■死の秘宝

35:ホグワーツ陣営


 ホッグズ・ヘッドの二階に姿現しすると、そこは超満員だった。騎士団員や、DAメンバーが続々と集まってきているのだ。中にはシリウスもいて、ハリエットは驚き、固まってしまった。

「ハリエット! 怪我はないな? 大丈夫か?」
「大丈夫……だけど、でも、どうしてここに!? ここにはシリウスのことを知らない人もいるのに!」

 ハリエットは囁いたが、シリウスはそんな彼女の不安を吹き飛ばすように笑った。

「皆にはもう話してあるから大丈夫だ」
「みんな分かってくれたぜ」

 フレッドがひょこっと顔を出した。

「DAのメンバーは、ポッターズウオッチを聞いてたんだ。シリウスがスナッフルだって言ったら、むしろあっという間に人気者さ」
「今は脱獄囚の手も借りたいくらいの人手不足だからな」

 ジョージも悪戯っぽく笑い、ようやくハリエットは人心地ついた。そして思う存分シリウスに身を預ける。だが、それとは対照的に、心配事が増えたのはシリウスの方だ。

「それで……あー、お前達は二人だけでいたのか? 今までどこに?」
「そうだわ、ハリー!」

 シリウスがチラチラともの言いたげな視線をドラコに向けていたが、ハリエットはこれを無視した。

「ハリーはどこ?」
「ここだよ」

 再会を喜ぶDAメンバーに揉まれていたハリーが、その中から手を上げてやってきた。ロンとハーマイオニーもその後に続く。

「持ってきたわ! 私とドラコで一つずつ!」
「本当に逞しくなったね」

 嫌味な口調ではないが、ハリーの顔は引きつっていた。

「でも助かったよ、ありがとう。怪我はない?」
「ええ、もちろん!」

 ハリエットは笑顔でドラコを振り返ったが、彼がシリウスに絡まれているのを見て、その笑みが消えた。助けに行こうとしたが、ムーディがステッキで地面をトンと叩く音に我に返った。

「あらかた集まったな? ポッター、そろそろ詳しい話を聞いても良いか? ホグワーツが戦場になるというのは本当か?」
「はい」

 ハリーは、ムーディが指し示す場所に立った。そこは、一同をぐるりと見渡せる場所だった。

「もうすぐここに『例のあの人』がやってくる。ホグワーツが戦いの舞台になるんだ」
「どうしてホグワーツに?」
「まだハリーがここにいることはバレてないんだろ?」

 すぐさま疑問の声が上がる。ハリーは頷いた。

「僕たちの居場所はバレてない。でも、あいつは……最終的には必ずここへやってくる。それまで迎え撃つ準備をしないと」
「でも、ホグワーツにはスネイプとカロー兄妹が……」
「まず、スネイプを何とかする」

 ハリーは宣言した。忍びの地図にちらりと視線をやる。

「スネイプは今校長室だ。何とか誘き出して……いや、校長室でそのまま仕留めよう」
「でも、校長室の合言葉は?」
「ミネルバだ」

 ムーディが答えた。

「扉を開けてもらうよう、スネイプに呼びかけてもらおう」
「スネイプはわたしが仕留める」

 まるで猟犬のような目つきでシリウスが言った。

「僕も行く」
「いや、駄目だ、ハリー」

 ハリーも立候補したが、すぐにルーピンが却下した。

「君の存在に気づかれたら、スネイプはすぐにでもあの人を呼ぶだろう」
「でも、不意打ちなんだから――」
「奴らは闇の印に触るだけで呼び出すことができるんだ。万が一ということがある。スネイプとカロー兄妹は、私達騎士団が捕らえる」
「カロー兄妹はどこにいるんだ?」

 シリウスがハリーに尋ねた。

「アレクトは……レイブンクローの談話室に。アミカスは自分の部屋にいる」
「どうしてアレクトはレイブンクローの所にいるんだろう?」

 ロンは独り言を言うように呟いた。ハーマイオニーが囁き返す。

「『あの人』は、レイブンクローの髪飾りを確認しに、ハリーが談話室に行くって考えてるのよ」

 そして彼女は悪戯っぽくハリエットに笑いかける。

「もう遅いけど」

 嬉しくなって、ハリエットはドラコに笑みを向けた。ドラコも柔らかな微笑みを返した。

「スネイプ達は何とかするとして、生徒たちはどうする?」

 ルーピンが気遣わしげに言った。

「煙突飛行ネットワークは監視され、学校内では、姿くらましも不可能だ――」
「ネビル、必要の部屋は?」

 ハリーがネビルに顔を向けた。

「駄目だよ。機能してないんだ。僕たちはドビーに姿くらましで連れてきてもらったんだ」
「生徒たちを、一旦大広間に集めて、そこから順々にドビーとクリーチャーに姿くらまししてもらうのは? 途方もなく時間がかかるかもしれないけど、あいつが来るにはまだ時間がある。僕たちが時間を稼ぐんだ」
「そうだな。どちらにせよ、混乱を防ぐために、生徒は一カ所に集める必要がある。スネイプ達を捕らえた後、生徒を大広間に集めよう」

 ムーディがまとめた。ハリーも異論無しと頷く。

 不死鳥の騎士団は、三手に分かれてスネイプ達を捕獲することになった。スネイプはシリウスとルーピンが、アレクトはキングズリーとアーサーが、アミカスはムーディとセドリックがつくことになった。

 まずクリーチャーとドビーが三組をホグワーツに連れて行った。うまく捕獲できた後は、守護霊で伝言が来るという算段だ。それまで、しばし緊張の糸が緩むことになった。

 改めて居間を見渡すと、本当に大勢のDAメンバーが駆けつけてくれたことが分かった。ディーンにシェーマス、ラベンダー、アーニー、アンソニー、マイケル、リー、チョウ、オリバー、アンジェリーナ、ケイティ、アリシアなどなど――。

 ハリエットの姿に気づくと、彼らはすぐに駆けつけてきた。皆、日刊予言者新聞や、医務室での姿しかハリエットの状態を知らなかったのだ。後遺症もなくピンピンしていると伝えると、一様にホッとしたようだった。

 いつの間にやら、ホッグズ・ヘッドにパーシーの姿もあった。彼はウィーズリー一家にたくさん小突かれた。モリーは感激のあまり泣きながら思い切り息子を抱き締めていた。

 時々、ハリーの額の傷が痛み、ヴォルデモートの様子を逐一報告してくれた。それによると、ヴォルデモートは既にゴーントの指輪が暴かれたことに気づき、また同時に湖も調べに行っている真っ最中だという。刻一刻と時間は迫っていた。

 そんな折、ようやくホグワーツにいる騎士団から守護霊が飛んできた。それによると、スネイプ達は無事捕獲し、生徒たちも大広間に移動している最中だという。すぐにクリーチャーとドビーが駆けつけて、ホッグズ・ヘッドの皆をホグワーツに連れて行った。

 ハリエット達も、さあ大広間に姿くらましをしようとしたところで、ロンがいきなり大声を上げた。

「ちょっと待った! ドビー、僕らは地下に姿現しして!」
「ロン? なんで――」
「いいから!」

 ロンの勢いに押され、ハリーはこれを了承した。ドビーは、ハリエット達五人を連れて地下に姿現しした。その後、ドビーは他の人員を運ぶため、また忙しく姿を消した。

「一体どういうこと?」

 ハーマイオニーがすぐにロンに尋ねた
「分からないの? 僕たち、誰かのことを忘れてる!」
「誰?」
「屋敷しもべ妖精たち。全員厨房にいるんだろう? 脱出するように言わないと。僕たちのために死んでくれなんて命令できないよ――」

 ハーマイオニーは勢いよくロンに駆け寄った。そして大きく広げた両腕をロンの首に巻き付け、その唇に熱烈なキスをした。ロンも持っていたバジリスクの牙を放り投げ、ハーマイオニーの身体を床から持ち上げてしまうほど夢中になってキスに応えた。

「そんなことをしてる場合か?」

 ハリーが力なく問いかけた。しかしハリーの言葉に応えることもなく、ロンとハーマイオニーはますます固く抱き合ったままその場で身体を揺らした。

 ハリエットは真っ赤になって目を逸らした。親友の激しいキスシーンは、どう頑張っても刺激がありすぎた。ちらりと視界に入ってきたドラコも、同じく耳を赤くして視線を彼方に向けていた。

「おい! 今から戦いが始まるんだぞ!」

 ハリーの荒ぶる声に、ようやくロンとハーマイオニーは離れたが、まだ両腕を互いに回し合ったままだった。

「分かってるさ。だからもう今っきりしかないかもしれない。だろ?」
「悪いけど、僕たちの前では遠慮してくれないか」
「うん……そうだ、ごめん……」

 ロンとハーマイオニーは、ハリーだけでない観衆の存在にようやく気づいたようだ。ハリエットとドラコの視線を避け、気まずそうな顔で牙を拾い上げる。

「君たちは……うん、先に広間に行っててよ。僕たちはしもべ妖精に声をかけてくるから」
「体よく僕らを追い払おうって魂胆に見えなくもないけど、まあ見逃すよ」
「違うわ! ハリー、あなたはすぐにでも広間に向かうべきなのよ! 皆が必要としてるのはあなただわ!」
「ハリエット達は置いて行こうか?」

 ハリーが意地悪に問いかけた。

「いや……それは遠慮して欲しいかな……」
「もう! 私達を出しにしないで! ハリー、行くわよ!」

 どう見ても、ハリーもなんだかんだ言って楽しんでる節があった。しかしからかうための材料として、自分たちがまるで邪魔者のように扱われるのは納得がいかない。ハリエットはハリーとドラコを引き連れて、すぐに大広間に向かった。

 だが、玄関ホールまで階段を上がったところで、開け放たれた窓からふくろうが一羽飛んできた。不意を突かれたハリエットはそのふくろうにされるがまま指を咬まれたり頬をつつかれたりした。懐かしいその感覚に、思わず目を瞬かせる。

「ウィルビー?」

 ウィルビーは嬉しそうに鳴き声を漏らした。何ヶ月ぶりだろうと、ハリエットは手を伸ばして彼女を撫でた。彼女とは、ディーンの森でハリーと合流する前、学校のふくろう小屋に行くよう指示をしたきりだった。

「こんな所にまでやってくるなんて、本当にウィルビーは甘えん坊だね」

 褒められているわけではないのに、ウィルビーはまたハリーに嬉しそうに返事をした。

 ウィルビーを加えた一行は、ようやく大広間に到着した。そこには大半の生徒が集まり、それぞれの寮の長テーブルに腰掛けていた。皆は一様に、大広間奥の一段高い壇上で話すマクゴナガルを見つめている。その背後には、ケンタウルスのフィレンツェ含む学校に踏みとどまった教師達と、不死鳥の騎士団のメンバーが立っていた。

「避難を監督するのはフィルチさんとマダム・ポンフリーです。監督生は、私が合図したらそれぞれの寮をまとめて指揮を執り、秩序を保って整列させてください。屋敷しもべ妖精のドビーとクリーチャーが姿くらましをします」
「でも、残って戦いたい人はどうしますか?」

 アーニーの声に、バラバラと拍手が湧いた。

「成人に達した生徒は、残っても構いません」
「反逆と言うことですか?」

 スリザリンのテーブルから意地悪な声が上がった。スネイプは、今は騎士団の後ろでカロー兄妹と一緒に縛られていた。

「スネイプ校長先生に反旗を翻したんですか?」
「そのスネイプ校長先生が」

 マクゴナガルは落ち着いて言った。

「前校長先生――ダンブルドア先生を殺めたのです。校長と名乗るのもおこがましい所業です」
「シリウス・ブラックと手を組んだんですか? 僕たちを殺すつもりですか?」
「あなた達を殺すつもりなのはシリウス・ブラックではなく、『例のあの人』です。シリウス・ブラックは大量殺人鬼ではなく、ハリー・ポッターとハリエット・ポッターの後見人です。彼は濡れ衣を着せられたのですよ」

 ハリエット達三人は、グリフィンドールのテーブルに沿って奥に進んだ。ハリーが通り過ぎると寮生が振り向き、通り過ぎた後には一斉に囁き声が起こった。

「城の周りには、既に防御が施されています。しかし補強しない限り、あまり長くは持ち堪えられそうにもありません。ですから皆さん、迅速かつ静かに監督生の指示に――」

 マクゴナガルの最後の言葉は、大広間中に響き渡る別の声にかき消されてしまった。甲高い、冷たい、はっきりした声だった。どこから聞こえてくるかは分からない。

「お前達が戦う準備をしているのは分かっている」

 生徒の中から悲鳴が上がり、声の出所はどこかと怯えて周りを見回していた。

「何をしようが無駄なことだ。俺様には適わぬ。お前達を殺したくはない。ホグワーツの教師に、俺様は多大な尊敬を払っているのだ。魔法族の血を流したくはない。ハリー・ポッターを差し出せ」

 再びヴォルデモートが言った。

「そうすれば誰も傷つけはせぬ。ハリー・ポッターを俺様に差し出せ。そうすれば学校には手を出さぬ。真夜中、午前零時まで待ってやる」

 またしても沈黙が全員を飲み込んだ。ハリエットは、すぐそばのハリーのローブをギュッと握った。ハリーは、今やその場のあらゆる視線という視線に晒されていた。スリザリンのテーブルから誰かが立ち上がり、震える腕を上げて叫んだ。

「あそこにいるじゃない! ポッターはあそこよ! 誰かポッターを捕まえて!」

 パンジー・パーキンソンだった。

 だが、ハリエットが何か行動を起こすよりも早く、周囲がドッと動いた。ハリーの前のグリフィンドール生が全員、ハリーに向かってではなく、スリザリン生に向かって立ちはだかった。次にハッフルパフ生が立ち、ほとんど同時にレイブンクロー生が立った。全員がハリーに背を向け、パンジーと対峙し、マントや袖の下から杖を抜いていた。

「どうも、ミス・パーキンソン」

 マクゴナガルがキッパリと一蹴した。

「あなたは共に学び、切磋琢磨した同級生よりもあの人を取るのですね。よろしい、あなた達スリザリンは、すぐにでもホグワーツから出て行ってもらいましょう」

 その時、大広間の扉が大きく開け放たれた。そこには、ゼイゼイと肩で息をするロンとハーマイオニーが立っていた。

「あの」

 何やら物々しい雰囲気に、ロンは冷や汗を流した。

「お邪魔だったかな――」
「マクゴナガル先生! 厨房で働いていた屋敷しもべ妖精達が、力を貸してくれるそうです! ホグワーツの生徒を避難させるのに、協力してくれるんです!」

 ハーマイオニーが感極まった様子で叫んだ。よくよく見れば、二人の後ろにはたくさんの屋敷しもべ妖精が立っていた。大きな瞳をキラキラ輝かせたドビーが先頭だ。

「ハリー、ドビーが皆に呼びかけてくれたのよ。今こそ立ち上がるべき時だって。自分の意志で、何をするべきか選択するんだって!」
「ハリー・ポッターのお友達は、ドビーめのお友達でもあります! ハリー・ポッターが守りたい人は、ドビーめもお守りします!」
「ドビー……」

 遙か離れた場所から、ハリーが微笑んだ。表情は見えないはずだが、ハリーとドビーは確かに微笑み合った。

「ありがとう、しもべ妖精の皆さん。あなた達の勇気に敬意を表します。ダンブルドア先生も、誇らしく思われることでしょう。前へ来てもらえますか?」

 長テーブルの間を縫って、妖精達がぞろぞろ前へ出た。そして百人以上いる妖精達は四つの組に分かれ、それぞれの寮のテーブルの前に立った。

「前から順に付き添い姿くらましをしていきます。監督生の指示に従って、迅速に行うのですよ」

 四つのテーブルから徐々に生徒がいなくなった。生徒の中で、ホグワーツに残る者は、皆壇上の近くに集まった。スリザリン生は一人たりとも立ち上がらなかったが、レイブンクローからは高学年の何人かが席を立ったし、ハッフルパフのテーブルからは更に多くの生徒が立ち上がり、壇上に向かった。グリフィンドール生は大半が移動を始め、むしろマクゴナガルが壇から降りて、未成年のグリフィンドール生を追い返さなければならなかった。中にはジニーの姿もあり、これはハリーが直々に追い返していた。

 その合間に、キングズリーが壇に進み出て、残った生徒たちに説明を始めた。

「午前零時まであと三十分しかない。素早く行動せねばならない! ホグワーツの教授陣と不死鳥の騎士団との間で戦略の合意ができている。フリットウィック、スプラウトの両先生とマクゴナガル先生は、戦う者達のグループを最も高い三つの塔に連れて行く――レイブンクローの塔、天文台、そしてグリフィンドールの塔だ――見通しが良く、呪文をかけるには最高の場所だ。一方、リーマスとシリウス、そして私の三人だが、いくつかのグループを連れて校庭に出る。更に外への抜け道だが、学校側の入り口の防衛を組織する人間が必要だ」
「どうやら、俺たちの出番だぜ」

 フレッドが、自分とジョージを指さしていった。キングズリーも頷いて同意した。

「よし、リーダー達はここに集まってくれ。軍隊を分ける」

 具体的な作戦会議が始まった。いよいよホグワーツでの戦いが幕を開けるのだ。