■賢者の石

19:賢者の石


 試験期間中も、ずっと賢者の石が頭から離れなかったハリーは、試験が終わったとき、あることに気づいた。そしてそれは、ハリーの不安をより一層膨らませるには充分なものだった。

 ハリーに言われるがままハグリッドに会いに行った四人は、そこでドラゴンの卵の入手経路を聞いた。酒を引っかけながら知らない人から賭けで卵を受け取ったと言うハグリッドは、その最中、フラッフィーの宥め方も例によってポロッと零したという。そもそも、ドラゴンを欲しがっていたハグリッドと、法律違反の卵を持ち歩いていた人物が、都合良くばったり出くわすなんてこと、あるわけがなかった。

 四人は急いでダンブルドアの下まで行ったが、生憎不在だった。マクゴナガルに賢者の石のことを話したが、生徒が関わるような問題ではないと一蹴されてしまった。

 それから、スネイプを見張ったり、四階の廊下自体を見張ったりしたが、どれも失敗に終わった。

 四人は、夜に仕掛け扉を突破することを決意した。ヴォルデモートが復活したら、ハリーは確実に殺される。退校になるのを覚悟の上だった。

 談話室では、もうこれ以上寮の点数を減らすわけにはいかないと、四人の前にネビルが立ちはだかったが、ハーマイオニーが彼を石に変えて寮を抜けだした。

 それからというもの、想像はしていたが、想像以上の危険の連続だった。

 最初の難関フラッフィーは、ハリーが演奏した横笛で眠らせた。ハリーの奏でる音は、演奏どころかメロディとも言えないものだった。

「うわお、フラッフィーったら、よっぽど退屈してたに違いないね。こんな音でも芸術だって思うんだから!」
「下手だからこそ眠たくなるんでしょう」

 扉の向こう――穴の先には悪魔の罠があった。皆の身体に植物が絡みつき、身動きが取れない。唯一植物が絡みつく前に脱出したハーマイオニーは、魔法で炎を噴射した。みるみる蔓は解けていった。

「炎でやられる植物が『悪魔の罠』なんて名前なの?」
「三闘犬ですら音楽で宥められるんだから、『例のあの人』もパンチいれたら倒れたりして」
「――やってみなさいよ。魔法界の英雄って讃えられるわよ」

 次は空飛ぶ大量の鍵を、捕まえなくてはいけない試練だった。箒が得意なハリーが見事本物の鍵を捕まえ、突破した。

「スネイプが箒に乗って空を飛んだって考えるとおかしいよな」
「箒みたいなアクティブなものとスネイプって似ても似つかないものね」
「ハーマイオニー、分かってるじゃん」

 次の部屋は魔法のチェスで勝利をしろ、というものだった。自分たちがチェスの駒になり、この中で一番得意なロンが指揮を執り勝利を収めた。だが、その途中、どうしても勝利するには犠牲が必要で、ロンが白のクイーンにやられた。ロンは頭から血を流し、気絶してしまった。

「私、助けを呼んでくるわ」

 ハリエットがポツリと言った。

「こんな状態のロンを放ってはおけない。箒に乗って、マダム・ポンフリーの所まで運ぶわ。その後で、ウィルビーでダンブルドア先生に手紙を送る。先生の助けが必要よ」
「箒に乗るだって!?」

 ハリーは驚いて声を上げた。

「でもハリエット、君、箒が苦手だろう?」
「危険だわ。それなら、私が代わりに――」
「ハーマイオニーの知識はこの先でも必要よ。ハリーを助けてあげて」
「でも――」
「それに、私この前先生に褒められたのを覚えてないの? こういうときに役立たなくっちゃ、何のためにこの一年間こっそり練習したって言うのよ」

 ハリエットは胸を反らした。そしてすぐに二人の顔を見て、苦笑を漏らした。

「私よりももっと危険な所へ行こうとしてるのに、そんな顔しないで。大丈夫。戻ってきたときはちゃんと元気に出迎えるから。お土産は賢者の石でよろしくね」

 らしくない妹のジョークに、ハリーは変な顔になった。

 チェスの部屋で二人と別れ、ハリーとハーマイオニーは次の扉に向かう。次の部屋には、気絶したトロールがいた。

「今こんなトロールと戦わなくて良かったわね」
「ハロウィーンのときに戦ったんだから、これくらいご褒美があっても良いよ」

 次はスネイプの論理だった。ハーマイオニーは瞳をキラキラさせてこれを解いた。するすると解いたは良いが、先に進めるのは一人だけで、後は退却するしかないということが分かった。ハリーは先に進み、ハーマイオニーはその場でハリーを待つことになった。

「ハリー」

 薬を飲み干し、黒い炎へ進もうとするハリーにハーマイオニーが声をかけた。

「魔法界の英雄になんてならなくていいわ。あなたが無事戻ってくるだけで、私たちは充分なの」
「行ってくる」

 最奥の部屋に立っていたのは、クィレルだった。実際にその姿を目撃しても尚、ハリーは自分の目が信じられなかった。

「僕は……スネイプだとばかり」
「そうだろう。スネイプとどもりのクィレル先生、二人が一緒にいれば、誰だってそう思う」

 クィレルが言うには、クィディッチのとき、ハリーを殺そうとしたのはまさしく自分であり、スネイプは逆にハリーを助けようとしたのだという。

 賢者の石がみぞの鏡に隠されているということまで彼は突き止めていたが、入手方法はどうしても分からなかった。

 ハリーを使えという何者かの声に従い、クィレルはハリーを無理矢理鏡の前まで連れてきた。

 鏡には、ハリー自身が映った。だが、そのままというわけではなく、鏡の自分はポケットの中に徐に賢者の石を入れた。同時にズシンとポケットに重みが加わったのをハリーは感じる。

「賢者の石はどこだ!」
「俺様が話す……直に話す……」

 クィレルは、声の主をご主人様と呼んでいた。そして徐に頭のターバンを解いた。クィレルはゆっくり後ろを向き、そして彼の後頭部が露わになる。

 そこには、もう一つの顔があった。蝋のように白い顔、ギラギラと血走った目、鼻腔はヘビのような裂け目になっている。

「ハリー・ポッター」

 ヴォルデモートはおどろおどろしい声で言った。

「ポケットにある石を頂こうか。それがあれば俺様は自分の身体を創造することができる」
「嫌だ」

 ハリーは後ずさりした。

「馬鹿な真似はよせ。俺様の側につけ……。命を粗末にするな。お前の母親はお前達を守って死んでいった。母親の死を無駄にしたくなかったら石を寄越せ……」
「やるもんか!」

 ハリーは炎の燃えさかる扉に向かって駆け出した。

「捕まえろ!」

 ヴォルデモートが叫んだ。クィレルは走り出し、ハリーの手首を掴んだ。

 ハリーの額の傷が痛む。

 クィレルはハリーを引きずり倒した。クィレルはそのままハリーの首に手をかけたが――すぐに激しい苦痛でうなり声を上げた。

「手が……私の手が!」

 クィレルの手は真っ赤に焼けただれ、皮がべろりとむけていた。

「殺せ! 殺してしまえ!」

 クィレルは手を上げて死の呪いをかけ始めた。ハリーは咄嗟に手を伸ばしてクィレルの顔を掴んだ。

「ああああっ!」

 手と同じように、クィレルの顔も焼けただれた。なぜかは分からないが、クィレルは、自分の身体に触ることができないのだとハリーは悟った。

 それが分かれば後は早い。ハリーは飛び起きてクィレルの腕を捕まえ、力の限りしがみついた。クィレルは壮絶な叫び声を上げた。

「殺せ! 殺せ!」

 ヴォルデモートの声がした。

 まだ事は終わっていない。だが、その思いとは裏腹に、ハリーの意識は薄く遠のいていった。