を傾げた。

「どっちのこと?」
「……どっちも」
「ハリーとジニーは付き合ってるわ。でも、ハーマイオニーとロンはどうかしら……まだそんな風には聞いてないけど、でも、間違いなく二人は両思いよ」
「意外だな」
「そう?」

 ハリエットは聞き返した。

「私、ずっとお似合いだと思っていたわ。二人がこんな風になってくれて嬉しい」

 ハーマイオニーはずっとロンのことで苦しんでいたし、ロンもロンで、無自覚ながらハーマイオニーに嫉妬をぶつけていた。後は二人が素直になるだけだ。

 ハリエット達は、台所を迅速に通り抜けた。まだシリウスが鼻歌を歌いながら飾り付けをしていたので、彼に見つかるわけにはいかなかったのだ。彼に見つかったが最後、またいろいろ言われそうな気がして、内心冷や冷やしながら庭に出た。

 隠れ穴の庭には、熱いくらいの太陽がさんさんと照っていた。だが、不思議と不快には感じない。久しぶりに外に出たせいだろうか。

 ハリエットは踊るように庭をぐるりと歩いた。遠くの方に見える果樹園には、今は乳白色の大きなテントが張られていた。

「昔あそこでクィディッチの練習をしたことがあるのよ」

 ハリエットは果樹園を指さした。

「あそこまでお散歩しない?」

 ドラコを振り返り、ハリエットは言った。しかしドラコは浮かない顔だった。

「僕――すまない。何も用意できてない」

 そして唐突に言う。ハリエットは何のことやら分からなくて目を瞬かせた。

「誕生日プレゼントだ。家からは何も持ってきていなかったし、お金もなかったから……。折角の、成人の誕生日なのに――」
「気にしないで」

 やけにドラコが気に病んでいるようなので、ハリエットはむしろ驚いていた。

「私だって、あなたの十七歳の誕生日には何も渡さなかったんだし」
「でも……あのネクタイピンは、君がくれたものだろう?」

 ハリエットは一瞬言葉を失ってしまった。

「……どうして分かったの? カードも入れてなかったのに」
「何となく……」

 確かに、ハリエットはドラコの誕生日にスリザリンカラーのネクタイピンを贈っていた。ただ、あの時は彼との仲はあまり良くなかったので、自分からのプレゼントは不快に思うかもしれないと、差出人の名前は書かなかったのだ。まさか気づかれているとは思いも寄らなかった。

「じゃあ、一つお願いがあるんだけど……」

 ハリエットは窺うようにドラコを見た。

「私のこと、ハリエットって呼んでくれない?」
「えっ?」
「ドラコったら、一向に名前を呼んでくれないじゃない。お前とか君とかばっかりで、何だか距離を感じて……」

 どうせ誕生日プレゼントなら、一番の気になっていたことを叶えて欲しかった。

「……二人だけの時だったら」

 ドラコはようやくそう言った。

「ポッターや名付け親がうるさそうだろ、だから……」
「ええ、それでいいわ」

 ハリエットは何度も頷いた。受け入れてもらえただけで充分だった。

「…………」

 ハリエットは首を傾げて待った。だが、ドラコからはアクションがなかったので、仕方なしに口を開く。

「――今は、二人っきりだけど……」
「…………」

 窺うようにハリエットはドラコを見たが、彼はふいと顔を背けていた。無理だろうかと思ったとき、小さい声が風に乗ってハリエットの耳まで届いた。

「……ハリエット」
「なに?」

 ハリエットは反射的に聞き返した。

「いや、君が呼べって……」
「あ、そうだった!」

 思わず視線を逸らし、ハリエットは照れ笑いを浮かべた。

「何だか、前にもこんなことがあった気がする」

 きっと思い出すのも恥ずかしいような気がしたので、今は記憶の底に眠らせておくことにした。

「ねえ、やっぱり果樹園に行かない? 歩きたい気分なの」

 ハリエットはドラコの手を取った。そして引っ張りながら歩き出した。だが、数歩といかないうちに、はたとドラコの足が止まった。どうしたのか、と振り向けば、彼はある一点を見つめて固まっていた。嫌な予感を抱えつつそちらに視線を向ければ――そこには、ウィーズリー家の双子が一人で立っていた。庭の入り口にもたれながら、二人を見つめている。

 いつからたのだろうと、ハリエットの胸のドキドキは収まらない。

「じょ、ジョージ?」
「正解」

 ジョージは面白そうに二人を眺めていた。何をそんなに穴が開くほど見つめているのか――と思って、ハリエットはパッとドラコの手を離した。

「いやいや、俺のことは気にすんな、お二人さん」

 ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべるジョージ。そんな風に見られて、気にしない方がおかしい。やましいことなんて一つもしていないのに、なぜか後ろめたく思わせる力がジョージにはあった――。

「今から果樹園に行くんだって? 行ってらっしゃい。シリウスには黙っててやるよ」

 ジョージはウインクし、家の中に入っていった。やけに照りつける太陽が熱く感じられた。

「ご、ごめんね」

 よく分からないままハリエットは謝った。

「ああ……」

 そしてドラコもよく分からないまま返事をした。


*****


 ハリーとハリエット、二人の誕生日のディナーには、台所は狭すぎた。チャーリー、ルーピン、トンクス、ハグリッド、セドリックが来る前から、台所ははち切れそうになっていた。そこで庭にテーブルを一列に並べた。フレッドとジョージが、いくつもの紫色の提灯に全て『十七』の数字をデカデカと書き込み、魔法をかけて招待客の頭上に浮かべた。シリウスのとっておきの装飾は、何といっても夜空を飛び回る妖精と動物の魔法だった。本物だと思い込んだハリエットはすぐに触りに行ったが、幻影だと分かってほんの少しがっかりした。

 バースデーケーキは、モリー特製の、巨大スニッチケーキだ。テーブルの中央にデカデカと鎮座していた。

 七時には招待客全員が到着し、フレッドとジョージの案内で家の境界内に入ってきた。ハリーとハリエットは、皆から次々にお祝いの言葉と、誕生日プレゼントを受け取った。

 挨拶も終わり、さあパーティーを始めようかというところで、アーサーから守護霊による伝言を受け取った。彼が言うには、魔法大臣が今からやってくるという。

 ルーピンとトンクスは、ハリー達に一言断って、姿くらましをした。

 シリウスは慌ててスナッフルに変化し、ハリーとハリエットの側に居座った。だが、それでもまだ安心ならないと、モリーは結局は彼を隠れ穴の寝室へ追い立てた。

 モリーが戻ってきたところで、門の所にアーサーとスクリムジョールが現れた。彼は足を引きずりながらテーブルの前までやってきた。

「お邪魔してすまない。その上、どうやら宴席への招かれざる客になったようだ」

 大臣の目がテーブルの上のスニッチ・ケーキに注がれた。

「誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」

 声が二つ混じっているのを聞いて、スクリムジョールはハリーを見た。そして視線をずらし、その隣に赤毛の少女がいることに気づく。

「君は……ハリエット・ポッター?」
「はい」
「ああ、そうか……。病床から回復したんだね? それは良かった」
「ありがとうございます」
「君たちと話がしたい。更に、ロナルド・ウィーズリー君、ハーマイオニー・グレンジャーさんとも個別に」
「僕たち?」

 ロンが驚いて聞き返した。

「どこか、もっと個別に話せる場所に行ってから説明する。そういう場所があるかな?」

 アーサーは頷き、彼と四人を、居間まで案内した。スクリムジョールは、頑なに一人一人と話したがったが、ハリーも四人一緒に話を聞くと頑として譲らなかった。折れたのはスクリムジョールの方だった。

 居間に到着すると、スクリムジョールは、ダンブルドアの遺言のために来たのだと説明した。

 ロンには、ダンブルドア自身が設計した『火消しライター』が遺贈された。銀のライターのように見えるものだが、カチッと押すたびに、周囲の灯りを全部吸い取り、また元に戻す力を持っていた。

 ハーマイオニーには、『吟遊詩人ビードルの物語』が遺贈された。読んで面白く、役に立つものであることを望む、とダンブルドアは言葉を残していた。

 ハリーには、『スニッチ』だ。ホグワーツでの最初のクィディッチ試合で、ハリーが捕まえたものだという。

 スニッチが手渡される前に、ハーマイオニーがスニッチについて説明した。スニッチには肉の記憶を持っている。空に放たれるまで素手で触れられることがないため、最初に触れる者が誰かを認識できるように呪文がかけられているのだという。クィディッチで判定争いになったときのためである。

 スクリムジョールは、ダンブルドアがスニッチに魔法をかけ、ハリーだけのために開くようにしたのではないかと語った。そして言葉通り、ハリーにスニッチを渡すとき、彼ははっきりと緊張した面持ちだった。そしてハリーの手に渡り、何も起こらないのを見て取ると、あからさまに落胆した。

 ダンブルドアは、他にハリーにもう一つ――グリフィンドールの剣を遺したのだと言うが、しかし剣は重要な歴史的財産であるため、ダンブルドアがどう決めようと、ハリーの占有財産ではないと、ハリーには渡されなかった。

 ハリエットには、何も遺贈するものがなく、ただ遺言だけが残されていたのだという。
『きっと君の元に現れる』
 予言めいた言葉だ。ハリエットは内心首を傾げたが、それはスクリムジョールも同じなようだった。

「ミス・ポッター、この遺言の意味が分かるかね?」
「……分かりません」

 ハリエットは素直に答えた。何が現れるというのだろう? ――そして、それはいつ現れる?

 スクリムジョールが帰った後、慌ただしくパーティーの仕切り直しをした。ディナーを終えると、ハリー達四人はロンの部屋に集合した。そこで、ダンブルドアが遺した謎めいた品々の数々について話し合った。ハリーは、魔法省が遺言書を押収し、かつ遺品を調べるだろうとダンブルドアが知っていたんじゃないかと推測した。

「でも、説明がつかないのは、遺言書に書けなかったからって、生きてるうちになぜヒントを教えてくれなかったってことよ」

 ハーマイオニーは頭を振って栗毛を振り回した。

「本当に分からないことだらけだわ。スニッチにしても、スクリムジョールがあなたにそれを渡したとき、私てっきり何かが起きると思ったわ!」
「うん、まあね」

 ハリーは焦らずに頷いた。

「あら、でも私はすぐに分かったわ」

 ハリーがスニッチを手のひらで転がすのを見ながら、ハリエットは得意げに言った。

「ハリーもそうでしょ?」
「うん。僕、スクリムジョールの前じゃあんまり真剣に試すつもりがなかったんだ」
「どういうこと? 二人にはスニッチをどうすれば良いか分かったの?」
「生まれて初めてのクィディッチの試合で、僕が捕まえたスニッチとは?」

 ハーマイオニーは困惑した様子だったが、ロンはハッと息をのんだ。

「君、飲み込んだんだ!」
「正解」

 ニヤッと笑いながら、ハリーはスニッチを口に押し込んだ。――開かない。ハリーは金色の球を取りだした。ハーマイオニーが叫んだ。

「文字よ! 何か書いてある!」

 滑らかな金色の球面の、さっきまでは何もなかったところに、短い言葉が刻まれていた。
『私は終わるときに開く』