■賢者の石

17:ドラゴンと罰則


 嬉しそうなハグリッドに招待された小屋で、ハリー達はドラゴンの卵を見た。ハグリッドはドラゴンを飼うことが長年の夢だと語っていたが、生憎とドラゴンの飼育は法律違反である。四人は必死に説得したが、ハグリッドは全くといっていいほど聞き入れず、ついには、いよいよ卵が孵るというハグリッドからの手紙が届いた。

 授業の合間の休憩時間に急いで小屋に向かえば、もうすぐ孵る所だという。皆が息を潜めて卵を見守る中、ついにピキッと卵が割れた。

 中から現れたのは、黒いコウモリのような生物だ。胴体は真っ黒で、巨大な骨っぽい翼がついている。

「綺麗だろう?」

 ハグリッドは大きな手でドラゴンを撫でようとした。ドラゴンは彼の指に噛みついた。

「ちゃんとママがわかっとる!」

 キラキラした瞳で四人を見たハグリッドだが、突然彼の顔が曇る。その目は窓へ向いていた。

「どうしたの?」
「カーテンの隙間から誰かが見ておった。子供だ」

 ハリーが急いで駆け寄って外を見た。その後ろ姿は紛れもなくドラコだった。


*****


 次の週、ドラコはハリー達に遭遇するたび薄ら笑いを浮かべていた。だが、何も言ってこないので対処ができない。

 ハリー達はドラゴンを外に放すよう説得したが、ハグリッドは頑として頷かなかった。

 ドラゴンはたった一週間で三倍にまで成長していた。ハグリッドはドラゴンにノーバートと名付け、猫可愛がりしている。

 ハリーは、ロンの兄、チャーリーにノーバートを託すことを思いついた。チャーリーはルーマニアでドラゴンの研究をしているのだ。ハグリッドはようやくこの小屋でドラゴンを飼い続けることへの不可能さを実感し、渋々承諾することとなった。

 だが、事はそううまくはいかなかった。チャーリーからは承諾をもらったのだが、ドラゴンを土曜日の真夜中、一番高い塔で輸送するという旨の手紙をドラコに見られてしまったのだ。

 透明マントを使って運ぶことになったが、ロンはノーバートに噛まれた手が腫れ上がり、作戦には参加できない。ドラゴンを抱えての移動になるので、ハリーとハリエットがノーバートを運ぶことになった。

 一番高い塔まで向かう途中、階段下でドラコがマクゴナガルに見つかっているのが見えた。透明マントに隠れながら、二人は悠々とその横を通る。

 塔の頂上で十分ほど待つと、チャーリー達がやってきた。手慣れた動作でドラゴンを牽引し、飛び立つ。計画は大成功だった。

 二人は、成功に気が緩み、透明マントの存在を忘れていた。階段下では、フィルチがニヤニヤしながら待っていた。


*****


 夜に寮を抜けだした罰則は、禁じられた森でハグリッドを手伝うというものだった。ドラコのことをハリー達に伝えようとしたネビルもその中に含まれており、結局ハリーとハリエット、ドラコとネビルが罰則を受けることになったのだ。

 森へ向かう途中、ドラコはブツブツとうるさかった。

「僕は森へ行かない」

 キッパリと言ったつもりだろうが、その声は震えていた。

「森に行くのは召使いのすることだ。それに、危険な生物だってたくさんいる。僕たちが襲われたらどうするつもりだ!」
「森にゃ危険な生き物なんておらんよ」

 そりゃハグリッドの目から見ればそうだろう、とハリーは思った。

「扱いが気難しいだけさ。だが……まあ、今夜やることはちょいと危険がつきまとう。最近何者かにひどく傷つけられたユニコーンが見つかった。今週になって二回目だ。皆で可哀想な奴を見つけ出すんだ。助からないなら、苦しまないようにしてやらねばならん」
「そいつに僕たちが襲われたらどうするんだ」
「俺やファングと一緒におればこの森に住むものは誰もお前達を傷つけはせん。二組に分かれるぞ。ドラコとネビルはファングと一緒に。ハリーとハリエットは俺と一緒に行こう」

 だが、出発してからしばらく、赤い花火が上がった。ネビル達に何かがあったのだ。ハグリッドが迎えに行ったが、戻った彼の顔は怖かった。どうやら、ドラコがこっそりネビルの後ろに回って脅かすという悪ふざけをしたらしい。ネビルがパニックになって火花を打ち上げたのだ。

 組み分けは変更になり、ネビルとハリーが入れ替わった。喧嘩はするだろうが、ドラコに比べてハリーは度胸があるので大丈夫だろうとハリエットは思った。

 その後も探索を続けていた三人だったが、傷ついたユニコーンは見当たらない。だが、嫌な予感は常につきまとう。

 そんな中、けたたましい叫び声が上がった。ドラコの声だった。方向は分からない。花火が上がらないからだ。嫌な予感が身体の中を駆け巡る。

「何かあったんだ!」
「でも……花火は!?」
「動転しとるんだろう。ハリエット、こっちも花火をあげて方向を教えてやるんだ!」

 ハリエットはすぐに火花をあげた。ハグリッドはハリー達を探しに行くと行って、そのまま森の奥へ姿を消す。

 ハリエットとネビルは、祈るような思いでハリー達を待った。やがて現れたのはドラコだった。息も絶え絶えな様子で、ハリエットとネビルの方に倒れ込む。

「何があったの?」
「化け物だ……化け物が、ユニコーンの血をすすっていた……」
「ハリーは!? ハリーはどこにいるの!?」
「知らない……」
「まさか、自分だけ逃げてきたの!?」

 心配のあまり、ハリエットの口調は厳しくなった。震えていたドラコの唇が止まった。

「ふ、ファングがいるから大丈夫だ」
「だからって――私、ハリーを探してくる!」

 ハリエットはネビルの制止も聞かずに、つい先ほどドラコが逃げてきた方へ走っていった。

 森は暗く、とても走りにくかった。しょっちゅう木の根っこに躓き、こけそうになった。それでもハリエットはハリーの名を呼びながら走り続ける。

「ハリー、ハリー!」
「――こっちだよ!」

 斜め向こうから、ハリーが顔を出した。いつもより少し背が高い……と思ったら、ハリーはケンタウルスの背に乗っていた。怪我はなさそうで、朗らかな笑みを浮かべている。

「良かった……」
「心配してきてくれたの?」
「ええ、だってマルフォイが化け物だって言うから」
「マルフォイもいるなんて驚きだね。てっきりベッドに逃げ帰ったと思ったけど」

 驚いて後ろを見れば、すぐ近くにドラコがいた。ギョッとしてハリエットは小さく叫び声を上げた。

「なっ、何、ついてきてたの!?」
「……別に」

 ふんとドラコはそっぽを向く。

 ハリーの無事が確認できて、ハリエットは安堵が押し寄せると同時に、ほんの申し訳なさが頭をもたげた。よくよく考えてみれば、急に危険が襲ってきて、咄嗟に逃げてしまうのは誰だって仕方のないことだ。ハリエットだって、実際その場にいたらどうなってしまうか分からない。

「あの……さっきはごめんなさい。一緒に来てくれてありがとう」

 ドラコは、小さく口を開いた。ハリエットは待ったが、泣きそうになったネビルが到着したので、何を言おうとしたのか、聞けずじまいだった。

 こうして、禁じられた森での罰則は幕を閉じたのだ。