■死の秘宝

30:ポッターズ


 五人は、夕暮れのどこか草原の一角に着地したようだった。ハーマイオニーはもう杖を振り、周りに円を描いて走っていた。

「プロテゴ トタラム……サルビオ ヘクシア……」
「あの裏切り者! 老いぼれの悪党!」

 ロンがゼイゼイ言いながらマントを脱いで現れ、ドラコがマントをハリーに渡した。

「ハーマイオニー、君って天才だ。あそこから逃げおおせたなんて信じられないよ」
「カーベ イニミカム……あの人、信じられる? 家の中にエルンペントの角を置いていたのよ! 取引可能品目Bクラス、危険物扱いで、家の中に置くには危険すぎる品だわ! だからあの人の家は吹き飛んでしまったじゃない!」

 ほとんど何を言ってるか分からなかったが、ハーマイオニーが危険物すらも網羅しているということだけは分かった。

「でも、ラブグッドさんは大丈夫かしら」
「殺されなければ良いんだけど!」

 ハーマイオニーが呻いた。

「だから、あそこを離れる前にハリーの姿を死喰い人達にちょっとでも見せたかったの。そうすればあの人が嘘をついたんじゃないって分かるから!」
「だけど、どうして僕を隠したんだ?」

 ロンが聞いた。

「あなたは黒斑病で寝ていることになってるの! 死喰い人は父親がハリーを支持しているからってルーナをさらったのよ! あなたがハリーと一緒にいるのを見たら、あの人達があなたの家族に何をするか分からないでしょう?」
「でも、君のパパやママは?」
「オーストラリアだもの。マルフォイだって見られるわけにはいかない。でしょう?」
「君って天才だ」

 またロンが繰り返した。

「ええ、本当にそうね。ハーマイオニー、ありがとう」

 ハーマイオニーはにっこりしたが、すぐに真顔になった。

「ルーナはどうなるかしら?」
「アズカバンにいるかもしれない」

 ドラコが答えた。ロンが顔を顰める。

「だけど、あそこで生き延びられるかどうか……大勢が駄目になって……」
「ルーナは生き延びる」

 ハリーが言った。

「ルーナはタフだ。僕たちが考えるよりずっと強い。たぶん、監獄に囚われている人たちにラックスパートとかナーグルのことを教えてるよ」
「そうだといいけど……」

 皆は黙り込んだ。そう祈るしかなかった。

 その後、死の秘宝は本当にあるかどうかという話になった。ハーマイオニーやドラコはきっぱりないと言い切り、ハリーとハリエットはあるという方向で仮説を巡らせていた。ロンはというと、どっちつかずだった。

 次に、ペベレルについて話していると、ハリーが急に大声を上げた。かつて行っていたダンブルドアとの個人授業――そこで見た記憶で、マールヴォロ・ゴーント――例のあの人の祖父が、自分はペベレルの子孫だと言っていたのを思いだしたそうだ。ダンブルドアが破壊した、分霊箱になっていた指輪には、ペベレルの紋章がついていたそうだ。そして、その指輪についていた黒い石が蘇りの石だとハリーは推測した。

 ハリーの頭は次々に閃いた。

 シリウスの部屋で、リリーがシリウスに当てた手紙を読んだことがあるのだという。そこには、ダンブルドアが透明マントを借りていったということが記されていた。イグノタス・ペベレルは、ゴドリックの谷に埋葬されていることから、イグノタスが自分たちの先祖なのだと興奮して説明した。

 そして最後には、ダンブルドアから遺贈されたスニッチの中に、蘇りの石があるはずだと断定した。そして同時に、ヴォルデモートがニワトコの杖を追っていることまで明らかにした。ヴォルデモートは新しい杖を求めていたのではなく、古い杖を探していたのだ。

 ハリーは、それからずっと死の秘宝を探さないといけないのではないかと四人に熱く語った。だが、皆は一様に引き続き分霊箱を探すべきだとハリーを説得した。

 ハリエットも、ハリーの気持ちはよく分かっているつもりだった。
『一方が生きる限り、他方は生きられぬ』
『もし三つを集められれば、持ち主は死を制する者となるだろう』
 ――死の秘宝を三つ集めた方が、生き延びられるのではないと、そう推理するのも無理なかった。だが、どちらにせよ、分霊箱を壊さなければ、ヴォルデモートは死なない。最終的には死の秘宝を集めなければならなくなったとしても、今はまず分霊箱に集中しなければならないのだ。

 そう諭せば、ハリーはそれ以降あまり死の秘宝のことを口に出すことはなかったが、それでも、一人でいるときは考え込んでいる姿をよく見かけた。ハリーが死の秘宝に取り憑かれているようにも見えた。

 何週間かがじわじわと過ぎ、その間、分霊箱を探してない場所をもう一度洗い直した。孤児院、ダイアゴン横丁、リドルの館、ボージン・アンド・バークスの店、アルバニアなどなど、トム・リドルのかつての住処、職場、訪れたところ、殺人の場所だと分かっているところを拾い上げ直した。

 その最中、分霊箱はやはりハッフルパフのカップかもしれないとも意見が出た。スリザリンのロケット、レイブンクローの髪飾りが分霊箱だったのだ。残る一つがハッフルパフのカップだというのも頷ける。

 だが、いろんな場所を探したりもしたが、結局分霊箱を見つけることは適わなかった。そうして頻繁に魔法使いの領域をつつき回っているうちに、五人は時々人さらいの姿を見かけることがままあった。

「死喰い人と同じくらい悪もいるんだぜ。僕を捕まえた一味はちょっとお粗末な奴らだったけどね。ポッターズウオッチで言ってたのは――」
「なんて言った?」

 ハリーがロンに聞き返した。

「『ポッターズウオッチ』。僕がずっと探してるラジオ番組だよ。何が起こっているかについて、本当のことを教えてくれる唯一の番組だ! 『例のあの人』路線に従っている番組がほとんどだけど、ポッターズウオッチだけは違う。君たちにぜひ聞かせてやりたいんだけど、周波数を合わせるのが難しくて……」

 ロンは毎晩のように様々なリズムでラジオのてっぺんを叩いてダイヤルを回していた。正しいパスワードを見つけようと努力し続けていた。もしかしたら、分霊箱探しよりも躍起になっていたかもしれない。

 三月に入って、ロンはようやく正しいパスワードを当てたらしい。皆がラジオの周りに集まると、そこから聞き覚えのある声がはっきりと聞こえてきた。

「……しばらく放送を中断していたことをお詫びします。お節介な死喰い人達が、我々のいる地域で何軒も戸別訪問してくれたせいなのです」
「ねえ、これってリー・ジョーダン?」
「そうなんだよ!」

 ロンがにっこりした。

「現在、安全な別の場所が見つかりました。そして今晩は、嬉しいことにレギュラーのレポーターのお二人を番組にお迎えしています。レポーターの皆さん、こんばんは!」
「やあ」
「こんばんは、リバー」
「『リバー』、それ、リーだよ」

 ロンが説明した。

「皆暗号名を持ってるんだけど、大概は誰だか分かる……」

 それから、ラジオは亡くなった人たちの名前を数名口にし、哀悼の意を表した。マグルの五人家族も、自宅で死亡しているのが発見されたという。マグルの政府はガス漏れによる事故死とみているが、騎士団によれば、明らかに死の呪文によるものだという。バチルダ・バグショットの亡骸もゴドリックの谷で見つかった。騎士団によると、闇の魔術によって障害を受けた跡が遺体にあったという。

 レギュラーの一人は、キングズリーだった。マグル達は、死傷者が増え続ける中で、被害の原因を全く知らないまま過ごしている。しかし、魔法使いも魔女も、身の危険を冒してまで、マグルの友人や隣人を守ろうとしているという――そのことを彼は伝え、例えば近所に住むマグルの住居に保護呪文をかけるなど、模範的な行為に倣うことを呼びかけた。

 人気特別番組『ポッター通信』は、ルーピンが請け負っていた。もしハリーが死んでいれば、死喰い人達は大々的にその死を宣言するのは確実だとした。なぜなら、それが新体制に抵抗する人々の士気に致命的な打撃を与えるからだ。そう強く宣言し、ルーピンはハリーに向かって、『我々は全員、心はハリーと共にある』と告げた。

 続いて、ヴォルデモートのことを『親玉死喰い人』と称し、彼を取り巻く異常な噂について、レイピア――フレッドが意見を出した。

 例のあの人が全く姿を見せないことこそが戦略で、謎に包まれている方が、実際に姿を現すよりも大きな恐怖を引き起こすからだという。

 例のあの人を海外で見かけたという噂もあるようだが、信用しないようにと忠告した。国外でも国内でも、ヴォルデモートがその気になれば、ひとっ飛びに移動できるからだ。

 そして何よりも一番驚いたのは、最後に出てきた人物だ。

「それでは、番組も終わりが近づいて参りました。最後に、とっておきのスペシャルゲストをお呼びしましょう。スナッフル?」
「はい」

 ハリーとハリエットは、同時に咳き込んだ。紛れもなくその声はシリウスだった。

「スナッフルは、何を隠そう、この番組名『ポッターズウオッチ』の考案者でもあります。なんでも、ポッター家双子の名付――大ファンだそうですね?」
「その通りだ。ポッター家双子のためなら、例え火の中水の中、死線を掻い潜ってでも助けに行く所存だ」

 そろりと『ポッター家双子』に視線が集まる。二人はシリウスの言葉に嬉しく思ったが、同時にこれが放送されていると思うと、とても気恥ずかしく思った。

「これはかなり覚悟の入ったお言葉ですね。ですが、スナッフル、そこまで双子のことを思ってらっしゃるのに、なぜ一緒に行動されないのですか?」
「よくぞ聞いてくれた」

 シリウスはコホンと咳払いをした。

「ひとえに、彼らには彼らに、わたしにはわたしにやるべきことがあるからだ……」
「双子もスナッフルも、現状を変えるべく、独自で動いているということですか?」
「ああ、そうだ。そしてそれは同時に、それぞれにしかなし得ないことだ。これはほとんどの人にも当てはまることだと思う。自分の力を過信してはいけない。だが、何もせずじっとしていてもいけない。――あなたにはあなたにしかできないことがある。それを模索し、行動を起こしていくことが、ひいては今の闇に覆われた魔法界を変えていくことに繋がるとわたしは思う」
「現状を見守るだけでは何も変わらない。自らの手で、自らの未来を作っていく――それが、魔法界の闇を払っていくことに繋がるのですね?」
「その通りだ」
「スナッフル、賢明なお言葉をありがとうございました」

 リーが言った。

「ラジオをお聞きの皆さん、今日の『ポッターズウオッチ』はこれでお別れの時間となりました。次のパスワードは『アルバス』です。お互いに安全でいましょう。では、おやすみなさい」

 ラジオを聞き終えると、五人は興奮して感想を言い合った。

「いいだろう、ね?」

 中でもロンが得意げだ。

「素晴らしいわ」

 ハリエットも頷いた。

「それにしても、フレッドの言ったことを聞いたか?」

 ハリーが興奮した声で言った。

「奴は海外だ! まだ杖を探しているんだよ。僕には分かる!」
「ハリーったら」
「いい加減にしろよ、ハーマイオニー。どうしてそう頑固に否定するんだ? ヴォル――」
「ハリー、止めろ!」
「――デモートはニワトコの杖を追っているんだ!」
「その名前は禁句だ!」

 ロンが大声を上げて立ち上がった。テントの外でバチッという音がした。

「忠告したのに、ハリー、そう言ったのに。保護をかけ直さないと――早く、奴らはこれで見つけるんだから」

 しかし、ロンはすぐさま口を閉じた。テーブルの上のかくれん防止器が明るくなり、回り出していた。ロンは火消しライターを取りだし、カチッと鳴らす。ランプの灯が消えた。

「両手を挙げて出てこい!」

 暗闇の向こうからしゃがれ声がした。

「中にいることは分かっているんだ! 八本の杖がお前達を狙っているぞ。呪いが誰に当たろうが、俺たちの知ったことじゃない!」

 ハリエットは皆を見回した。だが、暗闇の中では輪郭しか分からない。ハーマイオニーが杖を上げ、テントの外にではなくハリーの顔に向けているのが見えた。バーンという音と共に白い光が炸裂したかと思うと、ハリーは顔を苦渋に顰め、膝をついた。彼女は続いてドラコにも杖を滑らせたが、二発目の呪文は追いつかず、ハーマイオニーの腕を一人の男が掴んだ。

「抵抗するな、虫けらめ」

 四、五人の男がハリエット達を取り囲んでいた。抵抗する間もなく杖を取り上げられ、腕は後ろ手にねじ伏せられる。そのまま手荒にテントから押し出された。

「おや……おやおや、誰かと思えば、お前はマルフォイの倅じゃないか」

 聞き覚えのある、身の毛のよだつしゃがれ声だ。ハリエットの背筋に悪寒が走った。

「それに……お前はハリエット・ポッターだな? なんということだ、やっぱりお前達は一緒にいたのか、この裏切り者め!」

 声の主――フェンリール・グレイバックは、これ幸いとばかり、ドラコを殴りつけた。ドラコは痛みにうめき声を漏らす。

「すると、話は全て違ってくるな? 何としてでもマルフォイの所に連れて行かないとな。『あの人』に渡すよりもその方が金がもらえそうだ」

 グレイバックは舌なめずりしてドラコを見た。しかしその視線がついとハリー達にも向けられる。

「で、こいつらは誰だ? どうしてお前達と旅をしてる?」
「スリザリンの友達だ」

 ドラコは早口で言った。

「僕は『あの人』に見つかるわけにはいかない。だからずっと点々としていた。その手助けをしてくれた」
「スリザリンだあ? 捕まった奴は皆そう言えば良いと思ってる。なのに談話室がどこにあるか知ってる奴は一人もいない」
「地下室にある」

 ハリーがはっきり答えた。グレイバックはじろりとハリーを見たが、正体には気づかなかった。ハリーの顔は、もはや今はパンパンに膨れ上がり、目鼻も見分けがつかないほどだった。ハーマイオニーが咄嗟に機転を利かせ、ハリーに鉢刺しの呪いをかけたのだ。

「壁を通って入るんだ。髑髏とかそんなものがたくさんあって、湖の下にあるから灯りは全部緑色だ」

 一瞬間が開いた。

「ほう、どうやら本物のスリザリンのガキのようだな。名前は何だ? 親父は誰だ?」
「バーノン・ダドリー。魔法省に勤めてる」

 スリザリン生の名前で咄嗟に適当なものが浮かばなかったので、ハリーはでまかせを口にした。思いついたのはクラッブやゴイルなどで、まさか死喰い人の息子の名前を口にできるわけがなかった。

「へい! これを見ろよ、グレイバック!」

 テントの中で叫ぶ声がした。黒い影が急いでこちらへやってきて、グリフィンドールの剣を掲げた。グレイバックは目を輝かせてそれを受け取る。

「いやあ、立派なもんだ。ゴブリン製らしいな、これは。こんなものをどこで手に入れた?」
「僕のパパのだ。薪を切るのに借りてきた」
「グレイバック、ちょっと待った! これを見てみねえか、『予言者』をよ」

 新聞に目を通したグレイバックは、探るような目をハーマイオニーに向けた。

「ハーマイオニー・グレンジャー。ハリー・ポッターと一緒に旅をしていることが分かっている、『穢れた血』。驚いたなあ、この写真は嬢ちゃんにそっくりだぜ」
「違うわ、私じゃない!」

 ハーマイオニーは激しく首を横に振った。その怯えた金切り声は、告白しているも同じだった。

「ハリー・ポッターと一緒に旅をしていることが分かっている」

 グレイバックはもう一度繰り返した。その場が静まりかえる。立ち上がり、グレイバックはハリーの前に屈み込んだ。

「バーノン。額にあるこれは何だ?」
「触るな!」

 ハリーは額に触ろうとするグレイバックに叫んだ。

「ポッター、眼鏡をかけていたはずだが?」
「眼鏡があったぞ!」

 間をおかずにテントから男が出てきた。彼はそのままハリーの顔に眼鏡を押しつける。人さらいの一味は今や全員がハリーを取り囲んでいた。

「間違いない! 俺たちはポッターを捕まえたぞ! そもそも、ポッターが妹を一人にするわけがない!」

 グレイバックはケラケラ笑った。そして蔑むような目をドラコに向ける。

「まさかお前がポッターなんかと行動を共にするとはな? さすがの俺も欺されるところだった。――おい、こいつらをさっきの二人の捕虜と一緒に縛り上げろ!」