■賢者の石

02:ホグワーツ?


 動物園での事件の後、ハリーとハリエットは今までで一番長いお仕置きを受けた。やっとお許しが出て物置から出してもらったときには、もう夏休みが始まっていた。

 休みが始まって嬉しい反面、ハリー達は毎日のように遊びに来るダドリーの悪友から逃げなけれはならなかった。皆揃って大きくて意地悪なので、いつもハリーは殴られたり、ハリエットは髪を引っ張られたりした。そんな毎日に嫌気がさし、ハリー達はなるべく家の外でブラブラして過ごすようにしていた。

 そんな中、転機が訪れたのはとある朝だ。いつものように郵便を取りに行ったハリーだったが、見慣れない宛名に目をパチクリさせた。
『ハリー・ポッター様』
『ハリエット・ポッター様』
 自分の名だった。初めての出来事だった。自分宛に手紙が来るなんて。しかも、自分だけではなく、妹の分まである。階段下の物置内と、なぜかご丁寧に部屋の場所まで住所を記載されていた。相手は一体何者なのだろう。

 手紙は、何やら分厚く、重い、黄色みがかった羊皮紙の封筒に入っていた。宛名はエメラルド色のインクで書かれており、切手は貼られていない。

 バーノンの急かす声に、ハリーはよろよろと家に戻った。バーノンに手紙を渡した後、キッチンでまだ仕事をしているハリエットに近寄り、無言で手紙を渡す。声が出なかったのだ。ハリエットも、驚いたようにハリーを見た後、手紙にジロジロと視線を落とした。

「パパ! ハリー達が何か持ってるよ」

 二人がまさに手紙を開こうとしたとき、ダドリーが告げ口した。バーノンはすぐそれを奪い取る。ハリーが取り返そうとしたが、それは適わず、バーノンはせせら笑いながら、手紙を開封した。簡単に目を通しただけだったが、手紙を読むと、彼はサッと血の気を失った。

「ぺ、ペチュニア!」

 バーノンはペチュニアにも手紙を読ませた。手紙を読んだ途端、彼女もまた過呼吸のように苦しそうに息をした。

「どうしましょう……あなた!」
「僕にも読ませて。それ、僕たちの手紙だ!」
「あっちへ行ってろ!」

 纏わり付くハリーを、バーノンは煩わしげに押しやった。

「行けと言ったら行け!」

 雷が鳴ったかと思う程の大声は、ハリエットを怯えさせるには充分だった。これ以上ハリーが何かして、バーノンに怪我をさせられる前に、彼女は兄を回収した。慌てて部屋の外まで引っ張って避難したのだ。バーノンはこれ幸いとばかりダドリーまで外に追いやると、キッチンのドアを閉めた。ハリーとダドリーは競って扉に耳をつけて話を聞こうとした。ハリエットはというと、これ以上バーノンの癇に障ることをしたくなくて、大人しく物置部屋に戻った。


*****


 しばらくして話し合いが終わった後、バーノンは物置部屋にやってきた。そして驚くことを口にした。部屋を移れというのだ。今のこの物置の、部屋とも言えないような小さな所から、ダドリーの玩具入れになっている部屋に。

 降って湧いた幸運に、ハリーは純粋に喜んだし、ハリエットと言えば、ダドリーの恨みがましい視線を怖がった。彼は、自分の部屋を取られたのが悔しいのだ。また明日にでも嫌がらせをされるんじゃないかと、ハリエットは気が気でなかった。

 だが明日以降、そんなことを気にする暇もない事態が起こった。再び双子宛に手紙が届いたのだ。手紙の差出人には双子が寝室を移動したこともお見通しのようで、住所が『一番小さい寝室』に変わっていた。

 それからというもの、手紙は毎日やってきた。一通から三通へ、三通から十二通へ。その数は、日増しに増えていく。日曜日には、郵便は休みなはずなのに、キッチンの煙突を通って手紙が大量に投下された。三十、四十、五十……。その数は数え切れないほどある。ふと違和感を覚え、ハリエットが外を見れば、ダーズリー家の庭には、大量のふくろうが所狭しと止まっていた。非現実的な光景に、ハリエットは目をぱちくりさせた。

「もうたくさんだ!」

 顔を真っ赤にしたバーノンは、引っ越しを宣言した。ホテルや、森の奥深くや、畑のど真ん中や、吊り橋の真ん中や、立体駐車場の屋上や、本当に様々なところまで行ったが、それでも手紙は執念深く追いかけてくる。もはや、バーノンと手紙との、どちらが先に根を上げるかの勝負だった。勝敗は見えていたが、それでもバーノンは諦めなかった。明日が双子の誕生日ということも知らずに、なんと海の彼方の、とんでもなくみすぼらしい小屋――そこに泊まることを決めたのだ。

 船に乗ってそこまで行ったが、小屋の中はとてつもなく寒かった。大した食事も与えられず、ハリーとハリエットは二人で一つのボロ布にくるまって震えていた。ダーズリー家はベッドやソファを占領し、双子は床の柔らかそうな所に縮こまっていた。

「お腹空いたわ……」
「僕も」
「それに寒い」

 ハリエットはグスッと鼻をすする。こんなことをハリーに言っても仕方がないことは分かっていた。でも、言葉にせずにはいられない。こんな惨めな状況で誕生日を迎えるのが、悲しくて仕方がなかった。

「ハリエット、ほら、見て。僕らの誕生日ケーキだ」

 鼻の頭に土をつけたまま、ハリーは地面を指さす。

 さっきからゴソゴソしていると思っていたが、ハリーは地面の上にケーキを描いていたのだ。ハリエットは嬉しくなってにっこり笑った。

「素敵。可愛いわ」
「僕たちの十一歳の誕生日ケーキだ」
「おいしそう」
「食べたら駄目だよ」
「分かってるわよ」

 唇を尖らせて返したハリエットだったが、やがて、小さく呟いた。

「ハリー、いつもありがとう」
「どうしたの? 急に」
「私、ハリーがいてくれて良かったわ。ハリーがいなかったら私、今頃どうにかなってたと思う」
「そんなことないよ」
「そんなことあるわ。ダドリーにいじめられてもいつも助けてくれるし、私が泣いてるときは慰めてくれる」
「でも、ハリエットだって、うまくあいつらの目を盗んで食べ物を取ってきてくれるじゃないか」
「だって、それは私が食事係だから、そういうタイミングがあるたけで。……ハリーがいなかったら、私きっと泣き暮らしてたと思うわ」

 ハリーに顔を向け、ハリエットは微笑んだ。

「ハリー、これからもよろしくね」
「こちらこそよろしく。ハリエット。ほら、あと五分で誕生日だ」

 照れくさそうに笑い、ハリーは言った。

「あと三分」

 寒さにガタガタ震えながら、ハリエットは囁いた。

「あと一分」

 寒さを凌ごうと、ハリエットの手を握りしめ、ハリーは呟いた。

 それからは無言だった。二人一緒にくるまっているボロボロの毛布の中で、ダドリーの時計を静かに見守る。

 三十秒……二十……十……五……三……二……一……。

 その時、小屋中が震えた。

 大きな音を立てて、ドアがノックされている。誰かが、ドアの前に立っているのだ。

 慌てたようにすっとんできたダドリー一家が勢揃いしたところで、ついにドアが破られた。轟音と共に扉は床に落ちる。

 そこに立っていたのは、見上げるほどに大きい大男だった。長い髪ともじゃもじゃの髭で顔はほとんど見えない。真っ黒なコガネムシのような目が印象的だった。

 大男は窮屈そうに部屋に入ってきた。ハリーはハリエットを守るようにその前に立った。ハリエットは震えながらハリーの服をギュッと掴む。

 お茶でも入れてくれんかね、とその大男は見た目に反して軽い口調でそう言った。もちろんバーノンが茶を入れるわけもなかった。持っていたライフルで威嚇したが、大男はいとも容易くライフルを捻り、部屋の隅に放り投げてしまった。

「ハリー、ハリエットや」

 大男は優しい口調で双子を見た。

「誕生日おめでとう。尻に敷いちまったが、まあ味は変わらんだろ」

 彼が取り出したのは、ややひしゃげた箱だ。震える手でハリーが箱を開けれは、中から大きなチョコレート・ケーキが出てきた。上には緑色の砂糖で、「ハリー ハリエット 誕生日おめでとう」と描いてある。

「本当はおまえさんら一人一つ用意するつもりだったんだが……生憎と時間がなくてな」
「こ、これで充分よ」

 ハリエットはおどおどしながら精一杯声を出す。そして、助けを求める視線をハリーに送った。それを受けとったハリーは、勇気を出して一歩踏み出した。

「ありがとう。すごく嬉しい。でも……あの、あなたは誰?」

 男は豪快に笑い、ルビウス・ハグリッドと名乗った。ホグワーツの鍵と領地を守る番人だそうだ。ハリーとハリエット、それぞれと握手をした。

 ケーキをハリエットに預け、ハリーはハグリッドと話をした。ハグリッドは、ホグワーツという魔法魔術学校のこと、両親は、ヴォルデモートという名の闇の魔法使いに殺されてしまったこと、そして、ハリーとハリエット、二人がなんと魔法使いであることまで教えてくれた。

 魔法使いだなんて突然言われて、双子は正直信じられなかった。だが、ハリエットから奪うようにしてチョコレート・ケーキを貪っていたダドリーに対し、ハグリッドが豚のしっぽをはやしたことで、魔法使いの存在を信じた。そして、話の流れるままに、明日、ホグワーツに入学するための入学用品を買いに行くことになったのだ。