■秘密の部屋

01:夜のドライブ


 ハリーとハリエットは、プリベット通り四番地、一番小さい寝室にて、十二回目の誕生日を祝っていた。といっても、ケーキもないし、小洒落た服も着ていないし、プレゼントなんてもってのほかだ。祝ってくれる人も、目の前の、自分と同じ日に生まれた双子の片割れしかいない。寂しいと言ったら嘘になる。プレゼントなんかなくたっていいから、父と母に抱き締めてもらって、おめでとうと一言祝われるだけで充分なのに、それは永遠に叶わない。

 友達からのプレゼントや、お祝いの手紙が届けば、その寂しさも少しは薄れるかもしれない。でもそれも駄目だった。何故だか、夏休みに入ってから、友達からの手紙が来ないのだ。

 その事実は、まだ幼い双子をこれでもかと痛めつけた。バーノンからの罵声だって、ペチュニアからの小言だって、ダドリーからの暴力だって耐えてみせる。でも、友達からの手紙が来ないのは悲しい。寂しすぎる。

 きっと、夏休みが楽しすぎて、僕たちに手紙を送る時間がないんだ。もしかしたら、僕たちのことを忘れてるのかもしれない。

 ついつい思考は後ろ暗くなる。双子は互いに慰め合ったが、それぞれが暗い顔をするので、大した効果はなかった。

 おまけに、今日は誕生日だというのに、夕食を食べて早々、部屋で存在を消さなければなかった。バーノンが商談のために家に人を招き、接待パーティーを行うのだ。

 音も立てず、ただただ息を殺して。

 誕生日だというのになんて仕打ちだろうか。

 これまで同じような日常を送ってきていたのだが、夏休みの前――昨年度は、ホグワーツという魔法魔術学校で、素晴らしい毎日を送っていたので、感覚が鈍っていたのかもしれない。

 この状況が、夏休みのポッター家双子の日常だった。自分たちでもおかしいというのは分かる。だからこそ、夏休みが終わるのが待ち遠しい。

 双子のふくろう、ヘドウィグとウィルビーも鳥かごから出すことを許されず、終始苛立ったように鳴いていた。せめて夜の間だけでも外を飛ばせてあげたいのに、そんなことがしれたら、バーノンに何をされるか分かったものじゃない。

「はあ……もう寝ちゃおうか?」

 ハリーが思わず呟く。

「もう? 折角の誕生日なのに?」
「虚しくなるだけだよ。起きててもこんな時間があと四時間も続く――」
「ハリー・ポッター?」

 突然、ハリーでもハリエットでもない声が響いた。キーキー甲高い声だった。急いで振り返れば、双子の、二人で一つのベッドの上に、ヘンテコな生き物がいた。裂け目のある古い枕カバーを身に纏った、背の低い生き物。コウモリのような長い耳と、テニスボールくらいの大きな目が特徴的だ。

「そして、あなたはハリエット・ポッター? ドビーめはずっとあなた方にお目にかかりたかった。とても光栄です……」
「あ、ありがとう」

 双子はたどたどしくお礼を述べた。

「それで、君は誰?」
「ドビーめにございます。ドビーと呼び捨ててください。屋敷しもべ妖精のドビーです」
「あ……そうなの。でも、今はちょっとタイミングが悪くて。何か僕達に用事?」
「そうなんです。ドビーめは申し上げたいことがあって参りました」

 ドビーは変わった生き物だった。ハリー達が当たり前の礼儀を持って接しようとすると、こんな扱いをしてくださるなんてと感激したし、ドビーが自分の仕えている魔法使いの悪口を言ってしまったら、自ら床に頭をぶつけ、自分にお仕置きした。

 ドビーが言うには、ご主人様に内緒でここへ来たこと、ハリー・ポッターを崇拝していること、そして何より、自分は警告に来たのだと。今学期、ホグワーツでは世にも恐ろしいことが起こるよう罠が仕掛けられているので、行ってはならないと。

 感激したり、自分にお仕置きしたりというのをしょっちゅう宥めながら話を聞けば、大体こんなあらましだった。

 双子は詳しく内容を聞きたがったが、ドビーはそれ以上漏らさなかった。ご主人様を裏切るようなことはできないのだ。

 ハリーは、そんな彼を哀れに思ったが、途中で状況が変わった。ドビーが、本来双子に届くはずだった手紙の数々を妨害していることを白状したのだ。

 ドビーはハリー・ポッターを崇拝していた。だからこそ彼を危険な目に遭わせないために、何でもやった。手紙を返して欲しくばホグワーツに戻らないという約束を求めたのだ。

 もちろん双子がこれを承諾するわけがない。二人で協力してドビーから手紙を奪い取ろうとしたが、彼はすばしっこかった。双子の手を掻い潜って階下へ降りたった。

 双子は慌てた。一階には、今まさに接待パーティーをしているダーズリー一家がいるのだ!

 ハリー・ポッターをホグワーツに行かせないために、本当にドビーは何でもやった。ペチュニアの傑作デザート、山盛りのホイップクリームケーキを、天井近くまで浮かせたのだ。

「駄目……ねえ、止めて!」
「お願い、僕たち殺されちゃうよ」
「ハリー・ポッターとハリエット・ポッターは学校に戻らないと言わなければなりません」
「ドビー、お願いだから……」
「どうぞ、戻らないと言ってください」
「言えないよ、そんなの……」

 ドビーは悲しそうなめでハリーを見た。

 そして前を向くと、ケーキを落とした。皿が割れ、ホイップクリームがあちらこちらに飛び散る。ドビーは次の瞬間、バチッという音と共に消えた。

 特大のケーキは、ハリーの上に落とされた。騒ぎを聞きつけてバーノンがキッチンに飛び込んできた。彼の眼は冷え冷えとしていた。

「甥と姪でしてね……。ひどく悪戯っ子なので、二階に行かせておいたんですが……」

 ハリーとハリエットは、自分たちの未来がどす黒く潰れていくのを感じた。早く掃除をしろと、死の淵から湧き上がるような声で言われ、双子は泣きそうになって床を拭き始めた。

 その後、しばらくして、魔法省から手紙が届いた。未成年は、学校の外において魔法を使ってはいけないという法律に基づいた警告文だった。あと一回魔法を使用すれば、退校処分となる可能性があるとも書かれていた。

 学校外で魔法を使ってはいけない――このことを知らされていなかったバーノンは余計に怒った。そして双子を部屋に閉じ込める宣言がなされた。部屋に軟禁し、学校に戻ることを阻止しようというのだ。

 ハリー達の部屋には鉄格子が嵌められ、部屋のドアには『餌差し入れ口』を取り付け、そこから一日三回僅かな食べ物を押し込んだ。朝と夕にトイレに行けるよう部屋から出してくれたが、ほぼ軟禁状態だった。

 双子は、非常にひもじかったし、惨めだった。互いで互いを慰めるのももう限界だった。空腹で気力が出ず、話す元気もなかった。

 唯一寝ているときが幸せだった。空腹も感じず、現状を嘆く必要もないのだから。

 夜中に、部屋の鉄格子がガタガタ言い始めたのには困った。せめて現実を忘れて眠りたいのに、鉄格子はそれを許してくれない。

 ハリエットは目を開けた。月明かりが窓から差し込み、そして――大きな車が、ぷかぷかと宙を浮いていた。

「ロン!」

 ハリーとハリエットは同時に叫んだ。窓に駆け寄り、窓硝子を上に押し上げた。

「どういうこと? どうして車が空を飛んでるの?」
「おいおい、俺たちが魔法使いだってこと忘れてるのか?」

 運転席から赤毛の双子、フレッドとジョージが笑いかけた。

「元気か、ハリー、ハリエット?」
「一体どうしたんだい? どうして手紙の返事くれなかったの? 一ダースぐらい送ったのに……。パパが家に帰ってきて、君達がマグルの前で魔法を使ったから、公式警告状をもらったって聞いたけど」
「私たちじゃないわ」

 ハリエットは叫んで否定した。

「でも、あなたたちのお父さん、どうして知ってるの?」
「魔法省に勤めてるからさ」

 聞きたいことは山ほどあったが、とりあえず赤毛の三兄弟は、ハリー達をここから連れ出してくれるという。鉄格子にロープを括り付け、空飛ぶ車で思い切り引っ張った。バキッという音と共に鉄格子が外れた。ハリー達は非常に冷や冷やした。耳をすましたが、ダーズリー夫婦はまだ寝ているらしかった。

 だが、ハリー達を連れ出せても、荷物はまだ下の物置部屋にあるし、そもそもその部屋には鍵がかかっている。そう言うと、赤毛の双子は軽快に部屋に降り立った。

「ちょっと待ってろ。すぐに俺たちが持ってきてやる」

 二人はなんとも頼もしかった。ジョージはなんてことない普通のヘアピンをポケットから取り出して鍵穴にねじ込んだ。数秒と経たず、カチャッと小さな音がしてドアが開いた。

「俺たちはトランクを運び出すから、二人は部屋から必要なものを車に積んでくれ」
「一番下の階段に気をつけて。軋むから」

 ハリーの囁きに親指を立て、双子は踊り場に消えていった。

 ハリーとハリエットは、部屋から少ない荷物をかき集め、ロンに渡した。そうこうしているうちにフレッドとジョージがトランクを持って上がってきてくれたので、それも車に積み込んだ。

「ヘドウィグ、ウィルビー!」

 ようやく外に出せる、と思って、ハリエットは明るい声を出した。

「今まで辛い思いをさせてごめんね。もう少し待っててね」

 二羽のふくろうは、大した水も食料も与えられず、みすぼらしい毛並みだった。檻の隙間から彼女たちを撫でた後、檻ごとロンに渡した。

 バーノンの咳が聞こえた。ギシッと床が軋む音もする。

「まずい!」

 フレッドとジョージが先に車に乗り込んだ。運転席に座り、発進の準備する。ハリーはハリエットの背中を押して車に乗り込むのを手伝った。バンと扉が開く。

「小僧! 小娘!」

 バーノンだ。彼は、窓の外に浮かぶ車にヒュッと喉を鳴らすと、荒々しくハリーに飛びかかった。四人はずいっと身を乗り出し、ハリーを力の限り引っ張った。ハリーが痛みに呻く。渾身の力を込めて、ハリーは足でバーノンのお腹を蹴った。思わず彼の手が緩み、ハリーの身体が自由になる。

「フレッド、アクセルを踏め!」

 ぐんと車が発進し、月明かりに向かって急上昇した。ようやく自由になったのだ。ハリーとハリエットは顔を見合わせ、そして後ろを振り返った。

「また来年の夏に!」

 爽やかに手を振り、夜のドライブに出掛けた。