■死の秘宝

33:少しの勇気を


 ハリエット達は、今にも泣き出しそうなウィーズリー家に迎えられた。感極まったモリーは、ドラコにまで力一杯抱きつき、ドラコは酸素を求める魚のように口をパクパクさせていた。

「さあさ、疲れたでしょう? それともお腹空いたかしら? もう夕食はたんまり用意してますからね。たくさんおかわりしてちょうだい!」

 ミュリエルの家には、パーシーとロン、ビル以外の全員のウィーズリーが集まっていた。夕食の席では、皆は今までのことを聞きたがったし、ジニーはもちろんハリーのことを聞きたがり、フレッドとジョージにからかわれていた。

 ハリーの強い信念は知っていたので、ハリエットは、分霊箱のことは何一つ言えず、ぼかして伝えることしかできなかった。アーサーは何かもの言いたげな顔をしていたが、モリーに小突かれ、慌てて取り繕った。

 翌日に、ハリエットとドラコは、昨日は早くに休んでいたミュエルと対面した。

「おや、あんたがハリー・ポッターの妹かぇ? またウィーズリーの親戚かと思ったぞぇ。なんとまあ、あの子達は庭小人算式で増えるからねぇ」

 ミュリエルはハリー・ポッターを一目見たいと口にした。ハリーはここには来られないと言うと、それなりに残念そうな顔をした。

 そして昼頃には、ルーピンがやってきて、トンクスとの間に男の子が生まれたことを報告してくれた。トンクスの父親の名前を取って、テッドと名付けたそうで、後見人はハリーだという。

 その話を聞いて、ハリエットは手放しで喜んだ。赤ん坊が生まれたこともだが、後見人がハリーだなんて!

 親がいないハリーとハリエットを、シリウスは大切に大切にしてくれた。テッドにはルーピンもトンクスもいるが、きっとハリーはシリウスのようにテッドを愛情深く可愛がるだろう。

 ルーピンと一緒に夕食をとり、ルーピンはたくさんワインを飲んで帰った。

「いや……昨日もビルの所でたくさん飲んだんだ。これ以上飲んだらドーラに怒られる……」

 そんなことを言いながら彼は帰っていった。


*****


 ミュリエルの家は、まるで隠れ穴のように騒がしかった。フレッドとジョージが『ふくろう通信販売』をまだ続けており、それにミュリエルがカンカンに怒っていつも口論するからだ。さすがに悪戯は控えているようだが、時々ドラコがターゲットになるので、彼は旅をしているときよりも周りに注意を払うようになった。

 とはいえ、楽しい出来事ばかりでもない。騎士団のメンバーが時々訪れることもあるが、決まって誰かの訃報を持ってくるからだ。そんなときは、決まってフレッドとジョージが悪戯をしでかし、そしてモリーやミュリエルにカンカンになって怒られる。双子としては、暗くなってしまいがちな食卓を、わざわざ・・・・気を遣ってことを起こしているそうだが、そんなこと二人には関係ない。WWWの運営をふくろう通信で続けていることもモリーとミュリエルを怒らせる要因となっていたのだが、双子はそんなこと構いやしなかった。

 彼らは、時にリー・ジョーダンを呼び寄せ、ミュリエルの家を『ポッターズウオッチ』の拠点とすることがあった。ハリエットとドラコが来て初めての放送は、折角なんだからとオリバンダーの部屋に突撃してまで傾聴を促されることになった。相変わらず一言も話さないオリバンダーを前に、杖磨きセットがいかに自分たちの杖を使いやすくしてくれたか、熱心に語っていたハリエットとドラコは、これに拍子抜けすることとなった。

「君たちの家名を冠する『ポッターズウオッチ』! ハリエット、君が聞かなくてどうする!」
「私も聞いてはみたいけど、今はちょっと……」
「ここはオリバンダーさんの部屋だぞ。迷惑だろう」

 ドラコも援護した。しかしフレッドとジョージは全く意に介さなかった。

「オリバンダーさんも聞いてくれよ。後々誰かに自慢できると思うぜ!」

 リーとニヤニヤ笑いながら、オリバンダーの部屋を勝手にラジオ放送できるようあつらえていく。

「さ、準備ができた! オホン、オホン、あー、二人とも、準備は良いか?」
「あー、あー、こちらレイピア、準備ばっちりだぜ!」
「こちらはローデント。早く放送がしたくてうずうずしております!」
「じゃあ行くぜ! そこの三人は静かにしておいてくれよな! 声が入っちまうから!」

 そしてリーは杖をマイクのように持った。そこから声を放送するらしい。

 先ほどの砕けた雰囲気とは打って変わって、リーは真剣な表情になった。

「――久しぶりの放送ですね。『ポッターズウオッチ』のパーソナリティーを務めさせていただくリバーと申します。そして今回は、ロイヤル、ロムルスに引き続き、当番組のレギュラーとなったレイピアとローデントです。こんばんは!」
「どうも」
「どうも」

 フレッドとジョージが同時に言った。

「毎回恒例となっていますが、このお二人、同じ声をしていますが、全くの別人であります。当番組でレポーターをかさ増ししている訳ではありませんので、あしからず」
「あしからずー」

 フレッドが茶々を入れた。

「さて、お二人の話を聞く前に、ここで悲しいお知らせがあります。ラジオをお聞きの皆さんに、謹んでお知らせいたします」

 そう切り出し、リーは亡くなった人たちの名前を挙げていった。新たに騎士団から得られた、犠牲者の数々である。そして、一分間の黙祷が行われた。

「ありがとうございました」

 リーが言った。

「さて、今度はマグルの世界に徐々に広がっている保護活動について窺いましょう。ローデント、どうぞ」
「はい。少し前から、ロイヤルが近所のマグルの住居に、保護呪文をかけるように呼びかけていたと思います。その影響もあってか、最近のマグルの被害は、徐々にではありますが、予想された被害よりは緩やかになっています。これから、死喰い人達は活動をどんどん広げていくでしょうが、だからこそ一致団結して抵抗していくときでしょう。私達の活動は、着実に実を結んでいます。暗闇ばかりに目を奪われないでください。あなた達の行動が、誰かを助ける光となるのです」
「ありがとうございます、ローデント。皆さんの何気ない行動が、未来へ繋がっていく――今回はそれが成果となった報告でしたね。さて、続いては、先月から始まりました、人気特別番組『スナッフル通信』です。レイピアにお願いしましょう」
「はい」

 ジョージが答えた。ハリエットは一瞬目眩を起こしかけた。

「以前、当番組に何度もご出演いただいたスナッフルですが、今はもっぱら死喰い人狩りに身を入れているのだとか」
「そうですね。騎士団の情報によりますと、スナッフルは、タイアーと名乗る男と組み、各地で大暴れしているそうです。あ、もちろん良い意味で」
「二人の口癖は『名付け親をなめるな!』と『油断大敵!』だそうですね?」

 ジョージは深々と頷いた。ハリエットは複雑な表情で下を向いた。

「二人を知る私としては、相変わらずだとしか言いようがありません」
「いやはや、知り合いにはその二人組が誰か容易に想像がつきますよね」

 ジョージとフレッド、リーが同時にニヤリと笑う。

「ところで、『例のあの人』の名前には追跡魔法がかけられていて、あの人の名前を口にすると、すぐに人さらいがやってくるというのは皆さん既にご存じでしょう」

 ジョージは真面目な表情に戻して続けた。

「スナッフルとタイアーは、それを逆手にとって、あの人の名前をわざと口にした後、やってきた憎き人さらいどもを返り討ちにし、一網打尽にしているそうです。彼らのおかげで逃げ延びた人たちが何人もいたとか!」
「いやあ、清々しくも容赦のない手腕ですね」
「ここだけの話、何でも、スナッフルが猫かわいがりしてるポッターズが、一時人さらいに捕まりそうになったのだとか。いやはや、スナッフルの恨みを買うと末恐ろしいですね」
「恐ろしいですね」

 三人がニヤニヤとハリエットを見る。ハリエットは反抗のつもりで精一杯睨み付けた。しかしそれが悪かったのか――いや、そもそも彼らのことだ、計画の一部だったのだろう――リーが突然己の杖をハリエットに向けてきた。

「さて、突然ですが、今日はスペシャルゲストをお呼びしています。初出演のエットです。こんばんは!」
「――っ」

 ハリエットは息を呑み、まじまじとリーを見つめた。リーはにっこり笑顔で一層杖を突き出す。

「き、聞いてないわ!」

 ハリエットは必死にリーに囁いた。しかしリーは相変わらずの満面の笑みだ。極めつけに、フレッドとジョージまでもがハリエットをずいと前に押しやる。

 ハリエットは諦めた。もうこの地獄からは逃れることはない、と。

「えっと……」

 ハリエットの第一声は震えていた。そんな彼女をフレッドが茶化す。

「エットさん、もう自己紹介は結構ですよ」
「違います!」

 ハリエットはフレッドを睨んだが、しかし、おかげで少しだけ緊張がほぐれたような気がした。

「あの……こういう場で、どんなことを話せば良いのか分からなくて……」
「何でもいいんですよ」

 リーがすぐに答えた。

「リバー、初出演の彼女に、手放しで放り出すのは可哀想ですよ」
「そうだそうだ」

 しかし、フレッドとジョージが援護に入り、リーが思い直した。

「オホン、ではそうですね、あなたは一時期、ホグワーツに潜伏していたこともあったそうですが、その時の状況を教えて頂けますか? 校長が新しく代わり、今やホグワーツはすっかり閉鎖的な状況となっています。少しでも多くの情報を皆さんと共有したいのです」
「はい、もちろん」

 ハリエットは笑みを浮かべた。それなら話せそうだ。

「今のホグワーツは、やはり昔とは違っています。伝え聞いただけで申し訳ないですが、校内は死喰い人や吸魂鬼が巡回し、『闇の魔術に対する防衛術』では、罰則を受けることになった生徒に、磔の呪文をかけて練習することになっているそうです」
「なんて残酷な……」

 リーが言葉を失う。

「そんな事態がまかり通っていると?」
「そのようです。でも、ホグワーツの生徒もただ黙って見ている訳ではありません。以前、ホグワーツが魔法省から干渉を受けたとき、生徒同士でダンブルドア軍団というもの結成したのですが、その組織が再結成されたんです」
「ダンブルドア軍団というのは?」

 知っているくせに、初めて聞いたという声色でジョージが尋ねた。

「以前は、自分たちだけで闇の魔術に対する防衛術を学ぶために結成されたのですが、今回は、校長や死喰い人に対抗するために再結成されたようです。磔の呪文をかけるのを拒否したり、罰則を受けそうな生徒を逃がしたり。主に、生徒同士で結束しているんです」
「なんて心強い組織なんでしょうか。敵に対抗する生徒がいれば、他の生徒たちも勇気づけられるでしょうね」
「私も、彼らの勇気は本当に尊敬しています」

 ハリエットは深々と頷いた。

「私……寮はグリフィンドールなんですが、組み分けの時、別の寮の方が適性があると言われたんです」
「そうなんですか?」

 フレッドが意外そうに聞いた。

「はい。でも、グリフィンドールには兄がいたから、どうしてもそこに行きたかったんです。組み分け帽子にお願いすると、それも勇気かもしれない、ほんの少しの勇気で未来は変わるかもしれない――そう言って、グリフィンドールに入れてくれたんです」

 ハリエットは一呼吸置いた。

「寮が違うことによって、私の未来がどう変わったのかは分かりません。組み分け帽子には、グリフィンドールよりも、穏やかで真っ直ぐな未来を歩めるだろうって言われました。でも、あの時の選択を後悔はしていません。ほんの少しの勇気を出してなかったら、私は今の友達にも、大切な人にも出会えなかったと思うから」
「大切な人、という部分を詳しく突っ込みたいところですが、今は空気を読みましょう」
「放送が終わったら私達で聞いてみましょう」
「そうしましょう」

 リー、フレッド、ジョージの三人が、息ピッタリに言った。ハリエットは呆れた視線を向けた。

「とにかく、何が言いたいかというと……」

 ハリエットは咳払いをした。

「勇気を出した結果に、後悔はないと思うんです。それが自分の選んだ道だから……」
「時代が時代ですからね。誰を信じて良いのか分からなくなってしまうときもあります。ですが、私達は絶対に一人ではありません。『親玉死喰い人』に対抗する人たちが、不死鳥の騎士団にも、ホグワーツにも、自分たちの周りにも潜んでいるんです」
「こんな時だからこそ、勇気を出していきましょう。今回ご出演頂いたエットさんの勇気も励みになりますよ」
「大いに緊張しながらのご出演、ありがとうございました」

 ニヤニヤしながらジョージが言った。ハリエットは膨れたが、しかしようやく大役が終わったと肩の荷を下ろした。

「さて、残念ながらこの辺りで終わりが近づいて参りました。次もいつ放送できるかは分かりませんが、必ず皆さんの前に戻ってきます。次のパスワードは『エット』です。お互いに安全でいましょう。勇気を持ち続けましょう。では、おやすみなさい」

 リーがそう締め、ラジオは終わった。ハリエットは全身から力を抜いた。

「……一生恨む……」
「そんな怖いこと言うなよ」

 恨めしげな視線をフレッドは笑って受け止めた。

「結構楽しかっただろ?」
「ただただ疲れたわ……」

 脱力するハリエットに対し、リー達は口々に励ました。だが、ドラコと目が合い、労をねぎらうように微笑まれたとき、ハリエットは少しだけ機嫌を直した。

 さあ、やるべきことはやったし帰るかと、フレッド達は帰り支度を始めた。そんなときだった。すくっと突然立ち上がったオリバンダーに、驚いたような皆の視線が集まった。

「……ハリエット、さん……」

 掠れた声だった。ハリエットも無意識のうちに立ち上がった。

「お、オリバンダーさん……声が……」
「今まで……申し訳なかった……」

 オリバンダーはよろつきながら頭を下げた。ハリエットは慌てて彼に近づいて支える。

「ど、どうしてオリバンダーさんが謝るんですか?」
「わしの協力を必要としていたのに、わしはそれを無碍にしてしまった……。わしなんかに手伝えることがあったのに……」

 オリバンダーはようやくハリエットと目を合わせた。

「もしまだわしに手伝えることがあるのなら、手伝わせて欲しい……」
「――早速一人、放送を聞いて勇気を出してくれた人がいるみたいだな」

 フレッドにそう言われ、ハリエットは胸が熱くなるのを感じた。

 リー達三人は、それぞれポンポンハリエットの肩を叩き、外に出て行った。ハリエットとドラコだけが残った。オリバンダーは、再びベッドに腰を下ろした。

「わしに、聞きたいことというのはなんじゃ?」

 ハリエットは感極まって頷いた。

「ありがとうございます。まず……これを見て欲しいんです」

 ハリエットは、ハリーから預かった巾着から、二つに折れた杖を取り出した。

「これはハリーの杖なんです。直せますか?」

 オリバンダーは震える手を差しだし、辛うじて一つに繋がっている杖を受け取った。

「柊と不死鳥の尾羽根、二十八センチ、良質でしなやか」

 オリバンダーの表情が暗く、悲しそうなものになった。

「すまない。本当にすまない。ここまで破壊された杖は、わしの知っておるどんな方法を持ってしても、直すことはできない」

 申し訳なさそうに身を縮こまらせるオリバンダーに、ハリエットは慌てて首を振った。

「そんな、いいんです。ハリーも、もともと諦めていたようですから」

 杖を引き取り、ハリエットは巾着の中に戻した。ハリエットは続いてもう一本の杖を取り出した。

「どういう杖か見て頂けますか?」

 杖作りは杖を受け取り、目の近くにかざし、関節の浮き出た指の間で転がしてからちょっと曲げた。

「鬼胡桃とドラゴンの琴線、三十二センチ、頑固。この杖はベラトリックス・レストレンジの杖だった」
「だった?」

 ハリエットは繰り返した。

「今でもベラトリックスの杖なんじゃないんですか?」
「たぶん違う。誰かが奪ったのであれば――」
「――っ、そうなんです。ドラコが武装解除したものです」

 ハリエットがドラコを見ると、ドラコが頷いた。

「それなら、この杖は君のものであるかもしれない。もちろん、どんな風に手に入れたかが関係してくる。杖そのものに負うところもまた大きい。しかし、一般的に言うなら、杖を勝ち取ったのであれば、杖の忠誠心は変わるじゃろう」

 ハリエットは静かな面持ちで聞いていた。不思議な気持ちだった。

「まるで、杖が感情を持っているみたいですね」
「杖が魔法使いを選ぶのじゃ」
「でも、杖に選ばれなかったとしても、その杖を使うことってできるんですか?」
「ああ、できるとも。いやしくも魔法使いならほとんどどんな道具を通してでも魔法の力を伝えることはできる。最高の結果は必ず、魔法使いと杖との相性が一番強いときに得られるはずじゃ」
「もしこの杖をドラコが使ったとしても、安全なんでしょうか?」
「そのはずじゃ。杖の所有権を司る法則には微妙なものがあるが、克服された杖は通常新しい持ち主に屈服するものじゃ」

 ドラコは複雑そうな表情だ。もし己の杖を失ったとしても、ベラトリックスの杖を使うつもりは微塵もないと言い切る顔だった。

「このことは、全ての杖に通用するんですか?」
「そうじゃろうと思う」
「では、杖の真の所有者になるためには、前の持ち主を殺す必要はないんですか?」
「必要? いいや、殺す必要がある、とは言いますまい」
「でも、伝説があります。一本の杖の伝説です――数本の杖かもしれません――殺人によって手から手へと渡されてきた杖です」

 オリバンダーは青ざめた。

「それは、ただ一本の杖じゃと思う」
「例のあの人は、その杖に興味があるんですね?」

 オリバンダーはぶるぶる震え始めた。ハリエットはそれを見て申し訳ない気持ちになる。

 ハリーは、オリバンダーが拷問され、ヴォルデモートに双子の杖芯のことや、グレゴロビッチが強力な『ニワトコの杖』を持っていると教えていたことを夢で見たという。そのことを聞いていたハリエットは、できる限りオリバンダーの神経を刺激しないように優しく言った。

「双子の杖芯の問題については、他の人の杖を借りれば問題がないそうですね。でも、どうしてうまくいかなかったんでしょう? ハリーの杖は、あの人が借りた杖を打ち負かしました。なぜか分かりますか?」

 オリバンダーはゆっくり首を横に振った。

「わしは……そんな話を聞いたことがなかった。ハリー・ポッターさんの杖は、あの晩何か独特なことをしたのじゃ。双子の芯が結びつくのも信じられないくらい稀なことじゃが、ポッターさんの杖がなぜ借り物の杖を折ったのか、わしには分からぬ……」
「例のあの人がハリーの杖が何か不可解なことをしたと気づいたとき、オリバンダーさんのところに戻って、さっき話した杖のことを聞いたんですね? 死の杖、ニワトコの杖など、いろんな名前で知られるその杖について……」

 どうしてそのことを、と言いたげな表情だった。ハリエットが微笑むと、オリバンダーはそれについては何も聞かなかった。ハリエットを信じている顔だった。

「闇の帝王は、わしが作った杖にずっと満足していた。じゃが、今は別の、もっと強力な杖を探しておる。あなたの杖を征服するただ一つの手段として。……『ニワトコの杖』は、常に攻撃されることを恐れねばならぬ。しかしながら、『死の杖』を所有した闇の帝王はやはり恐るべき強大さじゃ」
「オリバンダーさん、最後に一つだけ聞かせてください。『死の秘宝』については何かご存じですか?」
「え? なんといったのかね?」

 杖作りはきょとんとした顔をした。

「死の秘宝です」
「何のことを言っているのか、すまないがわしにはわからん……。それも杖に関係のあることなのかね?」

 オリバンダーに、嘘をついているような気配はなかった。もともと彼がそんなことをする人ではないのは分かっていたし、そもそも嘘をつく利益はない。ハリエットは微笑んだ。

「私が聞きたかったのはこれで全部です。オリバンダーさん、ありがとうございました」
「お役に立てたのなら光栄じゃよ」

 オリバンダーも、口元を緩めた。久しぶりに彼の笑顔が見れて、ハリエットは嬉しくなった。

「そういえば、わしも気になることが一つあったんじゃ」

 再びオリバンダーは真面目な顔になった。

「ハリエットさんは覚えてるかは分からんが……地下牢にいたとき、あなたに男の人が会いに来たじゃろう? あの人は知り合いかね?」
「え? 男の人? いつ会いに来たんですか?」

 ハリエットの方が驚いて聞き返した。オリバンダーは首を傾げる。

「はて、いつじゃったか……。ハリエットさんが来て四日か五日くらい経過しておったかもしれん」
「その人、何か言ってましたか?」
「ボソボソ喋っておったから、詳しいことは聞こえなかったんじゃ。しかし、まるでハリエットさんのことを助けたいと思っているような口調だったものじゃから気になって」
「私のことを、助けたい?」

 ハリエットはしばし固まった。死喰い人しかいないようなあの場所に、一体誰が自分を助けたいと思うような人がいるのだろうか。

「どんな人でしたか?」
「何分薄暗かったもので……。黒髪で……どこかで見たことのある顔じゃった。見たら分かるんじゃが……」
「そうですか……」

 ハリエットはその人のことが気になったが、これ以上正体が分かりそうにないので、何か思い出したら連絡が欲しいとオリバンダーに伝え、彼の部屋を退室した。

 その後、貝殻の家に姿現しをし、ハリーに直接折れた杖と、ベラトリックスの杖を渡した上で、オリバンダーの話をし、ハリエットは再びミュリエルの家に戻ってきた。