■死の秘宝

28:次の目的地


 まずは、ロンの話からだった。ロンは、姿くらましした後、すぐに人さらいに捕まったのだという。だが、彼らは死喰い人などではなく、ただのならず者のようで、ロンが口にしたスタン・シャンパイクという名が偽名かどうかで仲間割れを始めた。ロンは杖を取り返し、姿くらましをしてハリー達を探しに出掛けたが、二人の姿は既にそこにはなかった。

 ロンは、その後、ビルとフラーの新居『貝殻の家』に移動した。しかし、ハリー達の元に戻りたいという気持ちは変わらず、ダンブルドアから遺贈された『火消しライター』を使って二人の居場所を突き止めた。偶然にも、クリスマスの朝、ハーマイオニーがロンの名前を口にしたとき、その声が火消しライターから聞こえてきたのだ。まるで移動キーの光のようなライターの灯りを取り込み、ロンが姿くらましをすると、山間の斜面に現れた。近くにハリー達がいる気配はあったが、しかしハーマイオニーのかけた保護呪文が効いていて、ロンは二人を見つけることができなかった。

 ハリー達の方も、マントを被って姿くらましをしていたので、ロンに見られることはなかった。そしてディーンの森までロンが二人を追いかけたとき、銀色の牝鹿を見たのだという。

 ハリエットは牝鹿という言葉に引っかかったが、ロンはそのまま続けた。

 ハリーも同じくその牝鹿を追っていたのだという。そしてその先で、池の下にグリフィンドールの剣が沈んでいることに気づいた。ロンはハリーが池に飛び込むところを見ていたが、彼がなかなか出てこなかったので、助けにいった。ハリーはスリザリンのロケットをつけたまま飛び込んだせいで、鎖が急に絞まり、溺れかけていたのだ。ハリーを救出した後は、またロンが飛び込んで、剣を取って戻ってきた。その後、ロンが剣でロケットを刺したのだ。

 最後の最後は何だか呆気なく感じられたが、ひとまずはハリエットは安堵した。ロンも戻ってきたし、分霊箱の破壊方法も解決したのだから。

「でもさ、本当にあの牝鹿は誰が出したんだろう」

 ロンが不思議そうに言った。ハーマイオニーが彼をチラリと見る。

「誰が守護霊を創り出したか、あなた見なかったの? 誰か見えなかったの?」
「誰も何もいなかったよ。人の気配すらなかった」
「私……スネイプの守護霊が牝鹿だってことは知ってるけど」

 ハリエットが躊躇いがちに言えば、予想通り、その場で猛反発を食らった。

「スネイプの訳がないよ! あいつがどうして剣を僕たちにプレゼントするって言うんだ?」
「ハリエット、私もそれだけはあり得ないと思うわ。たまたま助けてくれた人とスネイプの守護霊が一緒だったってだけよ」

 ハリーも存在感薄く頷いた。ハリーも、スネイプの守護霊が牝鹿だとは分かっていたが、あり得ないと思って口にすら出さなかったのだろう。

「でも、とりあえずはこれで良かったよ。ロンは戻ってきてくれたし、分霊箱の破壊方法も解決した」

 ハリーは、手慰みに杖をくるくる回した。ハリエットは見慣れないその杖に首を傾げた。

「ハリー、その杖は?」
「ロンからもらったんだよ。人さらいから奪ったんだって」
「そうなの?」

 ハリエットは少し残念そうな声を出した。

「私達も杖を二本持ってきたのよ。ハリーの杖が折れたって聞いて」
「杖二本なんて、よく用意できたね?」
「クラッブとゴイルのを拝借したの」
「えーっ!」

 ロンが大袈裟なほど大きな声を上げた。その声にハリエットはクスリと笑う。そしてドラコと顔を見合わせた。

「すっかり忘れてたけど、私達も報告することがあるの。絶対に嬉しい報告よ」

 ハリエットは鞄から布で何重にも包まれた包みを取り出した。ハリー達の顔が怪訝そうに曇る。

「なに? それ?」

 皆の視線が集まる中、ゆっくり布を外していった。中から出てきたのは、古びた髪飾りだ。

「これ――これ」

 ハーマイオニーが困惑と感激の入り交じった顔で鷲の紋章を指さした。

「もしかして、レイブンクローの? 髪飾りだったの?」
「ええ。たぶん、分霊箱だと思う」

 ハーマイオニーの震える手が髪飾りに触れた。と思ったら、まるで火傷したかのようにひゅっと手を引っ込めた。

「間違いないわ……この感覚、スリザリンのロケットと同じ……」
「分霊箱? これが?」

 ロンが訝しげに尋ねた。

「どうやって見つけたの?」
「必要の部屋にあったの。折角ホグワーツのすぐ近くにいるんだから、どうせなら、ホグワーツに分霊箱はないって言い切れるくらい探そうと思ったの。それで、何か隠したいものがあったとして、隠すならどこだろうと思ってドラコに相談したの」

 ハリエットはチラリとドラコを見て微笑んだ。

「そうしたら、必要の部屋かもしれないって。レイブンクロー縁の品は、レイブンクローの談話室にある像が髪飾りをつけてるって聞いたから、ルーナに絵を描いてもらって、それでハッフルパフのカップか、レイブンクローの髪飾りに当たりをつけて探したの」

 その後、ちょっとした冒険も付け加えて語った。二人の後をつけてクラッブとゴイルが捕まえようとしたこと、ゴイルが悪霊の火を出し、すんでのところで箒に飛び乗って逃げ出したこと、二人の杖を取り上げ、忘却呪文にかけたこと。

 話し終えると、ロンは興奮のあまり口をパクパクさせていた。

「わお、君たちって、僕以上にすごい経験してたんだね」
「そうね」

 ハーマイオニーはツンとして言った。

「あなたは……ええっと、姿くらましに失敗して、指の爪が剥がれたんでしたっけ?」
「ハーマイオニー……」

 あんまりハーマイオニーのロンへの当たりが強いので、もうこの頃にはハリエットの怒りは収束していた。むしろ居たたまれないと思った。

「とにかくね、私達も三人と一緒に行きたいの」

 ハリエットがそう締めくくると、ハリーはいの一番に不安そうに顔を顰めた。

「危険だよ。僕たちの旅には危険がつきまとう。二人はホッグズ・ヘッドの方が安全だよ」
「ホッグズ・ヘッドに、父が現れたんだ」

 ドラコが口を挟んだ。ハリーが彼を見る。

「父は僕を連れ戻そうとしたけど、僕はそれを拒否した。あの人は一旦帰ったけど……でも、また来る。もうあそこにはいられないと思って、ここに」
「騎士団の隠れ家に行くことも考えたわ。でも、私達、やっぱり三人の力になりたいって思ったの。じっとしてるなんて考えられないわ」
「ハリー、いいじゃないか」

 ロンが気軽な口調で言った。

「見張りの負担が少なくなるし、人手は多い方が良い。だろ?」
「私も、二人がいてくれたら心強いと思うわ。もう一つの分霊箱も探し出さないといけないし、正直、このところ煮詰まってたでしょう? 新しい風が必要だと思うの」
「ハリー、あなた、私のことどれだけか弱いと思ってるか知りませんけど」

 二人の友人の言葉を受け、ハリエットは勇気が出た。ずいっとハリーに近寄る。

「私は神秘部でもちゃんと戦ったし、必要の部屋でも悪霊の火から逃れたし――それに、男の子と決闘したことだってあるんだから!」
「決闘? 決闘ってなに?」

 ロンは非常にその事件を聞きたがったが、ハリエットは無視した。ハリーはやがて、観念するように了承した。これと決めたら、妹は時折なかなか頑固になることを知っているからだ。

「よし、決まりだ!」

 ロンが意気揚々と手を叩いた。そんな彼を、ハーマイオニーは冷たい目で見やる。

「二人の参入で、自分のしでかしたことがなかったことになる、なんてお思いではないでしょうね?」
「そんな、滅相もない!」

 ロンは真面目くさった顔でぶんぶん首を振った。だが、ハーマイオニーが後ろを向いた隙に、彼はハリエットに向かってニヤリと笑いかけた。


*****


 ハーマイオニーの怒りはなかなか収まらなかった。しかし、ハリエットもドラコもいる前で、いつまでも自分だけが怒っているのもおかしいと思い始めたのか、氷が溶けるように、彼女の怒りも解けていった。

 レイブンクローの髪飾りは、ハリー達と合流した翌朝に破壊した。剣を突き立てた瞬間、黒くねっとりした血のようなものが、髪飾りから流れ出ているように見えた。そしてすぐ後髪飾りが激しく震え、真っ二つに割れたのだ。その途端、遠くからの微かな苦痛の叫びを聞いたように思った。たった今バラバラになった髪飾りから響いてくる悲鳴だった。

 五人はその後、鏡で伝えきれなかった細かな所まで情報交換をした。その合間に、ハリーは新しいリンボクの杖で練習したり、ハーマイオニーは読書をしたり、ロンはラジオをいじったりした。暗くなってくると、五人はテントに引っ込んだ。

 ハリエット達が持ってきた食料でその日は久しぶりに豪華な食事となり、ハリー達は歓声を上げた。たらふくお腹に収めると、ハーマイオニーが真面目な顔でリータ・スキーター著『アルバス・ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘』を持ってきた。

「話があるの」

 そして彼女は重々しく口を開いた。

「ゼノフィリウス・ラブグッドに会いに行きたいの」

 ハリーは目を丸くした。

「なんて?」
「ルーナのお父さんよ。会って話がしたいの。あの印なの。『吟遊詩人ビードル』にある印。これを見て!」

 ハーマイオニーは『アルバス・ダンブルドアの真っ白な人生と真っ赤な嘘』を突き出した。そこには、ダンブルドアが闇の魔法使いグリンデルバルドに宛てた手紙の写真が載っていた。スキーターは、その著作の中で、ダンブルドアとグリンデルバルドがかつて親しかったと記していた。ハリーはそのことが気に入らず、顔を顰めた。

「署名よ。ハリー、署名を見て!」

 杖灯りをかざしてよく見ると、ダンブルドアは、アルバスの頭文字の『A』の代わりに、『吟遊詩人ビードル』に描かれているのと同じ三角形のミニチュア板を書いていた。

「え……君たち何の話を?」

 ロンがハリエットとドラコを代表して疑問を口にしたが、ハーマイオニーは一睨みでそれを押さえ込んだ。

「あちこちにこれが出てくると思わない? これはグリンデルバルドの印だってビクトールが言ったのは分かってるけど、でも、ゴドリックの谷の古い墓にも間違いなくこの印があったし、この墓石はグリンデルバルドの時代よりずっと前だわ! これがどういう意味なのかラブグッドさんなら聞ける。結婚式でこのシンボルを身につけていたんですもの。これは絶対に大事なことなのよ、ハリー!」

 ハリーはすぐには答えなかった。しばらく考え込み、そして口を開いた。

「ハーマイオニー、もうゴドリックの谷の二の舞はごめんだ。自分たちを説得してあそこに行ったけど、その結果――」
「でもハリー、この印は何度も出てくるわ! ダンブルドアが私に『吟遊詩人ビードルの物語』を遺したのは、私達にこの印のことを調べるようにっていう意味なのよ、違う?」
「うん、僕もそう思う」

 ロンが急に口を挟んだ。

「火消しライターはとっても役に立ったぜ。僕はハーマイオニーが正しいと思うな。僕たち、ラブグッドに会いに行くべきだと思うよ」

 ハリーはロンを睨んだ。ハリエットもハリーの気持ちがよく分かった。どう考えても、ロンがハーマイオニーの味方をするのは、印の意味を知りたい気持ちとは無関係だとはっきり分かるからだ。

「ゴドリックの谷みたいなことにはならないよ。ラブグッドは君の味方だ。ザ・クィブラーは、ずっと君に味方していて、君を助けるべきだって書き続けてる!」

 ロンは自分の言葉に自分で納得して頷いた。

「多数決で決めるべきだな。ラブグッドに会うことに賛成の人――」

 ロンの手の方が、ハーマイオニーより早く挙がった。ハリーの視線がハリエットとドラコに向けられる。ハリエットはおずおずと手を挙げ、ドラコもまたそれに続いた。ドラコが手を挙げた理由が、ロンと似通ったものではないかとハリーは睨んだ。

「何もせずじっと考えを巡らせるよりは良いと思うの」

 ハリエットは気にも留めず言い切った。

「僕もそう思う。どんなところから思わぬヒントが出てくるかも分からないし……」
「ハリー、多数決だ。悪いな」

 ロンはハリーの背中をパンと叩いた。

「分かったよ。ただし、ラブグッドに会ったら、その後は他の分霊箱を見つける努力をしよう。いいね? ところで、ラブグッドはどこに住んでるんだ?」
「ああ、僕の家からそう遠くないところだ」

 ロンはハーマイオニーをチラチラ見ながら、機嫌良く答えた。