■死の秘宝

37:真実の姿


 ドアを蹴破る勢いで侵入してきたハリエットとドラコに、スネイプ達は度肝を抜かれたに違いない。その上、両方とも顔を真っ赤にしているので、どうしたことかとさぞ面食らったことだろう。

 三人の中で、いち早く我に返ったのはアミカスだった。

「てめえら! 俺たちをこんな風にしてただで済むと思ってんのか!? さっさと縄を解かねえと――」
「シレンシオ! スネイプ先生に聞きたいことがあって来たんです!」

 一瞬の躊躇もなく、カロー兄妹を黙らせたハリエットに、ドラコは内心舌を巻いた。だが、これから話すことに関しては、カロー兄妹に聞かれるわけにはいかないだろうと、ドラコは二人を隣室に連れて行った。

 扉をきっちり魔法で閉め、ハリエットとドラコ、そしてスネイプの三人きりの状況となった。スネイプは依然として縄で縛られたままだが、話せる状態となっている。にもかかわらず、一言も口を利こうとしなかった。

「九月二日――新学期の始まった次の日、アバーフォース・ダンブルドアが、ホグズミードでスネイプ先生を見かけたと言っていました」

 重苦しい沈黙の中、ドラコが一歩歩みを進めた。

「フードを被ってはいたけど、アブは確かにスネイプ先生だったと。すぐ前日にホグワーツ校長に就任したと顔写真つきで見たばかりだったから、よく覚えていたそうです。断言していました。……どうしてあんな所にいたんですか?」
「なぜ我輩がそんな質問に答えねばならんのだ? 答える義理がない」
「僕は質問してるだけです。ただ答えるだけなのに、それを拒否するとなると、僕らの中である疑いが浮上することになります」

 スネイプは僅かに身じろぎした。明らかに不満たらたらといった様子で、渋々口を開いた。

「校長として、ホグズミードの警護について、死喰い人と話をする必要があっただけだ」
「では、なぜホッグズ・ヘッド周辺をうろついていたんですか? アブは、スネイプを見かけて、自分のことがバレたんじゃないかと恐れたそうです」

 スネイプは、何かを考えるようにしばし目を瞑った。

「――ホッグズ・ヘッドは、特に死喰い人が闇取引を行っていることで有名だ。あの辺りの方が都合が良いと言うから、承諾したまでだ」
「では、アブの存在に気づいていたわけじゃないんですね?」

 ドラコはふっと息を吐き出した。

「もしかしたら、騎士団の情報が漏れているかもと思ったんです。今、ホッグズ・ヘッドは生徒たちの避難場所になっているので、死喰い人に漏れる訳にはいかないんです」
「そもそも、アブとやらも我輩は知らん」
「知らないんですか? アブ――アバーフォース・ダンブルドアです」
「知らないな」
「でも、騎士団の一員だと聞きました」

 ドラコがちらりとハリエットに視線を向けた。何を求められているのかが分からなかったので、ハリエットは慎重に答えた。

「アブは、騎士団創設時に一度集まっただけで、それ以降は誰とも会わなかったっていう話だから、スネイプ先生が知らないのも……」
「でも、アブはスネイプ先生のことよくご存じでした。噂話をよく聞くって」
「バーテンダーなら話だって聞くだろう。あそこは死喰い人が集まる。自ずとそういう話は出てくる」
「……アブがバーテンダーだって、誰かから聞いたんですか?」

 スネイプがまた小さく身じろぎした。

「昔、団員から聞いたことがある」
「不死鳥の騎士団は、誰一人としてアブの居場所を知りませんでした。マッドーアイでさえ……。それなのに、誰から聞いたって言うんですか?」

 視線を下に下げたまま、スネイプは口を真一文字に結んだ。もう何も話す気はないようだ。ドラコは一歩下がり、ハリエットに頷いた。ハリエットは緊張の面持ちでスネイプの前に立った。

「――スネイプ先生は、アブのことをダンブルドア先生から聞いていたんですね? だから、グリモールド・プレイス十二番地の場所が暴かれた時、私達をホッグズ・ヘッドに連れて行った」
「何のことやら、我輩にはさっぱり分かりませんな」
「グリフィンドールの剣も、先生が場所を教えてくれたんですね? 守護霊の牝鹿がハリーに場所を教えてくれたそうです」

 ドラコもスネイプに近づいた。

「先生は、あの時わざと切り裂き呪文を外したんじゃないですか? 僕たちを狙ったように見せかけて、仲間の死喰い人に当てて――」
「お気楽なものだな。我輩を未だに味方だと思いたいのなら、そう思っていればいい。寝首をかかれてようやく真実を知るのだろう」
「じゃあ、どうしてあの時私の所に来たんですか?」

 ハリエットは真っ直ぐスネイプを見つめた。

「ダンブルドア先生は、自分の代わりに私を守ってくれる人がいるっておっしゃってました。私はあなたのことだと思うんです、スネイプ先生」
「愚かな――」

 スネイプが言いかけた時、またどこかで爆発音がした。今度はものすごく近くだ。どこか突破されたのだろうか。

 ――と思ったら、唐突に衝撃が飛んできた。激しい爆発音と共に、爆風でハリエットは吹き飛ばされた。壁に激突し、もんどり打って地面に転がる。ぶつかったのは薬戸棚だったようで、上からたくさんのガラス瓶や材料が降ってきた。

「スネイプー?」

 ハリエットが激しく咳き込んでいると、女の甲高い声がした。

「なんて情けない格好をしてるんだい? 今のお前の姿を見たら、ご主人様はなんておっしゃられるか……。私が迎えに来てやったことを光栄に思うんだね!」

 もうもうと立ちこめる風塵の中から現れたのはベラトリックスだった。ハリエットの全身の毛は一瞬で逆立ち、反射的に振り上げた杖は彼女に向けられていた。

「エクスペリアームス!」

 武装解除呪文は、ベラトリックスの懐まで侵入した。だが、すんでの所で彼女は横様に避けた。ギロリと彼女の鋭い視線がハリエットに向けられたとき、ハリエットは氷漬けにされたような心地だった。

「子ネズミも紛れてるようだね? なんとまあ、また会ったね、お嬢ちゃん」

 瓦礫の中からドラコがパッと姿を現し、ベラトリックスに全身金縛り術を放ったが、彼女の後ろにはまだ仲間がいた。ドロホフが颯爽と飛び出し、妨害の呪文で遮る。

「おうおう、ドラコまで。二人仲良くスネイプの見張りでもしてたのかい?」
「ホグワーツの防塞は破られた。大人しく投降した方が身のためだと思うが」
「説得なんかにこいつらが応じると思うのか? 力尽くでひれ伏せた方が早い。コンフリンゴ! 爆発せよ!」

 一瞬の躊躇も隙もなく、ベラトリックスは呪文を放った。ハリエットは咄嗟にプロテゴで応戦した。視界の隅に、ドラコとドロホフが交戦しているのが映った。どちらの呪文か、狙いがはずれた閃光が書棚にぶち当たり、燃え上がった。紙と薬品を巻き込んだ炎は、恐るべき早さで燃え広がった。視界を覆う煙に、ハリエットは迂闊に呪文を出せなかった。ドラコやスネイプに当たってしまうのを恐れた。しかし向こうにそんな気遣いは欠片もない。

 煙の中を掻い潜って飛び交う閃光に、ハリエットは必死に盾の呪文で応戦した。しかし無言呪文までに対応はできなかった。突然横から飛んできた赤い閃光がハリエットに直撃し、ハリエットはその場に失神した。

 一方で、ドラコはこの煙の中を突破するのは不可能だと考えていた。どうあっても、ベラトリックスとドロホフを倒すことは難しい。おまけに、誰かが倒れるような音が辺りに響き渡り、嫌な予感が頭を過ぎる。ドラコは、屈んで移動しながら、煙が辺りを覆う前の人、場所を正確に思い出し、目的地まで急いだ。燃え盛る炎に痺れを切らしたベラトリックスが、水を出して炎を消化した。

 ドラコの嫌な予感が当たった。地面に横たわるハリエットのすぐ側に、ドロホフが跪いていた。

「ハリエットから離れろ」

 ドラコは、スネイプの喉元に杖を突きつけ、叫んだ。しかし、ベラトリックスは鼻で笑う。

「スネイプなぞが人質のつもりかい?」
「ヴォルデモートは、スネイプを必ず連れてくるよう言ってませんでしたか?」

 ドラコは冷静に切り返した。

「僕には分かります。スネイプは必ず生きたまま・・・・・必要とされている。殺されたらあの人はなんと言うでしょうか?」

 ベラトリックスの顔が歪んだ。主に忠実であるが故に、命令の思い違いをすることが許せないようだ。

「杖を捨ててください」

 ベラトリックスはしばし動かずに沈黙していたが、やがて毛を逆立てて怒鳴った。

「お前にスネイプは殺せない! ダンブルドアも殺せなかった臆病者が、スネイプを殺せるものか!」

 彼女が杖を振るった先はハリエットだった。

「クルーシオ!」
「プロテゴ!」

 ドラコの弱点がハリエットだと想定しての行動だった。ドラコは盾の呪文に成功したが、その代わり、ドロホフの失神呪文に為す術もなく胸を打たれた。

 ようやく大人しくなった少年少女二人に、ドロホフはようやく杖を下ろした。ベラトリックスは軽く杖を振るい、スネイプの縄を解く。

「もうお前は私に頭が上がらないね?」

 スネイプは答えなかった。凝り固まった手足を動かし、地面に転がっていたハリエットの杖を拾い上げる。

「お嬢ちゃんは私が連れて行く。手土産に献上すれば、ご主人様もお喜びになるだろう」

 ベラトリックスは、憎々しげにしかしある意味ではむしろ愛おしく感じているようにすら見える顔で、ハリエットを抱え上げた。

「こいつはどうする?」

 ドロホフは昏倒しているドラコを足蹴にした。

「放っておけ」

 スネイプが口を挟んだ。

「ドラコはホグワーツ陣営側の人質にはなり得ない」
「だが――」
「私達に命令するつもりか?」

 ベラトリックスの暗く冷たい瞳がスネイプに向けられる。しかしスネイプは臆することなく泰然としていた。

「分からないのか? 今裏切り者を目にしたら、闇の帝王は必ず激怒なさる。そうなれば我々にも必ず被害の手は及ぶのだ。流れ弾に当たりたくなかったら置いて行くんだな」

 ベラトリックスは小さく鼻を鳴らすと、そのまま研究室を出、粉々に砕かれた城壁から飛び立った。ドロホフ、スネイプもその後に続き、夜の闇に姿をくらました。