■賢者の石
20:寮対抗杯
次に気がついたとき、ハリーは医務室のベッドの上だった。すぐ側にはダンブルドアがいて、ハリーは自分が三日間眠りっぱなしだったことを聞いた。
ハリーが気絶した後、ダンブルドアがあの場に駆けつけたのだという話を聞いた。クィレルは亡くなり、ヴォルデモートに狙われる賢者の石は壊された。知りたいことをハリーが聞くうちに、透明マントはダンブルドアが送ったもので、クィレルがハリーに触れられなかったのは、ハリー達の母リリーの愛の守護が未だ効いていたからだという。クィレルのような憎しみや欲望に満ちた者、ヴォルデモートと魂を分け合うような者は、それがためにハリーに触れることができなかったという。
スネイプとハリー達の父ジェームズが、学生時代憎しみ合っていたという話も聞いた。いわば、ハリーとドラコのような関係だという。これを聞いてハリーは少し納得した。とはいえ、その息子である自分にまでスネイプが辛く当たるのは大人げないと思ったが。
表向きは面会謝絶だったが、ハリーはピンピンしていた。ダンブルドアとしばらく話した後、五分だけ時間をもらってハリエット、ロン、ハーマイオニーとあの後のことを話した。
「ハリエットの方はどうだったの?」
「私は、ロンを箒に乗せてまずマダム・ポンフリーの所に行って……その後でふくろう小屋に行こうとしたら、玄関ホールでダンブルドア先生に会ったの。ダンブルドア先生は全部知っていたわ。すぐに四階に走って行ったの」
「ダンブルドアが君がこんなことをするように仕向けたのかな? だって、君のお父さんのマントを送ったりして」
ロンが首を傾げた。
「もしもそうだったらひどいわ。もう少しでハリーは殺されるところだったのよ」
「違うと思う」
ハリエットが憤慨して言えば、ハリーは首を振った。
「ダンブルドアは、多分僕にチャンスを与えたいって思ったんだと思う。僕にそのつもりがあるのなら、ヴォルデモートと対決する権利があるって考えていたような気がする」
「ダンブルドアっておかしな人だよな」
「もう十五分も経ちましたよ。そろそろお戻りなさい」
「はーい」
マダム・ポンフリーに声をかけられ、ロンとハーマイオニーはすごすごと医務室を出た。だが、ハリエットだけは、うまくポンフリーの目を逃れてハリーのベッドの影に潜んでいた。
「ハリー」
「どうしたの? 早く行かないと怒られちゃうよ?」
「何となくね、今話したくて。ダーズリーの家でも話せるけど」
ハリエットは小声で囁いた。
「最近、二人だけで話してなかったなあって思って。皆と一緒なのが嫌って訳じゃないんだけど」
「分かるよ」
ハリーはにっこり微笑んだ。
「僕も少し寂しかったよ」
一呼吸置き、ハリーは天井を見上げた。
「ハリエット、箒、乗るのうまくなったね」
「ありがとう。ハリーだって、いつもスニッチを取る姿、格好いいわ」
この一年間のことが次々に頭をよぎった。全てが懐かしかった。でも今学期ももうすぐ終幕だ。
「これからダーズリーの家だね」
「ええ。でも、今年は去年とは違う。そうでしょ?」
「なんたって、バーノン達は僕たちが夏休み中、家で魔法を使っちゃいけないって知らないから」
「私たちには文通ができる友達もいるし」
「ヘドウィグやウィルビーもいる」
「楽しい夏休みになるわ」
「……それは言いすぎじゃない?」
「そうかも」
双子は顔を見合わせて笑った。笑い声が聞こえたのか、いよいよハリエットはマダム・ポンフリーに追い出された。
*****
「ミス・ポッター」
医務室からの帰り道、ハリエットは誰かに呼び止められた。振り返ればそこにはスネイプが立っていて、機嫌が悪そうに――いつものことだが――眉間に皺を寄せていた。
「学生生活を送る上で関係のないことに首を突っ込んだ挙げ句幸運だけで生き延びその上英雄と讃えられさぞ気分が良いだろうが……」
長々と連なる小言にハリエットは目をクラクラとさせた。
「夜に校内を徘徊したり乱闘騒ぎを起こしたり、来学期はもう少し大人しくしていただければ幸いだな」
スネイプは言いながら一冊の本を差し出した。
「兄に返しておけ。次授業中に読んだら今度は消し炭にすると伝えておけ」
彼が持つ本は、ハリエットがハリーの十一歳の誕生日にプレゼントしたクィディッチ本だ。確か、チャイムに間に合わなくて没収されたものだ。
「あ、ありがとうございます……」
むっつりと唇を引き結び、彼はそのままハリエットの横を通り過ぎて大広間に向かった。
「スネイプ先生」
ハリエットは慌てて声をかける。
「クィディッチのとき、暴れる箒を抑えようと、スネイプ先生がハリーのことを助けてくれたって聞きました。あの、本当にありがとうございます」
「何のことやら我輩には見当もつきませんな」
「あっ」
またもさっさと行こうとするので、ハリエットは慌てる。
「お怪我も、治ったみたいで良かったです」
「…………」
「また新学期に!」
スネイプはもう振り返らずに、広間の中へ入っていく。ハリエットもその後に続いた。
「ハリエット、こっちこっち!」
グリフィンドールの席でハーマイオニーが手を振った。
「ハリエット、もしかしてスネイプに捕まってたの? 一緒に入ってきてたけど」
「捕まったっていうか……先生にハリーの本を返してもらってたの」
「ああ、因縁つけられて没収された奴?」
ハリエットは困った顔で頷いた。ハリエットはもうそれほどスネイプのことが苦手ではなくなっていた。
「でもさあ、この装飾気が滅入ってくるよね。これから夏休みだって言うのに」
大広間はグリーンとシルバーのスリザリン・カラーで飾られていた。ヘビを描いた巨大な横断幕が這い、テーブルの後ろの壁を覆っていた。
乾杯の声が上がるのを待っているとき、ハリーが一人で広間に入ってきた。シンと静まりかえり、ハリーが気まずそうな顔をする中、ハリエットは手を上げてこまねいた。
「間に合って良かったわ」
「折角のご馳走だもんね」
これから夏休みの間、またあのダーズリーの家でひもじい思いをすることになるのだ。今のうちに力一杯お腹に詰め込まなければ。
「そうだ、さっきスネイプ先生が返してくれたの」
はい、とハリエットはクィディッチ本を渡した。ハリーは目を丸くする。
「あのスネイプが? どうして?」
「どうしてって……反省したと思ったんじゃない?」
「図書館の本は? クィディッチ今昔」
「私はこれしか渡されてないわ」
返答を聞いて、ハリーはこれでもかというくらい項垂れた。
「やっぱり根性悪だよ、スネイプ……。僕、いつになったら返すんだってマダム・ピンスにいつも睨まれてるんだから」
ハリーを慰めていると、タイミング良くダンブルドアが立ち上がった。
「また一年が過ぎた。今年度も寮対抗杯の表彰を行うこととしよう。点数は次の通りじゃ。四位グリフィンドール三四二点。三位ハッフルパフ三五二点。二位レイブンクロー四二六点。そしてスリザリン四九二点」
スリザリンのテーブルが一気に沸き立った。反対にグリフィンドールはお通夜のようだった。
「よしよし、スリザリンよくやった。しかし最近の出来事も勘定に含めねばな」
広間全体が静まりかえった。スリザリン生の笑みが消える。
「駆け込みの点数をいくつか与えよう。えっと、そう、まずはロナルド・ウィーズリー君」
ロンの顔が赤くなった。
「この何年か、ホグワーツで見ることができなかったような、最高のチェス・ゲームを見せてくれたことを讃え、グリフィンドールに五十点を与える」
割れんばかりの拍手が起こった。ロンはパクパクと口を開けてキョロキョロ周りを見る。
「僕の弟さ! マクゴナガル先生の巨大チェスを破ったんだ!」
パーシーが他の監督生にそう言うのが聞こえた。
「次にハリエット・ポッター嬢。苦手を克服し、仲間のために危険を覚悟で助けを呼びに行ったことを讃え、グリフィンドールに五十点を与える」
またも歓声が上がる。ハリエットは隣のハーマイオニーに肩を叩かれた。それに頷きを返しながら、ハリエットは真っ先にスリザリンのドラコを見たが、彼は悔しそうに顔を歪めているので、視線は合わなかった。
「続いてハーマイオニー・グレンジャー嬢。火に囲まれながら冷静な論理を用いて対処したことを讃え、グリフィンドールに五十点を与える」
ハーマイオニーは腕に顔を埋めた。ノーバートの件で、大量に失点していたことをずっと気にしていたのだ。
「四番目はハリー・ポッター君。その完璧な精神力と並外れた勇気を讃え、グリフィンドールに六十点を与えよう」
再び歓声が上がった。耳をつんざく大騒音だ。スリザリンと全く同点だ。寮杯は引き分けだ!
「勇気にもいろいろある」
ダンブルドアは微笑んだ。
「敵に立ち向かっていくのにも大いなる勇気がいる。しかし味方の友人に立ち向かっていくのにも同じくらい勇気が必要じゃ。そこでわしは、ネビル・ロングボトム君に一十点を与えたい」
大広間の外に誰かいたら、爆発が起こったと思ったかもしれない。それほど大きな歓声がグリフィンドールから沸き上がった。ハリー達四人は立ち上がって叫んで歓声をあげた。ネビルは皆に抱きつかれて顔を青くしたり赤くなったりしていた。
「従って、飾り付けをちょいと変えねばならんのう」
ダンブルドアが手を叩くと、グリーンの垂れ幕が真紅に、銀色が金色に変わった。
巨大なスリザリンのヘビが消えてグリフィンドールのそびえ立つようなライオンが現れた。スネイプが苦々しげな作り笑いでマクゴナガルと握手をしていた。スネイプがハリー、そしてハリエットに視線を向けた。ハリエットは素直ににっこり笑った。だが、スネイプは一層顔を顰めたので、おそらく嫌味だと受け取ってしまったのかもしれない。
*****
学年度末パーティーの後は、試験の結果が張り出され、そしてあっという間に夏休みがやってきた。初めてここに来たときと同じように船に乗って湖を渡り、プラットフォームまでやって来た。
「夏休みに三人とも家に泊まりに来てよ。ふくろう便を送るよ」
「ありがとう。僕も楽しみに待ってられるものが何かなくっちゃ……」
「私、手紙送るわ」
「楽しみにしてるわね!」
生徒を引率したハグリッドに挨拶をし、そのまま四人で乗り込もうとしたが、ハリーとハリエットだけ呼び止められる。
「これをお前さんらに」
彼が差し出したのは、小綺麗な革表紙の本だった。ハリーが開けてみると、そこには魔法使いの写真がぎっしりと張ってあった。どのページにもハリーとハリエットに向かって笑いかけ、手を振っている。父と母だ。
「ご両親の学友達にふくろうを送って写真を集めたんだ。お前さんらは一枚も持ってないって言うし……気に入ったか?」
「もちろん……もちろんよ、ハグリッド」
ハリエットの声は涙に濡れていた。ハリーは声も出なかった。
「ありがとう。本当にありがとう」
「なに、良いってことよ」
「また新学期に会おう!」
ハグリッドは大きく振って去って行った。ハリー達も汽車に乗り込む。
「あ、ハリー、先に行ってて」
だが、すんでの所でハリエットは立ち止まった。
「どうしたの?」
「ちょっと行くところがあって」
「もう出るよ?」
「すぐ行くわ!」
軽く手を振って、ハリエットはホームに逆戻りした。前の方の車両の入り口で、ドラコの姿を見かけたのだ。
「クラッブやゴイル達は?」
ドラコに追いつくと、ハリエットは開口一番問いかけた。ドラコは驚いたように目を丸くした。
「先にコンパートメントを取ってる」
「そう」
「何か用か?」
彼の声はちょっと刺々しかった。
「嫌味を言いに来たのか? すんでのところでグリフィンドールが寮杯を取ったと」
「気にしてるの?」
「当たり前だろう!」
カッカと怒りながらドラコは言った。ハリエットはクスクス笑う。
「最後に、これだけ伝えたくて。ダンブルドア先生が仰ってたでしょう? 私が苦手を克服したって」
「…………」
「最後ね、ロンを箒に乗せて、たくさん飛んだのよ。あんまりスピードは出なかったけど、飛ぶ鍵は追いかけてくるわ、三頭犬はかぎ爪を伸ばしてくるわで結構大変だったんだから。……でも、それでもちゃんとロンと帰ってこられたのはマルフォイのおかげだわ。本当に一年間ありがとう」
そしてもじもじしながらハリエットは付け足した。
「良かったら、また時々箒を教えてくれる?」
ドラコはなかなか返事をしなかった。気になってそっとドラコを見ると、ようやく彼は口を開いた。
「……来るのは勝手だ」
「ありがとう」
ホッとしたハリエットは笑みを浮かべた。夏の少し湿った風が頬を撫でる。
「あっ、ねえ、夏休みに手紙送ってもいい?」
「は?」
当惑してドラコが窺うようにこちらを見るので、ハリエットは笑みを深くした。
「ちょっとでも気が向いたら、返事返してくれると嬉しいわ。じゃあまた新学期にね、ドラコ!」
バイバイと手を振って、ハリエットは汽車の中に入った。ドラコがあっと何か言いかけた気がしたが、ハリエットはそのままハリー達のコンパートメント目指して歩いて行った。